木曽路・撮影記 2001年3月18日〜20日

 今回の旅行は奈良井・妻籠・馬籠といった木曽路の古い街並みを撮影することが目的だが、木曽駒ヶ岳、木曽御嶽の撮影、さらに中央線の車窓から南アルプスや八ヶ岳の山並みを眺めることも楽しみのひとつである。特に木曽駒ヶ岳、木曽御嶽などをバックに宿場町の街並みが撮れれば最高である。そのため、妻籠に宿をとり、早朝の人のいない間に写真を撮る計画であった。しかし妻籠に宿はとれず。少し離れた大妻籠に宿泊することになった。撮影記というと、撮影の際の絞り、シャッター速度などのデータを想像する人もいるかもしれません。しかしこの撮影記はそれよりも旅行記に近いものである。
 夏でも寒いと歌われる木曽ではあるが、日中太陽が射すとかなり暖かい。宿場町の中を歩いていると汗をかくほどである。しかし早春の木曽はやはり寒かった。日陰や建物の中に入るとヒンヤリとした。特に日が暮れてらからは寒い、夜は布団と二枚の毛布にくるまって寝た。風呂も湯船につかるまでは寒かった。今回は天気が良かったので不要だったが、雨など振っていれば手袋やコートが必要だったかもしれない。


妻籠宿の街並み

    3月18日(月)曇りのち晴  奈良井宿・妻籠宿

 新宿発7時30分のあずさ51号で塩尻へと向かった。できれば塩尻での待ち合わせ時間も短く、新宿駅での時間的余裕もあるスーパーあずさ3号を利用したかったのだが、指定席が確保できなかった。ちなみに予約は前々日の16日にした。もう少し早く予約しておけばと後悔した。あずさ51号の発車時点でのスーパーあずさ3号の自由席を待つ列の長さは短かったので自由席でも十分に座れたと予想できる。スーパーあずさ3号は新宿始発である。ちなみにあずさ51号は千葉始発である。あずさ51号の指定席は運良く進行方向左側であった。直射日光が入ってくるが景色は断然こちらの方が良い。新宿駅での乗車率は50%位であったが、立川、八王子での乗客でほぼ満席になった。
 高尾を過ぎるとそれまでの都会の風景から景色が一変する。京王線の線路が右へ消えていくと、高尾の山麓へ入っていった。ここからしばらくは山間地帯を通過する。山村の気配ができてきたあたりには高尾の梅園があるが、まだ花はほとんど咲いていなかった。勝沼を過ぎたあたりから太陽が射してきた。しかし北岳をはじめとする南アルプスの山並みを眺めることはできなかった。列車は塩山、山梨市、石和温泉,甲府と小刻みに停車する。そのたびに車内はすいていった。甲府を過ぎると半分以下の乗車率である。
 韮崎に近づくと南アルプスの山影が見えてきた。鳳凰三山ははっきりと見えるが甲斐駒ケ岳は見えなかった。韮崎駅では南西の小高い丘が邪魔をして南アルプスは見えないが、北西には茅が岳がはっきりと見えた。この区間では新府の桃畑の中を通る。桃はまだ咲いていないが、あと一月もすると満開になるであろう。富士山も木々の間などから見ることができた。小淵沢からも甲斐駒ケ岳の山頂を見ることはできなかった。また八ヶ岳もその頂上を雲の中に隠していた。
 列車は茅野、上諏訪、下諏訪、岡谷と連続停車した後10時14分に塩尻に到着、ちなみにスーパーあずさ3号は10時28分到着である。乗り継ぎの中津川行きの普通列車は10時38分の発車である。駅前で飲み物でも買おうかと思ったが、コンビニまではちょっと歩くと言われたので自販機でペットボトル入りのジュース(150円)を買い、フォームに降りた。時間とおりに乗り継ぎの列車が来た。この列車は外見は特急車に似ているが、2両編成で塩尻から先はワンマン運転になる。無人駅では運転席の後ろのドアからしか降りれない。木曽福島、南木曽以外の駅は無人駅であるので、後ろの車両に乗っているときなどは注意しないとドアが開かずに慌てることになる。事実我々も、発車間際に「すいません、降ります。ドア開けてください。」と叫びながら後ろの車両から走ってくるおばあさんに遭遇した。

奈良井宿の街並み

 奈良井には10時59分に到着。奈良井の駅は宿場のはずれにあるので、駅前から散策を開始できる。天気はとても良く、木曽路の難所と言われた鳥居峠方面の山が見えていた。鳥居峠付近ばかりではなく周囲の山の樹間には残雪が見てとれる。数分と歩かないうちに古い町並みの中に入っていく。両脇には黒壁の家々が並んでいる。そして屋根の上にも雪が残っている。日曜日ではあるが一緒に列車を降りた数人の他は観光客の姿はほとんど無かった。写真を撮りながらしばらく歩き、お土産屋を兼ねるそば屋「越後屋」で食事を摂った。信州といえばそば、迷わずざるそばを注文した。信州らしく野沢菜漬けが添えられて運ばれてきた。畳の席のところに囲炉裏がある風情のある建物であるが、食事をするところまで並べられてた観光客目当ての派手なお土産品がその風情を損なっていた。これが和紙や和ロウソクなど伝統品であれば、風情があるのに思えた。ざるそば900円(その他月見そば700円など)という値段は高くはないが、味の方も特執すべてほどではない
 食後、撮影のために鳥居峠方面へ進んだ。枡形のあたりなど趣がある。屋根から雪が解けた水が滴り落ちる様子も良い被写体になる。人も少なく陽射しも和からかい。他人に撮影を邪魔されることも少なく、歩いていて気持ちが良い。奈良井は妻籠・馬籠ほど観光地化されておらず、大型バスの駐車場がない。そのおかげで我々の敵である大声で話し雰囲気を壊し我が物顔で闊歩する人々に撮影を邪魔されることはない。また道はアスファルトで舗装されているがいわゆる道路表示ない。しかし観光のために電線・派手な看板・道路標識・アンテナなどを隠すことをしていない。電線や派手な看板など画面内に入らぬように注意して撮影をしなければならない。また車の通行や駐車が以外多い。そこらあたりにも注意が必要である。しかし人が入らずに建物や家並みの写真を撮ることができる。
 この日の宿は大妻籠の
波奈屋である。大妻籠までは妻籠から歩けないことも無いのだが、大妻籠まで行く馬籠行きの最終バス(南木曽駅14時45分発)に乗るため、12時58分発の列車で奈良井を後にした。時間は短かったが宿場を往復することができそれなりの撮影はできたと思う。

 南木曽駅に14時に到着、予定通りに14時45分発のバスに乗り、3時過ぎに宿に着いた。お茶など飲み一休みした後、まだ陽も高いので、歩いて妻籠宿まで行き写真を撮ることにした。
 大妻籠は妻籠宿より馬籠寄りにあるため、一般の観光客とは反対側の入り口から入ることになる。坂道を降り、橋を渡り、旧中山道自然歩道の入り口を示す看板に従い自然歩道に入ると、第三駐車場の脇を通る。ここらあたりの民家も現代風の造りではなく、雰囲気が良い。駐車場を越え、バス道路を渡り川沿い歩いてゆくと家並みが見えて来た。まず家先に庭のある農家風の民宿が見えてくる。鶏や犬を飼っている。藁馬のある家などもある。
 進むにつれ徐々に家の数が増えてくる。車両通行止めの標識のあたりまで来ると、道の両脇に家並みが続くタイムスリップしたようと評される街並みが広がってくる。更に進むとその風情が濃くなっていく。観光シーズンに比べると少ないのだろが、かなりに人がいた。観光バスの到着、発車にあわせているように団体客がやってきては足早に過ぎて行く。そしてしばらくは静かな雰囲気が楽しめる。しかし人が切れ、街並みや建物全体を撮影できるほどではない。必ず何人かがファインダーの中に入ってくる。旅籠の2階に部分のみを撮影し人が入らないようにするしかない。
 そのままバス停への道の分岐付近までく歩いたが、状況は変われないので引き返すことにし、宿の方に歩き出した。ところが枡形のあたりまでくると、だいぶ人が少ない気付いた。時間は4時をまわっていた。急いで何枚かの写真を撮った。枡形付近に人がいない機会は滅多にないはずである。宿場町の雰囲気の写真が撮れそうである。宿への帰り道は、観光バスの止まる駐車場やバス停とは反対になるの。歩いているうち、どんどんと人が減っていく。どうやら、観光バスの出発時刻になり皆駐車場方面に移動しているようである。そして次のバスはもう来ない。しばらくはゆったりと撮影ができた。しかし今度は車が邪魔になった。午前10時から午後4時までは車両の通行が禁止されている。4時をすぎたので、車が宿場内に入ってきたのである。それでも通り過ぎてくれればさほど邪魔にはならないが、駐車されると困る。車を避け移動しながら何枚か撮影した後宿へ帰った。
 観光のために電線や派手な看板道路標識などを隠している。また道はアスファルトで舗装されているがいわゆる全く無い道路表示ない。人や車さえいなければまさに江戸時代の宿場町の雰囲気を写真にできそうである。しかしよく見ると背景の山などにアンテナや電線があるので注意したい。しかし、最近のデジタル処理なら修正できそうである。また奈良井に比べ屋根の雪は少なく、ほとんど融けていた。

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