M6-175****

2003年2月26日水曜日銀座松屋の中古カメラ市オープニングに入手したM6. 軍艦部分に写真のように彫り込みがある。
 17日に届いたアサカメの三共カメラの広告になんと載ってるではないか。以前大竹省二さんののインタビュー記事で氏がドイツで購入したM6に彫こみがあったとあり、いつかは見てみたいと思っていたが、ついに出て来たではないか。
 すぐに三共カメラに偵察に、ところが松屋出品分はパッキンずみとかで見ることも出来ず、初日に賭けることにする。
 初日は10持15分前に会場に、行列の最後尾に待つこと10分、20メートル近い行列だったので見れなかったら運が悪かったと諦めることにしてオープンと同時に三共カメラのブースへ。
 ラッキーなことに、このM6はウインドーに、即出し手もらい軍艦部確認すること1分、カードを取り出し私の物にとなる。
 この珍品にきずいた人いなかったのか不思議ではあるがとりあえずGET。
 この日だけMP6がこの会場で買えるのでそちらに客が流れたのかとにかくラッキーであつた。
このカメラにたいする文献、話題などが大竹さんの記事以外全くなくこれからこのカメラの由来など調べて行こうと思う。情報ご存知のかたは、御一報いただけると幸いです。

 M6-175**** (1989年製)1988年にLEITZからLEICAに、製産拠点がWETZLARからSOLMSに変わって
からの翌年製造のM6になる。この同じ時期1758002-1778251の2万250台が製造されており、この番号のカメラすべてにこの彫があるのか、またこの年ベルリン壁が壊され東西ドイツが統合されており、そのことに対しての
記念なのか、はたまた本当はこのカメラがLeicaになってからのM6になるはずであったが、手間や費用の問題で
何も入ってないM6になってしまって、テスト用に作られたものがドイツ国内の市場にながれ、それがながれながれて私の元にやってきたのか・・・。考えれば考えるほど興味が尽きない。

そして購入価格はM7の新品より安く、MP6の2/3であり、この値段で未確認ライカが出てくるとは、ライカはまだまだ奥が深いな〜。

ここまでは2003.03.08ライカ広場のカメラコーナーにも投稿させて頂いております。
また表紙にカメラの写真載せて頂き工藤さまに感謝、感謝です。

03.3.16訂正&分かったこと

製造年が1988年の1758451〜1762450(M6ブラッククローム)にあたってました。
この年は、Leica社になった年。ベルリンの壁崩壊は1989年で東西ドイツ統合は1990年でした。

彫られた文字
Leica         M6-175****
MLCG

LEICA CAMERA GMBH
SOLMS GERMANY
  MLCGは意味不明!です。

この後、皆様より寄せられた情報です。(一部分転写させて頂きました。)

<MLCGで検索すると (Multiple Linear Congruence RNG)と出て来た。

<これなんですが、、、MLCG = "M-Leica Customizing Group" 殆ど、遠い記憶なんですが、、そういう名称だったかどうかも
忘れたんですが、そういう「謎の」集団があって、、、日本人だっけかなぁ?なんかそういう専門集団で、、、やっぱ、違ったっけかなぁ?う〜ん。

<Mikeさん、はじめまして。以前、わたしもMLCGマーク入りM6を所有してました。なつかしい〜。

SOLMSの記入は無かったとおもいます。番号は200万台だったような記憶がありますので家に帰って記録を確認してみます。
もし番号が離れていたら後から刻印したものかなあ?

謎のM6ですが 

今、手元のライカコレクターズガイドを見ているのですが、
1745451〜1755450・・・R6
1755451〜1758450(M6シルバークローム)
1758451〜1762450(M6ブラッククローム)以上は1988年製

1757001〜1758001、1758002〜1758251(M6プラチナ)以上が1989年製となっております。

また、1988年に米国ライカ・ヒストリカル・ソサエティー創立20周年を記念して、刻印モデルが生産されたそうですが、これには、同会のロゴと一方の側に「1968」「1988」の西暦年があるそうです。これ以上のことはなにもでていませんでした。

MLCG 投稿者:はせら 2003年 投稿日: 5月 5日(月)17時28分35秒

はじめまして.以前ライカ広場の方でズミルックスのことでお世話になりました,はせらと申します.その節はありがとうございました.ところで昨日なんですが新宿マップカメラで標記の刻印されたM6見て来ました.確か178万台だったとおもいましたがあるところにはあるものですね

2003.05.12月曜日 まだあるじゃないですか!しかもProbietkunst Betriebsk入り!これはもうダメですね!でいってしまいました。

M6 Betriebsk
LEICA CAMERA GMBH
SOLMS GERMANY

Probietkunst Betriebsk 投稿者:店長  投稿日: 5月13日(火)19時38分18秒

ごぶさたしました、やっと復活しつつあります。ところで、すごいですねぇ〜、おまけに写真展開催のいい記念になりましたね、新ライカ。
この文字の意味はどうもライカアカデミーで使われていた社内専用機のようですね。すばらしい掘り出し物。

M3 Betriebsk. 投稿者:Tawasee  投稿日: 5月17日(土)09時31分22秒
オークションサイトでシリアル番号が10なんてM3が出展されてたんですが、一体これは何者なのでしょう?
Leicaの歴史に対して知識が無いものでして、純粋に好奇心なんですが。

"M3 Betriebsk"と書いてあります。
http://cgi.ebay.com/ws/eBayISAPI.dll?ViewItem&item=2928326722&category=3330

Re:Betriebsk 投稿者:Tawasee  投稿日: 5月17日(土)11時48分17秒
社内用って事だったのですか。ひとつ勉強になりました。
よく見るとフレーム切り替えレバーが付いてるから割と後のモデルなんでしょうか。
しかし、お値段200万円近くってのもこれだけピカピカだと納得できるような、出来ないような。
ちなみに、こういうM3のレアモデルの最高値記録って幾ら位なんでしょう?

M3 Betriebsk 投稿者:美銀座美人  投稿日: 5月17日(土)13時57分56秒 Betriebskとはライツ社(ライカ社)において、主に社内テスト用・
広報資料的に使用された物を意味します。かつて、エルンストライツ社から
ライカ社へ、あるいはウェッツラーからソルムスへとLeicaの混乱期に
密かに社外へ流失した背景がこれにはあります。その流失数についてはそれ程
少なくない事実がありますが、これはトップカバー等も併せて外部に出た
理由にありますので、運が良ければ市場で目にする機会も無い訳では
ありません。プライスも30〜40万円代と飛び抜けて高価な訳では
ありませんが、それだけ「フェイク」のリスクが高いという危険性が
背中合わせにあります。Betriebskの刻印だけの判断で手を
出すと高い授業料を払う結果になりますし、本物かフェイクかの
見極めもプロでも非常に難易度の高いモデルです。
もし仮に本物であるとするならば、それは売り手の一方的な価格付けで
私達の想像をはるかに越えた数字になる事でしょう。

 

    初代LeicaM3,88万台エルマー50ミリ


  
    3台目M3,89万台エルマー50ミリ     

My Leica Story-1

初めてライカを購入したのは1992年1月ハンブルグのカメラ店。(同上左)
この店は出張で滞在したホテルVIER JAHRESZEITENのそばのdammtor通りにあり、そのウィンドーにM3シルバーとM2ブラックペイントの2台が並べてありました。
そのM3を見た瞬間オーラのようなものを感じ一目惚れしまったのです。オーナー兼店番のおやじにウインドーから出してもらいいじくりまわすこと5〜6分。
ボディー小ささの割にこのずしりと来る重さ。もうダメ!さしずめドイツ美人?
そうこのカメラの魅力は私にとって女性と同じになってしまったのです。
このM3は1100マルク当時1マルク約80円でしたから88,000円。本場ドイツだけら日本より安いのは当然と考えました。
そして、隣に控えしM2ブラックは1400マルク。ペイントが剥げ全然魅力を感じませんでした。
この時ライカの事ほとんど知りませんでしたから今だったらM2に飛びついていたのですが・・・。
そして、この時からモノクロ撮影を始めました。
フィルムの入れ方と露出の合わせ方をカメラ屋のおじさんに教えてもらい撮影を、レンズは、エルマーの50ミリ300マルク約24,000円で一緒に購入。
ここからねてもさめてもライカの毎日が始まりました。

記念すべきファーストカット。           

1998年7月23日三共カメラで4台目のM型であるM6を税込み21万円で購入。
もちろん20回ローンであるが・・・
シリアルナンバーは、2284905のブラックモデル。このnoは、96年モデル。2239001〜2290550に属する。
2年間三共カメラのウインドーに眠っていたことになる。
一緒にレンズもに入手、エルマ−50ミリf2.8のブラック。
このとき他のライカはすでに、買った時と同じかいくぶん高めの値段で手放してしまい手元のライカはこれ一台だけ。
まず気になったことは、シャッターが測光の為ワンテンポ遅れる。
今までは露出計のないM型を使用していたので押せばすぐにシャッターが切れたのだが。
また、タテ位置撮影の時ファインダー内が白くなってピントが合わせずらい。
良い面は、もちろん露出計が付いたこと。今まで勘で露出を決めていて失敗が多かったけどこれからはその心配が薄れること、そして何よりかっこいい。
一番の欠点は、このカメラ触るともう一台ライカが欲しくなること。
2000年6月現在ローンも終わりこのライカの誘惑に勝てなそう・・・

2000/1.30〜2.10 ヨーロッパカメラ(Leica)店訪問

今回ヨ−ロッパ出張(1/30〜2/10)の機会にカメラ店を訪問しM3の購入を計画。
希望は88万台前後のダブルストロークを。下調べでは、田中長徳氏訳のライカポケットブックのプライスガイド価格で400ポンドが相場とのこと。(ただし99年1月発行)1ポンドが約180円だから72,000円くらいで購入出来ることになるが。
そして最初に訪問したのは、ロンドン市内にあるカメラ屋J.他3ケ所。新品のM6TTLが£1,545.00(約28万円)中古は、R型が多く見かけられM型はポケットブックの料金表の1.5倍から2倍。残念ながらM3は70万番台後半1台しかなく外観もいまいち値段も日本の委託販売とかわらず断念する。
続いてウィーン。市内にはいくつものカメラ店がありウインドーには、M6とR8が展示されており、M6で33,990オーストリアシリングR8で29,990から33,990と多少幅があるが日本より高い。2店あるLeicaショップCityリンク内は規模も小さくM3にはお目にかかれず、Headofficeはリンクから少し離れており仕事がオフの土曜日の午後タクシーで乗り付けるが土曜日は営業時間が9時〜12時まででせっかく行ったのに見れず表で記念写真とるだけに終わった。そして日曜日は休みで結局日本に帰ってからHPで。
アドレスは http://www.leicashop.at 
最後は、チューリッヒ。ここでも街のカメラシップではM6とR8が展示されていました。でもウィーンより高い!中古はあまりお目にかかれず駅の地下とデパートの中、メインストリートで1件の3店。
ここでの注目は、オリンパスのXAとA16セット未使用に近いが390スイスフラン約28.000円で出ていました。ただし迷って購入せず今になって後悔しております。
結局今回M3は購入できずヨーロッパの旅は終わりました。
そしてさらにM3への欲望が。いまは松屋のカメラ市が楽しみです。

2001/2〜3月 ニューヨークカメラ店散歩

19St.のカメラショップ探して雪の中歩くが1件しか見当たらない。ここではニコンを中心に日本製カメラが幅聞かせていてライカはR4,R6が中心でM型もM4-P、とM6だけ、34stのB&Hも行くがここも日本製が中心でライカはR とLばかり。

2003.5.30
Leica M6A (M7 0シリーズ)10台のみ生産されたM7のプロトタイプM6TTLのトップカバー、M7のシャッターダヤルとメインスイッチを採用し、アクセサリーューに”M6A”の刻印を入れたM7の試作機(M7
0-series)です。ファインダー倍率は0.72まさにコレクターズ・アイテムの最高峰がマプカメラに登場です!!カラー:ブラッククローム

標準価格:オープン価格
マップカメラ販売価格:¥2,500,000

Leica MP6 (0シリーズ)
世界で10台しか存在しない幻のカメラこの春に日本限定(限定400台)で発売されコレクターの心を奪ったモデルのシルバー・バージョン!プロトタイプとして生産されたものの製品化されなかった幻の一品です。コレクターズ・アイテムの最高峰がマップカメラ に登場!! カラー:シルバー