一人芝居「四畳半に電車が走る」

                              中村賢司

 1 月曜日、コンビニへ行く。

    

    オレンジ色の光、忍びこむ。

    コンビニの袋を抱えた男の影。

            

男 月曜日、コンビニ、行きました。使い捨て剃刀、梅チューハイ、買いました。夕方のレジはいつもシオバラさん。茶髪で、ところどころに黒髪が見えるシオバラさん。あなたの名前は、胸元の名札で知りました。カタカナでシオバラ、ラの後ろに、光るピンクのハートマーク。アバタの残るシオバラさんは、どう見ても30過ぎなのに、ピンクの蛍光マジックで、丸くて、小さなハートマーク。ポテトチップス、ミネラルウォーター、買いました。シオバラさん、あなたの顔を、まともに見つめる事が出来ない僕は、レジ打ちのときに、あなたの横顔を盗み見る。無造作にまとめあげた髪、うなじの産毛、耳たぶのほくろ、首のしわ、30年の歳月にさらされたあなたの皮膚は、白と茶色のまだら模様で、僕はそれが愛しくて。ウェットティッシュ、手紙セット、買いました。シオバラさんが正面を向く。僕は同時に下を向く。僕はほんの少しだけ、映画の画面の字幕だけが見えるくらいに少しだけ、僕は目線を上げてみる。シオバラさんの胸、胸の隆起が、ハートマーク、持ち上げる。僕は、ハートマーク、見つめました。シオバラさんの、おせじにも大きいとは言えない乳房、その乳房は形よく、僕は、シオバラさんの乳首の形を想像する。乳房に反して、やや大きめであろうシオバラさんの乳首は、きっとナナメ上を向いている。いい言葉があります、いい言葉、見つけました、「つん」です「つん」。シオバラさん、あなたの乳首は「つん」とナナメ上を向いている。

 

四畳半。中央に卓袱台。上手は玄関、下手は台所に続く。

    男は語りながら、背広の上着を脱ぐ。上着で卓袱台をふく。上着は床に投げ捨てる。コンビニの袋から、商品を取り出す。商品を卓袱台に並べる。弁当を取り出す。

 

男 シオバラさんにチンしてもらったお弁当。コンビニ弁当には野菜がない、あったところでハンバーグの下の敷物代わりのヨレヨレレタス。ソースで湿ったレタスをよけて、僕は食べる。ふやけたちくわ、エビフライ、肉が詰まったソーセージ。食べる。食べる。食べる。僕の身体が、本当に野菜を欲しがるまで。食べる。

 

弁当を食べる。

ふと台所に目をやると、オレンジ色の線路。

 

男 夕方です・・台所の窓から・・ほら、西日です・・・カーテンの隙間から・・オレンジ色の線路が一筋・・二筋・・ほこりのつぶ・・きらめくほこり・・海の魚が水面を見上げたら、夕方の海は、こんなふうにきらめいて、見えるのだろうか・・

 

    カーテンを開け、窓から外を見る。

        

男 地下鉄の出入り口、タクシー乗り場、老人の目立つ商店街を通り過ぎ、歯科医院、駄菓子屋、クリーニング屋、猫の額の児童公園、コンビニの角を曲がったところ、文化アパート、二階。オレンジの・・ほこり舞い散る部屋。西日差し込むこの部屋に、今、僕はいない。この部屋に、僕がいないってことを、たぶん誰も知らない。

 

オレンジ色の音楽が、部屋に流れ込む。

    男は商品を卓袱台に並べる。卓袱台の上に街を作る。

機関車のおもちゃを取り出し、街に機関車を走らせる。

 

 2 火曜日、防犯カメラに撮影される。

 

男 火曜日、深夜、コンビニ行きました。

 

    コンビニの店内。

 

男 いいの?奥で休んでて。さっき奥で週刊誌読んでたでしょ。くつろいで。自分の家じゃないんだから。客がいるでしょ、ここに。客でしょ、僕は。違う?違わない?いやだから客だよ。だからないの。機関車がおまけのお菓子。何回も言ってるじゃない。汽車の擬人化。汽車に人の顔が張り付いてる。え?不気味?顔が張り付いてるから?そんなシリーズがあるの。食玩で。玩具の玩に食べるって書いて食玩。人気シリーズ。おまけって言っても、ラムネの方がおまけみたいなもんだけどね。1個しか入ってないから。これくらいの箱にラムネ1個。知らない?これ文句じゃないよ。これは・・質問でしょ。機関車売り切れですかっていう・・機関車の食玩、置いてますかっていう・・コンピューターに直結してるんだよね、レジのボタン。客の年齢を本部に送信してるって。いやいいんだよそれは。客層をリサーチしてるわけだから。いいのいいの。押してよ。仕事でしょ。おもいきって押してちゃってよ。ちなみに、僕、いくつに見えます?え?子どもいるように見えます?ええ。見えない。でも、いるんですよ。はい。でも、いないんです。子どもは妻が出て行ってからは一度も見てません。息子です。ええ、僕が決めたんです。もう妻にも子どもにも会わないって。だから、いるのにいない。君は?年齢。23?23か・・いいね。若いね。目指してる?いや、だからフリーターでしょ?目指さないと。がむしゃらに、なにかを目指すのが青春でしょ。公務員がいいよ。目指すなら公務員。税金で食っていけるから。定年後も病院安いから。だって不安定でしょ。身に染みてますよお、僕は。僕もねえ、いろいろ目指してましたからねえ。ね、これ撮ってるんでしょ?え?だからカメラ。あるじゃない。ここと、あそこと、あそこ。(と、指差す)防犯カメラ。(レジ付近に向いているカメラをさして)録画はこれだけだよねえ。ニュース番組であるじゃない。犯人が映ってる。あれいつも映像悪いよね。いつもノイズ入り。犯人の顔がよくわからない。あれなんでですかね?それ以外ってあるじゃない?だから、犯人が映っている以外の時間の映像。膨大な日常を映した映像。犯罪が起きたことのない店のビデオテープなんか再生される機会なんて永久にないんだよね。どうすんの?だから、録画テープ。たくさんいるでしょ?え?7本?たった7本?重ね撮り?月曜日のテープ。火、水、木、金、土、日曜日のテープがあるの?1週間たったら、一回りするんだ。で、上から?撮るの。ああ、だから映像が悪いんだ。重ね撮りだから。納得。納得。かわいそうだよね。あわれ、事件の映ってない映像は誰からも観られることもなく消えていくんだ。いやいや。どうでもいいんだけど。え?ああ・・ああ・・うん・・3254円・・・細かいね。(お金を払い、おつりをもらうう)これ。募金箱でしょ。おつりを募金する人なんているの?あの・・ちょっと聞きたいんだけどもさ、平日の夕方、レジに入ってる人いるじゃない。毎日。茶髪の。ポニーテールみたいな・・誰って、知らない?30前後。ああ、君、深夜勤務?ああ、時給いいから?もったいないね、人間の集中力が一番高まる時間帯だよ。あの・・シオバラっていうんだけど、知らない?あっそう・・・

 

3 水曜日。そして、木曜日、児童公園でシオバラさんを見かける。

 

    テンポのよい音楽。

 

男 水曜日、夕方、4時、店内、若者、ヌード雑誌を立ち読み、レジ、中年男、青白い顔、シオバラさん、いない。木曜日、4時、部活動帰りの中学生、体操服、マンガを立ち読み、アイスクリームを買い込む妊婦、レジ、中年男、昨日と同じ男、シオバラさん、いない。5時まで待ちました。6時まで待ちました。7時、紫色の街を僕はさまよう。東西を走る国道へ向かいました。小さな工場はゴムのにおい。誰もいない金網の市営球場。北へ南へ向かいました。8時、駅へ向かいました。9時、家と家にぎゅっと挟まれた児童公園に、あなたの姿、見つけました。あなたは・・あなたは・・男といました。

    

    児童公園。

 

男 狭い公園です。ええ、猫の額です。このへんに鉄棒、低いです。これくらいだったかな。腰くらいですね。使われてないですね、サビひどいから。で、真ん中に砂場がある。子どもが遊んだ形跡はなしです。(砂場の匂いを嗅いで)犬のトイレになっていますね。この辺、犬、散歩しますから。みんなモラルなんてありませんよ。で、この並びで・・黄緑のラクダ・・赤いゾウガメ・・青いキリンが・・あっち向いて並んでるんです。そうです。コンクリートの。原色のペンキで塗ってある置物、ああ、剥げてますよ。ボロボロです。あれ、子供はどうやって遊ぶんですかね。で、シオバラさんは、青いキリンに座っていたわけです。男は赤いゾウガメ。男・・・(考え込む)男はねえ、若い。ええ、これといって特徴はありません。今、顔、思い出せないですもん。覚えているのはなんだろう。彼のスタジャン。英語のワッペンがいっぱい。例えば、ヤクザ風の恐そうな兄ちゃんなら、わかりやすいんですけど・・普通です。個性なしです。僕ですか?僕はですねえ、どこだったかな・・ええと・・ここです。この電柱の陰に隠れてました。体半分で、見てました。聴いてました。会話を。体で聴くんです。全身が大きな耳になったイメージです。で、青いキリンと赤いゾウガメは、同じ方向・・あっち向いちゃっているじゃないですか。だから、シオバラさんも、男も、あっち向いちゃってるんですね。キリンにまたがる女と、ゾウガメにまたがる男の絵。なんだろうと思いますよ。声は聞こえるんですね。ボソボソボソボソ。聞こえたり、まったく聞こえなかったり、聞こえたり、寄せては返す波ですね。穏やかな話じゃありません。だって、2人とも、あっち、向いてたんですから。平行です。平行は交わらない。お互いがお互いを見てない。普通、会話って、相手と向かい合うじゃないですか。きっと別れ話です。ええわかります。直感ですけど。別れ話です。でも、別れませんよ。このパターンは、なかなか別れません。男のほうはね、あれですよ、簡単です。セックスの場所がなくなるわけですから。ただですからね。貴重な場所ですから。あのくらいの年齢の男にとってはね。どんなに女のことが邪魔になっても、次の日にはあるわけですからね、性欲が。生活してると、性欲はつきまとうんですよ。シオバラさんは・・シオバラさんのほうは、少々やっかいです。ええ、歪んだ母性ってやつです。ええ、ようするに、「この人は私がいないとダメになっちゃうわあ。」です。「私が支えてやらないと、誰がこのダメ男を救ってやれるの。」です。そんなわけないんですけど。ダメ男は、やらせる若い女がいれば、すぐそっちにいきますよ。シオバラさんも、この場合、こいつでなくってもいいんです。「私がいなければ」という変な母性を満たしてくれる相手であれば、事足りるわけです。自分は必要価値のある人間だって思いたいわけですから。必要価値って、まあセックスなんですけどね。誰でもいいんです。母性が気持ちいいから。だから・・別れない・・うすうすだめだなあって思っているんだけども・・別れない。別れるのだってパワーがいります。消耗します。わかります?・・・・しばらく見てました。ひとしきりの痴話喧嘩が終わったあと・・沈黙・・突然、男がぶっきらぼうにゾウガメから、立ち上がり、キリンに・・シオバラさんの後ろに座ったんです。男はシオバラさんの髪のにおいを嗅ぎました。ほおをシオバラさんの肩にくっつけて、両腕をまわしました。男はシオバラさんを後ろから抱きました。後ろから、こうやって。包容力のかけらもありません。男はシオバラさんのいろんなところをにおいました。髪とか、首筋とか、肩とか、背中とか、いろんなところのにおいをくんくん嗅ぎました。やがて、男はシオバラさんのジーンズとトレーナーの隙間から・・・手を入れました・・そのとき、僕は・・決心したんです。シオバラさんを助けようって。僕は・・電柱の陰から飛び出しました・・・そのとき・・男はもういませんでした・・決心してから行動に移すまで、きっと長い時間が流れたのでしょう・・キリンにシオバラさん一人・・もしかしたら、男なんて初めからいなかったのか・・・シオバラさんは・・僕のことを知っていました・・僕の顔を・・僕が毎日コンビニに来てることを・・知ってました・・僕は相談に乗りたかった・・僕は初めて・・シオバラさんと言葉をかわしました・・客と店員の関係ではありません・・僕の暮らしと・・シオバラさんの暮らしの一瞬が・・触れ合ったってことです・・これは・・ひとつの奇跡です・・明日、金曜日、シオバラさんが僕の部屋に来ることになる。

 

 5 金曜日、シオバラさんが部屋に訪れる。

 

    四畳半の部屋。

    卓袱台の片側に座る。

 

男 「(強く)理解し合おうなんて思ってないです。」

(シオバラさんは「え?」という顔をする)

「いきなりですよね、すいません、今のはナシです。今のはナシということで。」

(シオバラさんは「は?」という顔をする)

「好きです・・僕は・・あなたのこと。」

(シオバラさんは、恥らう)

「でも、あの、理解なんて無理です。どんなに親しくなっても他人です。家族も他人です。」

(シオバラさんは、うなづく)

「把握するって言葉がちょうどいい。」

(シオバラさんは「把握?」と聞き返す)

「そうです。理解ではなく把握。他人ってわかんないですよね?」

(シオバラさんは、うなづく)

「(身振りを交えて)他人は、自分にとってモヤモヤとした輪郭のないものです。それをギ

ュッーと無理矢理形にするんです。分かりやすい形にしたら、自分の心にカチッとはめ

込む。わかります?」

(シオバラさんは、うなづく)

「(身振りを交えて)これは理解ではなく把握です。わかります?」

(シオバラさんは、うなづく)

「僕は、あなたを把握したい。」

(シオバラさんは、恥らう)

「(照れ気味で)あの・・無口ですね。」

(シオバラさんは、黙する)

「いえ、全然気になりません。沈黙は耐えられるほうですから。大丈夫ですよ。」

(シオバラさんは、黙している)

「(優しく笑顔で)あの、足、くずしちゃってください。」

(シオバラさんは、足を崩す)

「くつろいで。」

(シオバラさんは、くつろぐ)

「そうです。その調子。力を抜いてください。」

(シオバラさんは、力を抜く)

「(機関車のおもちゃを手に取って)これ、かわいいでしょ。機関車のおもちゃです。息子

 が途中まで集めてたんです。仲間がいっぱい。赤や青や黄緑の機関車。だから、集めな

 いと、今、集めてるんです。どうぞ。(と、おもちゃを手渡す)」

(シオバラさんは、汽車のおもちゃを受け取る。シオバラさんは、おもちゃをしげしげと見ている)

「あの・・怒んないで聞いてくださいね・・シオバラさん・・あなた退屈でしょ・・毎日

毎日9時5時で働いて・・ときどき好きでもない男とつきあって・・日常をその男で埋

めようとしている・・埋めても無駄です・・あなたの空白はどんどん広がる・・コンビ

ニがいけないのかな・・あの蛍光灯の白い光は喉が乾く・・防犯カメラに録画されて・・

事件のない映像は捨てるんです・・日常は捨てられるんです・・」

(シオバラさんは、男の言っていることがわからない。とりあえず、「息子さんはいるんですか?」と話をそらしてみる)

「ああ、そうでした。そうでした。肝心なことをお話してませんでしたね。すいません。僕はダメですねえ。一人でしゃべりすぎ。」

(シオバラさんは「ええまあ」と言う)

「(衣を整えて)あの・・息子はいません。妻もいません。離婚じゃないです。そのままずっと暮らしてたら、離婚に行き着いたかもしれないですけど・・妻と息子はですねえ、同時に消えました。ええ、事故です。鉄道事故。踏切で轢かれました。」

(シオバラさんは、困った顔をする)

「僕はパチンコをしてたんですね。あの日も仕事が決まらなくて。なんだかむしゃくしゃしてたんですね。すでに二万円負けちゃってました。携帯がブルブル鳴ったのは、知ってたんです。留守電、聞いたらですねえ、連絡が入ってました。病院からでした。即死だったそうです。当たり前です。あんなに硬いものが当たったんです。そのあと、僕、どうしたと思います?続けました。パチンコを。負けた分を取り返さなきゃなんて、思いましてね。どうして、すぐに病院に行かなかったか、わかんないです。普通、行きますよね。理由はですねえ、理由は・・そうだ、しいてあげれば、妻とは1年、会話がありませんでした。息子も僕を避けてました。子供はすぐに母親のマネしますから。あの日、妻と息子が、どこへ行ってたのか、僕は全然知りません。何故あんな離れたところで事故にあったのか、事故にあった踏切はね、家からね、遠く離れてるんですよね。僕にはわかりません。妻と息子が、あの日、いったいどこに行こうとしてたのか。僕はね、少しだけ思ったんですよね。僕になんにも知らせなかったバチが当たったんだって・・」

(シオバラさんは、立ち上がる)

「どうしたんです?」

(シオバラさんは、躊躇している)

「(立ち上がって)帰るんですか?」

(シオバラさんは、立ち尽くしている)

「どうぞ。座ってください。くつろいでください。お願いです。お願いします。」

(シオバラさんは、立ち尽くしている)

「すいません。僕ばかり、話しちゃいました。すいません。座ってください。お願いです。とりあえず、座ってください。」

(シオバラさんは、座る)

「あ、あの、僕の話ばかりじゃダメですね。あなたの話をしましょう。ごめんなさい。あなたの話を聞かせてください。あの男、あの児童公園にいた男、あの男とは、いつからつきあってるんですか?どこで知り合ったんですか?好きなんですか?あの男のこと。」

(シオバラさんは、黙している)

「ああ、話題を変えましょう。嫌な話題ですよね。あの男のことはどうだっていいんです。興味ないですから。僕とシオバラさんは、これからなんです。あの、あの、そうだ、なんでも聞いてください。なんでも質問しちゃってください。あなたの中で僕を形作っちゃってください。なーんて。仕事ですか?探してます。これでも妥協はしたくありませんから。趣味ですか?特にありません。ああ、機関車です。機関車を集めることかな。意外とおもしろいですよ。はまります。夕方になるとね、線路が現れるんです。線路です。この部屋、西日、きついですから。差し込む光がね、線路なんです。で、僕はね、その線路に、機関車、走らせるんです。シオバラさん、黙ってないで、なにか聞いてください。シオバラさん、声を聞かせてください。シオバラさん、あの、あの、セックスだけじゃ退屈な日常は埋まりませんよ。」

 

    男、シオバラさんに抱きつく。

空振り。男、転倒する。

 

男 あれ。

 

    男、再度、慎重に、シオバラさんに抱きつく。

空振り。

 

男 あれ。

 

今度は、部屋に散らばっているゴミ袋で、雪だるまのような人型を作る。その形を、ていねいに確認する。

 

男 シオバラさん。そうです。そのまま、そのままです。じっとして・・・

 

男、人型を抱きしめる。

オレンジの線路が忍び寄る。

 

男 (抱きしめながら)シオバラさん、僕はあなたの形を作りたい。僕にわかる形。僕に

当てはまる形。早く僕に埋め込みたい。ほら、西日です。オレンジの線路です。見えま

すか?オレンジの線路が何本も何本も。今、この部屋に、オレンジの線路がたくさんで

す。見えますか?

 

    男、人型を押し倒す。

 

男 シオバラさん、この街には、オレンジ色のたくさんの線路が走ってます。その上をた

くさんの汽車が走ってます。夕間暮れ。汽車は街をめぐり、この部屋にやってくる。汽

車の正面にはね、人の顔が張り付いてる。シオバラさん、知ってますか?この街で死ん

だ人は汽車になるんです。この街で死んだ人々の顔が、汽車に張り付いてる。え?なん

ですか?僕にはなにもないって?どうしてそんなひどいことを言うんですか?僕はシオ

バラさんと同じです。家族もありません。仕事もありません。することありません。で

も、僕は生きてます。僕の形?僕の生活?あります。四畳半です。僕はここで暮らして

います。でも、もう線路は何本も何本も張り巡らされて。クモの巣です。シオバラさん、

早くシオバラさんの形を教えてください。シオバラさんの形を僕のぽっかり空いた胸の

トンネルにはめ込んでください。早く、早くしないと、汽車がやってくる。汽笛が、汽

車の汽笛が聞こえます。

 

   汽笛。

    男の強い抱擁で、ゴミ袋は破れる。ゴミ袋の中身が散らばる。中身はコンビニの白い袋である。闇がせまる。

 

男 いつの間にか空には緞帳が下りていました。シオバラさんは、ピチャとはねて、水底深く潜る魚のように、いつの間にか消えていました。あの日、僕の家族も、いつの間にか消えていました。僕は、妻と息子は事故ではなく、自殺だという考えが頭から離れないのだ。あの日から、オレンジの線路を走る小さな汽車が見えるようになった。まるで、機関車トーマスのように、正面に死者の顔が張り付いてる。ある日、西日、差し込むこの部屋で、たくさんの汽車の中から気がついた。二台の、赤と黄色の小さな汽車に、妻と息子の顔が張り付いてる。シオバラさん、僕にはなにもないと言った。シオバラさん、僕は僕の生活の証拠を見せます。

 

6、土曜日、街にパトカーのサイレンが飛び交う。

 

コンビニ店員の供述 「ええ、ときどき、防犯カメラの前で、ぶつぶつ言ってましたよ。児童公園でシオバラという人と会ったって?そんな人、うちにはいませんよ。シオタニならいるんですけど。ええ、パートのおばさんで、店長より仕切り屋。犯人、売り物のカッターナイフを弱々しく構えて。抵抗はしませんよ。ケガするの嫌だ。でも、刑はあんまり重くなんないでしょ・・・盗んだのは、レジの小銭と、防犯カメラのビデオテープだけですから。」

 

    パトカーのサイレン。

    男は商品の詰まったコンビニの袋を部屋に並べている。足の踏み場もないくらいに、四畳半は白い袋で埋まっていく。

最後のコンビニの袋から、ビデオテープが転がり落ちる。

 

男 静かな街に、パトカーのサイレン、飛び交います。月曜日のテープ、僕が映ってる。使い捨て剃刀、梅チューハイ、買いました。火曜日のテープ、僕が映ってる。カップめん、マンガ雑誌、買いました。水曜日のテープ、僕が映ってる。チョコレート、牛乳パック、買いました。木曜日のテープ、僕が映ってる。食パン、サラダ、買いました。金曜日のテープ、僕が映ってる。サンドイッチ、週刊誌、買いました。土曜日のテープ、僕が映ってる。ゴミ袋、カッターナイフ、買いました。シオバラさん、これが僕の1週間、これが僕の生活です。これが僕のすべてです。

 

    

    サイレンの音が高まる。

    突然の静寂。

    男、部屋をながめる。

 

男 この部屋に、今、僕はいない。あの日、妻と息子を理解せずに、関係を切断したままの僕は消えてしまった。あの日、パチンコ台の前で僕は消えてしまった。

 

    床の白い袋をひとつ拾う。

 

男 (袋に向かって)シオバラさん、僕はあなたの中に、とどまるべき日常を探していたのかもしれない。

 

    静かに袋から手を離す。袋は床に落ちる。

    汽車の近づく音が聞こえる。

 

男 この部屋に、今、僕はいない。この部屋に僕はいないってことを、たぶん誰も知らない。ほら、聞こえます。汽笛です。汽車の汽笛です。

 

    汽笛。

 

7、日曜日、四畳半に汽車が走る。

 

男 日曜日。夕方の国から、妻と息子の顔の貼り付いた汽車が、僕の部屋にやってくる。日曜日、そして、もう1台、新しい汽車がやってくる。新しい汽車が僕の四畳半にやってくる。その汽車には・・僕の顔が・・張り付いてる・・・

 

オレンジの音楽、流れ込む。卓袱台の上に、街を作る。

新しい汽車を取り出す。街に3台の汽車を走らせる。

熱中する男。

                                 終わり

                        

・たまの諸作品を参考に、書かせていただきました。感謝します。

 

・「ジャングルインディペンデントシアター03」企画、上演作品。

・演者・・・門田剛(office HAKUA