|
音楽をやり始めていつの間にか35年、このサイトを立ち上げた時からいつかは音楽に関わる話題をページに盛り込みたいと思いながら出来なかった事をようやく、やろかという気になったんで、例によってぼちぼちやっていこうと思います。
なんだかんだといろいろあるうちにあっという間に今年ももう後2ヶ月ちょっとになってしまった。前回、この音楽夜話を書いてから半年が経過している。
時間の経つのがめっちゃくちゃ早いというのを実感している毎日やけど、この半年間もFM放送からライブから夏のイベントから、つい昨日の2001ベンチャーズ・ナイトのイベントまでなーんかバタバタと消化しているという状況やなあ。
おかげさまで、あちこちから声をかけてもらえているのでありがたいことやけど、メンバーそれぞれに仕事も忙しい状況の中でよくやってるなあと思う。
今に始まったわけではないが、ここんとこ実感することはステージをやっていてお客様(リスナー)の反応が非常によく見えるということやね。
お客様というのはコワイもんで、こっちの具合が悪いとすぐにバレてしまう。まあ逆に調子が良いとえらくノッてもらって、そのおかげでこちらも楽しくその時間を過ごすことが出来る。
まあ、早い話がライブでもなんでもその時間をお客様と共有するということやから、楽しくやらなソンということになる。というより我々は音楽を提供する側なのでお客様が楽しめる状況を作っていかなあかんということや。
バンドはええ音だけ出しておけばよいかというと決してそんなことはないところが面白い。もちろん聴くに耐える最低限度のクオリティを持つことはいうまでもないが、それ以上は音に追加されたサムシングの部分や。
そのサムシングの部分というのは、プレイヤー自身が持って生まれたものもあるかも知れないが、多くはプレイヤー自身がキャリヤによって体得していくものやないかと思う。
若いプレイヤーの中には、テクニックもさることながら何かを持っている奴が必ず居る。それを持続しながら大きくなっていく者もおれば、そのうちその何かが輝きを失ってしまうという残念な結果になる奴も少なくない。
結局のところ、それは最終的にそのプレイヤーの人間性に帰結するものやろうな。自分のバンドのみならず広い意味での音楽仲間と上手に付き合えて、かつお客様に楽しめる音楽を提供することが出来る。
そうなるには、やはり長い時間とその意識を持つということが必要や。音楽の楽しさというのは音楽を通じてのお客様とのコミュニケーションであって、決して演奏技術の上手下手ではないと思う。
演奏が上手にこしたことはないが、上手いけどおもろない奴はようけ居るもんで、そいつらがウケないのは当然やな。オレは上手いんやからお前ら聴かんかい!というような奴の演奏を聴いて何が楽しい。
自分達のアイデンティティを保ちながら、お客様と一緒に楽しい時間を過ごしましょうというのが最高やなと思うし、またそうでなければならないんやなと思う。
今年もFMの放送をはじめ、各種のイベント、ライブで多くのことを勉強させてもらった。考えてみれば趣味でやっている音楽で、様々な勉強をさせてもらえるわけやから、こんなええもんはないな。
わがHIT PARADEのサイトをご覧になった方はご存知のことと思うけど、3月19日付けの神戸新聞阪神版にHIT PARADEの記事を掲載してもらった。
ここんとこ、地元FM局といい、地元新聞といい妙にメディアづいている感じでなんともヘンな気持ちやけど、まあいろいろ取り上げてもらえるということはありがたいことと感謝やな。
神戸新聞の取材時にHIT PARADEが11年目に突入してメンバーが変わらないということについて、記者の人から不思議がられたが、僕に言わせればたいして腕もないアマチュアバンドが、ころころメンバーを変えるということのほうがおかしい。
だいたい、アマバンというのは基本的に人材不足であって、ええメンバーを見つけるということに困るもんや。したがってええメンバーを見つけたら、なんとかそのメンバーでいかに長く、楽しくやっていけるかが先決問題ということになる。
極端に言えば、ここんとこを押さえるのがバンマスの重要な役目になる。若いコのバンドなどで、結成後半年や1年で、音楽的志向が違うので解散やとかいうのを聞くが、なにが音楽的志向や。そんなんやったら始めからバンドなんか組むなと言いたいな。ちゃんちゃらおかしいで。
半年や1年そこらで解散するということは、最初からメンバーが見えてへんということや。いっぺん意見が合うてバンドやろうということになったら、とことん行けるとこまで辛抱せんかい。
どうもすぐに解散とか言うのは短絡的な感じがしていかんな。プロのバンドの場合は、よりグレードを要求されるのであかん奴はすぐに「ビーク」になるということで仕方がないが、アマバンドの場合はグレードもさることながら楽しみという点に重点がおかれるもんやろ。
したがって技術的にも個人差があって当然で、そのなかから人様の前で聴かせる演奏が出来るまでに時間が掛かるのは当たり前や。またある意味でそういった結果がメンバーそれぞれのはげみになるという部分もあるわけで、そこまでは頑張らなあかんということになる。
ある程度のレベルまで達して、そこで各自の音楽的志向の問題とか、方向性の問題とかが生じた場合は解散もやむなしということもあろう。
しかし、それには少なくとも数年以上の年月を要するものと思う。さらにその後もメンバーそれぞれの嗜好、力量にあわせてなんらかの音楽的接点を見つけてバンド活動をするということによって、アマチュアとして、趣味を活かせるということになるのではなかろうか。
ジャズの場合は、インプロヴィゼーションが主体になり、また一つのユニットとして活動するケースの方がむしろ少ないので、各プレイヤーの技量とセンス、方向性が重要となる。そやからその時その時のワンタイムパフォーマンスでもプレイヤー自身は満足するやろ。
一方バンドとして一つのユニットで活動する場合は、だいたい曲の進行からなにから決まっており、またそのユニットとして売っているので、バンドそのものの維持ということに注意を払う必要性がある。それは、メンバーそれぞれの意識の持ち方であり、バンマスの力量ということになろう。
バンマスは、音楽的リーダーシップよりグループをまとめるリーダーシップが大切ということやな。すぐに解散してどうも長続きせんというバンドは、そのあたりをもういっぺん考えたらどうかなと思う。
最近、超ローカル局とはいえ、地元のFM局(FM宝塚)で音楽に関わるコーナーというものを持たせてもらえることになって、音楽についての話題を提供することになった。
その中でも言うたけど、どうも日本人は「音楽」というものを聴くのにジャンルがどうした、この音楽はこうでなかったらあかんとか決めすぎちゃうか?と思うねんな。
「音楽」というものは「音で」楽しむと書く、つまり演奏する側も聴く側もその「音」で楽しむちゅうことや。楽しむということは、ごちゃごちゃいらんこと言わんでもいい気分になったらええことであって、理屈で聴くもんやない。
クラシックであろうが、ジャズであろうが、歌謡曲であろうが一緒や。クラシックやジャズが芸術性が高いやのとか言うて、ロックや歌謡曲をバカにしてるような奴は音楽なんて聴いちゃいない。
つまりは型にはめてるだけや。ものすごいステレオシステムを持って、この細かい音が聞えるのがスゴイでしょう言うてるような、単なる音マニアと一緒やな。
音楽なんかわかっちゃいないというもんや。そんなんは単なるステレオタイプの人間であって、楽しむちゅうことが出来ん奴や。もっともそいつらにしたら楽しむということの定義が違うんやろけどな。
演奏する側にも、テクニックがどうした、理論がどうしたという輩がおるが、そんなんの演奏は聞いててもおもろくない。1ステージ聞かされたら苦痛ちゅうもんや。
プレイヤーやねんから表現するに最低限度の技量は必要や、表現力を大きくしたいと思たら、それなりに技術力も必要や、しかし、それ以上に大事なんがサムシングやな。
それらはその人自身の持って何かやけど、そこに何かがないとあかんということや。キャリアによって味が出てくるというのはその事や、経験がにじみ出てくるというもんやろ。
若くて、才能があるなあと思った奴が途中でポシャってしまうのは、才能に溺れてなーんもせえへんかったからや。俺(私)は上手やねんから聞けよ、というようなスタンスの演奏家の演奏は性格がにじみ出て、とてもやないが聞けんな。
「音楽」というのは、「音」を通して、プレイヤーとリスナーがコミュニケーションを図るということやねんから、聴かす方も聴く側も自分勝手になったらあかんということやな。
ライブなんかやってて、とんでもない客に出くわすことがあるが、これはまあ、リスナーの好みというもんがあるでしようがないと辛抱出来るとして、まったく下手糞なクラシックのコンサートなんかで「ブラボー!アンコール!」とか言うて叫んでいるオッサンなんかの姿を見たら情けなくなるな。
アホか、ええもんか出来の悪いもんかぐらいの耳は持て!言いたいな。そんなやつに限って、えらそうに「いやあクラシックはええですなあ…」とか言うてる。クラシックやったらなんでもええんやのうて、クラシックでも心を打つ上手は上手、下手は下手なんや。
どこにでも、時たま訳のわからん奴がおるけど、良いリスナーとワイワイやりながら楽しいライブが出来るということが一番おもろいな。
次回はバンドのことでも書こかな、と言っていつになるやら…。
|