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| 2001/6/10 | はじめに | たしまみちを |
| 2001/6/10 | 序章 | たしまみちを |
| 2001/6/10 | マドリードにて1 | たしまみちを |
| 2001/6/18 | マドリードにて2 〜スペインのビールは最高!〜 | たしまみちを |
| 2001/6/18 | 偶然の出会い 〜そして、ベレサール〜 | たしまみちを |
| 2001/7/1 | Oh,ベレサール!! 〜感激のご対面〜 | たしまみちを |
| 2001/7/28 | ヤマモト&モトヤマ!?の巻き | たしまみちを |
| 2001/9/25 | 平倉利香夫人、ベレサールに会う | たしまみちを |
はじめに |
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1983年7月4日、マドリードにて、ドゥーズ・コルデの愛用の楽器通称「ガルシア」の制作者ヘスス・ベレサール・ガルシア氏に初めて逢った時のことは生涯忘れることができない想い出です。ベレサールが亡くなってから14年(1987.8月没)、ひらくらのぶゆき氏(以下ひ)からの強〜い要望があり、今その想い出を振り返り綴ってみようかなと思います。 |
序章 |
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1983年東京は荻窪界隈で、ギター仲間を募ってスペイン旅行に行こうって話になって盛り上がっていたのです。そして9名集まりすぐに決行。もちろん当初は「ひ」も行くはずだったのだけれど、お父さん調子悪くなっちゃって。初めての海外旅行でスペインだから私の興奮は相当なものでした。「ひの分も楽しんでこようっ!」て言う感じで(ひ:いいきなもんだなあ) 好奇心旺盛な私は気付いたら「ハーイ!ハーイ!ボクいく!」手を挙げてました。4人は皆フランス人25才、48才、70才そして私たしまみちを25才。私に理解できるように皆英語で会話をしてくれるのだけれど、それでも理解に苦しみタバコを勧められるままにぷかぷか(このころはスモーカーだった) そのうち話題が日本のことになり、ヒロシマ、ナガサキなどと原爆の話に発展していってしまい。「唯一の被爆国として、君の意見を聞きたい。」と真剣に言われたときにはさすがにヒヤ汗(^0^;)「ア、アアイシンク、、センソウハイケマセン・・」英語は中1の時は5だったんだけどなあ・・貧弱英語と手振り身振りでなんとかごまかしてしまいました。フランスではああいう場所でもディスカッションしてしまうのですね。すごい!でも疲れた。 |
マドリードにて1 |
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マドリードに着いてからは自由行動。元来一人歩きが好きな私は一人で勝手に行動したかったんだけど仲良くなった山本さん(ギターとは無関係のひと)と一緒に楽器屋めぐり |
マドリードにて2 〜スペインのビールは最高!〜 |
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スペインは、行ったのが夏ということもあってか、ビールがとても美味かったですよね。日本のスーパードライみたいに軽くて、なにより安い!(グラスビールが1杯60円ぐらい、もちろん今はそんなに安くないっすよ)これに弱い私たしまみちをは、毎晩ではなく毎朝「バル」でセルベッサを注文することになるのでした。 |
偶然の出会い〜そして、ベレサール |
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そして、運命のその日もプエルタ・デル・ソル広場のすぐそばの小さな楽器店で親父さんとだべっていると(ことわっておくが、私はスペイン語はほとんど話せない。高一の時にラジオスペイン語講座4月号のテキストを買ったきりだ。今回は、早稲田の学生だったみつまさ君に3つだけ会話を習ったのだ。これは役に立った。ありがとう!)(ひ:みつまさ君コンサートにもきてくれてたね)日本人らしき人が入ってきたではないか。「こんにちわ!」「こ、こんにちわ」
私の爛々とした目を見てアケダさんは、「会いたい?」とぽつり。 アケダさんは連絡をしてあげようと言って電話をしに何処かへ行ってしまいました。 アケダさん:「ベレサールはここんとこ体調がすぐれず、医者に通っているのだが、今日はなぜか体調がいいので少しだけならその日本人に会ってもいいと言っているが、行くかい?」 いよいよ次回はベレサールに・・・乞うご期待であります。おそまつ!ペンペン(ひ:ハイハイ) |
| Oh,ベレサール!! 〜感激のご対面〜 |
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今思えば、FATIMA(ファティマ)というのは、何処だったんだろう。感覚としては銀座からタクシーに乗って早稲田の我が家まで来たという様な時間だったようですが、何処をどう走ったのか・・なにしろ興奮していたのでそんなことはどうでもよかったのです。「ひ」はベレサールが亡くなってから行ったんだよね、覚えてる?タクシーの運ちゃんにも「これから大切なひとに会いにいくんダゼ!アッハハハ!チップはずむから飛ばしてくれよ」ってな調子で。 |
| ヤマモト&モトヤマ!?の巻き |
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ガルシア夫妻は私たちを部屋の中に入れてくれ、まあるいテーブルにすわらせてくれました。私は限られた時間のなかで、ガルシアを使っていること、素晴らしい楽器だということ、いろいろ話そうと思いました。 それに比べ、初めて会った言葉も分からない日本人に対しては、多少は喜んでくれたものの、あとで考えてみるとかなり警戒していたようでした。(そのころは日本の悪質な楽器商がうまいこと云って安くギターを持っていかれるといったようなことが多くあったようですから) 私は持っていた手帳にサインをしてもらましたが、そのサインはベレサールの楽器に書いてある物と全く同じでした。やっぱり本物だあ〜。 |
| 平倉利香夫人、ベルサールに会う |
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長い長い夏休みをいただいてしまいました。ベレサール紀行最下位いや再開いたします。 スペインに行ったリカちゃん、アケダさんに電話したらホテルまで迎えにきてくれたんですって。(帰りも送ってくれたらしい)19歳の女の子だからなあ。当然かな。 た:僕からのおみやげと写真もっていったよね?僕のこと覚えてた? た:な、なぬっ!工房見せてくれたって!? 「見せてくれましたよ!すごく狭かった・・・作りかけのギターも見せてくれました。作業台の横の壁に、色々な人の写真が貼ってあってそこに、お土産で持っていった写真を貼るように頼んだような気がします・・・」 た:わ、わ、私があれほど頼んでもダメだったのに・・リカちゃんはやすやすと・・しかも通訳付き、送り迎えで・・くっそーアケダさん、アンタだいぶ待遇ちがわない? 「ビールもとっても美味しかった〜!」 た:わ、わ、私のときはお茶もでなかった・・(・0・)・・ちょっと待って、ボク倒れそう・・ リカちゃんのおまけを一つ。 「ベレサールさんは私が、楽器を頼みに来たと思ったみたいで、 た:僕が頼んだら、お前は2年待てと言われました。・・・・チャンチャン! スペインでのハプニングまだまだ続きます。「ちゅらさん」と共にかわいがってください。今回はここまで! |
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