空の驛舎(えき)

                      中村賢司

 

登場人物

・少女

・少年

・男1(中年の男)

・男2(少年の父)

・女1(少年の母)

 

    空の天辺と地面の隙間、雲の集まるところに空の駅はある。

赤いインクを落としたような、朝焼けなのか夕焼けなのかわからない時刻、

身体を失くした子どもたちが徘徊する。

 

1、手の話

 

    鬱蒼と茂る林、白い靄が立ち込める山間のバス停留所。

トタン屋根と板塀に囲まれた待合室は、もう何年も人が使った形跡がない。

塗装の剥げたベンチ、壁に色褪せたポスター、床には枯葉がたまる。

上手に標示柱。停留所名も時刻表の文字も風化している。

下手に山道の入り口がある。

ベンチでは、ボロボロの服を着た男1が靄に包まれ、眠っている。

山道に赤いリュックの少女が浮かび上がる。

男1、目を覚ます。少女は男に向かって、ゆっくり手を動かす。

 

男1 何?

少女 (手話)

男1 何言うてんの?

少女 (手話)

男1 それ手話やろ?

少女 (手話)

男1 ごめんな。

少女 (手話)

男1 残念ながら、ボクには手話は、わからへん。

少女 (手話)

男1 無駄やで。

少女 (手話)

男1 頼むわ、やめてくれへん?

少女 (手話)

男1 (いらいらして)無駄やって。

 

少女、手話をやめない。男1、少女に向き直り、

 

男1 あんな、ボクと言葉が違うねん。

 

校庭の喧騒、ローカを駆ける足音、机や椅子を引きずる音、教科書の朗読、飼育小屋の鶏、チャイムが聞こえてくる。

少女はリュックから大きな目覚まし時計を取り出して、傍らに置く。

辺りは闇に包まれる。

 

2、クジラの脳みその話

 

    朝の光。

待合室のベンチに少女と男1が坐っている。

    少女の隣には赤いリュックサック。

 

少女 クジラの脳みそって触ったことある?

男1 そんなものどこで触れるの?

少女 博物館。

男1 ホンモノ?

少女 ホンモノ。

男1 ホルマリン漬け?

少女 今は違うよ、おじさん。今はコチコチで、ホンモノや。

男1 コチコチって、硬いの?

少女 ドキドキしながら指先で触った。細かなでこぼこ。ひだひだ。

男1 (少し笑って)それは模型や。精巧に作られた科学標本。

少女 ホンモノ。半分プラスチックやねんけど。

男1 ほら。プラモデルと一緒。

少女 違う違う。水分を全部抜き取ってから、代わりに薬品をしみ込ませてんねん。

男1 ほんで?

少女 粘土みたいに柔らかくなる。そいで、しばらく乾かす。コチーン、プラスチック化。

男1 ふーん。

少女 おじさん古いなあ。プラスチックやけどホンモノやねん。  

男1 今、ややこしいこと言うたな。

少女 今はホンモノの標本をこうやって手に持って触ることができる。形、崩れへん。

男1 なんか、うさんくさいなあ。

少女 うさんくさくないよ。科学やん。

男1 ぶらぶらと吊るされた骸骨の模型、内臓のひとつひとつに名前のラベルが貼ってある人体標本、ホルマリン漬けの白くて小さな動物達の方こそ、ボクにとってはホンモノや。それにキョーシューを感じるボクがおる。

少女 (笑って)それどこの話?

男1 人体模型やから理科室やな。

少女 おじさんの昔行ってた学校?

男1 いやちゃうなあ。あれ?どこで見たかな。

少女 エエ加減やなあ。

男1 あれ、どこやったかな。

少女 それは、おじさんの頭の中や。

男1 何?いきなり。

少女 おじさんの頭の中で作ったおじさん物語。懐かしいなあ、昔は良かったなあとおんなじ。おじさんズストーリー。

男1 センスないタイトルやなあ。

少女 事実を気持ちのいいように解釈したらあかん。

男1 ははあ。(と、頭を下げる)

少女 もしくは貧弱な想像力に頼りすぎ、アンテナ使って確かめんとあかん。

男1 おっしゃる通り。その通り。

少女 イソギンチャクみたいにアンテナを立てんねん。

男1 イソギンチャク?

少女 こうやって。(と、頭から触手を出しているようなしぐさ)

男1 なるほどな。(少女のマネをする)いつも心がけてるんやけどな。

少女 そいで、一生懸命考える。

 

    少女、目を閉じて考え込む。

    男1、触手で、少女のリュックサックを探索する。

 

男1 買いすぎちゃうか。遠足のおやつは200円までやで。

 

少女は動かない。

 

男1 ん?この感触はみかんか?みかんはおやつか?(と、リュックからみかんを取り出す)みかんはおやつの種類に入ってるんか?

少女 (独り言のように)くじらの脳みそって、身体の割には小さいねん。

男1 (また、リュックから取り出し)サキイカは・・どやろ?ギリギリセーフか?

少女 言うてもニンゲンの脳みそより大きいねんけど。

男1 遠足、どこ行くん?

 

    少女は目を閉じたままである。

 

男1 今日遠足やろ?遠足日和。秋晴れ。

 

少女、答えない。

 

男1 おい。

 

男1はみかんとサキイカをリュックに戻して。

 

男1 おーい。

少女 (目を開けて)何?

男1 頼むわ。君と話してると時々不安になるで。

少女 なんで?

男1 ホンマに聞こえてるんかあって。

少女 聞こえてるよ。これ小さいけど、けっこう性能ええねん。(と、左耳の小型補聴器を見せる)

男1 ホンマかいな。

少女 ほら。(と、自分と男1を交互に指差す)

男1 何や。

少女 会話してるやん。

男1 話、かみ合うてへんけどな。

少女 それはおじさんが反射神経でしゃべってるせい。

男1 反射神経?

少女 心配されんでも、よう聞こえてる。

男1 あれも聞こえるんか?

少女 あれって何?

男1 ここ来る途中、中学校の前通るやろ?

少女 分校?

男1 うろうろしとるやん、分校の生徒。

少女 時間持て余してるからね。

男1 ごちゃごちゃ言うとるやろ。

少女 「それラジオ?ラジオ聞いてんの?」とか。

男1 せやせや。

少女 「パンツ見せろー」とか。

男1 聞こえてるんや。

少女 高性能小型ラジオやし。(と、補聴器を示す)

男1 (笑って)今時、ラジオ聞いてんのは競馬行くおっさんだけやで。

少女 子どもはアホやからしょうがない。

男1 君より年上やろ?

少女 そういう時はどんどんボリュームを落としていく。(と、補聴器のボリュームを下げるしぐさ)

男1 なるほどな。

少女 全部口パクに見える。パクパクパクパク池の鯉。

男1 こんな口やな。(と、鯉の口にしてパクパクする)

少女 生活の知恵。口パク無声映画。

男1 田舎のガキはアホやからなあ。

少女 あれ、この辺に住んでる子と違うよ。私の知らん子ばっかし。

男1 ほんなら、ボウフラみたいにわいてきたんか?

少女 海から来た。

男1 海?

少女 海浜。

男1 カイヒン?

少女 海浜地区。空気の悪いとこ。

男1 何しに来たんや?

少女 忘れたん?おじさん。

男1 何が?

少女 それとも、知らんの?

男1 何?

少女 山村留学、あの中学校。

男1 サンソンリューガク?

少女 都会の子を受け入れてんねん。

男1 うん?

少女 あの子ら中学校の間だけ田舎に留学してきてる。

男1 なんでそんなめんどくさいことすんねん。

少女 そうしないとあの学校すぐ廃校や。

男1 そら困るなあ。

少女 空気のいいところで育てたい。山村留学をさせる親の気持ち。(と、手を組んでお祈りをするポーズ)

男1 自然を不自然に体験させてどうすんねんな。

 

    少女、リュックから大きな目覚まし時計を取り出す。

 

少女 今日、遅いね。

男1 バス?

少女 バスバス。

男1 いつものことやろ。

少女 今日は特別遅いよ。

男1 遠いんやろ?

少女 何?

男1 君の通ってる学校まで。

少女 まあね。

男1 大変や。

少女 聾唖学校は県で1個やからしょうがない。

男1 集合時間に遅れたら置いていかれるんちゃうの。

少女 そんな薄情と違うよ。

男1 学校は時間厳守を大事にするやろ。

少女 あたしの学校の大人は優しさが売りやから。(と、手を組んでお祈りをするポーズ)

男1 大変やな。

少女 2回言うた。

男1 何何?

少女 大変やなって。

男1 いやいや、ボクもがんばらんとな。

少女 それ言うの気持ちええの?「大変やな」って。

男1 気持ちええことあるかい。

少女 ふーん。(と、男1の顔をしげしげと見つめる)

男1 なんやねん。

少女 真面目な顔で、気持ちよさそうやった。

男1 気持ちええことあるかい。

少女 あたしは幸せや。まわりに思われてるよりたぶんずっと幸せや。というか普通や。秋の遠足。今日はマリンパークに行ける。好きなくじら見にいく。ミンククジラ。小さい小さいクジラやけど。

男1 そら小さいなんは当たり前や。

少女 なんで?

男1 でかい図体を水槽に入れんとあかんからな。

少女 自分で幸せやって言うてる自分がアホらしいけど。 

男1 クジラ好きなん?

少女 うん。

男1 今日はええなあ。

少女 何?

男1 ホエールウォッチング。

少女 箱の中のクジラやけど。

 

    かすかにクジラの啼き声が聞こえる。

山道から、背中にリュック、手に折りたたみのスコップを持った男2が現れる。男2はバス停の時刻表をぼんやりと見ている。

 

少女 おじさん。

男1 何?

少女 クジラって頭ええねん。

男1 脳みそシワシワなんやろ。

少女 でもアホ。

男1 またややこしいこと言い出したな。

少女 クジラは人間には聞こえない特別な音を出して、そのはねかえった音をよーく聞いてんねん。

男1 超音波やな。

少女 だから大きな体してても岩にぶつからへん。

男1 潜水艦のソナーや。

少女 でも、クジラは耳だけ。脳みそシワシワなんは、「聞く」神経が発達してるだけ。

男1 「聞く」神経?

少女 脳みそは「聞く」神経とか「見る」神経とか「覚える」神経とかに分かれてて、そいで、「聞く」神経だけ。

男1 ふーん。

少女 目は悪い。鼻は悪い。体にいっぱいフジツボやクジラジラミがくっついてても気付かない。

男1 気色悪いなあ。なんや痒なってきたわ。(と、身体を掻く)

少女 痒くても手がない。ヒレ届かない。

男1 せやなあ。

少女 クジラは不感症。

男1 不感症か。

少女 だからアホ。

男1 うん、アホや。

 

男2の反対側から、ワンピースの女1が現れる。靄の中を漂っている。

 

少女 クジラはな、時々、大群で砂浜にのりあげることがあんねんて。クジラの集団自殺って言われてる。

男1 自殺かいな?たいそうやなあ。

少女 浅い砂の海やったら音を出しても、返ってこない。わからんとドンドンドンドン突き進む。そいで、砂浜にのりあげてしまう。

男1 底に身体がつっかえるやろ?

少女 気付かない。

男1 めっちゃこすれるやろ?

少女 音が返ってこないからわからない。

男1 それ自殺やなくて事故やん。

少女 うん。

男1 アホやん。

少女 でも、あたしはやっぱりクジラは自殺すると思う。

男1 (茶化して)人生に悩むんか?

少女 動物の中で自殺するのはクジラと人間だけ。

男1 君、すごいなあ。

少女 何?

男1 いっぱいや。

少女 いっぱい?

男1 いっぱい、いろんなことを考えてる。

 

    少女と男1は、男2、女1に気付かない。

 

少女 あんな、おじさん。

男1 何?

少女 死んでから頭使ったらお化けになんねんで。

男1 何それ。

少女 おばあちゃんによう言われた。死んでから頭使ったらお化けになるって。

男1 お年寄りの言いそうなことや。

少女 アンテナ立てて、ちゃんと考えな。

男1 おっしゃるとおり。その通り。

少女 だから、あたしは今、いっぱい考えるねん。

 

    クジラが啼く。

    

少女 何やろ?

男1 え?

少女 何の声かな。

 

    クジラが啼く。

 

男1 クジラや。

少女 クジラ?

男1 クジラが啼いてる。

 

    少女、耳をすます。

 

男1 なーんてな。

 

男1、思い出したように。

 

男1 バス来るの・・何時やった?

 

    少女、不思議そうな顔をする。

 

少女 バス?

男1 はよ行かんと遅刻やろ。

少女 遅刻?

男1 今日は待ちに待った遠足やろ。

 

    クジラが啼く。

 

少女 バスは来ない。

男1 なんて?

少女 バスは来ないよ。

男1 もう来るやろ。

少女 おじさん?

男1 何?

少女 おじさんはバスに乗るの?

男1 え?

少女 おじさんはどこへ行くの?

男1 え?どこって?

少女 おじさんの行き先。

男1 行き先?

 

    クジラが啼く。

少女は大きな目覚まし時計を傍らに置く。

夜の闇に包まれる。

    

3、スコップで穴を掘る話

 

星が瞬く。

男1はベンチにいる。少女は消えている。

    待合室の外には男2と女1がいる。

    男2は標示柱の時刻表を見ている。

 

女1 何それ?

男2 え?

女1 それ。

男2 これ?(と、手に持っているスコップを示す)

女1 持ってきたの?

男2 え?

女1 海浜から。

男2 折りたたみ式。

女1 どこにあったの?

男2 昔、キャンプしたときの。

女1 キャンプ?

男2 テントのまわりに溝を掘らないとだめだから。

女1 どうして?

男2 雨の水を逃がすための溝を掘らないとだめだから。

女1 違う。どうして持ち歩いてるの?

男2 水がビニールシートをつたって地面に落ちる。

女1 水?

男2 (男1に)知ってますか?テントのまわりに溝を掘らないとだめなんですよ。

男1 え?

男2 溝を掘らないと大変なことになるんです。

男1 (自分を指して)ボク・・ですか?

男2 キャンプって行きますか?

男1 キャンプ?

男2 いいですよ、キャンプ。動きますから。いつもは使わない筋肉を使いますから。あ、地元の人ですか?

男1 え?

男2 地元だったら自然が日常ですからね。行かないですよね、キャンプなんて。

男1 え・・ええ。

男2 私は海浜です。海浜は空気が濁ってます。

男1 はあ、濁ってますか。

男2 工場地帯ですから。汚い海です。

男1 はあ。

男2 濁った環境では、濁った精神が宿るんです。

女1 (男1を制して)あなた。

男2 だから、たまに息を継がないといけません。だから、キャンプに行くんです。海底深くもぐるクジラも、時々、水面に上がって、息継ぎをしないとだめなんです。あれは魚じゃありません。哺乳類ですから。潮を吹くんじゃありません。水蒸気です。あれは息を吐いてるんです。

女1 (男1に)すいません、急に。

男1 え・・いえ。

男2 知ってますか?どうして溝を掘らないといけないのか。

男1 さあ・・どうしてなんですか?

男2 溝がないと水は下からやって来る。シートがゆっくり湿ってくる。水は下から来るから、テントは簡単に流される。

男1 はい。

男2 水滴が落ちるところに溝を掘らないとだめなんです。大雨のとき、テントが流されてしまう。だから、掘るんです。

男1 なるほど。

男2 (男1にスコップを見せ)折りたたみ式。持ち運びが便利。鍬にもなるんです。

 

男2、スコップを折り曲げて鍬の形にする。

 

男2 (男1にスコップを見せ)ほらね。

男1 ああ・・確かに。

女1 (男2に)あなた迷惑でしょ。

男2 初めてヒロユキと二人でキャンプに行ったときです。わざと溝を掘らなかったんです。ヒロユキの前にレールを敷きたくなかった。道は自分で作らないとだめなんです。雨にうたれて、雨の冷たさを体験して、初めて自然の厳しさを知るんです。初めて溝の大切さがわかる。子どもの初めての体験を大人が奪い取るのは大人のエゴだと思いませんか?

女1 見ず知らずの人に、迷惑でしょ。

男1 (男2に)あの。

男2 はい。

男1 ヒロユキっていうのは・・

女1 息子です。

男1 息子?

 

男2、スコップの鍬で地面を掘り始める。

 

男2 生きるためです。自然の中で生き残るためです。父親と二人、どしゃ降りの雨の中、スコップで、穴を、掘る、穴を、掘る、穴を、掘る、穴を、掘る・・・・

 

    男1は男2の行為を興味深く見つめる。

 

男1 あの。

 

男2の手がとまる。

 

男1 そのとき雨は降ったんですか?

男2 体験は必ず言葉に残りますから。

男1 息子さんと二人でキャンプに行きはったんですよね。

 

    男2は急に空を見上げる。

 

男2 この辺は星がすばらしいですね。

男1 星・・ですか。(と、空を見上げる)

男2 あの時も満天の星空でした。私はどしゃぶりの雨を待ち望んでいました。もちろん溝の大切さを教えるためにです。皮肉にも雲ひとつない星空でした。私は絶望しました。ヒロユキはぼんやりと空を眺めていました。学校に行かなくなって、ずっと家にいたヒロユキが、部屋の壁をぼんやりと眺めていたのと同じ顔でした。たくさん星があるのに、まるで、虚空を見つめるように。ぼんやりとした同じ顔でした。

 

    男2は虚空を見つめているかのように、星空を見ている。

 

男1 きっと・・いい思い出になったと思いますよ。

男2 思い出?

男1 (言いよどみながら)その・・息子さんにとって。

 

男2は男1を冷めた目で見つめる。

 

女1 ヒロユキはもういないんです。

男1 え?(と、突拍子もない声を上げる)

女1 4年前に亡くなりました。

男1 亡くなった?

 

    男2、再び、掘り始める。

 

男2 キャンプに行った年の秋、ヒロユキを転校させました。ありますよね?この停留所に下りて来る途中に中学校。山村留学の募集をしていました。廃校寸前の学校だったらしい、都会の子どもに自然を提供しようというわけです。

男1 はあ。

男2 無理させることはないんだ。海浜は空気が悪い。自然の中のほうが、いいほうに転がるって、妻と話し合って。

男1 はい。 

女1 そこの山道から2キロほど行くと横道にそれるけものみちがあります。広葉樹林の隙間をぬって、けものみちを少し行くと、突然、道が終わっています。急な斜面。そこだけ黄土色の岩肌。まるで、ダイダラボッチが山を右手で一掻き、えぐったような。ダイダラボッチって知ってます?巨人です。大きな巨人。巨人だから大きいのは当たり前ですけど。

男1 はあ。

女1 落ちたんです。そこで、足、すべらせて。

男1 (なんと言っていいのかわからず)それはそれは・・

女1 理科の校外学習です。

男1 理科?

女1 古い地層を調べるとかなんとか。

男1 はい。

男2 悲鳴が聞こえたそうです。

男1 悲鳴?

男2 学校の先生が言ってました。ヒロユキの担任の男の先生です。

男1 担任の先生?

女1 その先生、ヒロユキがいないってことを悲鳴でやっと気付いたと言いました。ヒロユキは目立たないおとなしい子でしたから。

 

    男2の土を掘り返す音が聞こえている。

 

男1 すいません。(と、頭を下げる)

 

    男2と女1は男1を凝視する。

 

男2 なんですか?

男1 なんか変なこと聞いちゃって。

男2 変なことですかね。

男1 すいません。

男2 いいですね。毎晩、こんな空を眺めることができて。

男1 ああ。(と、空を見上げる)

男2 海浜では見ることが出来ない満天の星空。

男1 あんまり意識したことないですけど。

男2 いい夜です。風もいい。昔、夜はどこでも同じ数だけの星を見ることが出来たんです。夜は平等に見通せました。海浜は駄目です。海浜の夜は漆黒の闇です。もちろん昼間はどこにいたって駄目です。昼の青空は作り物のカーテンです。夜は青いカーテンが透き通り、本当のことが見通せる気がするんです。

男1 ホントのこと?

男2 満天の星空。千億の星々。自分はここに立っている。ちっぽけな自分を否応なく知ることになります。それと同時に自分の足もとには地球がぶら下がっていることに気付くんです。自分が宇宙であることを知るんです。

男1 宇宙ですか。

男2 でも、だまされてはいけません。どんなに美しく瞬いている星も、もうすでにないのかもしれない。一番近いマゼラン銀河でも16万光年離れています。ひとつの恒星が消滅しても私たちが知るのは、16万年以上も先のことです。だから、あの星も。(と、星を指差す)あの星も。(と、別の星を指す)

男1 はい。(と、指された星を見る)

男2 滅びた星の残像かもしれません。 

男1 星の残像?

男2 地球以外の天体はもうすでにないという可能性があります。極端な話ですけど。

男1 それは・・・極端ですね。

男2 光に期待しすぎちゃいけない。光は実体をともないません。期待しすぎると裏切られます。

男1 考えすぎちゃいますかね。

 

    男2、掘り始める。

 

男2 ヒロユキは山村へ逃げこみました。弱いからです。実体を知り、自分の身の回りを知り、自分の身体を知り、自分は孤独であるという真実を知る。知った上で、強くなってほしかったんです。

女1 あなたらしいわ。

 

男2、手をとめる。

 

男2 俺らしい?

女1 不自然な考え。

男2 不自然?

女1 頭の中で考えた理屈。

男2 (自分に言い聞かせるように)私は留学させたことに悔いはありません。

 

男2、再び、掘り始める。

 

女1 ヒロユキはもういないの。

 

    男2、黙々と掘り続ける。

 

女1 落ちたのよ。この山で。 

男2 事故は残念です。

女1 残念です?

男2 ヒロユキは自然に還ったんです。

男1 自然・・ですか。

男2 ヒロユキはダイダラボッチの右手に抱かれて、自然に還っていっただけなんです。

 

    女1、空を見上げる。

 

女1 (男1に)この辺は星がきれいですね。

男1 え?

 

    男1も空を見上げる。

 

女1 星がきれいっていうことを教えてやりたかったんです。

男1 はあ。

女1 夢を見せてあげるだけで良かったんです。

男1 夢ですか。

男2 (手をとめて)お前は・・しゃべらなくていい。

女1 星を見て、ああきれいだって、それだけで良かったんです。

男1 はい。

女1 それが自然なんです。人として、きれいなものを見て、ああきれいだって。ヒロユキに欠けてたのは、それなんです。きれいなものがわからないんです。

男2 (男1に)女の感情論です。

女1 人として、ちゃんと笑って、ちゃんと泣いて、ちゃんと感動できて、それだけでよかったのよ。

男2 (男1に)いつも女は論理のない正論を吐きます。

女1 私たちのせい。

男2 お前は頭をつかわない。

女1 (男1に)私たちはどうしようもなかったんです。あの子は大人しいけど優しい子でした。小さいころは図鑑ばかり見ていました。誕生日に学習図鑑を一そろい買ってやりました。そしたら、あの子、喜んで。夏休みの自由研究でほめられたこともあります。メダカの観察です。絵がうまいんです。スケッチブックにたくさんの細かい線で、メダカを、いっぱい、写真みたいに、いっぱい・・

男2 (男1に)すいません、気にしないでください。

女1 朝は普通にごはんを食べて、いってきますって家を出たんです。いつもの朝です。学校から帰ってきたら、あの子、表情ないんです。わかります?表情ないって。感情をつかさどる脳の神経を全て切断したみたいに、顔が動かないんです。わかります?ずっとおんなじ顔なんです。どうしてそうなったのかわかりません。急に変わったんです。その日から急に。

男2 見ず知らずの人に迷惑だろ。

女1 私たち原因がわからないんです。

男2 おい。

女1 私たち、自分の子どものことがわからないんです。

男1 奥さん、あの。

女1 私たち、あきらめたんです。ヒロユキがああなったのは私たちのせい。私たちはあの子に夢を見せることが出来なかった。私たちはあの子に対して無力でした。だからあの子を私たちから距離をおいた。こんな田舎の山奥にあの子を追いやった。

男2 私はわかります。

女1 わかる?

男2 私たちは手をかけすぎていました。あの子の思う前、行動する前にレールをしいていたんです。だから、強い子にならなかった。

女1 わかるって何?

男2 あせることはないんです。私たちも考える。ヒロユキも、自然の中で、ゆっくり考える。時間がいるんです。

女1 私はヒロユキの転校を後悔しています。

男2 自然の時間の中で考える時間が必要なんです。

女1 ヒロユキはもういないのよ。

男2 (男1へ)それは事故です。

女1 ヒロユキはこの山で死んだの。

男2 事故です。仕方ありません。

女1 私たちがこの山へ追いやったの。私たちが殺したの。

男2 認めたくありませんが・・運命です。

 

    女1は男2を見つめる。

 

女1 都合のいい解釈しないでよ。

男2 解釈?

女1 勝手に話を作らないでよ。

男2 私は考えます。言葉を紡ぎます。どうしてあいつが表情を失い、どうしてあいつが死ななければならなかったのか。たどり着く答えが正しいのかどうかはわかりません。でも、あいつをよく見て、あいつのことを考えて、真実に近い物語を作るしかないんです。

女1 あの子はきっと知っていたのよ。

男2 何を?

女1 子どもはわかるのよ。勘がいいから。

男2 なあ、教えてくれよ。

 

    男2は女1につめよる。

 

男2 教えてくれ、ヒロユキは一体何を知っていたんだ?

女1 私たちには、なんにもないってこと。

男2 なんにもない?

女1 私たちは、ヒロユキに夢を見せることができなかったの。

男2 だから、自分自身が強くならなければだめなんだよ。

女1 夢がないから絶望するのよ。

男2 絶望?

女1 だから、自分でダイダラボッチの右手に飛び込んだのよ。

男2 あれは事故だ。

女1 ヒロユキは自分で飛び降りたのよ。

男2 事故だ。

男1 奥さん・・あの、ちょっと・・旦那さんも。

 

    男1、男2と女1の間に割って入る。

    

男1 あの、ボクがこんなこというのも、あれなんですが。

女1 何ですか?

男1 言い争っても仕方ないんやないですか?

女1 仕方ない?

男1 あの・・すいません。でしゃばって・・

男2 何ですか?

男1 言い争ってもヒロユキ君は喜ばないと思うんです。

女1 喜ぶとか喜ばないとかそんな感情なんてないんです。

男1 あります。

女1 感情がないんです。

男1 あります。

男2 最後に悲鳴を上げたんだろ。

 

女1、男2の顔を見る。

 

男2 悲鳴は感情じゃないのか。

 

女1、男2の顔を見つめる。

 

男2 悲鳴は感情じゃないのか。

 

    女1は男1に歩み寄り、耳打ちする。

 

女1 この人ね。狂ってるんです。

男1 え?

女1 この人、ヒロユキを埋めたんです。

男1 埋めた?

女1 ヒロユキを埋めたんです。山の中に。自然に還すんですって。

男2 この辺は、まだ土葬の風習が残ってますから。

女1 そんなわけないじゃない。頭おかしいの。

 

男2、バスの時刻表を見に行く。

 

女1 この人、それで、時々、この山に来るんです。私の知らない間に。一人で。

 

    男1は男2を見る。

 

女1 何をしに来ると思います?

男1 ええ、あの。

女1 掘り返すんです。

男1 掘り返す?

女1 掘り返して、あの子の身体を確かめて、また埋め直して、また掘り返して、身体を確かめて、また埋め直して、掘り返して、身体を確かめて、また埋め直して・・・

男2 私は時間のある限り考えます。自分の都合のいい解釈だけはやめようと思うんです。だから、あの子の身体を確かめるんです。腐っていくあの子の肉体に、目をそむけてはいけません。自分本位の解釈に酔いしれてはいけません。確かめるんです。わからないから確かめるんです。

 

    男2、時計を取り出し見る。不自然なほど大きな時計。

 

男2 次のバスは何時ですか?

男1 え?

男2 こんな時間じゃ、もうバスは来ませんね。

男1 そうですね。

 

    男2、再び、地面を掘り始める。

    クジラが啼く。

 

女1 泣いてる。

 

    クジラが啼く。

 

女1 何です?

男1 え?

女1 何です?あの声?

男1 野犬です。

女1 野犬?

男1 たぶん野犬です。

男2 発情期ですかね。

男1 え?

男2 本能が言葉にのってるようで気持ち悪い。

 

クジラが啼く。

 

女1 ねえ。

男2 何?

女1 ヒロユキよ。

男2 え?

女1 ヒロユキが泣いてる。

 

男2は地面を再び掘り始める。

 

女1 ヒロユキおとなしいから、泣くことしかできないのよ。

 

クジラが啼く。

 

女1 ねえ。

男2 何?

女1 きちんと埋めたの?

男2 え?

女1 きちんと埋めなおしたの?

男2 ああ。

女1 踏み固めた?出てこないように確かめた?

男2 確かめたよ。

男1 あの。

男2 何ですか?

男1 あれはヒロユキ君ではありません。

男2 何ですか?

男1 野犬でもありません。

女1 じゃあ何よ。

 

クジラは啼いている。

 

男1 クジラです。

男2 クジラ?

男1 丘に上がったクジラです。浮力がなくなり、自分の重みに耐えかねて、身体をきしませ、啼いているクジラです。

女1 ・・クジラ?

男2 あなたの解釈ですか?

男1 解釈?

男2 この山は昔、海だったとでも言うんですか。土の中にクジラの骨が埋まっているとでも。

 

    クジラは啼く。

 

女1 ヒロユキが呼んでる。

 

クジラは啼く。

 

女1 私、見てくる。

男2 ああ。

女1 あのときの悲鳴で・・最後の悲鳴で感情はもどったのよ。

 

女1、山道へ足早に去る。

    男2、女1を見送り、ベンチに坐る。

 

男1 いいんですか?

女1 え?

男1 奥さん一人で。

男2 あいつですか?

男1 山道、暗いですから。

男2 催眠術を使えたらって、妻はよく言ってました。

男1 催眠術?

男2 ヒロユキに催眠術をかけるんです。私たちはいい夫婦だ。私たち家族は信頼しあっている。この世の中は楽しいことでいっぱいだ。まんざらでもない。

男1 あの。

男2 だから死ななくてもいいって。

男1 やっぱり、自殺・・だったんですか?

男2 本当のところは誰にもわかりません。たくさんの解釈があるだけですから。

男1 解釈ですか。

男2 夢を見せるって何なんです?夢って何なんですかね。

男1 ボクには・・わかりません。

男2 だますことですかね?

男1 あの・・奥さん一人じゃ危ないですよ。

 

男2、空を見上げる。

 

男1 山は暗闇ですから。

男2 大丈夫ですよ。

男1 夜は道わかりませんから。

男2 あいつね・・・残像なんですよ。

男1 残像?

男2 実体のない光の残像。

男1 ・・・・

男2 あいつはあいつの解釈でね、母親としての責任を取ったんですよ。

 

    男2は、空を見つめ続ける。

 

男2 先生。

男1 え?

男2 あなた先生でしょ?

男1 え、何ですか?

男2 忘れてるんですか?

男1 忘れる?

男2 それとも忘れたふりですか?

男1 ボクが教師?

男2 ヒロユキの最後の様子を私はあなたから聞きました。

男1 何を言ってるんですか?

男2 悲鳴を聞いたって、あれもウソなんですか?

男1 悲鳴?

男2 ヒロユキが最後に悲鳴を上げたってことに、私たちは少しだけ救われましたよ。

 

    クジラが啼く。

 

男2 忘れるということが、あなたの選んだ解釈なんですね。

男1 ボクは・・教師なんですか?

男2 何を言ってるんです。中学校の教師だったじゃありませんか。分校の。都会で疲れた子どもたちを集めて、自然の中で、感情を育む学校の。あなたはヒロユキに理科を教えていた。

 

    クジラが啼く。

    山道に一人の学生服の少年が浮かび上がる。

 

男2 たぶん、あなたのためのバスは来ませんよ。

男1 バス?

男2 私も人のこと言えませんけど。

 

    男2、懐中時計を取り出し、見る。

 

男1 ここは・・・本当にバス停なんですか?

男2 どうして?

男1 バスが来るところを見たことがない。

男2 私にはわかりません。あなたの解釈ですから。

男1 解釈?

男2 この時間も、空間も。

男1 何のことです?

男2 時間を捻じ曲げ、物語を都合よくすすめているじゃありませんか?

男1 何を言うてはるんですか?

男2 あなたは驚いた顔をしていますが、それも、物語の順序です。あなたの気持ちいい順序で、私たちは語ります。あなたは、初めて聞いた事実のようなふりをして驚きます。

男1 え?

男2 ほら、その驚きです。(と、少し笑う)

男1 ・・・・

男2 ヒロユキを埋めてきます。実は埋めてないんですよ。土をかぶせていません。そのまま埋めなければ、生き返るかなあなんて思ったり。

 

男1、少年に気付く。

 

男2 埋め直してきます。残像は、さすがにスコップを持てませんから。

 

    男2、懐中時計をベンチにかけ、山道に去る。

    少年、目覚まし時計を取り出し、見る。

    光が増した。

 

4、水族館へ行く話

 

    昼の光。

少年が待合室にいる。

 

少年 先生。

男1 え?

少年 先生と呼ぶよ。

男1 ああ。

少年 もう先生と呼んでいいんだよね。

男1 ああ。

少年 そういう順番なんだ?

 

男1はちらっと少年を見る。

 

男1 お前の両親と会うた。

少年 いつ?

男1 今。

少年 先に生まれたと書いて先生。

男1 なあ。

少年 先に生まれただけ。

男1 お前はお父さんや、お母さんのことを考えたことあるんか?

 

    少年は男1を見つめる。

 

少年 踏み込むんだね。

男1 何が?

少年 俺に踏み込むんだ。

男1 ああ。

少年 海水をかけるくらいじゃだめだよ。

男1 海水?

少年 海の水。先生、理科の時間に話してくれたじゃない。クジラの話。座礁したクジラを見つけたら、とにかく体に海水をかけなさいって。

男1 よう覚えてるな。

少年 陸地に乗り上げたクジラは、呼吸困難で死ぬんじゃない。肺呼吸なんだから。それより怖いのは、皮膚が炎症を起こして腐ってくることだって。

男1 クジラの皮膚は陸地に適してないからな。

少年 でも、最終的には自分の体重が支えきれずに内臓破裂で死んじゃうって。覚えてる?

男1 覚えてるよ。

少年 海水をかけるって行為は、皮膚の炎症を抑えるためじゃないんだよ。

男1 え?

少年 焼け石に水。海水をかけて、まだ海の中にいるって思いこませるんだよ。クジラに海の夢を見せるんだ。

男1 夢?

少年 結局、死んじゃうけど。救助されて、海に還されても、8割のクジラはまた座礁するんでしょ。

男1 お前は。

少年 俺は夢はみない。海水をかけられたくらいじゃ。

男1 クジラちゃうやろ。

少年 悲鳴を、クジラの鳴き声に変換して、思い込んでいたのは先生なんだよ。

 

少年、初めて、男1を見つめる。

 

男1 せやなあ。

 

    少女が山道にいる。背中に赤いリュック。手には図鑑。

 

男1 頼むわ。

少年 何?

男1 教えてくれへんか。

少年 教えるって?

男1 あの断崖で。

少年 ダイダラボッチの右手。

男1 崖の上でホンマは何があったんか。

少年 何が知りたいの?

男1 え?

少年 先生は知ってるよ。

 

    男1は言葉を探す。

 

少年 事実なんてない。あるのは星の数ほどの解釈があるだけ。

 

男1は少年を見る。

 

少年 これも先生が授業中に言ってたんだよ。

 

    少年、ベンチに坐る。

少女は図鑑を開く。

 

少年 校門の前を耳の不自由な女の子が通る。バスに乗って、遠くの学校へ通ってる。毎朝、俺たちは、はやしたてる。悪態をつく。別におもしろいわけじゃない。海浜からやってきた俺たちはバランスを取る。

男1 バランスって何や?

少年 悪意がたまると出さなきゃいけない。弱い人間は、弱い人間を見つけると悪意を垂れ流す。

男1 あの子と話した。

少年 いつ?

男1 あの子、弱ないで。

少年 通じたの?先生。手話知らないでしょ。

男1 遠足に行くって言うてた。

少年 話したつもりになってるだけ。

男1 それも、ボクの解釈か。

 

少年はうなづく。

 

男1 お前は話したことあるんか?

少年 図鑑を貸してあげた。海の図鑑。

男1 海の図鑑?

少年 聞こえないんだよ。

男1 聞こえない?

少年 あの子は「聞く」神経がやられちゃってるんだ。俺の前では、時間をスキップさせている。俺はそれが許せない。

 

    少女は図鑑のページをめくりながら、待合室の周りを歩く。

 

少女 7400トンの海水、厚さ30センチの透明なアクリルガラスに囲まれた大型展示水槽。直径18メートル、高さ9メートルの水の円柱の中を1頭のミンククジラがのんびりのんびり泳いでる。

少年 俺は悪意を吐き出す。

少女 クジラを見学するために、あたしは水槽の周りの螺旋の通路をぐるぐるぐるぐる下っていく。

少年 悪意を吐き出すと、俺の身体は透明になる。

少女 あたしがマリンパークが好きなんは、クジラに会いたいのもあるけど、この螺旋の通路のせいもある。あたしは時間の流れがわかんない。耳は時間を感じる器官だとつくづく思う。おばあちゃんのお話を聞くときも、聞き始めて、そいで、聞いてる時間があって、そいで、聞き終わるから。

少年 俺の身体は・・消えてしまいそうになる。

 

    少女、クジラの回廊を歩いているように、足音を立てず、静かに歩いている。

 

少女 ぐるぐる歩くあたしは時間を体感する。時間の散歩。耳の聞こえないあたしにとって、耳のいいクジラは憧れ。きっとあたしの足音を耳を澄まして聞いているに違いない。あたしの足音を聞いて欲しい。あたしの足音を聞いて欲しい。  

少年 だから、バランスを取る。

 

    少女は待合室に入る。

少女は図鑑を少年に手渡す。

 

少女 これ、ありがとう。

少年 うん。

少女 クジラはあたしをどう見てるんかな。

少年 どうって?

少女 透明なガラス越しに。箱の中から。

少年 どうだろう。

 

少年、図鑑を受け取る。

 

少女 おもしろかった。いろんなクジラがいるんやね。

少年 「白鯨」のモデルはマッコウクジラ。

少女 モビー・ディック。

少年 ザトウクジラは頭部に醜い出来物のような瘤がある。

少女 口元がいがんで、苦笑いをしてるような顔のセミクジラ。変な顔。

少年 イッカクの角はユニコーンの角。

少女 史上最大の動物シロナガスクジラ。バカでかい。

少年 数の少ないホッキョククジラ。

少女 クジラの中では一番小さいミンククジラ、9メートル以上にはならない。

少女 鼻が笑えた。

少年 鼻?

少女 図鑑に載ってた。シロナガスクジラのカラー写真。

少年 うん。

少女 背中に大きな鼻がドーンってくっついてる。

少年 ああ。

少女 鼻に見えるよね。

少年 噴気孔?

少女 噴気孔。

少年 潮を吹くんだ。

少女 意外とダンゴっ鼻。ちゃんと鼻の穴が二つある。

少年 あんなのを見ると、俺たちとおんなじ哺乳類だってことがわかるね。

少女 鼻くそって出るのかな。

少年 鼻くそ?

少女 鼻がつまったら、致命的やね。

少年 え?

少女 ほじれないし。

少年 大丈夫だよ。

少女 ヒレ届かないし。

少年 大丈夫だよ。吐く息に勢いがあるから。

少女 勢い?

少年 潮は5メートルも吹き上がるから。鼻の汚れを吹き飛ばす。

少女 なるほどね。 

少年 うん。

少女 いいこと思いついた。

少年 何?

少女 噴気孔の両側に、大きな目玉を書く。

少年 大きな目玉? 

少女 そいで、噴気孔の下に大きな口を書く。

少年 どうなるの?

少女 上から見たら、大きな顔。

少年 うん。

少女 クジラの背中に大きな人の顔。

男1 腹踊りみたいやな。

少女 腹踊り?

 

男1、おそるおそる腰を振り、腹踊りのマネをしてみる。

 

少女 (不思議そうな顔をして)腹踊りって何?

男1 いや、だから、お腹に顔を描いてやなあ。

少女 お腹に顔?

男1 お腹をふくらませたり、へこませたりして踊るんや。

少女 なんで?

男1 ふくらませたり、へこませたりしたら、顔、動くやろ。

少女 動くかなあ。

男1 動く動く。ほら。

 

   男1、お腹をふくらませたり、へこませたりする。

 

男1 で、ここに顔書いてたら、顔の表情、変わるやろ。

少女 うん。

男1 おもろいやろ?動いたら。

 

少女は、不思議そうな顔をしている。

 

男1 ほら。(お腹を動かす)

 

    少女は無反応。

 

男1 おもろないか?

少女 なんで描くの?

男1 え?

少女 おじさんのお腹に。

男1 いや、ボクは描けへんけど。

少女 どっかの地方の踊り?

男1 え?

少女 儀式?

男1 いやいや。

少女 おじさん、ようしてんの?

男1 いやいや、ボクは生まれてから一回もしたことないけどな。

少女 ふーん。

少年 先生、気を使うことないよ。

男1 え?

少年 これは先生の世界なんだから。

 

    男1、慎重に少女の前に行く。

 

男1 君。

少女 何?

男1 前・・ボクと話したやんなあ。

少女 え?

男1 この前、話したやんなあ。

少女 おじさんでしょ。

男1 ボクの声、聞こえる?

少女 声?

男1 いやいや。

少女 何?

 

    少女、不思議そうな顔を男1に向ける。

    男1は少女の耳に補聴器がないことに気付く。

 

男1 君、補聴器は?

少女 補聴器?

男1 ほら「高性能小型ラジオ」って。

 

少女は耳を触ってみる。

 

男1 (不安になり)この前、話できたやんなあ。

少年 耳がやられてるってことは「聞く」神経がやられてるんだよ。脳の問題なんだよ。

男1 知ってる。

少年 この子は音が歪むんだよ。

男1 歪む?

少年 補聴器は音声を増幅させるだけの機械。

男1 当たり前やろ。

少年 補聴器をつけてても、歪んだ音を聞いている。

男1 何が言いたいんや。

少年 俺たちとは聞いてる音が違うんだ。見えてる世界が違うんだよ。

男1 (少女に)補聴器・・つけてたやんなあ?

少女 ・・・・

少年 会話ができるのは補聴器をつけてるからだって、先生が勝手に思い込んだんだよ。

男1 そんなことない・・

少年 (さえぎって)補聴器をつけた彼女を思い浮かべる。補聴器をつけていると思い込む。思い込むと安心してしゃべれる。話してるという思い込みに説得力が増すんだ。

 

    男1は少女を見る。

 

少年 先生、いつ?

男1 いつって何や?

少年 この子と話したの。

 

    男1は少年の問いに答えられない。

 

少年 先生、この子と話してみなよ。

 

男1、少女を見つめる。

 

少年 会話なんてどうせ個人の思い込みなんだから。

 

    男1、躊躇している。

 

少年 先生、話しなよ。

 

男1、少女におそるおそる声をかける。

 

男1 遠足・・行ったん?

少女 ・・・・

男1 遠足行ったやんなあ。

少女 ・・・・

少年 ほら、先生、もっと思い込まないと。

男1 ボクとここでクジラの話したやんなあ。

少女 遠足?

男1 そう。秋の遠足。

少女 秋の遠足?

男1 どうやった?

少女 え?

男1 どうやった?マリンパーク。

少女 ・・・・

男1 クジラ見に行くって喜んでたやんなあ?

少女 うん。

男1 クジラどうやった?箱の中のクジラ。

少女 行けへんかった。

男1 行けへんかった?

少女 行かれへんかった。

男1 行かれへん?

少女 バスに乗れなかった。

男1 乗り遅れたんか。

少女 バス・・来なかった。

男1 え?

少女 バス、いくら待っても来なかった。

 

    少年、バスの時刻表のところへ行く。

 

少女 だから、行ったつもりになって、海の図鑑見た。

男1 海の図鑑?

少女 ヒロユキ君が貸してくれた学習図鑑。クジラの特集。

男1 クジラ・・

 

    男1、振り返り、少年を見る。

 

少女 バス来なかった日、家に帰ろうと思った。帰る途中、分校の門のとこに、ヒロユキ君一人で立ってた。

少年 待ち伏せしてた。

男1 待ち伏せ?

少女 また、からかわれるんかなあと思った。

男1 アホみたいに。

少年 アホ?

男1 また、はやしたてたんやろ。

少年 それだけじゃないよ。

男1 何?

少年 バランスとらないと。

男1 バランス?

少年 記憶は便利だよね。

男1 え?

少年 思い出したくないことにはふたをする。

 

    男1はゆっくり少年に歩み寄る。

 

少年 先生は知ってるよ。

男1 知ってる?

少年 先生の脳に刻まれてる。

 

    男1、自分の頭を触ってみる。

 

少年 山の学校の運動場は意外と荒れ放題。

 

    少年、標示柱の下に石を見つける。

 

少年 手ごろな石が落ちてる。

男1 お前・・

少年 俺は石を拾う。

 

少年、石を拾い、少女に体を向ける。

 

男1 ヒロユキ。(と、制する)

少年 顔中でこぼこ。まるでザトウクジラのように。

 

    少年は、石を捨てる。

    

男1 なんでや。

 

男1、少女に近づく。

 

男1 きれいやん。

 

    男1、両手で少女のほおを包む。

 

男1 きれいな顔、してるやん。

 

少女は目をそらさずに、男1を見つめている。

 

少年 当たり前だよ。

男1 当たり前?

 

    男1、少女の顔を見つめる。

 

男1 これも・・俺の解釈か?

少年 思い出したくないことにはふたをする。

 

    男1、少女を見つめる。

 

少年 すごいね、ニンゲンの脳の働き。

 

    男1、手を下ろす。

 

少年 楽しく生きるための知恵だよね。

 

    男1、少年の方を向く。

 

男1 お前は。

少年 思い出した?先生。

男1 ここに何しに来た?

少年 だから、バランスを取るんだよ。俺の身体から流れた悪意は俺の目の前で形になる。

男1 バランスって何やねん。

少年 俺は俺の悪意を触って確かめる。彼女のでこぼこの隆起を確かめる。透明になった俺の身体は空に浮きそうになるから俺は形になった俺の悪意にしがみつく。

 

    男1は少年の胸倉をつかむ。

 

男1 お前は・・

 

    少年は男1から目をそらさない。

 

男1 ここに何しに来たんや。

少年 父さんは俺の身体を取り戻すためらしい。自然の中で、孤独を知って、強くなれってさ。

男1 知ってる。

少年 先生、孤独って何?

男1 え?

少年 身体があって初めて孤独がわかるんだろ?一人だってことが初めてわかるんだろ?

男1 え?

少年 先生、孤独って何?

 

    男1、答えられない。

 

少年 母さんは夢を見るコツを覚えろって。

男1 コツ?

少年 コツなんだ。夢を見るのも、幸せを感じるのもコツがいるんだよ。

 

    男1、手をはなす。

 

少年 俺の家族はビデオテープだから。

男1 ビデオテープ?

少年 テープの中の風景に俺がいる。母に手をひっぱられている。ビデオを回す父の声。どこかの動物園。母の手に褐色の固形物の入った銀色の皿。俺はヤギに餌をやっている。俺の手のひらをヤギがベロベロ嘗め回す。母の笑い声。父の笑い声。俺は泣きべそをかいている。どこの家族なんだろう。ビデオテープの中の俺の知らない家族の笑い声。どこか俺の知らない遠い国の家族の投稿ビデオ。

 

    少年、ベンチの上で、ひざをかかえる。

 

少年 父さんは、ある日、仕事の悩みを相談しにきた入社2年目の女と関係を持つ。若々しく敏感に成熟した肉体に父さんは熱中する。女は粘土だ。いじくってもいじくっても水準以上の作品にしあがる優れた粘土。父さんは彫刻家が粘土を与えられたみたいにその女に熱中する。母さんは、ある日、駅前で結婚する前に付き合っていた男と再会する。退屈な日常に密やかに忍び込んだ非日常。二人はいつも夕暮れにホテルに入る。母さんはその男から毎日母さんにとっては新しいセックスを教わる。どう?先生。このどうしよくもなく陳腐なストーリー。昼のテレビドラマのシナリオにもならない。

男1 しょうもない話作んなや。

少年 夕暮れに母さんが帰ってくる。台所。父さんが帰る。父さんは仕事のことを話す。仕事の苦労や失敗談を笑顔で話す。母さんはわかるわけないのに笑顔でうなずく。母さんはテレビのこと、近所のことを話す。父さんは興味がないのに笑顔で答える。二人の会話はビデオに録音された音声。俺は毎日毎日ビデオを観てた。俺は毎日毎日ビデオを観てた。疲れたんだよ。父さんも母さんも。俺の前で演じなきゃならない。声優じゃないんだから。疲れるよ。当たり前だ。だから、俺を離したんだ。山の中に追いやったんだ。

男1 しょうもない解釈すんな。

少年 父さんと母さんは俺のことを心配していると俺は思い込んだ。それはいいんだ、その思い込みは。父さんと母さんは俺のことを心配したから、山の中へ追い込んだ。俺に良かれと思って。二人ともビデオテープの登場人物だってことを自覚していたんだね。でも、俺はこんな山の中じゃなくて良かったんだ。海の汚い濁った空気の海浜で良かったんだよ。

男1 ヒロユキ、もうええやろ。

少年 俺の物語。俺の解釈。俺は想像力が足りないんだ。俺にはそんな解釈しか思いつかない。

男1 ヒロユキ・・

 

    男1、少年に何か言おうと近寄る。

 

少女 (男1の口真似で)大変やな。

 

    少女、時計を取り出し、地面に置く。

男1、立ち止まる。

 

少年 踏み込んでよ。

少女 (男1の口真似で)大変やな。

少年 先生、もっと俺に踏み込んでよ。

 

    少女、少年の身体を抱く。

    クジラが啼く。

 

少女 クジラの歌が聞きたいって。

男1 クジラの歌?

少女 あたしヒロユキ君に言うてん。クジラの歌が聞きたいって。

 

    クジラが啼く。

 

少女 (少年に)なあ、クジラの歌、聞きに行こ。

少年 うん。

少女 クジラの歌、聞きにいこ。

 

    少女、少年を支え、立ち上がる。

 

男1 (少女に)君・・

少女 初めは、ドアのきしむような音がはずむような唸りに変わっていくらしい。どこかでかすかにガラスが鳴っているかのように、優しく空気が震えるらしい。そいで、激しく高鳴ったと思うと、緩やかに流れて、波のリズムに寄り添っていくらしい。

男1 何?

少女 クジラの歌のこと。

男1 どこ行くん?

少女 クジラのメロディ。クジラはおんなじフレーズを、繰り返し、繰り返し、夜じゅう、ずーっと繰り返す。単調なメロディをずーっとずーっと繰り返す。

男1 どこ行くんや。

少女 ダイダラボッチの右手。

男1 なんで?

少女 クジラ啼いてるから。

男1 そんなん聞こえへんよ。

少女 昔の海の地層があるって。おじさん、理科の先生やろ?

男1 ないって。

少女 そこにクジラの骨が埋まってる。

男1 そんなん埋まってへん。

少女 ダイダラボッチのてのひらの上では、陸地に乗り上げた、自分の体重を支えきれへん、クジラたちの鳴き声が聞こえるって。

男1 そんなんボクが考えた妄想や。夢物語や。

少女 夢?

男1 嘘や嘘。嘘ってこと。

少女 嘘?

男1 ボクの考えた酔っ払った嘘物語や。

 

    少女は男1を見つめる。

 

男1 ボクがわかれへんから。人の気持ちがわかれへんから。

少女 気持ち?

男1 ちゃんとアンテナ張らんと、一番、楽な気持ちいい物語を選んでもうたから。

少女 おじさん。

男1 何?

少女 うそとかホンマとかないよ。

男1 ない?

少女 考えんねん。それだけでええねん。

男1 え?

少女 ええんよ。それぞれの物語を一生懸命考えたら。

男1 ええことあるかいな。

 

    少女は男1に向き直り。

 

少女 おじさん、あたしの物語はね。

男1 君・・

少女 ダイダラボッチのてのひらに抱かれて、座礁クジラはゆっくりゆっくり死んでいく。

男1 飛び降りたんか?

少女 それだけやったら悲しいやん。だから、死んでいくクジラには、はるか彼方の海の端っこから、仲間のクジラの歌声が届くねん。ロマンチックやろ。

男1 ヒロユキも・・一緒に飛び降りたんか?

少女 歌声は、水の層を伝わって、遠くの遠く、海の端っこからやってくる。

男1 歌声って何や。

少女 クジラはおんなじフレーズを、繰り返し、繰り返し、夜じゅう、ずーっと繰り返す。

男1 きれいな話にしたらあかんねん。

少女 クジラの歌はおんなじフレーズの繰り返し。海のカノン。でも聞く人によったら、繰り返しやから、飽きるかもしれへん。でもな、それは意味を追いかけるからやねん。

男1 意味は追いかけるやろ。

少女 毎日毎日、誰もかれもが、おんなじ話を延々延々繰り返してる。クジラの歌とおんなじ。ひどく傷ついた話、めくるめく恋の話、大恥をかいた話、仕事の愚痴、ささやかな幸せ、家族の話、友達の話。自分にとっては重たい話でも、他の人が聞くとそうでもない。単調なクジラの歌。ヒロユキ君の物語も。あたしの物語も。先生の物語も。

男1 クジラの歌と同じ?

少女 意味を追いかけたらわからなくなる。ちゃんとアンテナ張って、音を聞くねん。フレーズに耳をすますねん。それだけでええんやと思う。それだけでじゅうぶんやと思う。

男1 音?

 

    少女と少年、行こうとする。

 

男1 ちょっと待って。

少女 何?

男1 どこ行くねん。

 

少女は男1を見つめる。

 

男1 あっこは危ない。岩肌がむき出してる。

 

    少女はじっと男1を見つめている。

 

男1 なんで?

少女 なんでって?

男1 なんで、ヒロユキと一緒に行くねん。

少女 なんでやろ?

男1 殴られたんやろ。

少女 うん。

男1 なんでやねん。なんで一緒やねん。

少女 クジラの脳みそはシワシワ。ヒトとおんなじくらい。

男1 クジラの話はええ。

少女 それは「聞く」神経が発達してるから。

男1 それも聞いた。

少女 そのぶん「見る」神経も「感じる」神経も、弱いかもしれへん。でも、クジラは音を見ることができると思う。そのぶん脳みそはシワシワやねん。

男1 クジラはええねんて。

少女 ヒロユキ君は、音が見えるかもしれへん。

男1 音?

少女 脳みその神経はマヒした部分を補うことが出来るから。

男1 マヒ?

少女 あたしも。

男1 え?

少女 あたしは「聞く」神経があかんから。何やろ。何を補ってるんかな。

 

少女、周囲を眺める。

 

少女 あたしがおる。おじさんがおる。ヒロユキ君がおる。停留所がある。学校がある。山がある。山の中。突き抜けて空がある。あたしの通う学校が遠くにある。遠くに海がある。海。海の向こうもある。あたしはここにおる。ここに立ってる。

男1 ・・・わからん。

少女 ヒロユキ君は空間、あたしは時間がわからへん。

男1 わからん。

少女 だから、脳みそを補って、そいで、お互いでお互いを補い合う。

男1 わからへん。

少女 ヒロユキ君は時間を見る。あたしは空間を聞く。二人、足したら、ちょうどやん。

男1 何がや。

少女 時間と空間で世界が成立する。バス来るかもしれへん。バスに乗れるかもしれへん。

男1 君ら、お互いに、話、出来へんやろ?

少女 話?

男1 会話できへんやろ。

少女 言葉を作るねん。

男1 言葉?

少女 あたしとヒロユキ君と二人だけの新しい言葉。

男1 新しい言葉?

少女 今までなかったような言葉。誰も聞いたことのないような新しい音。

男1 閉じこもってるだけやないか。

少女 クジラの脳みそが人間とおんなじくらいにシワシワなんは、クジラは音が見えるから。人間のわからない方法で、クジラたちは会話をしてるはずやねん。それを会話っていうのかわからんけど、あたしらが知らん言葉に違いないから。そうやないと、あんなにシワシワにならへん。もっと退化してるはずや。

男1 会話ってこれやん。今してるやん。これやろ。

少女 違う。クジラはちゃんと音を交換してる。

男1 人間の会話は思い込みの交換か。

少女 意味やないねん。

男1 意味ないと通じへんやろ。

少女 新しい言葉。新しい音。

男1 わかれへん。

少女 音を交換する。あたしの音。ヒロユキ君の音。ちゃんとアンテナ立てて、その音をしっかり手渡して、受け止める。勇ましい音を聞いて興奮したり、楽しい音を聞いて楽しくなったり、泣きたくなるような音を聞いて泣いてもうたり、それでええんやと思う。

男1 君に・・クジラの歌は聞こえへんやろ。

少女 ダイダラボッチのてのひらで。

男1 え?

少女 あたしらに、クジラの歌が届くかもしれへんから。

男1 (強く)君、耳、聞こえへんやろ。

 

    少女は男1からゆっくり距離をとる。

    少女は、いくつかの時計を取り出して、男の空間を囲むように置いていく。

 

少女 おじさんの物語は出来た?

男1 何?

少女 おじさんの物語を聞かせてよ。

男1 何言うてんの?

少女 言いにくい?この世界はすでにもうおじさんの解釈の世界やから?

男1 それ手話やろ?

少女 物語は思い込みでもええんやと思う。解釈や物語が思い込みなんは当たり前やもん。

男1 ごめんな。

少女 でもな、新しい解釈が生まれてきたら、それはそれで、耳を傾けなあかんと思う。

男1 残念ながら、ボクには手話はわからへん。

少女 しっかりアンテナ立てて、自分の音も聞かなあかんし、相手の音もきちんと聞かなあかん。

男1 無駄やで。

少女 そいで、また、物語るねん。何度も何度も物語るねん。

男1 頼むわ、やめてくれへん?

少女 そしたら、生まれると思う。

男1 (いらいらして)無駄やって。

少女 クジラの歌が生まれると思う。

男1 あんな、ボクと言葉が違うねん。

 

ローカを駆ける足音、机や椅子を引きずる音、教科書の朗読、飼育小屋の鶏、チャイムが聞こえてくる。それにまぎれて、クジラの歌が聞こえてくる。

男2と女1が現れる。

    少年と少女、また新しい時計を取り出し、見つめる。

    

5、家族の込み入った話

 

    赤いインクを落としたような空。

    その赤は夕焼けの赤なのか、朝焼けの赤なのかわからない。

    男1がいる。少年がいる。男2、女1がいる。

少女は山道に座っている。 

 

女1 ヒロユキ。

少年 ・・・母さん。

女1 寒くない?大丈夫?山は冷えるでしょ。

少年 うん。大丈夫。

女1 学校はどう?友達とは仲良くしてるの?

少年 大丈夫だよ。

女1 勉強はどう?ついていけてるの?

少年 理科がね。

女1 理科?

少年 おもしろいんだ。

女1 そう。

少年 うん。先生も俺によくしてくれてる。先生も理科が好きなんだ。

女1 あなた、調べることが好きだったから。

少年 学校の裏山にね、岩肌が見えてるところがあって、新生代の地層があるんだ。毎日、そこで、化石を掘ってる。

女1 化石?

少年 その採掘場のことをみんなはダイダラボッチの右手って呼んでるんだ。

女1 ダイダラボッチ?

少年 神話に出てくる天地を創造した大男。その大男がえぐったように、そこだけ不思議と岩肌がむき出してる。

女1 気をつけてね。

少年 何?

女1 危ないでしょう、そこ。

少年 大丈夫だよ。

女1 学校、楽しい?

少年 小さな貝の化石が多いんだよ、時々、小魚の化石も見つかるんだ。母さん、信じられる?昔、この辺は海だったんだよ。

女1 そう。

少年 先生はクジラの化石を見つけるんだって、はりきってる。見つけたら世紀の大発見だって。

女1 土曜日に迎えに来るから。

少年 うん。

女1 土曜日の晩御飯は何がいい?

少年 なんでもいいよ。

女1 言って。あなたの好きなもの。

少年 なんでもいいよ。

女1 ヒロユキ。

少年 何?母さん。

女1 あなたに・・触ってもいい?

 

少年は下を向く。

 

女1 あなたに・・触らせて。

 

    女1、少年を抱きしめようとする。

    少年は女1の腕をすり抜け、立ち上がる。

 

少年 母さんは・・触れないよ。

女1 え?

少年 俺に触れない。

女1 どうして?

少年 母さんは死んじゃだめだ。

女1 え?

少年 父さんは?

女1 父さん?

少年 父さんは何してんの?

女1 まださまよってるわ。

少年 そうなんだ。

女1 この山の中をさまよってる。

少年 俺は取り返しのつかないことをしてしまったと思ってる。今更どうにもならない。でも、母さんは俺の物語に寄り添っちゃだめだよ。

女1 え?

少年 俺はこれから、気の遠くなるほどの時間、ここで、ずーっと考える。俺は俺の物語を何度も何度も書き直す。何度も何度も書き直す。

女1 そう。

少年 母さんはバスに乗って海浜に帰ってよ。

女1 ヒロユキ。

少年 何?

女1 寒くない?

少年 うん。

女1 寒くないの?

少年 大丈夫だよ。

 

    沈黙が支配する。

 

男2 昔の話です。

男1 昔?

男2 武士の時代です。

男1 武士?

男2 ある子どもが、友達を川に突き落としました。その友達は溺死。父親はどうしたと思いますか?その子の父親は自分の子どもを同じように、川へ突き落としました。

男1 はい。

男2 父親としての・・責任を果たしたんだと思います。

男1 大昔の・・侍の時代の話ですね。

男2 ヒロユキは耳の聞こえない少女を撲殺しました。

男1 知ってます。

男2 ヒロユキは耳の聞こえない少女を撲殺しました。

男1 知ってます。

男2 先生。

男1 何です?

男2 心ってどこにあるんですか?

男1 心?

男2 頭ですか?胸ですか?

男1 さあ。

男1 胸ですかね。胸が痛むって言いますよね。

男1 はい。

男2 でも、私、胸、痛くないんですよ。

男1 はい。

男2 やっぱり、頭ですかね。

男1 どうでしょう。

男2 やっぱり心は頭ですね。心は、脳の・・電気信号ですから。

男1 はい。

男2 もしも、心が脳の中の数グラムの血と夢と電気にすぎないのなら。

男1 はい。

男2 どうして、自分自身を考察したり、思い煩ったり、自分がやがて死ぬことを悟ったり、強弱のさまざまな感情を楽しんだりできるんです?

男1 わかりません。

男2 考えたり、想像したり、計画したり、比較したり、抽象したり、未来のことを考えたりできるのは、どうしてなんですかね。

男1 わかりません。

男2 先生、教えてください。

男1 ボクには・・わかりません。

男2 宇宙の最初の混沌の中から生まれた水素のようなもっとも単純な原子から、私たちは作られた。そして、意識という豪華な高揚が作られた。これは奇跡ですよね。

男1 奇跡です。

男2 すごいことです。

男1 はい。

男2 私はその奇跡を無駄にしている。

男1 はい。

男2 先生、その電気信号をどうやって読み取ったらいいんでしょう。

男1 わかりません。

男2 先生、電気信号を読み取る奇跡までは与えてくれなかったんですねえ。

男1 ボクにはわかりません。

男2 やっぱり胸なんですかね。

男1 わかりません。

男2 やっぱり心は胸にあるんですかね。

男1 わかりません。

男2 私、胸、痛くなんですよ。

男1 はい。

 

    男2、自分の胸を力をこめて、たたく。

 

男2 ヒロユキは耳の聞こえない少女を撲殺しました。

男1 知ってます。

男2 ヒロユキは耳の聞こえない少女を撲殺しました。

男1 あなたが。

男2 はい。

男1 あなたがヒロユキ君を崖から突き落とした。

 

    男2はゆっくり立ち上がる。

 

男2 先生。

男1 はい。

男2 山の中を、いくらさまよっても、私は・・ヒロユキには会えませんね。

 

男2、少年の前を通り過ぎる。

山道にいる少女の前にいき、地面にひざまずいて頭をたれる。

    男2は少女の前で、地面に頭をつけている。

男2は少女の前で泣いている。

 

男1 ボクの教え子が、毎朝、聾唖学校に通う一人の少女をからかっていたことを、ボクは知っていた。ボクの教え子が、放課後、その少女を待ち伏せして、殴り殺したことを、ボクは知っていた。

 

    少年は白い靄の中に消える。

 

男1 ボクの教え子のことをボクはボクなりに知っていた。あいつの父親からも、母親からも、よう話を聞いてた。なんで、この学校に転校してきたかも、ボクなりにわかってた。よう懇談会もした。父親の思いも母親の思いもボクなりにわかってるつもりやった。

 

    女1が消える。

 

男1 あいつの悲鳴を聞いた。あいつが悲鳴を上げていたことをボクは知っていた。あいつの悲鳴を聞いたつもりになってた。それが、教室の中でやったか、休み時間の校庭やったか、校外学習の山の中やったか、放課後やったのかわからへん。でも、あいつの悲鳴をいつも聞いていた。少女が亡くなってから、あいつの父親が、あいつを崖の上から突き落としたことをボクは知っていた。あいつが、血だらけになって、崖の下に横たわっていたことをボクは、ずっと、知っていた。

 

    男2が立ち上がり、消える。

 

少女 おじさん、聞こえる?

 

    男1は言葉を続ける。

 

男1 そんな事件が起きたんで、山村留学の制度はなくなった。学校は廃校になった。もう何年も前のことやと思う。気の遠くなるほどの昔の話。学校がなくなってから、この村には、どんどん人がいなくなった。そのことをボクは知っている。ボクは教師を辞めた。ボクが教師を辞めたことをボクは知っている。

少女 あたしの声、聞こえる?

 

    男1には少女の声は聞こえない。

 

男1 過疎の村。もうだれも人はいない。ボクは教師をやめた。この村から逃げた。自分の一番傷つかない解釈をして、ボクはこの村から逃げたはずやった。でも、ボクは今ここにおる。このバス停の待合室で、ずっとバスを待っている。色あせたベンチ。風化した表示板。腐ったトタンの屋根。床に積み重なって層になってる土ぼこり。もう何年も何年もバスを待ってる。もう何年も何年もバスを待ち続けてる。 

少女 おじさん、奇跡はそう簡単に起こらへんけどな。

男1 あれからバスは来ない。ボクはバスが来るのを見たことがない。あれからずっと考えてる。何度も何度も解釈を繰り返す。あれからずっと考えてる。

少女 おじさん、何度も、何度も、物語を書き直すねん。

 

    少女は男1の横に大きな時計を置く。

 

少女 その繰り返しが、きっと歌になるから。

 

男1の耳に少女の言葉が届いたかもしれない。

男1、少しだけ、顔を上げる。

 

少女 それが、きっと新しい音やから。

男1 新しい・・音?

少女 クジラの歌。

 

    男1の耳にクジラの鳴き声が届く。

 

少女 おじさん、何度も、何度も、物語を書き直すねん。何度も、何度も、考えるねん。

 

    クジラが啼いている。

 

少女 きっと・・バスは来るよ。

 

    クジラが啼いている。

 

少女 おじさんの言葉。おじさんの言葉の範囲が、おじさんの世界やから。

 

    美しいクジラの歌が聞こえてくる。

少女、山道に消える。

    男1は空の駅に取り残さる。

    男1はベンチにうずくまる。辺りは白い靄に包まれる。

 

                    終わり

 

                 2003・8・18      

 

・「クジラは昔陸を歩いていた」大隅清治(PHP研究所)

・「クジラの世界」イヴ・コア(創元社)

・「クジラの心」マッキンタイアー(平凡社)

・「月に歌うクジラ」ダイアン・アッカーマン(筑摩書房)

・「涼しい脳味噌」養老孟司(文春文庫)

・「カミとヒトの解剖学」養老孟司(法蔵館)

・「海遊館ガイドブック」(海遊館発行)

・「エトラン座のみなさま」北村想

・「クジラの墓標」坂手洋二

 

の各作品を引用、参考にさせていただきました。

本当に感謝しております。