ベレサール紀行

ドゥーズ・コルデのサウンドを作り出してくれているのが,我らが愛するギター「ヘスス・ベレサール・ガルシア」。今となってはもし、この楽器じゃなかったら演奏も編曲も変わっていたかもしれないって思えるほど大切な存在。ベレサール氏や夫人エミリアとの出会い、それにまつわるエピソードなんかを綴ってみます。
写真などもたくさんあるのでみなさんに見てもらおうかと思っています。皆さんのご意見は掲示板まで。


ベレサール紀行1
2001/6/10 はじめに たしまみちを
2001/6/10 序章 たしまみちを
2001/6/10 マドリードにて1 たしまみちを
2001/6/18 マドリードにて2 〜スペインのビールは最高!〜 たしまみちを
2001/6/18 偶然の出会い 〜そして、ベレサール〜 たしまみちを

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はじめに

1983年7月4日、マドリードにて、ドゥーズ・コルデの愛用の楽器通称「ガルシア」の制作者ヘスス・ベレサール・ガルシア氏に初めて逢った時のことは生涯忘れることができない想い出です。ベレサールが亡くなってから14年(1987.8月没)、ひらくらのぶゆき氏(以下ひ)からの強〜い要望があり、今その想い出を振り返り綴ってみようかなと思います。
この話、短くまとめるのが難しいので、この度オーナーのご厚意で週刊として連載させていただくことになりました。(ひ:おいおい、そんなこと言った覚えはないゾ)
後半には「ベレサール紀行〜ひらくらのぶゆき編」にバトンタッチし、アグアドなんかの話題も登場する予定です。乞うご期待!\(^o^)/
それではどうぞ!

序章

1983年東京は荻窪界隈で、ギター仲間を募ってスペイン旅行に行こうって話になって盛り上がっていたのです。そして9名集まりすぐに決行。もちろん当初は「ひ」も行くはずだったのだけれど、お父さん調子悪くなっちゃって。初めての海外旅行でスペインだから私の興奮は相当なものでした。「ひの分も楽しんでこようっ!」て言う感じで(ひ:いいきなもんだなあ)
今はなきアエロフロートでパリへ!えっ?あるの?失礼!
当時はコーヒーフロートみたいな飛行機だね、なんて笑ってたらすんごいボロ(==;)。
パリに2泊して寝台特急タルゴでマドリードへ。4人の個室で我々のパーティは9名だったので当然一人は外人さん部屋ってことに・・。(ひ:アンタが外人さん)

好奇心旺盛な私は気付いたら「ハーイ!ハーイ!ボクいく!」手を挙げてました。4人は皆フランス人25才、48才、70才そして私たしまみちを25才。私に理解できるように皆英語で会話をしてくれるのだけれど、それでも理解に苦しみタバコを勧められるままにぷかぷか(このころはスモーカーだった)

そのうち話題が日本のことになり、ヒロシマ、ナガサキなどと原爆の話に発展していってしまい。「唯一の被爆国として、君の意見を聞きたい。」と真剣に言われたときにはさすがにヒヤ汗(^0^;)「ア、アアイシンク、、センソウハイケマセン・・」英語は中1の時は5だったんだけどなあ・・貧弱英語と手振り身振りでなんとかごまかしてしまいました。フランスではああいう場所でもディスカッションしてしまうのですね。すごい!でも疲れた。

マドリードにて1

マドリードに着いてからは自由行動。元来一人歩きが好きな私は一人で勝手に行動したかったんだけど仲良くなった山本さん(ギターとは無関係のひと)と一緒に楽器屋めぐり
スペインの楽器屋さんは小さくて、それこそ親父さんひとりでのんびりやっているという感じなのですよ。売っている物も店によってまちまちで、カポタストなんかあまり必要ないのにいろんなの売っていて数種類買ってきましたよ。プラスチック製のカラー(ホワイト、ピンク、グリーン等)のもあってあれはたしかラミレスのお店で買ったんだけどこれが一番使いやすかったりして。そうそうあとで聞いたんだけど、そのとき応対してくれたおやじはラミレス本人だったそうな、、、超無愛想でした。(日本じゃどの楽器店行っても同じメーカーの同じものしかないですからね、つまらない)そうそうパリでもコンセルバトワールのそばの楽器屋で一つ買ったっけ、フランスらしくスマートなやつ。
マドリードのそんな楽器店のひとつに行ったとき・・今回はここまで。続きは来週。

マドリードにて2 〜スペインのビールは最高!〜

スペインは、行ったのが夏ということもあってか、ビールがとても美味かったですよね。日本のスーパードライみたいに軽くて、なにより安い!(グラスビールが1杯60円ぐらい、もちろん今はそんなに安くないっすよ)これに弱い私たしまみちをは、毎晩ではなく毎朝「バル」でセルベッサを注文することになるのでした。
だって朝飯にバルいくと、昼から夜にかけての惣菜を今まさに作っていて、エビなんかゆでたてで山盛りになっているし、「それ、その海老ポルファボール!それとアサリと腸詰めと・・・」ムムム・・どう考えてもこれはモーニングコーヒーには合わない、酒の肴じゃないか!といってビールになるのです。プファーッうまい!(ひ:アンタは世界一の幸せモン(・_・))
それまで、朝飯に15分以上時間をかけたことはなかったのですが、スペインでは、毎朝1時間ぐらいかけておりました。その日もかなりいい気持ちになって、夏の強い日射しを酒ながら、いや避けながらギター屋さんを巡っていた私でした。(ひ:スペインにはじめていってスペイン人になりきっている。いや、スペイン人だって朝からセルベッサはしてないだろう・・)

偶然の出会い〜そして、ベレサール

そして、運命のその日もプエルタ・デル・ソル広場のすぐそばの小さな楽器店で親父さんとだべっていると(ことわっておくが、私はスペイン語はほとんど話せない。高一の時にラジオスペイン語講座4月号のテキストを買ったきりだ。今回は、早稲田の学生だったみつまさ君に3つだけ会話を習ったのだ。これは役に立った。ありがとう!)(ひ:みつまさ君コンサートにもきてくれてたね)日本人らしき人が入ってきたではないか。「こんにちわ!」「こ、こんにちわ」

その方はスペイン在住の日本人ギタリストでアケダさん約35才
お店でギター談義で盛り上がっていると、
アケダさん:「楽器は何を使っているの?」
た:「ガルシアです。(買ったばかりナンだ)」
アケダさん:「ガルシアって、ベレサールのこと?」た:「そうです。」
アケダさん:「私は友達だよ、しょっちゅう会っている」た:「えっ!本当ですか!」

私の爛々とした目を見てアケダさんは、「会いたい?」とぽつり。
「会いたい!会いたい!会いたい!!!!あいた〜〜〜い!」
気付いたらアケダさんの胸ぐらつかんでいました。(ひ:乱暴なやっちゃ!)

アケダさんは連絡をしてあげようと言って電話をしに何処かへ行ってしまいました。
その間、私は興奮しながら、「なんとかオーケーしてくれ、いてくれ」と願っていました。
「もし先方が今日はダメで、明日と言ったら明日行こう!あさってと言うたら・・
ん?まてよ。明日はグラナダにいく日じゃないか、くっそーそうなったらグラナダはキャンセルだ。アルハンブラは絵葉書でガマンしよう。なにがなんでも会うぞー!」
と心の中で叫んでいたら、アケダさんが暗い顔して戻ってきた。「ダメかこりゃ・・」

アケダさん:「ベレサールはここんとこ体調がすぐれず、医者に通っているのだが、今日はなぜか体調がいいので少しだけならその日本人に会ってもいいと言っているが、行くかい?」
「ウオー!やったーいくいくいくいく!いきま〜す。バ、バ、バ、バンザーイ\(^o^)/」
アケダさん:「痛い痛い!わかった、わかったから僕の身体叩くのやめて!」
(ひ:うるさい奴だなあ!お前は犬か!)ワン!
アケダさん、元々暗い、いやポーカーファイスの方だったのです。でもそんなボクを見て初めて嬉しそうにしてくれました。この頃からベレサールは体調が思わしくなく、めっきり製作本数も減ったと聴いています。住所を書いたメモだけをくれ、「私は仕事でいけないが、ここへ行ってベルを押しなさい。」(ひ:大丈夫か・・心配だなあ)同行の山本さん、すっかりほったらかしですが、タクシーに無理矢理乗せ一路ベレサールの住むマドリード郊外の街FATIMAへゴー!

いよいよ次回はベレサールに・・・乞うご期待であります。おそまつ!ペンペン(ひ:ハイハイ)
(このお話はすべて事実でありまして、ハクションいやフィクションではありません。)


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