にっき  日々のいとなみはいとおかし
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四捨五入は・・・。
2004・10・9

小学校のときに習いましたね。四捨五入。このしくみ、ちょっといやな感じ。
たとえば「四捨五入30歳」だとすると、25から34歳までの人が当てはまる。若返る期間は31から34歳までの4年。反対に余計に年を取る期間は25から29歳の4年。しかし、どうも「五入」されてしまう人にとっては気持ちのよいものではない。同じ4年でも、若返るのと、年をとるのとでは間違いなく若返るほうがいいに決まってる。なので、「今年いくつ?」と聞かれて、「捨てる」側の年齢の時は割りとすんなり言ってしまうのであるが、「入れる」側の年齢になったとたん、「へー、四捨五入して・・・」と相手が皮肉交じりに返してくることを予想してしまうので、「えー・・・。」と少し間を開けてしまったりする。心配性だなあ。と思うけど、私自身が結構そういう風に相手に皮肉ってかえしたりしているので、コレは「わがフリ見て他人のフリ予想しろ!」とでもいうのか、私だけの心の教訓になっている。
つまらん返し方であるが、駄洒落好きな人と同じで脊髄反射で言葉が飛び出す仕組みが出来ているのである。もちろん、気の置けない人間に対してゆるんだ会話をしているときだけにその仕組みは発動するので、失礼な場面に遭遇することはめったにない。(ときどき、油断してゆるんだときに大変なことになるが。)

で、とうとう明日、四捨五入「入れる」年齢に到達しちゃいます。今度の四捨五入は、女性の年齢としてはかなり「熟」といわれてしまいそうな範囲です。熟すれば熟すほど、バカオトナとして生きていかなければならない自分が怖い。バカはバカでも素直にバカでありたい。と、自分の出来る範囲でフォローを入れておきます。

お義母さま、ワイン有難うございます。「西友でいい下着を上下セットでそろえてね。」と西友の商品券までつけていただいて本当に有難うございます。すばらしい下着ライフを次の一年はすごせそうです。


こりゃブラ・ボー!(笑)
2004・9・2

今月もセゾンカードにお世話になります。ご優待で15%オフ!!(笑)

「下着はいいものをつけなきゃ。」そう義母に言われて、今回は3000円以上のブラを買う!と心に決めていたのです。コレまでの私は3000円未満のブラしかつけたことがありませんでした。いやほとんど1000円以下です。(笑)

天下のワコールが京都にあるというのに、ちょっとお高いブラは一度もつけてみたことがありませんでした。(3万円ほどの補正下着除く(笑)極端すぎ!!)
しかし、最近マジでバストトップの位置が下がってきたのを感じまして、コレはイカン、少し考えたほうがいいな、と思いはじめました。どうしても安物ではもう、維持できないところに来てしまいました。

「きゅきゅっと!アップ!」

そんなコピーがあふれた下着売り場にやってきました。(西友の。笑)うわー、ラブリーなレース・・・。でも、やっぱり、「おなか引き締め」「ヒップをまるくすっぽり!」こういうコピーのものに惹かれていく今日この頃。正解です。華奢なレースではセルライトをまとめることは出来ません。で、まさに「きゅきゅっとアップ」と書かれたブラとパンツを(パンティーって書くと恥ずかしさが倍増するのはなぜだろう。なので書けない!)握ってレジに並びました。あー良かった買えた。15%オフです。デザインもかわいく、そしてやさしくフィットするような素材感です。

早速家に帰って試着(ほんとうは下着売り場で試着しないと!と義母に怒られちゃいました。でもなんだか恥ずかしいやら、店員がいないやら。)してみました。

『ふんわり』

おお?なんだ、このツケ心地は・・・。何もつけてないみたい・・・。軽!!

「あ!」鏡を見て目を疑いました。「谷間が!!」
そうです。すっかり勢いをなくしていた私のバストが雪見だいふくのような盛り上がりを見せていました。わ〜・・・。

調子に乗ってきました。昔補正下着屋で教えてもらった、ブラのつけ方をやってみました。アリとあらゆる場所に散った肉をバストに集合させました。

「!」

鏡に映っていたのはふんわりとしたバスト。雪見だいふく大盛り50円増しくらいのふくらみが。はー。30数年生きてきて、初めて天下のワコールのすばらしさを知りました。

次の日、もう一枚(今度は肩ヒモが外れるやつ)買いに走ったのは言うまでもありません。だって、洗い替えがいるじゃないの。(笑)
もう、このふんわり、アップなツケ心地に夢中です。

あー、ほんと、世界にはまだまだ私の知らない快楽があふれています。今までそれを知らずに生きてきたなんて、ちょっと悔しい!!

これからはご優待の日は下着を買う日になりそうです。

 

☆実際親子で下着を抱きしめてレジに並ぶ婦女子が多数みられます。

 

ねを・東京
2004・8・28
先日、東京からあうん堂という劇団に出演するために「が●こ」で働きながら大阪ステイしているあきつねをさんが我が家を訪れました。彼女が我が家にやってくるなんて、ほんと、一億分の1の確率ですよ。(意味不明)

で、ねをさんと交流があって、暇かもしれない大熊ねこ氏を呼び出してみました。すると、今日はそのためにあったんだ!と思われるくらいの偶然でバイトも稽古もなかったのです。決まりです。念のため用意していたお泊り布団を急遽2組に増やしました。(笑)
さらにダンナから電話があり、部下のドデくんをつれてくるとのこと。私は彼の彼女が料理上手であるという事実を知っていましたので、料理に自信のないのと、秋刀魚が3匹しかないのを危惧しましたが、きっともうダンナが強引に誘った後だろうと思い、サラリーマンの妻らしく、「いいわよ」と返事をしました。一旦電話を切ったのですが、ねをさんのビールの好みとうちにあるビールの好みが違うだろうと思い、再び電話をしました。「サッポロ、ラガーにしてくれ。」というと、「スーパードライ買ってもうた。」とのこと。「返品交換でヨロシク。」そう伝えて電話を切りました。しばらくしてダンナは「キリンラガー」を買ってきてました。まあ、いいか。

大熊ねこも到着して、良くわからない、恋のはじまりそうにない飲み会がはじまりました。シャッフルできない男女が集まってしまいました。(笑)

「こいつええ男やろ?」とダンナはドデくんを大熊氏に勧めますが、前述のとおりドデくんには料理上手な彼女がいるのです。それににっこり笑顔で答える大熊氏は、今日は明らかにドデくんより酒と食べ物とねをさんとの再会のほうにめろめろになっているのが見て取れます。ダンナは空気がいまいち読めないのです。ドデくんもとりあえず安く飲み食い出来ることに心を躍らせているのははっきりしています。ねをさんはやはり再会の宴に酔いしれています。私はその宴を楽しんでもらうことに妙な快感を覚えています。ダンナだけが男と女の出会いの予感を感じているようでした。(笑)

結婚当初、私はダンナにしゃべりかけるたび、「お前、声でかすぎ、うるさい!」と再三注意されていました。最近では引きこもって誰ともしゃべらない日々のほうが多いので声のボリュームは低めになっていました。なのでその意味が良くわかりました。
夜も更けるうちに盛り上がっていく酒テンション。周囲の寝静まる時間に我が家はどこの居酒屋だろうという状況です。現役複式呼吸のねをさんと大熊。そして元野球部のドデくん。でかい、会話が飛び交います。「行くぞーセンター!」「ウイーッス!!」「声出せー!声ー!」「ウイーッス!」
その宴は夜中の2時を回る頃にやっと会話がバックホームしました。

いやー楽しかった。カラダが心配でしたが、何とか楽しくのりきりました。
次の朝、予定通りお泊りコースを堪能してもらったお二人を笑顔でお見送りすることができました。
ダンナとドデくんは酒の抜けないままコンビで朝から外で仕事。きっと暑くて嫌な汁が汗とともに出ることでしょう。

私は、すがすがしい気持ちとさみしい気持ちを抱えながら洗濯をはじめたのでした。

☆ねをさんはこぼしたジャイアントコーンのチョコレートまみれになったワンピースを洗って、乾かないまま着て、さらに髪の毛も乾かす間もなく、どこか溝にはまってしまったいたいけな少女のようないでたちで旅立ちました。本当にいたいけな感じの後姿でした。
お互いいつまでもかわいい女でいましょうね♪うふふ。また来てくださいねー。

 

声が出ないってこういうことか・・・
2004・7・21

久々に日記更新。ワイキキビーチからこんにちわ。

実はミナミの島へバカンスに・・・でなく、結婚式に出席するために行ってました。ハワイです。ええ?私がハワイ・・・。似合わない・・・。
と思ってたけど、行ってみたら行ってみたで、かなり楽しい!なんといっても、日本の夏のようなむしむしした空気がないのでカラッとしたすごしやすい気候が気に入った!
たびたび私は角松敏生氏のことを持ち出していたが、ここに来て初めて彼の作品の風景を目の当たりにしたのだ。
角松敏生の見たであろう風景、角松敏生の過ごしたであろう時間。それらをちょっと垣間見たようでなんだかちょっと感動してしまったのだった。青い海、白い砂、サーフィン、ビキニ、プールサイド。テラスで食事をしながら、海を見ていると、「ああ、角松敏生はここでいろんな女の人といろんなことをイタシていたのだなあ・・・。」と訳のわからぬ妄想にふけってしまった。私が30年以上生きてきて初めて体験するこの南国ムードを、角松敏生はもう20年以上前から繰り返し繰り返し歌ってきたのだなあ。私の20年ってちょっと損だなあ・・・とか、どうでもいいちょっとした後悔なんかしてみたりして。いや、幸せでした。
でもって、昨日帰ってきたのですけど、ちょっとショックな事件を耳にして、久々にいやーな気分になってしまったのです。で、お風呂でちょっと泣いてしまったのですが、気がついたら声が出ない・・・。泣いている呼吸で涙を流しても、声はひゅーひゅー言うだけ。おどろいてしゃべってみたら、とぎれとぎれでまともに出てこない・・・。なんなんですかコレ。
そのニュースが原因で、カラダが反応した訳か。困った・・・。
幸いなことに一時的なものだったらしく、落ち着いてきたらだんだん声が出るようになったのですけど。おわー。びっくりした。パニックってこういうことなんかな・・・。
南の島でのリフレッシュが一気に無駄になった気分だ・・・。

 

いろんな意味でここんとこ心も体もめまぐるしい日々だったなあ。

 


7年ぶりの再会
2004・6・20

先日、大学時代の友人のおうちにおじゃましました。

思い起こせば、彼女との接点はサークルのボックスに居た、というところだけで、当時特に仲良くプライベートで食事に行ったり、遊びに行ったりしたことはありませんでした。しかも連絡先をまったく知らない上に、一部行方不明説が出てました。レベルとしては「ぜんじろうってどうしてるんだろう?」とふと思い出すくらいの感じですか。レベルぜんじろう。

ひょんなことから、大学時代から実はかくれ乙女系であった男友達が、保険の外交を始めたことで、一気にネットワークがつながりました。彼を媒体にしていろんな情報が入ってくるのです。で、私も紹介というか連絡先を知っている大学時代かなり親しかった女友達のところに電話してみたりしたんですけど、なんだかちょっとよそよそしくなってしまっていました。っていうか、相手が実におちついてオトナになっていたのですけど。(というか、自分のことを自分から話すのでなく、私の質問に答えるトークだったのでどうしてもハナシが続かない・・・。(涙)そういう状態の時、「で、今ごろ何の電話なのかはっきりしてくれますか?」という無言のプレッシャーを感じちゃいますよね。自分にご無沙汰しちゃってる負い目がある分。笑)

と、いうわけでと、下手な司会のようなツカミで恐縮ですが、なぜかこの「そんなに親しくない」私に恐れ多くも会いたいとおっしゃってくださったのが、先日の友人なのであります!ちょっとうれしい♪(かなりうれしい♪)
ひょんだ・・・実にひょんだ。

彼女は今アロマテラピーのサロンを自宅で開いています。その自宅。きっちりしている。何がって、収納です。一見ごちゃごちゃに見えそうなのにどこか統一感とスクエアーな感じにしあげてあり、通販で厳選した小物でこじゃれかわいい雰囲気を漂わせているのです。よーくみると、ダイソーでおなじみのグッズがうまいこと使ってあったりして、なかなか。100均命の私にとってはライバルの炎が燃え上がります。くそーそうきたか。そう配置するか。むうう。関心高し。

が、リーズナブルなインテリアばかりかというとそうではありません。家電!富士通夏モデルのパソコン、キムタク仕様、画面でか!に目が釘付け。ええーなー。いつもの2ちゃんねるもこいつで見たら

でかいよ、文字が。(←コレもさらにでかくなりますね。)

でかいパソコンのモニター兼TVの前で、でかいオムライスをごちそうになりご満悦。ご馳走様でした♪
しかもテレビ大好きな彼女の計らいで、いつもの昼ドラも逃すことなくチェック。すんません。どうしても安達祐美と浅香唯が見たかったの・・・。(笑)

保険の外交くんも程なくして到着。(なぜか女の手料理を食べるのがタブーらしく、お昼は遠慮していたようです。人にはいろいろな慣習があるものだ。)今日は5時からのアポまではフリーらしく、なんだか良くわからないけど大学時代にサークルのボックスで過ごしたようなマッタリムードでお茶を飲みました。

彼女と外交くんは良く大学の時からおしゃべりしていました。私にとっては彼らの思い出話が初めて聞く話だったりしてちょっと新鮮でした。しかも絶対その場に私もいたら一人でも大盛り上がりしてしまいそうなコネタが満載な過去をお持ちでした。いやー残念。人はときとして過去のチャンスを取り戻す幸運に恵まれたりするものですね。「天使の名前」にはのけぞりましたが。罰当たりな笑いだなあ。(今この場ではかけません・・・。)

考えてみればいい年になった女友達とまったりお菓子をつまみ、お茶を飲むおっさんって構図も面白い。乙女系だから自然か???そう、本当に女友達3人で集まったように平和に何気ない会話に花をさかす我々は3人とも女子大生です。(アングラな。)

インターネットやケイタイが身近に無かったあの頃は一緒に居ないと共有できないことが多かったなあ。今は一応こうして私のHPを見たり、メールを打ったりで、生活のついでに共有出来る。今後この古くて新しい付き合いがどんな風に発展するのか?未知数・・・。
ひとつ気がかりなのは・・・外交くん、私のことをネットワークにのせて発信しないでねええ。がああ。個人的な精神的葛藤ですが、今でもあのころの私を思い出すと懺悔したくなります。おれが悪かった、許してくれ。と、何にも考えないで無責任に生きてもそれなりに生きてた。そんな過去の私のバカさ加減に今の私は身もだえするのですわ。だからどうかー最低限の情報を流すにとどめてください〜私は〜日かげにひっそり咲く野の花〜・・・。(笑)

7年ぶりの再会は密度が濃かったです。いやー時をかけるね。

またお茶会に呼んでくださいまし。次回はねこちゃんにもお土産を持っていかねば、ね。


戻れない道
2004・6・1

今日から6月です。すごい。2004年がもう半分になっている。そうなんですか?

今年の初めにはじめたヨガもすでに5ヶ月。いやはや。週1回のヨガでは肩こりが取れたくらいが関の山・・・。これがゆるゆるしたサークルって感覚ですな。
でも最初はそういう「ゆるい」感覚にすっごく違和感をかんじてました。なんていうのかな。もっと真剣に取り組まないと怒られるーみたいな。でもいいんだわ、これで。とやっとリラックスしてきました。そういえば今まで習い事とかクラブとかってどっかで競争みたいなところがあったよなあ。切磋琢磨っていうのかしら。そろばん塾では誰がはやく伝票ホルダーをゲットするかとか(3級にならないと伝票算って出てこないから、伝票ホルダーは憧れでした。)、卓球はレギュラー、それもシングルの選手になれるかだったり。そういえば自分の内面に向かって磨くという気持ちで過去の習い事はやってないんじゃないかな。自分磨き的な習い事もどきでは週一の必修クラブで茶道をやったけど、アレはおやつを食べにいっていたような感じだったし、磨くっていうより、居るってかんじで今はすこしも作法が身についていない自分がここにある。惜しい、今となってはチャンスをみすみすおやつで台無しにしてしまった気がする・・・。
なのでヨガは自分的には画期的でした。
芝居してたときもなんだか負けるもんか!って気持ちが強すぎてぴりぴりしてたなあ。なにに負けたくなかったのだ、私よ。(最初はおそらく劇団の練習に負けたくなかったのだわ。きつかったなあ・・・。筋肉が文科系の私にとっては。笑)でもそういや、最初は自分のペースでがんばってたよな。自分がどんなとこが弱いのかを見極めることからはじまって。いつからか、何かに取り付かれたように何に負けたくなかったんだ?私。
あせるな。私。とかおもいつつ、出産にかんしてはあせったほうがよさげ。こればっかりはねえー。卵子の生産期間に限りがあるからなあ。

で、私の体ですけど、硬いとおもっていたのですがやわらかいのだそうです。ただ筋力がないとのことです。(笑)多分、今までの筋肉、垂れ下がってます。恐ろしいことです。
以前舞台の写真を見た某氏が、「○ゲマツ、腹の筋肉割れてるなー!腹、筋肉やなー!」と言ったのはすでに過去。今やケツやモモの贅肉が割れています。あー。重ね重ね恐ろしいわ。衰えるってはや!

とにかくヨガは妊娠してもやれるので、自分的にお得な習い事だわな。ああー来週は月謝。
今は「負けたくない」でなく、「モトをとりたい!」気持ちがネックなのかもしれないです。


あたしんち
2004・5・18

私の家の前は道路なのだけど、クルーっと新築の家が取り囲む一角で、車は入ってこない。ので、こどもの遊び場と化しています。近所のちびっこたちがおかあさんと集まってくるのです。
それはそれでいいのですが、少し前まで三角ベースにも満たないただ投げて打つだけの野球ごっこをする男子たちがちゃりでぐるぐるしながら集まってきていました。(推定年齢10歳)そのときは野球のボール(やわらかいヤツ)が、カーポートの屋根にあたり「ドカーン!!」と爆撃をくらったりして、2度ほど注意をしたのでした。その男子の親がそばにいるときなど、ちょっとこぶしを震わせて「きぅをつけてね・・・」と理性を最大限に保ちながら張り付いた笑顔で注意したものです。(笑)

さて、そんなある日、また私の家の前は野球ごっこのスタジアムと化しました。リビングは大解放な私の家。それに遮光のレースのカーテンが引かれているのですが、このカーテンが優れもので、まったくなかは見えないけど光を透すし、UVはカットするという代物。なのでその日もカーテンに鼻がつく距離に仁王立ちになって私は男子達をみつめていました。

「ふふふ、私がこうして仁王立ちでお前達をみつめているとは気がつくまい!」

まさか全裸で立っていても気がつくまい。(笑)

しばらくして、「どかーん!」と爆撃が、今日は窓ガラスに来ました!!あう!割れなくて良かった!!スグに私は窓をあけ、一呼吸入れて落ち着いて注意しようと思いました。が、切れるのが早かった・・・。私は男子達に向かって、

「下手な野球ならやめてしまえーー!!」

と、高らかに叫んでいました・・・。斜がかかったさくらももこの漫画のような顔が、いっせいにこっちを向いた、と想像していただければその場の空気がなんとなくお分かりいただけることでしょう。
「・・・すいません。」沈黙の後、私と目があった近所の男子が応えました。
やばい!どうしよう!なんとか私がエキセントリックな隣人であるという視線を回避しなくては!フル回転した脳みそから発した言葉は、

「がんばれよ。」

フォローどころか、意味不明です。

その日以来、男子は野球ごっこをしていません。

このごろは女子たちのままごとと、地面のらくがき、そして補助輪を取っ払った小さな自転車が走る平和な土地となりました。

が、やっぱり私のリビングからは手に取るように外の様子がわかるので、この事実をご近所が知ったら、気持ち悪がられること必至ですね。

だれかがあなたをみつめてるって。


ごめんね私
2004・5・12
写真だー。義理の妹の結納の写真だー。きれー・・・。っと思い、私とダンナと3人で写った写真をみて愕然。

だれだよこのおばはん・・・。

だれだれにただれた毎日のおかげで見事に重力に負けた表情が・・・。いたましい・・・。
自分の中での「わたし像」は見事に打ち崩されました。ああーこれが今の私の現実なのね・・・。

ひょいとソファに座った私の太ももには肉ワレが・・・。ひーーーーっ!!(連続4こま「ひーーーーっ!!」BY.楳図かずお)
こりゃあいけませんよ。中年です。これでは・・・。恐ろしいですねー。30代前半から後半に向かう坂につまづいてすっころんで急速に転がり落ちているじゃないですか!!ヨガで肩こりはとれたものの(ぶんぶんまわります♪)見落としていた事実。これはダンナに見捨てられる度80%以上だわ。あーそういや、最近人にめったに会わないもんねー。会うとしても外じゃないし。近所にはものすごくはげしい格好で出かけていく私・・・。(Tさんに、もっとかまいなさい!とお叱りを受けました。そんなひどいとは・・・笑)
ほんとごめん私。がんばるわ私。とりあえず。


ひさびさの美容院
2004・3・4

うー。髪の毛がぼうぼう。数えてみれば半年くらい(!)切ってない。(笑)どうよそれ。
で、いきました。もう、ピンでも、ヘアゴムでもごまかせない。うねりをあげているメデゥーサのような頭を振りみだし、チャリをこいで近所の美容室に行った。
案の定、「これは・・・!?」という感じで運悪く担当になった美容師さんも苦笑いを腹のそこに収めたようだった。
でさらに運命のいたずら。ダンナの担当の人だった・・・。わちゃー。もういいや。半分やけになりながらおしゃべりをしてしまった。1ヵ月後にダンナと再会したこの美容師さんはどういう風に言うかしら。マメにカットにくるダンナに、ぼうぼうの妻。

で、なんとか人並みのヘアスタイルになりましたが。

で、その美容師さんにお願いしたヘアスタイルは、「コンセプトは渡辺満里奈で」。

びみょう・・・・・。


いきてます!
2004・3・3

やだ!年もあけてひな祭りじゃないの!!ちんぎょひめです。日記って毎日書くもんですよね??(笑)
さて、一部他の場所で意気揚々とヨガはじめました宣言してた私ですが、筋肉の無さに涙している毎日です。いつも使っている筋肉はほんの一部で、ヨガでうごかせ!と命令される筋肉は、日ごろからは考えられないところだったりして体がびっくりします。なので、急に変なとこがつったりします。無言でもみほぐしていると周囲から不審な目線を感じ、どうしても説明をしないとならない状況になってしまい、まぬけです。「肩がつりました・・・。」肩ってつる??つっちゃったよ、あたしゃ。
で、皆様笑い飛ばしてくれるので気が楽ですけど、これが漫画みたいなバレエ教室だったりしたらどうしようとふと妄想にはいったりします。あ、瞑想にはいらなあかんのに・・・。
効果はでているのか、風邪をこじらさなくなってきました。肩こり、眼精疲労もやや軽減。背中が軽く回る回る。
うーむ。もし50代になったときに今と同じくらい体がうごくようならすごいよな。いや、実際私の周りの他の生徒さん達は50代が大半ですし。それでもちゃんとついていってるってのがスゴイ。
妊婦になってもやれるってことで、今後はそのような状態になったときにかなりチカラを発揮してくれることを祈ってます。血液びゅんびゅんまわして子供にきれいな血を絶え間なく送り、すぽーんと安産でよろしく!
タモリにお守りかいてもらわなきゃね。(笑)


だんだんゆかだん
2003・12・10
床暖房に寝転がると殺人的な睡魔に襲われる。温泉に入ったようなだるーんとした温かさが私の背中に伝わると、もうだめ。床の硬さなど気にならない。そのままおちます、おちます、眠りの中に・・・。うはああん。テレビつけてます。聞こえてます。でも何言ってるか理解できません。ああ。そんな状態で夕飯の後はもうだめな私。子供の頃なら誰かがそのまま布団へ運んでくれただろうけど、今では私も立派な大人。運んでくれるはずもない。今日みたいに寒いとガス代を忘れてひたすら床暖房の温度を上げて、温泉気分を味わいたくなる。究極は「疲れたろう、パトラッシュ。僕も疲れたよ。なんだかとっても眠いんだ・・・。」フランダースの犬気分である。まあ大概は10時くらいにダンナに「風呂にはいれ!」とたたき起こされる。はあ。天使に運ばれてベッドに入りたい。そのまま朝までいい夢みたいわ。で、ちょっと前、朝5時に死体のようにリビングに転がっていたことがありました。はい。さすがにそれはイカンと思いました。

素敵な人
2003・11・14

私は素敵な人って言葉はなかなかいえないタチなのであります。「素敵」って言葉がめちゃめちゃ照れくさい。なんか気障で、うそ臭いイメージがあるのです。
でも、この間、本当にこころから(本人に言ったわけではありませんが)「素敵やなあ」と口に出していってしまいました。その人はとあるお店の店長さんなのです。とても腰の低い、感じの良い親切な人なのです。っていってもお店ならだれだってあいそいいじゃん!と思われる方もいらっしゃると思います。はい、そうかもしれません。その人は仕事の付き合いを介して知り合ったのですが、最初にお仕事で知り合った人のお友達でした。その人が店長さんとの関係は「おれの子分」という言い方をしていたので、「ジャイアンとのび太」みたいなものかなあというイメージがついてしまいました。
会ってみるとどちらかといえばビジュアルは「スネ夫」でした。(笑)
それからほぼ5年ぶりくらいにお店でお会いしたのですが、「スネ夫」はやや貫禄がついていい感じになってました。ええ、いい年のとり方をされています。当時はやせすぎだったのでしょう。ますます、いい!!「素敵」!!と、当時から少々気になっていた私はこの再会を近年まれに見るテンションのあがり方で迎えたのでした。(ダンナ公認)
いやーまた、お店に行こう!と思いました。
はあ。また会う日まで、私も自分を磨いておこう。でも「当時よりやせたね!!」という言葉を素直に取れるようにしとこう。つい「いやーやつれたってことでしょ?」とか、自分をおとして反す話法はやめなきゃね、自分に自信をつけて!

 

ビバ!怠け者!
2003・11・4

11月になりました。今日はとてもいい天気なのです。さて、HPのデータが消えているのでまた、全面リニューアルします。するって。ほんとほんと。今日はELT(すいませんねえ、そんなの聞いて。ええ、あいのりで泣いたりして。すいませんって!)のベストを借りてMDにおとしました。そして返しに行くのが面倒だなあとちょっと思いつつ、散歩がてら駅前まで行こうかとおもいます。さて、火曜日はなんだか月曜がオヤスミだったおかげでちょっと怠け気分。

 

はじまりとおわり
2003・8・5

自分の日記をよんでいると「暗いやつ」だと思う。某女史の日記は毎日温かい言葉で綴られて、そして必ずみんなが良い一日を過ごせるようにと記載されている。本当に温かい言葉ばかり。で、その人の笑顔や、声もすごく温かいんだよね。文章である程度その人の側面を知る事はかなり可能だと私は思う。

はじまりは他人へのあたたかいよびかけ。おわりは他人への幸せを祈ることば。

そういう日記をつけてみたいものだ。

今日もイヤな話を聞いてしまった。

愛の才能のないコドモオトナが増えすぎている。

 

母に注意されていた事
2003・8・4

私は人をおいつめるらしい。

そしてわかった。私には母性がない。

母が私に言いたかったこと。

「あんたはきびしい。」

それは母性による優しさを持ち合わせていない事だった。

だから母を理解するまで時間がかかった。

それでもだれかに抱きしめられたい。

わたしはわすれものをしたイケナイ子でおわるのかもしれない。

 

やっと夏休みっぽいお天気
2003・8・1

今日は久し振りに暑かった。といっても例年よりかなり体感温度が涼しいと思う。

連日夜遅くなって、てへへ、と思う私だけど、ヒトとしゃべる時間がこんなにあるってのは貴重だなあと思う。最近他人から受ける刺激が減ってきたので。本当に聞きたい話や、しゃべりたい人、しゃべりたい内容。コレを満たす他人と居られるってのは本当に幸せだなと思う。私の夏休みだ。そう思う。限りがあるから夢中になれる。そんな時間をすごすことがまだできるなんて。

明日も朝の陽射しが原色で、せみの声がサラウンドな夏休みの幸せなひとコマを見れますように。そしてそれがダンナと二人共通の体験なら尚良いのに。ね!

 

ラーメンはやっぱ博多タイ!
2003・7・30

いやーひさびさに新しい味。はじめていく店だ。稽古終わりの開放感にのせられて、おなかもすいた事で、みんなでラーメンでも食べようって話になりました。いやはや九州人の私にはとても魅力的な博多ラーメンの店にいくことになったのであります。

地元博多でもたしかかなり有名なお店です。「一風堂」。『すみれセプテンバーラブ』ではありません。(シャズナの前の元ネタは一風堂という3人組のバンドが歌ってたんですよ。土屋昌巳さまはビジュアル系のはしりでしょうか。今でも研ナオコと似ているメイクが脳裏に焼きついてます。)店内は一杯でしたので外でしばらく待ちました。わくわく感も高まるって感じ。久々の博多ラーメンに私はテンションが上がります。

細めん、豚骨スープ、替え玉、紅しょうが、ゴマ、高菜。これやがな。でもちょっと店内もこぎれいで、なんだかぎとぎと感が今ひとつないのが物足りない。やっぱみよしのごちゃっとした感じも捨てがたいなあ。向こうの方がトッピングもバラエティーに富んでいるし。ゴマはすらなくてざらざらとかけるほうがそれらしい。ちょっと上品だね、一風堂よ。

しかし私は替え玉までして平らげました。そして高菜が気管に入りました。死にそうに咳き込みました。いや、コレも九州人としてはこらえねば!げはげほげははは!うえーい。(汚い・・・。)

いやー肉はうまいね。どろどろのゼラチン質。しょうちゃんに肉をわけてもらってさらにハッピー!いや、得した。こんなに親切にされたのはひさしぶりだよ。大げさによろこびながらさらにテンション上げてスープを飲む私。ああ、これ全部肉、肉、私の肉になるのだね。夜10時は既にまわってるしね。

でもいいのだ。たまにはみんなとごはんを食べて、バカな話をしてリフレッシュして、そして大笑いすればもっと私は周りに優しくなれるのだ。心にゆとりをときどき与えてあげなくっちゃ!ね!

本当にみんないいやつら。私はそんな仲間と舞台を創れる。本当に幸せだわー。梅酒でちょっと酔ってるか。今日の文章はふにゃふにゃだよね。いつかみんなで九州に行こう。私の生まれたすっげー田舎にご招待したい。そこでのんびりみんなで実は一晩にいくつも見られる流れ星を体験して欲しい。空は天球のように空しかない。ビルの間の切り抜きじゃないんだよー。

なんだかしあわせでした。今日のラーメンは。しあわせのラーメン。いい舞台にしよう。そしてまたみんなでラーメン食べに来よう!

 

結婚とは
2003・7・28

サンテグジュペリの言葉を借りると「結婚とはお互いがむきあうのでなく同じ方向を向いて歩いていく事」なのだそうだ。簡単そうだがそれは、同じ方向に同じスピード同じフォームで歩く作業を極めなくてはならないということなのではないか。

世の中には相手と同じ方向を見てて歩こうと思っても相手に向かうことも出来ず、自分の内に内に向いてしまう人もいる。または、早足で先に行ってしまう人もいる。どちらも「一緒に」同じ方向になんて歩けない。

私の結婚はどうだろう。時々息切れするけど相手も適当に先に行ってタバコをすいながら待っていてくれている。私が生き生きしているのを見て、それもまたいいんじゃないか?と新しい価値観もすこしずつ持ってくれている。前を見て自分のペースで歩いているけど少しずつ歩幅はあってきているのじゃないかしら。少なくとも私は方向だけ見失ってないし、ダンナの歩くフォームも少し似てきたような気がする。(笑)

つまり私は方向を、ダンナはフォームを、それぞれ修正しながら歩いている。まだスピードまでは気が回らないが。(笑)

「同じ職場」「同じ学校」「同じ趣味」「同じ年」「同じ釜の飯」・・・。同じって事は、本当に誰かと同じってことは難しいことなんだ。結婚は愛で、そして山登りで、共同プロジェクトで、契約で、すり合わせて、いたわって、引っ張って、相棒が崖から落ちそうになったらお互いの力をあわせて「ファイト一発」気合を入れないと同じところに一緒に行くことは出来ないんだ。

多くの人は相棒を自分の作った小さな犬小屋につないで満足してしまう。かみつかれても当然だ。前を向いて歩かなければ人は生きていることを実感できない。私たちは、おいしいものを食べたり、子供を産んだり、本能を満たされても個人として存在している実感がなければ妄想と現実を入れ替えてしまう生き物だ。

犬は自分の頭の上の空をみて宇宙の広さを測る時間を、空腹を満たす作業に邪魔されてしまう。犬を犬小屋につないだ飼い主はそれをみてかわいいと思う。それ自体が飼い主の妄想であることに気がついて欲しい。結婚した相手には最低限のコミュニケーションしかとる必要のないものだという勘違いをしないで欲しい。

日本では「男」と定義された「性」を持つ方にその傾向は多いようだ。

 

ひきだし
2003・7・27

自分のなかにひきだしをもつ。芝居に関わると何度か耳にするフレーズなんだけど、具体的にどういうことなんだと考えて実行したことはなかった。(え〜?!)
やってないことはないんだけど、そこまでしなくても”それなりに”見えてたんだと思う。
私の今までの芝居って言うのはやっぱ上澄み液だったんだってことに気がついた。台本の意図する目標の表現にたどり着くのに、私は余りにも一人で演じていたことに気がついた。えー、今ごろ?とお思いだろうが、周囲と同調してなじまなくてもいい役が多かったのかもしれない。

目標をたてて物事をすすめる。これは私の実生活のうえではまったく苦手なことなんだわ。マイペースって言えば聞こえがいいけど、期限は出来たとき、みたいなかんじで、他人と関わってない部分の期限は実にいいかげんなのだ。だから人生の目標も、「あ、今出来た。」時が期限なんだよな。

そうなんだよな。だから私の人生は人よりのんびり短いのかもなあ。ときどきハッとして不安になるのはあせっているからなんだよ。

 

マネキンのように笑う
2003・7・11

今日は「オーマイキー」の上映会に行ったのだ。マネキンをつかったこの作品は某深夜番組の一つのコンテンツとして好評をはくしたため、一つの作品としてDVDなどにまとめられた。友人がレンタルで借りたビデオを又貸ししてもらって見たのが最初であった。・・・はまった。満面の笑みを浮かべたマネキンが妙に生き生きとしているのが不思議な魅力をかもす作品だ。このビデオを貸してくれた友人に「今度上映会があるよ。監督のトークショーもあるよ。」とさらに親切な耳寄り情報をもらった私は、前売り券を買い、今日にのぞんだ。

ところでその友人はフリーで役者をやっている。役者なんかやってなかったら今ごろ楽しく普通の男の子とデートしてブランド物のバッグの一つや二つは誕生日なんかにもらって、流行の洋服を着こなし、可愛い笑顔で職場でも人気の女の子なんじゃないかなあ。そんなキュートな子なのに、なんでか共同シャワーの2万5千円の部屋に住んで地道に暮らしている。全ては「芝居」をする為なのだ。

かつての私もそうだったが芝居をする女の子はフツーの幸せをある程度犠牲にして生きていかねばならない。OLの友達からもらう海外のお土産に、すこしうらやましいなんて思うときもある。ユニクロじゃないブランドの服を着ている実家にいる妹に少しだけ意地をはって活発で行動派の女の子を演じてみる。キャラが違うから、キャラがね。そう、まわりに印象付けて納得してもらうことでちょっと自分が強い人間だと信じ込んでみる。節約しながら安くて美味いものを日々探し求め自炊での武勇伝をこっそり増やしていく。そうやって自然に生きてる、生き生きしてる、やりたいことをやってる、ちょっとかっこいい自分を続けていく化粧なんか薄くても十分。安い洋服もセンス良く着こなせる。だって若いんだもん!!

それが通用しなくなってくる日が確実に来る。きっと来る。今私は、ほんの数年前のお気に入りの洋服を着るのにノーメイクでは恐くて手が出せない。メイクなしではみすぼらしい感じがする。年相応っていうのはそういうことなんだとつくづく感じる。

ギラギラした宝石のネックレスは首のシワを見えなくする為。アイラインはたるんできた目じりをキリッと引き上げる為。とうぜんくすんだ肌を隠す為にファンデーションは念入りに。肉が同じ量ついていてもハリがあるうちは形を保っていたが、ハリをなくしたとたんにゲルのように地面にむかって流れ出す。
かなしい事実だが私は確実に年齢を重ねている。友人のふっくらした薔薇色の頬を見ると切なくなる。私の頬をさわってみると骨のうえにどろんと皮膚が乗っている感じだ。まだやわらかい。かろうじて重力に逆らえる力を持っている。

笑ってみた。昔ほど輝いていないが優しいカーブを描く笑顔にすこし近づいている。マネキンのように張り付いていた私の笑顔は、だんだん人間らしい深みを持ってきたように思う。何かに対して虚勢を張っていたあの頃にはない脱力した笑顔。私はマネキンのように笑っていた頃にくらべて幸せなんだと思う。その頃に来ていた洋服が着れなくなって、少しづつすすけていくけれど、精神的には満たされていると思う。

でも出来ればマネキンのように生きていたい。やっぱりまだどこか虚勢を張らなくては恐くてしょうがない自分がいる。冷たい質感でいれば近寄る危険も減る代わりに与えられるぬくもりも半減するのだが。

 

失恋した
2003・7・8

失恋した。といってもそんな気分なだけで、とくに何にもおこっちゃいないのだが。ときどきそんな気分になることがある。昔からそうだったけど、私の好きな人は男でも女でもどっちでもありで、激しく静かなジェラシーと闘う事がよくある。私はやきもちヤキなのだ。と思う。

普段の距離感から、少し離れたことに気がついたとき、私は相手に後頭部を殴られたような衝撃を与えられた気になる。「やられた〜。」私は絶望とともに力なく倒れていく。もちろん頭の中のもう一人の私が、だ。
その相手がマイペースな人だと始末が悪い。『悪気のないのが悪いところ』そんな人に私はめっぽう弱い。見ていられない。おせっかいをやきたくなる。が、やくことは稀だ。よっぽどの思い入れ、「恋」でもしてなければおせっかいはしない。てんびん座の私は非常にジャッジを白黒つけたがる傾向があるから、盲目的にでもならなければとことん冷めた目で観察してしまう。いやなやつ。ははは。

今日の天気は変な天気で、朝の雨を続くものと確信した私は浴室乾燥を利用して洗濯物を乾かした。タイマーがあと1時間で切れる、となった時、空はなんだか晴れてきたのだ。おいおい。そんなかるーい裏切りにがくっとくるくらい、今日は心がよどんでいる。

私の好きな人は私を好きにならない。私の追いかけるものは私から逃げていく。でなく、ないものねだりなんだよ、あんた。あんたがもってないものをどうやって相手と共有するのだ。ベン図を書いても重なるものが何にもなければいつまでたっても交わらない。だからもっといろんなものを体験して体得して多くの交わりを増やさねばならんのだ。なのにどうして興味惹かれるのはコレまでに体験した事のないものばかりなんだ。体験した事を重ねて深めて、それに対して他人が興味を持つということもあるはずだ。でもあんたに興味を持つ人はあんた自身の中では完結したものに違いない。または一応完結させたものであるはずだ。だったら、それに興味を持つ相手にはあんたは惹かれる事はない。完結したものに、興味がわくだろうか?自分で重なりを創る事はたのしいが、他人が重なりを求めてくるのは苦手なんだろう。

そんなこんなで、ベン図は今日も重ならない。重なろうとしてくれる人にとっては私は冷たい人間だ。私が重なりたい相手にとっては私は迷惑な人間だ。それに気がついたら、また失恋した気分になる。恋しい他人の幸せに土足で重なっていきたい勢いなんだけどなあ。

 


立て続けにショック!名古屋章さん急逝。
2003・6・25

何でこうも悲しいできごとが続くのだろう。俳優の名古屋章さんが肺炎でなくなった。「肺炎」。ちょっと私もぞっとした。自分が入院したのも肺炎だった。担当医の25歳のAさんが「肺炎って年輩の方のほうがかかりますよね。」と言い、「そりゃアタシが年をとったってことですか?」「いえ、そういう意味では。」「あはははははは」なんてちょっとむかつきながら笑った会話を思い出した。年輩。そんな年だったのか。あまりにも昔から変わらないその姿に、私はずいぶん錯覚していたのだなあと思い知った。

おりしも、我が家は空前の「スクール・ウォーズ」ブームを迎えていた。週3本ペースでビデオをレンタルしてダンナと熱いやつらに涙していた。そのおかげで、ダンナも名古屋章さんのことを認識しており、二人でこの驚きを分かち合う事が出来た。こんな事は稀である。

本当に名脇役でありながら存在感は主役である。そんな俳優さんだったと思う。ちょっと震えたような慌てたようなしゃべり方がとても印象的だ。ダチョウ倶楽部のリーダーも真似していたと思う。おそらくあんまり名古屋章さんのことを認識していなくてもそれをみたら「ああ!」とおもいだせるのではないかと思うくらい共通の印象を誰もがもっているのではないだろうか。それ以前に知らない人はいないくらいにいろんな作品に登場しているのだが。

「スクール・ウォーズ」では学力第一主義の嫌な校長を演じている。「ゴリラは動物園に行きな」と松村雄樹が校長の事を言うシーンがあるが、失礼だが笑ってしまった。いや、ほんとにゴリラといわれればゴリラに似ている。近所にもいそうだ。そんな庶民的な魅力が見ている側を安心して感情移入に導いてくれる

今朝ほど、テレビでご長男のインタビューが流れていたがそっくりである。まさに生き写し。声も顔も。もし俳優になっていたとしたらお父さんを超えるのがかなり難しいだろう。本当にそっくりだった。
「もう一度、いい芝居を見たかった。」そういって涙ぐむ姿に、私も同じ意見だった。もう一度といわず何度でも見たかった。

もう、名古屋章さんがいないという事実。だがこれから先も永い間その姿をフィルムやテレビでみることが出来るだろう。俳優として永遠に生きる。俳優としての彼の第2の人生は始まったばかりである。

心からご冥福をお祈りいたします。

 

 


秀樹が!入院!
2003・6・24

朝、テレビをつけてびっくりした。昨日の夜の歌番組に出ていた西城秀樹が、なんと脳梗塞で入院したというのだ。ショック。

実はうちの母もその傾向があるらしく、時々通院したりしている。納豆キムチは血栓を溶かすとみのもんたが言うから、私も母もしばらくはそれにはまったりした。私の場合は予防と単純においしいからだけど。

ヒデキとあえて呼ばせてもらえれば、実はうちの母は若い頃わりとヒデキファンだった。もちろん私も何となくあのロン毛とぴちぴちきらきらの衣装にセクシーさを感じていた。かっこいい・・・。

ヒデキといえば「寺内貫太郎一家」である。(ほんとかよ。)樹希樹林さんの「ジューーリぃ〜〜」 (ジュリーってのは沢田研二の愛称である。しってるか。)をよくマネをした。ヒデキは小林亜星に吹っ飛ばされたりして怪我が絶えなかったらしい。アイドルも大変だ。

芸能人運動会や、水泳大会では、その若さ溢れる肉体をコレでもか!!ってくらいに見せ付けてくれた。テレビの前でどんどんどんぱふぱふぱふという応援の様子をマネした。

そのヒデキがいまやもう48歳。それでもあのぎらぎらした若さはなんとなーく残っている。だから私は安心していた。ヒデキ健在。まだまだ若い。その言葉はそのまま私に置き換えられる。そう、ずーーっと前からテレビで観ている人がまだまだ若いって事は私もそれほど年月を感じなくて済む訳だ。

でも私も先日入院した。体力は落ちている。がっかりだった。周囲からもサプリメントをすすめられたり、滋養強壮栄養ドリンク、健康ドリンクを紹介された。その矢先にコレだ。昨日の歌番組で新曲を披露していたヒデキ。昔のジャケット写真や、映像を見る。ああ、多少は歳をとってきてるけど、若いなあ。まだまだシャウトできるし、衣装もおっさんスーツなんか着なくてもイケテルし。すごい!ヒデキ!!芸能人ってすごい!!そう思った矢先にコレだ。現実に引き戻されて冷静に考えると中年になってしまったヒデキのカラダは少しづつ止まった時を取り戻しているのだ。

確かミスチルの桜井さんがやっぱり軽い脳梗塞になっていると2年ほど前に報道があった。その時は「ええ?若いのに!」と気の毒に思ったものだ。実際若いし。(私とそう違わない年齢だ。だからって私が若いってことを代弁しているわけじゃないから、念のため。いや、二人とも別に若者世代じゃないか。既に。)老化も若年化が進んでいるのも確かだ。ヒデキとはまた違ったスピードで歳をとっているってことだろう。

母もそうだが、この病気は初期ならばうまく付き合っていけば普段にの生活には支障はない。ヒデキも程なく退院してくるだろう。ただ自分がその病気になったという事実にがくっときて一気に老け込むこともある。母は5年ほど前その傾向があった。電話でよわよわしくカラダの不調を訴えたこともあった。だが、今も現役で誇りの持てる職場で働いている。それが彼女を支えていると思う。

妹もこの秋結婚をするらしい。母の長い現役生活はこれをきっかけにもしかしたら終わってしまうかも知れない。二人ともバカな生活をして母にずいぶん心配をかけた。経済的にもずいぶん支援してもらった。そのために今まで現役で働いてきたといってもいい。安心させてあげることが出来る代わりに、彼女はもっと老け込むのではないだろうか。仕事があること、必要とされていること、それは人を奮い立たせる。気力を呼び覚ます。

ヒデキのお子さんはまだ小さい。秋には二人目が生まれるそうだ。その事実はきっとヒデキを奮い立たせることだろう。

なんでこんな真剣にヒデキについて語ってしまったのか。やはり何でも感情移入してしまうから妄想もふくらみまくるわけだ。はああ。

とにかく早くよくなってね。ヒデキ。母も応援していると思う。それがファンの私たちを奮い立たせてくれる。ヒデキ健在!!

 

 


なきたいとき
2003・6・23

 退院して以来、まーったく外にでていません。食料は意外ともつもんですね。ていうか、日頃の備蓄率が高すぎたのでしょう。安いときに買いだめて冷凍していたものが役に立っています。でもさすがに米はつきたので、主人の実家の母から分けてもらいました。すいません。あまえちゃってます。いつも大助かりなんです。

さて、こうして家に引きこもっていると、一人の時間満喫で、妄想やらがふくらみがちです。以前も結婚して自由に家を出られなくなったとき、誰かに会いたくなってでも連絡して気軽に呼べるような人が見つからなくてなんともさみしくなって「あたしゃトモダチがいないよ。」とダンナに言ってみた。「ほんとだね。」あっさり返された。おいおい。結婚式の2次会でお前のトモダチはアタシの呼んだトモダチの半分だったじゃねえかYO!

そんなときは中学生の頃を思い出す。ある意味私は昔から病んでいたのだとおもう。学校から帰ると、好きな友達(向こうは私のことをそんなに好きではないかもしれない)に次々に電話をかけるのだ。
「宿題なんだったけ?」
同じ質問をする。その後、いろいろと世間話をして、その反応を確かめるのだ。「ああ、この人はあたしのこと嫌いじゃなさそう。」そう確信すると安心して電話を切れる。たいがいの人はおあいそってことをある程度身につけている年齢だ。

私の通っていた中学校は1学年1クラス42人しか同級生はいない。過疎の地の小さな学校だった。そんな少人数なので情報はあっという間にクラス全員、いや、町全体に広がる。いつ私の電話が同じ質問からはじまって、複数の人間にかけられているということが発覚してもおかしくないのだが、私はそれをやめられなかった。そしてある事件をきっかけに、私はクラス全体から無視されるいじめにあった。その時一体みんな私のその行為をどのように叩いたのだろう。

私のところに当時はあまり口もきいたことのない男の子からときどき電話がかかってくる。地元で脱サラして農業をはじめたらしい。彼の印象は極めて薄かった。口数のすくないおとなしい少年で、女子からはバカにされていたような気がする。教室の隅の方でやや白い顔をうつむき加減にしてじっと座っていたように思う。

きっかけは同級生の家が火事に遭い、そのお見舞いをしようという電話だった。彼は一人で中学の同級生に電話をかけ、2名をのぞいて全てに連絡をとり、一人ずつ小額ではあるが、お見舞い金を集めて、家事に遭った同級生に届けたのだ。その間いろいろな子と話をしたのだろう。Yちゃんは開業医と結婚してベンツに乗って実家に時々顔を出すとか、Mちゃんは大分で牧場主の家に嫁いだとか、へええというような話を聞く事ができた。

彼は当時と違ってよくしゃべる。よくしゃべるが、どこかたどたどしく言葉を並べるのは今も変わってない。「近所のおばちゃんとかから、変わったねえってよく言われる。」彼がそう言う。確かに変わった。当時なら こんな電話はかかってくるはずもない。なにかが彼の中で吹っ切れたのだろうか。人間関係に対して何がきっかけでこんなに積極的になるのだろう。私は今も地元の友達とは気軽に話せない。電話をして近況を聞きたいとも思わない。反対に自分の近況を知らせたいとも思わない。

彼は最近地元のホテルや飲食店に自分の作ったトマトを営業に行っているという。彼の作るトマトはイタリア産のなすびみたいな形のトマトだ。自信をもってすすめることのできるおいしいトマトだという事だ。地元の『道の駅』でもよく売れているらしい。彼はサラーリーマンをやめて農業というなまものの作品を作る職人になった。会社は彼にこたえてくれなかったが、農作物は彼にこたえてくれる。愛情をもって育てれば、その分おいしい実をつけてくれる。この単純な手ごたえが、彼の存在を「おいしいトマトを作ることのできる唯一の存在」に変えた。

「おいしいから食べてみて。」彼が今度そのトマトを送ってくれるという。たどたどしい口調は変わらないが力がこもっている。
自信をもっておすすめできるトマト。自信をもって他人と向き合える自分。

私はそんな風に過去の友達とちゃんと向き合えるだろうか。自信をもって。

そう考えると眉間から目尻にかけてツンと痛みが走った。

ああ、私、なきたいんだな。

 


恋におちたら肉を喰らえ
2003・6・3

友人の持論は「セックスと食事は同レベルのものである」。では、恋とはナンなのだろうか。
ふりかえってみれば、会いたい、一緒にいたい、キスしたい、抱かれたい(抱きたい)、そんな気持ちを抱えてため息をついていた自分のこれまでの状態は「恋」をしているとは言わないのだろうか。ただ単に腹減った、ひもじい、肉が食いたいと思っている自分と同じで満腹してしまえばそれでしばらくは肉を食べたくなくなるのだろうか。
私は食事は好きだがセックスは好きではない。その行為に至ることにひどく嫌気がさす。というかその欲求を満たす事にある時期からセックスが全く役に立たなくなったからだ。
朝目覚めたとき、羽毛布団のやわらかさに包まれてゆめうつつのままぼーっとしている時間がとてつもなく快感である。贅沢を言えばその包まれた状態に36.5度の熱を帯びさせてくれればいい。少しきつめにやわらかさを感じながら締め付けられていく体を感じるとき、それこそがおそらく一般的に言うところの「性的快感」の代償行為に当たる。
だから私が「抱いて欲しい」といっても、「セックスがしたい」という意味ではない。「抱きしめて欲しい」という意味だ。
私は抱かれたい。一緒にいて、キスして、そして相手の体温のなかに沈みたい。それだけでいいのだ。コレは恋ではない。欲求だ。紛れもなく性的欲求だ。そしてこの欲求は確かに食欲と同じである程度の時間がすぎたらまた私の中で暴れ出す。そんな欲求を呼び覚ますような相手にめぐり合ったら、どこまでで区切りをつければ罪にならないのだろう。他から見ればちょっとしたスキンシップでも、私にして見ればセックスにも等しいほどの代償行為なのだから。
つまり今の私にとって恋という言葉はそれを美しく隠してくれるフィルターでしかない。自分は人間である、動物とは違う理性を持っている、と誇示する為に恋におちたと表現するしかないのだ。
そう、私は誰かに恋をしているわけではない。欲求しているのだ。

 


さよなら、がっこう
2003・3・22

卒業のシーズンだ。がっこうとお別れ。でもそれはがっこうを卒業するだけで、いつでもそこにはがっこうはあるのだ。地図の上にもきちんと鎮座まします、わが母校。その母校が地図から消えていく。本当の意味での「さよなら、がっこう」なのだ。
過疎の地わがふるさとは、人口3万人を切ってもなお、「市」として機能しているものの、少子化、高齢化、若者の都会への流出などにより、ほそぼそと自然の中に置き去りにされている。それはそれで水、空気ともに美しく、住む人間も親切であり、また厳しい隣組などの取り決めなどもあり、昔からの良い風習が残っているのんびりした土地である。ときどき帰省するときなど本当に開放される。そら、つち、みず、かぜ、全てが昔のままの透き通った魂のままそこに在る。そうして建物、人は、風化していく寂しさはあるが、それらの恩恵をうけながらゆっくりと、すすぼけていく様もまた味わい深い。
そんな土地であるから、私の母校の小学校は既にない。もっと山の中の複式学級の学校と合計4校統合で一つの学校となり、ワックスなどなくてもぴかぴかだった長いろうかをはだしでかけていたあの校舎は取り壊されて今は更地だ。木のぬくもりを足の裏で感じていたあの校舎はその後若い先生たちが水びたしのモップで掃除の指導をする事で白くすすぼけて、天然の木の持つ美しさをだいなしにしてしまった。雑巾は硬く絞ることを誰もしらなかったのだろうか。からぶきをして仕上げることを誰も教えなかったのだろうか。
小学校がなくなるときも悲しかったが、今度はまさかの高校がやはり4校統合で一つになる。今年の卒業生でもともとの名前の学校を卒業する生徒はいなくなる。来年からは別の名前の学校の生徒として卒業する事になる。
インターネット上でその母校の名前をみつけた。そこにはこう書いてあった。

「3月22日土曜日午後二時から地元のテレビ番組の取材があります。校歌をOBで歌ってそれを携帯の着歌として配信します。」

どうやら地元にいるOBがテレビで校歌を着歌にする企画にメールで申し込んだらしい。本当に最後の最後でこんな企画にたまたま応募しようとしたその人に私は拍手を送りたい。そしてそれを採用してくれたテレビ局の方々に感謝したい。私は地元の友人にメールを打ったが知らなかった。それで妹にも連絡してみた。さすがにサブカルチャー通の妹はその番組もチェックしていたらしく、知っていた。が、どうしても用事があっていけないらしい。母に連絡してみた。「へえ〜しらんやった。」のんびりした声が返ってきた。私は実はこの書き込みを見てから日帰りで帰ろうかどうか心のそこで迷っていたのだ。しかし、こんなに熱くなっているのが私の知りうる限りで関西に住んでいる私だけだという事実にがっかりした、と、同時に大人気ないかしらんと恥ずかしくなった。
友人はとりあえず間に合うから行ってみる。どうして関西のあなたがそんな情報通なんだ?と返事がきた。いや、だから、ちょっと遠方だから熱くなりすぎてるのかも。すんません。でも一人でも知り合いがその最後の校歌の現場を体験してくれることになったのでなんだか私もうれしい気持ちになった。

時計は二時を回った。ああ。いまごろ校歌歌っているのかなあ、私はぼんやりそう思った。その時電話がなった。母だった。「いまねえ、グラウンドにあつまっとるよ。なんかね〇〇さんとか言う人がメールを送ってから、その時の代の子たちが中心でからあつまっとるごたる。」なんと母が現地リポーターよろしく実況してくれている。遠くで司会の人らしき声が聞こえている。「今から練習とかして、まだ時間がかかりそう。」そういっていったん電話を切った。
車で15分。さっき連絡したときはあまり興味なさそうな様子だったのに、電話の向こうの声はすこし張り切っていたようだ。すこし雨交じりの天気の中、母がグラウンドを見ている様子がなんとなく伝わった。おそらく肌寒い風が吹いているはず。
再び電話がなった。「いよいよ歌うよ!」そういって電話をグラウンドに向けている母。風の音と人のざわめきが軽いノイズの向こうに聞こえる。「・・・あ〜まだ歌わんねえ。伴奏もないし練習だわね。」「もういいよ、電話代ももったいないし、ありがとう。番組がオンエアされたらビデオにとってよ。」私はそういって電話を切るよう促した。そうだ、ビデオでいいや。気持ちがすこし落ち着いてきた私は冷静にそう思った。
3回目の電話がなった。母だった。「もしもし」私がそういった向こう側には母の声はなかった。その代わりに懐かしいメロディーがはるか向こう側から響いてきた。校歌だ。私は携帯の受話器の中のノイズに蹴散らされそうな音符たちを捕まえるように耳をすませた。

「てんぶんゆたかにはっきせん」

意味もわからず歌っていた歌詞が記憶の中からあぶり出しのように浮かび上がってきた。つづいて私の目には懐かしい気持ちが溢れてきた。「さよなら、がっこう」、いい思い出はなかったように思っていた、でも記憶の中には楽しかった気持ちが溢れている、気持ちだけが刻まれている。物事のディテールはもはやデフォルメされており、自分に都合の良い楽しさだけなのかもしれない。でも、たしかに受話器の向こうの場所に私がいた、そこから始まったこともあった。記憶の中のその場所は今度こそ本当に幻になるのだ。

「きこえたね?」
「うん、歌は聞こえんかったけど、伴奏はきこえた。」
「ブラスバンドの演奏だよ。」
「ありがとう。」
「よかったねえ。」
「本当にもう最後やけんね。」
「感動したね?」
「感動した。」
「お母さんもちょっと感動した。」
「電話してよかったねえ。私。」
「うん、よかった。聞けてよかった。」

「ありがとう。」

電話を切る前に母に私が言った言葉は受話器の向こうのがっこうにも聞こえただろうか。 さよなら、がっこう。
もうすぐ新しい年度が始まって、そこに私たちのいたがっこうの歴史は幕を閉じる。

 

 

戦争だだだ。
2003・3・21

昨日から戦争なのだ。イラク攻撃開始。そのニュースを見たとき、ちょうどお昼ご飯を作ろうとおもっていたところだった。今日は一日戦争のニュースでテレビはずっと特別報道番組だろう。と思うとなんだかいやになった。でもご飯は食べなければ。そんな場合じゃないのにおなかがすいていることを解決する方を選ぶ私たち。
それが昨日の私たち。

今日も良いお天気。日本はお彼岸。花粉が飛んでいるからお墓参りは気をつけてね、と気象予報士が呼びかける。そんなうららかな日。私は朝からスーパーのチラシをチェックしている。一円でも安いものがあればそのチラシに蛍光ピンクのマーカーで丸をつけ、今日のお買い物の計画を練る。自転車で移動なので効率よく二〜三軒のスーパーをはしごできるように計画を練る。道順、買うもの、ついでの用事など。本日は一つのスーパーで事が足りるようだ。16ロール198円のトイレットペーパーをチェック。つい最近ちょっとだけペーパーの値段が上がってきたようだとテレビで言っていた。でも、現実にはまだまだストックもあるしモノ余りニッポンの神話を信じている。意地悪な業者には振り回されないゾと、チラシを吟味する。コレがもう振り回されているのかも知れない。無駄なストックを増やしてかえって家計を圧迫する事もあるのだ。気をつけて気をつけて・・・。
スーパーに行ったら16ロールだとチラシに載っていたのに、実際は12ロール入りだった。誰も気にしないのか文句をいう人はいない。みな入り口からまっすぐにトイレットペーパーに向かって歩いてそれをキープしてから買い物にいそしむ 。私だけがこんなまんじりともせずに言おうか言うまいか悩んでいるようすだ。JAROに相談したらいいのか?その間もどんどんペーパーはお客さんの手にわしづかみにされて連れて行かれる。自動的に減っていくみたいだ。私は結局腑に落ちないままペーパーを買って帰った。すこし胸の奥がもやもやするのは私の心が狭いせいなのか。
そんな気持ちの中テレビをつけてみる。バクダッドは火をふいている。負傷した市民がベッドに横たわっている。
ああ、平和な闘争。私の今心の中に起こっているこのもやもやはほんの小さな葛藤。私の住むこの町の中で私だけが一人戦っている気になっている幻想。
もしかしたらかの大国の大統領殿も、実は一人で戦っているだけなのではないだろうか。
もし私が店で怒りに任せて怒鳴り散らして迷惑な客になればトイレットペーパーは16ロールのものと取り替えてもらえたかもしれない。一緒になって16ロールを手にしようと躍起になる人もいたかも知れない。正しいことと、過ちを許す事、権利を主張する事、それらに耳を傾ける事、全てを放棄する事、どれも私たちの生活の中にありふれた事なのだ。
避けるべき事は生命の危機。

平和な悩みを抱えた小さな世界で今日も私はうたたね。こんな毎日が不幸だろうか。
それでも不安なまま生きている私はまた一人で闘うのだ。かの大国の大統領殿。あなたは何にとりつかれておられますか?

 

 


とうとう・・・超えた!肥えた!

2003・3・15

今日は芝居を観た。すいません。毎日なんかろくでなしみたいな感じで。いや、家事はやってますって!!

私の好きな女優さんで内田淳子さんの出ている舞台を観たのですが、彼女はもともとはかなげな女性なのですが、更にはかなげになっていました。コレは役作りのせいもあると思うのですが、それにしても細い・・・。全てが細い・・・。

家に帰ってお風呂に入り、体重計に乗ってみた。・・・・・。
ばびょーん。役者をやっていた頃より5キロ増・・・。あかん。これではあかん。内田さんのようにはかなく死んでいく役なんて一生できない。同じ死ぬでもきっと私は頭の上にカナダライが落ちてきてずっこけて死ぬ役だろう。ぶざまである。こっけいである。とおりこして悲劇である。

ダンナにそのことを告げると・・・またでた。離婚の二文字が!!って冗談だが出る勢いで彼はデブが嫌いだ。差別だ!と訴えてみても経済的にも不都合が出てくるので(洋服を買い換えなくてはならない、食費がかさむなど)強く反論に出られない。今経済を圧迫しているのが私だということになれば、こづかいを減らしてタバコを買えなくして禁煙に持ち込もうと目論んでいる私の計画がおじゃんになってしまう。それどころかわずかな私のおこづかいも生活費の補填に当てられてしまう。いかん、それは阻止せねば。バリケードを築け!

てなわけで目標をたててみた。2ヶ月で5キロ減。それが達成できればご褒美をもらえることになった。それは「役者復帰」である。やりやりやり〜。でももし失敗したら・・・?その罰は私の友達全てを無くすような理不尽な条件をダンナが提示してきた。今ここでは書けないほどばかばかしく、恥ずかしすぎる内容だ。のちに語れる日が来ることを祈りつつ今は伏せておく。

というわけでダイエット始めます。とにかく内田淳子さんほどではないが、「はかない」が演じられるよう役作りをしてみようと心に決めました。本気です。今戸棚の中にはカスピ海ヨーグルトを育てています。経済的に健康に痩せる為に・・・・・!!とほほ。(T_T)

 


3年B組ー!金八先生ー!!「卒業式前の暴力2」

2003・3・14

すまん。労働者のみなさん。私は今日も家にいます。ッつうか報酬がもらえるならおよそ年収800万にはなる家事はこなしているのだが。

今日も今日とて金八先生にはまっている私だった。とうとう卒業式5日前。カトウ(直江喜一)はボクトウ工業に就職が決まり、初出勤の日を迎えていたのだが、荒谷二中の昔の仲間の卒業式をぶっつぶす(ちょっと笑った。)計画を聞いてとめようと自分が自ら校長先生や体育のはげオヤジや陰険教師相手に話し合いを持ち、おちこぼれとレッテルを貼られ理不尽に学校から見捨てられたやつらに謝罪させるということだった。うーーーーむ。大変だ!!

カトウを止めようとしたマツウラ(故沖田浩之)は立会人として一緒に荒谷二中に乗り込んだ。
話し合いだっつうのに、他のやつらは校舎を破壊し始め、関係ない生徒まで机やイスを投げる始末。職員室ではカトウが先生方と対峙し、他の暴れん坊たちを「やめねえか!」と凄みをきかせて止めるが、破壊は止まらない。とうとう荒谷二中の馬鹿陰険教師が警察をよび、更に騒然となる。カトウたちは話し合いを警察に邪魔されない為、校長と暴力体育はげ教師とともに放送室にたてこもったのだ。放送室の中ではカトウの父親、母親を侮辱したこと、おちこぼれのレッテルを貼るだけで何もしてくれようとしない荒谷二中の教師たちに向かってカトウは校内放送をとおして謝罪を求める。その間、テレビのニュースにこのことが取り上げられカトウが生活を助ける為にアルバイトしていたスナックZにたむろする暴走族「ちみどろ」の荒谷二中OBが応援に集まってくる。(ちみどろメンバーにはあの柳葉敏郎もいるんだけど。笑)
金八先生は何とか騒ぎを大きくしないようにとちみどろたちを説得した。そして・・・。両者の話し合いは校長の謝罪によって今後教師側の態度などを改め善処すると約束をされたのだ。校内放送で全校生徒の前で校長は謝罪したのだ。勝ったのだ。カトウは。放送室を後にし、全校生徒に「カトウ、カトウ!」とカトウコールで見送られる。が、その先で待ち受けていたのは警官たちだった。

キタ======!スローモーションに変わり、再び騒然となる校内。女子生徒たちは叫び、金八先生は止めに入って警官に取り押さえられ、カトウは警官にひじで首を押さえられ、他の仲間もトイレや階段で取り押さえられる。マツウラはカトウを助けようとするがやはり阻止され同様に取り押さえられる。その間中島みゆきの「世情」が静かにそして荘厳に流れる 。ゆっくりと「世情」の歌詞が十分にかみ締められるスピードのスローモーション。護送車に乗せられるカトウ。3Bの仲間や、マスコミ野次馬たちが護送車の一番奥に座ったカトウの肩越しに小さくなっていく。その中でカトウの母親が走って車を追いかける。カトウは振り向かなかった。護送車のはるか後ろで母親は小さくなっていく、そしてとうとう追いつけない。追いつけない。護送車は町の中をカトウやマツウラを乗せて走り抜けていく。中島みゆきの歌声がコーラスとともに荘厳さをまして護送車を見送る。

・・・号泣である。シュプレヒコールの波通り過ぎてゆく〜。カトウ〜!!コレでまだ前半30分が終わったところなのだ。もうふらふらである。

後半は警察と両中学の教師、PTA、カトウの母、マツウラの父、ボクトウ工業社長、で警察の会議室みたいなところで話し合いが行われる。ここでもふらふらになるのだ。
金八先生の教育に対する熱弁が私の魂を揺さぶる。

金八:あれは私が加藤に言った言葉なんです。(生徒は教育を受ける権利者である。教師は生徒にとことんまで教育をする義務がある。)

刑事 :それはまずかったですね

金八: どうしてですか 教育基本法にちゃんと書いてある言葉なんですその言葉は!

刑事: いや それ自体がね、いかんと言っとるわけじゃないんですよ ただ、こどもたちは自分の都合のいいように解釈する だから問題が起こる

金八: 問題が起こったっていいじゃありませんか!

刑事: 起こったっていいという言い方は……

金八:
彼らはまだ未熟なんです。だから間違うんです。 間違ったら繰り返し繰り返しそれは間違いだと教えてやる。これが教育なんです!
弱輩者が言い過ぎるかもしれませんけども、 でも我々はみかんや機械を作ってるんじゃないんです!
我々は人間を作ってるんです! 人間のふれあいの中で我々は生きてるんです!
たとえ世の中がどうであれ、教師が生徒を信じなかったら、教師はいったい何のために存在してるんですか! お願いです 教えてください!
僕は僕を教えてくれた先生に裏切られても裏切られても生徒を信じるのが 教師だと。
そしてその答えは何十年後かに必ず出ると教えられました。
教師に出来る事は子供を愛してやる事なんです。子供を信じてやる事、 信じきってやる事なんです。
僕は確かに未熟な教師です 。
しかし生徒に対し てだけはこの馬鹿正直さは最後まで貫き通したいという風に思っております。
答えが出るまでそれは時間がかかるかもしれませんが、しかし我々教師が体 ごとぶつかっていけば彼らは必ずわかってくれるんです。
そしてもっと正直 に言えば、それがもし出来なかったら教師は教師を辞めるべきなんです!!!!!

(ああああ、ふらふらや。もう号泣や〜。)

私の生徒を返してください!!!

このあと、君島校長は警察官の一人の過去の出来事を語りだす。警察官はかつて君島校長の教え子だったのだ。
「まちがい」を「犯罪」にせず、「いたずらごころ」、「できごころ」としてふして あなたの将来を大事に考えた。だがあなたがそんな大人になるのならあのときの私のした事は無意味だった。私はあなたのように理屈いっぺんとうな警官になるような教育をした覚えはありません。と。うつむく警官。
この説得により、警官は署長へ指示をあおぎに急ぐ。

ほどなくして生徒たちは釈放される。金八先生はカトウとマツウラに平手を食らわし、両腕で力強く抱き寄せる。
「お前たちは私の生徒だ。忘れるなよ。」(ふら・・・・。)
二人は先生の腕の中で号泣する。外には3Bの仲間が待っていた。すっかり暗くなった夜道をみんなで警察を後にし、帰って行く・・・・・。

「それでも〜人しか〜愛せなああいいいい♪」 (ううううおおおおお。嗚咽。)

だめだ。もう。私の嗚咽は止まらない。あと30分でダンナが帰ってくる。昼飯をつくらねば・・・。(T_T)

コレをみて今のリアル中学生たちはどうおもうのかなあ。
夜、実家の母から電話があった。母は現役で中学校へ勤務している。昨日が卒業式だったらしい。
聞いてみたところ、男の子も女の子も涙で(中には冷めている子もいるが)思い出を語ったりしていたらしい。まあ、人口3万人いない市の田舎の純朴な中学生のことだからなあともおもったが、いやいや、まだまだ捨てたもんじゃないぞと思い直した。

もう一つ、警察とのやり取りの中で父兄の意見の中に「となり」という言葉が出た。昔はひとさまの子供でも間違ったことをしたら怒ってくれた大人が何人かいたもんだ。それが「となり」ってもんだろう、「町内」ってモンだろう、学校だけにまかせちゃいかん、PTA全体で取り組もうぜ!!という意見。
今、コレを持ち出して賛同する大人はいるのだろうか。

「高校教師」見てたら大人であるべき教師が生徒にすがってしかも生徒に依存しちゃってるのを見ると、とてもじゃないけど無理じゃん!大人のプライドよりもわが身可愛やほーやれほーではとてもじゃないけど日本の未来はなさそうだ。「武士は食わねど高楊枝」でいこうよ。「据え膳くわねば」ではなく。(あ。方向間違ってるか。)

あーーー次は桜中学の卒業式だ!在校生たちよ!桜中学を誇りに思え!!!カトウの挨拶でまた泣かせてもらおう!!うおおお!(T_T)/

 


3年B組ー!金八先生ー!!
2003・2・18

すまない。テレビ好きなわたし。ヒマさえあればテレビ釘付け。どうよ、そんなやつ。本を読め本を!バカになるぞ!っと昔から脅されていたような気がするが。・・・やめられない。まあ、ギャンブルにはまるわけでもなく、ブランド品を買うわけでもなく、実に質素な趣味ではないですか。最近は体力の衰えから深夜番組にはかなりうとくなったが、ちょっとマニア心をくすぐるアニメなどはやはり見たい気がする。うーむ。やばい。ビデオにとっても見ることがないだろうと思うのでやってはないが、とり出したらきりがないからやらないのが本当のところの理由だ。

かつて私は一週間分のドラマをとりだめて、休みの昼間、およそ6時間はそのビデオを見るために費やしていたことがあった。土曜日など、意味もなく早起きをし、ビデオを見続けるのだ。その間見たい番組もあるので(渡辺篤の建物探訪とか)その時間をはずして見る。・・・ばかだよ。ばか。

やっぱタイムリーに見れる番組だけを見たほうがいいよ。ムダだ。時間の無駄。そのドラマを見たからって、タイムリーに「昨日みた?」と聞かれても話についてけるわけでなし。「あービデオにとってんねんけどなあ、まだ見てないねん。」と言う前に「○○が死んで××が犯人やってん!」とネタばらしされてしまったあかつきには楽しみも半減である。とほほ。

それでも見たい番組がアル。とろうか、とるまいか、悩んだ末。本日はビデオをセットせずに病院へ出かけたのだ。
その番組とは「3年B組金八先生」・・・。(人には言えないよなあ。)でもって今日はあのカトウマサルの「くさったみかんの方程式その2」なのだ。 うーむ。昨日も中途半端に45分ほど見て仕事へ出かけたのでフラストレーションが炸裂していたが、沖田浩之との乱闘シーンなど押さえるところは押さえたので何とか状況は分かっていた。しかし、今日はどうなんだ。カトウは悪い仲間のいる店にいてその仲間が金八先生を呼び出したのだが・・・。ああ。

病院に着いたら受付番号を見て愕然。17番・・・。今呼び出されているのは11番。間に5人って事は治療の内容によっては1時間はかかるかも。今、10時15分。絶望的だ。家に帰ったら金八先生は終わっている。うなだれた私はよろよろとイスにかけた。そして待合室のテレビを見上げた。そこにはやっくんの姿・・・。は、「はなまるマーケット」!!という事は、チャンネルはそのままでTBS系、金八先生が見れるじゃないか!先日はNHKだったのに、なんという幸運だろう。これならここでも十分に堪能できる。1時間待ちばんざーい!はなまるがおわって板東英二のテレショップ番組。おいおいさっさと金八をだせよ。カトウの仲間よろしく私は心の中で毒づいた。
ふと、診療室の呼び出し番号を見ると、あっという間に15番になっていた。・・・え?はや!!もうスグ17番。ッてことは早めに帰って大半見れるかも・・・。どきどき。

程なくして金八先生のオープニングが始まった。『人ぉとしてぇ〜 ♪』カトウ、今日はどうなるんだっけ。再放送だっつうのにこの期待。『17番のかた〜』おや、私の診察の番だ!早いよう。うれしい!ちょいちょいと消毒をして「はい、また木曜日に来てくださいね。お大事に。」ほんの2〜3分で無罪放免、よっしゃーーー!!後はお金を払って帰るだけ!!・・・・・。と。そうだ、またまたなあかんやん。まあいい。会計窓口の方にもテレビがあった。
わりと大きい病院なので会計にも20分くらい待つこともある。会計の待合室には待つ間外来の人が自由に飲める無料のお茶のディスペンサーがある。私はそのお茶をもってそそくさと開いているシートにすわった。お茶の間かよ。
テレビの見える場所を確保してさて、と。・・・・・。あ。坂田利夫・・・がカニの被り物をかぶってる・・・。これは・・・。金八じゃない・・・。 (゚o゚)
私の目の前は真っ暗になった。まさか大勢が見ている待合室のテレビのチャンネルをかえるような勇気はない。
私の脳裏にはあの中島みゆきの『世情』が高らかに流れていた。
シュプレヒコールのおお波いい、とおりいいすうぎてええゆくううう〜・・・・。ああ、時の流れを止めてくれだれか・・・。(T_T)

 


本当のこと
2003・2・14

こんな風にネット上に日記を公開している人のどれだけの人が真実を書いているだろうか。
やっぱり私には自分の心の奥までは書くことが出来ない。自分の言葉で自分を傷つけたくない。その傷を再確認したくない。知られたくない。
たとえ他人であろうと。全く見知らぬ他人だろうと。どこからかひょんなことからこの日記を目にしている人には申し訳ない。覗いてもおもしろい事は何もない。悩みだとか、ひみつだとか。
古いタイプの人間だと思われても仕方ないがやっぱり自分の本当の心はこんな風にタイピングされた活字では生々しく響かない。小さなノートにちらばるように言葉を連ねたあの頃の鉛筆書きの文字の方が強く生き生きとしていた。将来に希望しかなかったあの頃に比べて、無邪気に書けるような心の中なんてあるだろうか。
誰にもいえないからネットで書く。そんなことない。やっぱり誰にも言えないから書くことも出来ない。不特定多数の共感を得る内容だとしても私が求めてるのはそんなことじゃない。共感されても癒される事は永遠にないからだ。
もう少し時がたてば・・・。そう思ってずーッと待っている。書けるようになりたい。傷を自分自身で再確認して受け止められるようになりたい。
私の中にある本当のことはそんな風に無機質な活字に換えられる
日を待っているのかもしれない。

 


 今日という日
2003・2・1

コラムにも書いたが、今日はテレビ50年の日ということで一日テレビを見ていた(笑)。NHK三昧。16時間の生放送ということで、コレまでのドラマ・バラエティー・報道などの映像をじゃんじゃん流してくれるすばらしい企画だった。みょうになつかし映像に興味をかきたてられる、オタク体質の私にはたまらない。
こうしてみていると、50年なんてほんのわずかの時間に白黒だった画面がカラーになっていまやデジタル化。世界中のニュースが瞬時に届く光ファイバー!手塚治虫も予想だにしなかった人間社会のゆがんだ進化。いやはや、昭和人の中でもやや後半に生まれた私ですら、かなりおいてきぼりをくらいそうなめまぐるしい50年である。
国民的パブロフの犬現象として涙をさそう映像の代表は「おしん」ではないだろうか。昭和のテレビ人ならば、あのオープニングの曲を耳にし、表題の文字をみただけでぐっときちゃうはずだ。なつかし〜。無意味に切なさを誘う自己陶酔の時間が心地よい。
昭和の町や、農村、それらが映し出されるたびになんてすんだ瞳の人ばかりなんだろう、と思うのは買いかぶりすぎだろうか。いや、その頃には今のような卑怯な犯罪など、数パーセントの人しか思いつかなかった事を誰もがやってのける可能性をもってる現代人と比べれば、確実に透明度が高い。懸命に働く高度成長期時代の労働者たちや、60年代の学生たちの瞳は、良くも悪くも、なにかに一生懸命な瞳だ。ちまちまストーカーなどやってる場合じゃないのだ。もっと大きな野心に向かって叫んできたのだ。うおおお。
そんな時代からちょっとだけ平和に酔いしれるバブルまでの中途半端な時期に私は子供番組を愛するイケテナイ子供だった。「カックラキン大放送」の話題にはついていけないが、人形劇の話題にはついていけるという感じか(笑)。さすがに「ひょっこりひょうたん島」はタイムリーではないが。井上ひさし氏は変わらないなあ。まさかモー娘。が主題歌を歌って踊るとはおもってもみなかったが、ハム太郎現象というところか。保田圭が妙に切ないなああ(笑)。それ以上に黒柳徹子のカツゼツが息が抜けて悪くなっているのがもっと切ない。
食事時も対面キッチンのおかげでみのがさずにすむ。フロにもテレビがついてるので入浴の際にも全くロスがなく、NHKにかじりつくことができる。幸せである。(T_T)更に、ダンナが飲みにいったので今日はテレビ独り占めである。わはは。
16時間生放送のしめくくりは元XJAPANのYOSHIKIと韓国のスターとのコラボレーションだ。韓国でもまだまだ人気なのだ。大学の講堂に集まった韓国の学生たちは「エックス飛び」まではいかないが腕で「エックス」の文字を作って歓声をあげていた。

黒柳徹子の司会でしめられて、私とNHKの一番長い日は終わりを告げた。

余談だが、今日の地元紙に入っていた折込の地域情報紙にこんな記事があった。

『「Toshi 詩旅-愛の詩をうたいたい-」が一月十日午前西京○病院で開かれた。』

『Toshiさんは元Xジャパンのボーカルで全国的人気を得た人。』


地域の老若男女全てにに分かるようにToshiのことを紹介したつもりなんだろうけどなんだか過去形過ぎて切ない。 しかも写真は右のすみに日付が入っている病院関係者のスナップ写真らしきものを使用・・・。せめてトリミングとか加工すればいいのに・・・。病院の関係者が折り紙でつくったであろう幼稚園のお楽しみ会みたいな飾り付けのステージも切なさ倍増。 同じ日に入手した情報だけに比較してしまったが、個人的にはToshiの瞳の方が澄み切っているだろうと思うのだ。ちょっと応援した
くなる地道な姿。
NHK御中、一度彼の生き様をドキュメンタリーしてください。
受信料を納めますから・・・。

 


 こんにちわ、赤ちゃん
2002・12・2

最近私のまわりには赤ちゃんラッシュ到来!!である。ダンナのトモダチの家にも新しい家族が増えた。
私の職場のパートさんの娘さんにも3人目のボクちゃんが。友人の家にはかわいい5匹の子猫が。(一応赤ちゃんだよね?)
そして我が家にも・・・とくりゃ、まあめでたいのだが、長年の独身生活のためか、アレが来た方がほっとしちゃうんだよなあ。いかんいかん。

こなくてもいいんだよ、もうケッコンしてんだから。などと思いつつ。毎月毎月のアレが来ると「うわ!」と思うと同時に「よかった」と思ってしまうんだよなあ。
まだオトナになってないって証拠のような感じか。子供が出来ちゃうと母親になっちゃうわけで、そうなると私は今のように気楽な人生観を振りかざして生きていくだけではイカンのです。
オトナにならなければイカンのです。
「オトナってなに?」とかいっちゃってる思春期の偏った青春ドラマの主人公のような気持ちではイカンのです。

いろんな知識をもってして挑んでみても、なんだか誰もパーフェクトに成しえない一生のお仕事が育児であります。誰もが 最初はもうなにがなんだかわからんうちになんとなーく昔親から教えてもらった生活の基本を手本にしてしまうのではないでしょうか。
だから、親の顔が見たいといわれる子供を出発点にすると、きっと親の親の顔も見たくなるし、そのまた親の顔もおがまにゃきがすまんようになるのではないでせうか。

私自身は親から受け継がれたものは世間的に見てごく一般的なものだと信じてます。私はご先祖様を尊敬しております。親も尊敬しております。(実際あたくしなんぞはずれ狼なまじめな一族なんで・・・。)ですから、私が顔を見たいと思わせないようにしなくてはならないのです。
そんな自信はありません。いや、既に親の顔が見たいと言われる生きかたをしていると確信しているからこそ自信どころかふにゃふにゃなのであります。

どうか私の一族の顔に世間がこれ以上興味を持ちませんように・・・ 。

そんなわけで、私は今月もまだ親になることを躊躇しています。
来月はどうなんでしょう。いや、もう来年になるのか・・・!(゚o゚)

 

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