卵の遊び

                中村賢司

 

登場人物

・シマノ先生

・サイトウ先生

・ウダ先生

・トクナガ先生

 

    ある中学校の教員休憩室。

    上手に出入り口。下手は給湯室に続く。

    今、四人の女性が机を囲み、にらみ合っている。

    一人は地味な服装、一人はジャージの上下、一人は白衣、一人は派手な色のワンピース。なんとも不釣合いな四人であるが、四人とも、この中学校の教師である。机上の大きな布袋が目立つ。

 

シマノ ではさっそく・・

 

    シマノは他の人を見回す。

 

シマノ 始めましょう。

サイトウ いいんですか?

シマノ いいんです。

サイトウ 本当にいいんですか?

シマノ いいんです。始めちゃいます。

サイトウ ササモト先生がいらっしゃらないのに。

シマノ 仕方ありません。

サイトウ ズルいですね、ササモト先生。

シマノ 始めましょう。

サイトウ きっと理科室にいると思いますけど。

シマノ 始めましょう。待ってても仕方ありません。

サイトウ そりゃそうですけど。

 

    シマノ、机上の布袋をひっくり返す。

多数の茶封筒がこぼれる。

 

ウダ たくさんあるわね。

サイトウ 824。

ウダ 824?

サイトウ 全校生徒分のアンケートですから。

トクナガ 大変ですね。

シマノ え?

トクナガ 今から集計するわけですよね。

サイトウ (封筒を取って)密封されてる。

ウダ (サイトウの手元を覗き込んで)ホントだ。

シマノ 集計が終わったらシュレッダーにかけて廃棄するように言われてます。

サイトウ 捨てちゃうんですか?

シマノ プライバシーの問題もありますから。

サイトウ 実名で書いてありますもんね。

ウダ 生徒に裁かれるわけね。

サイトウ 自分の名前がたくさんあったらいやですよね。

トクナガ きっとオフザケで書いたのばっかりです。真剣に書く生徒なんていません。彼らはマジメに書くことなんかできないんです。

ウダ 真剣に書かれてもショックね。

サイトウ ウダ先生はないでしょう。

ウダ 何?

サイトウ 生徒に人気あるじゃないですか。

ウダ ないわよ。

サイトウ 保健室は連日大賑わいじゃないですか。

ウダ おかげさまで。

サイトウ われわれはそうはいきませんから。ちゃんと授業で判断されますから。

トクナガ 今日決まりますよね。

シマノ はい。

トクナガ その決定者一名はどうなるんでしょう。

サイトウ クビでしょう。

トクナガ 懲戒免職ですか?

シマノ 教師の人権もあるわけですから、おそらく校長から自主退職を勧められるんでしょうけど。

サイトウ 指導力不足教師ツイホーですか。(と、拳を突き上げる)

 

    四人、あらためてアンケートの入った茶封筒の山を見つめる。

 

サイトウ (自分に言い聞かせるように)昨今の社会の要望です。教師が新聞の紙面を賑わしてますから。

トクナガ シマノ先生。

シマノ なんでしょう。

トクナガ 私。

シマノ はい。

トクナガ お茶入れてきます。

 

    校内スピーカーから美しい音楽が流れてくる。

    トクナガ、下手に去る。

 

サイトウ 仕方ありませんね。お茶ですから。

 

    シマノ、茶封筒を一通、手に取る。

    サイトウは茶封筒を上下にふったり、透かしたりしている。

 

ウダ (声をひそめて)ためしに、お茶が欲しいーって祈ったのよ。

サイトウ はい?

ウダ 通じたわ。トクナガさんに。

サイトウ は?

ウダ さっき。

サイトウ 祈ってたんですか?

ウダ 祈るというか心の中でささやきましたね。

サイトウ なんてささやいたんですか?

ウダ (低音で)お茶持ってこーい。

サイトウ なんですか?それ。

ウダ (高音で)お茶持ってこーい。

サイトウ 声を変えてるだけじゃないですか。

ウダ 念を送ったのよ。

サイトウ 念?

ウダ 思いを込めるの。ネン・・ネン・・ネン・・

サイトウ (マジメに)テレパシーですか?

ウダ そんなわけないじゃない。そんなの信じてるの?

 

    「下校時刻20分前の4時40分になりました。まだ学校に残っている生徒のみなさんは帰る用意をして速やかに帰宅しましょう」と校内放送が入る。

    そのあと、しばらく音楽が流れる。

 

シマノ アンケートは開封しません。

サイトウ え?

シマノ 処分します。

サイトウ 処分?

シマノ 意味ありませんから。

サイトウ 読まずに捨てちゃうんですか?

シマノ 彼らに教師の適正を判断できますか?

サイトウ (口ごもって)いいえ。

シマノ はい。(そういうことです。)

 

    少しの間。

 

サイトウ いいんですか?

シマノ いいんです。

サイトウ どうするんです?

シマノ 話し合いましょう。

サイトウ 話し合う?

シマノ 少なくとも生徒が決めるよりマシでしょう。

 

    トクナガがおぼんにお茶をのせ、戻ってきている。

 

シマノ (見回して)私たちが議論するんです。

 

    三人、シマノに注目する。

 

トクナガ 不適任教師一名。

シマノ なんですか?

トクナガ 私たちが決めるんですよね。

シマノ はい。

トクナガ 他の先生方には知られないんでしょうか?

シマノ その点は大丈夫です。この委員会のメンバーは内々に指名されましたから。

トクナガ そうですけど。

シマノ ここにいる先生方が口外さえしなければ、外部に漏れることはありません。

サイトウ アンケートを無視するんですよね。

シマノ そうです。

サイトウ そんなことしていいんですか?

シマノ 今日中に決定者一名を校長に報告すれば問題ありません。

サイトウ そうなんですか?

シマノ アンケートの処分も、私たちに任されています。

ウダ ようするに・・不正するわけね。

シマノ ええ。

サイトウ シマノ先生のおっしゃることは理解できるんですが・・・

シマノ 生徒にゆだねますか?

 

    校内スピーカーからの音楽がやむ。

 

シマノ 私は生徒を信用していません。

 

    トクナガはぼんやりと窓際に歩み寄る。

 

トクナガ 築山。

サイトウ ツキヤマ?

トクナガ 築山っていうんですよね。

サイトウ (窓の外を見て)ああ。

トクナガ 改めて見るのは初めてです。

ウダ そうなの。

トクナガ ここからよく見えますね。

ウダ トクナガさん、あんまりこの部屋来ないから。

トクナガ え?

ウダ トクナガさん、タバコ吸わないでしょ。(と、机上の灰皿を示す)

トクナガ はあ。

サイトウ (窓の外を見て)手入れされてますよね。

シマノ 校長の趣味ですから。

サイトウ 生徒は立ち入り禁止でしたよね。

 

    四人は外の景色をなんとなく眺めている。

 

シマノ 校長は毎朝、めでるようにここの手入れをしています。

トクナガ 誰もいませんね。

シマノ はい。

トクナガ 誰にも踏み荒らされていない砂地。

ウダ 時々いますよ。

トクナガ 立ち入り禁止なんですよね。

ウダ いつもは夕方ごろ、出没するわね。

サイトウ 誰がいるんです?

ウダ 喫煙少年。

サイトウ 生徒ですか。

ウダ ひとりぼっちの喫煙少年。

シマノ (強く)異議はありませんか?

 

    沈黙が支配する。

 

トクナガ もうさめたかもしれませんけど・・・

 

    トクナガ、お茶を配る。

    三人、席につく。

 

トクナガ 私の授業中は話し声が聞こえません。板書をするために生徒たちに背を向けていると、まるで教室にたった一人でいるような感覚に襲われます。私の背後には確かに三十五人の人間が着席しているはずなのに、確かに三十五人の人間が呼吸をしているはずなのに、彼らの息遣いが聞こえません。耳を澄ますとカサカサと音がします。振り返ると彼らの親指が、肥大しています。

ウダ 親指が肥大?

トクナガ 肥大した親指は異様に早く動きます。携帯電話を握り締めて、異様に早く動きます。

 

    トクナガ、席に着く。

 

シマノ 始めて・・よろしいですか?

 

    三人、了承したような沈黙を作る。

 

サイトウ ササモト先生はどうします?ササモト先生も委員会に任命されてるんですよね。

シマノ ササモト先生は放棄したとみなします。

サイトウ いいんですか?

シマノ 来ない人を待ってても仕方ないでしょう。

ウダ どうやって決めるの?

シマノ なんですか?

ウダ 教師にふさわしくない人物。

シマノ 出し合いましょう。

ウダ 出し合う?

シマノ 具体的に名前を出していかないと始まりませんから。

サイトウ そりゃそうですけど。

シマノ サイトウ先生。

サイトウ はい?

シマノ どうぞ。

サイトウ どうぞって私からですか?

シマノ 思うところを述べてください。

サイトウ 私から言うんですか?

シマノ はい。

サイトウ えっと。

シマノ はい。

サイトウ 難しいですね。

シマノ はい。

サイトウ 言いにくいです。

ウダ 言いにくいわよねえ。

サイトウ 一番目というのがどうも。

シマノ 名前がないと始まりませんから。

サイトウ はあ。

シマノ サイトウ先生。

サイトウ 私は、そうですねえ。ウダ先生がお先に。

ウダ 何それ。

サイトウ ウダ先生の意見を聞かせていただいてからにします。

ウダ パスするわけね。

サイトウ はい、パス、パスです。パスします。

シマノ ウダ先生。

ウダ どうしよう?

シマノ なんですか?

ウダ じゃあ私はスルーパスだあ。(と、トクナガを指す)

シマノ トクナガ先生。

トクナガ はい。(ぼんやりと考え事をしている)

シマノ トクナガ先生。

トクナガ か、考え中です。

シマノ パスですか?

トクナガ はい、パス、パスです。

シマノ 困りましたねえ。

ウダ シマノ先生。

シマノ なんでしょう?

ウダ シマノ先生が口火を切ってよ。

シマノ 私は・・

ウダ どうぞ。

シマノ もう少し様子を見ます。

ウダ 様子?

シマノ はい。

ウダ 様子って何?

シマノ 軽々しく発言できませんから。

ウダ 軽くいきましょうよ。

シマノ え?

ウダ 軽々しくいきましょう。

シマノ どいいう意味ですか?

ウダ 人一人クビにするわけでしょ。

シマノ ・・そうなりますけど。

ウダ 重たい議題なんだから逆に軽く考えましょう。

シマノ ウダ先生、何を言ってるんですか?

ウダ しかめっ面で重々しく発言しても、軽々しく発言しても、討論の内容は変わらないでしょ。

シマノ はい。

ウダ どっちにしろ結論は出すんだから。

シマノ そうですけど。

ウダ 重苦しく捉えないほうがいいのよ。そのほうが発言しやすいでしょ。

 

    やや間。

 

サイトウ くじを作りましょうか。

ウダ くじ?

サイトウ くじで順番を決めるんです。順番が回ってきたら必ず発言しなければならない。

ウダ それがルール?

サイトウ ルールです。

ウダ パスなしね。

サイトウ パスなしです。

ウダ それ安易でいいわね。

トクナガ 何を・・言うんですか?

サイトウ もちろんこの学校で一番不適任だと思う先生の名前。

トクナガ ズバリ・・ですか?

サイトウ それぞれに心当たりはあると思うんです。あとはたぶんきっかけだと思うんです。

トクナガ サイトウ先生はもう決めてるんですか?

サイトウ 決めてるといえば決めてるし、決めてないといえば決めてないです。

ウダ 意味ありげねえ、なにそれ。

サイトウ ホントはもう二、三人に絞り込んでるんですけど。

ウダ 素早いわね。

サイトウ 給湯室にわりばしありました?

トクナガ わりばしですか?

ウダ 何するの?

サイトウ 一本だけ先を赤マジックで塗っておくんです。

ウダ で?

サイトウ 赤いわりばしを引いた者が負け?

ウダ 負け?

サイトウ はい。

ウダ ダメじゃないの。

サイトウ ダメですか?

ウダ 番号書かなきゃ。

サイトウ 番号?

ウダ 順番決めるんでしょ。

サイトウ あっそうですね。

ウダ 勝ち負け決め手どうすんのよ。

サイトウ ああ、うかつでしたあ。

 

    シマノは手帳のページを破り、何か書き込んでいる。

 

トクナガ (覗き込んで)あみだくじですか?

シマノ (隠して)え?

トクナガ 線を引いてましたよね。

シマノ え?・・ええ。

サイトウ (覗き込んで)あ、ホントだ。線を何本も。

シマノ (また隠す)ああ。

サイトウ なんですか?この線。

シマノ ああ・・え?線?(と、とぼける)

サイトウ その構図は、あみだくじっぽいですよね。

シマノ (強く)メモです。

サイトウ・トクナガ メモ?

ウダ ボードに書けばいいじゃない。せっかくあるんだから。

シマノ そうね。

トクナガ 私、書きます。

シマノ お願いします。

 

    トクナガ、ボードの前に立つ。

 

トクナガ (振り向いて)どうぞ。

 

    やはり沈黙が支配する。

 

サイトウ 私が言いましょう。

シマノ はい?

サイトウ 私からでいいですか?

ウダ トップバッターね。

シマノ どうぞ。

サイトウ 社会のナカザワ先生はどうでしょう。

シマノ ナカザワ先生?

サイトウ 私はナカザワ先生がいいと思います。

 

    トクナガ、ホワイトボードに「中沢」と書く。

 

サイトウ ナカザワ先生は教材研究をしていません。生徒情報ですけど、いつも教科書の文章をノートにまとめさせているだけらしいです。その間、本人はうたた寝。

ウダ うたた寝?

サイトウ 机間巡視中によく教科書を生徒の頭に落とすらしいです。歩きながら寝てるんです。

シマノ 生徒はびっくりしますね。

サイトウ はい。

ウダ 寝ながら歩けるの?

サイトウ 生徒が話しかけても聞こえないそうです。

ウダ 器用ね。

サイトウ そこまでいくともう技術ですね。

ウダ 眠いんだ。

サイトウ 眠いんです。

ウダ 眠いのよ。

サイトウ よっぽど。

シマノ ナカザワ先生は野球部でしたよね。

サイトウ 野球部です。

シマノ 早朝練習は何時からやってるのかしら。

サイトウ 6時半です。

シマノ 眠いのは当たり前ですね。

サイトウ 学生の本分は勉強です。本分がおろそかになっては困ります。野球部の生徒は授業中寝てるでしょ。学校に野球だけをしに来てるんです。

トクナガ 確かに。私の授業でもそうです。

サイトウ ナカザワ先生も学校に野球だけをしにきてるんです。

ウダ でも強いじゃない、野球部。

サイトウ そんなことは関係ありません。

トクナガ ナカザワ先生は校長が北中からわざわざ引き抜いてきたんですよね。

シマノ その後、北中の野球は一気に弱くなりました。

ウダ 中学のうちは監督の力がまだまだ大きいって証明したようなもんね。

サイトウ 監督としては才能があっても、教師としては失格だと思います。

ウダ いいんじゃない強いんだから。

トクナガ 生徒に人気があるのもわかります。

サイトウ 予算ですよ。

シマノ 予算?

サイトウ 中学の部活の強さは予算で決まります。強いのは当たり前です。なんですか?あの大きな機械。ピッチングマシーン?あれいくらぐらいするんですか?いったい野球部にいくらつぎこんでるんですか?

シマノ 校長裁量ですから。

ウダ バレー部も強くなればいいじゃない。

サイトウ え?

ウダ あなたのバレー部。

サイトウ ・・はい。

ウダ 強くなれば予算回してくれるんでしょ。

サイトウ 予算があれば強くなります。

ウダ 卵が先か鶏が先かね。

サイトウ なんですかそれ。

ウダ 実績作りなさいよ。

サイトウ ネット。もう5年も買ってもらってないんですよ。

ウダ 練習しなさいよ。

サイトウ してますよ。

ウダ 今以上に練習して強くなるしかないわね。

サイトウ してますよ。

シマノ バレー部は早朝練習してませんよね。

サイトウ ・・・してませんけど。

 

    やや間。

 

トクナガ あの。

シマノ はい。

トクナガ 言わせてもらっていいですか?

シマノ どうぞ。

ウダ あっ私書くわ。

 

    トクナガとウダ、板書の役を交代する。

 

ウダ どうぞ。

トクナガ (聞き取れないような声で)ハラダ先生。

ウダ はい?

トクナガ ハラダ先生。

シマノ (大声で)ハラダ先生?

トクナガ (再び小声で)はい。

ウダ また大御所を出してきたわねえ。

サイトウ 勇気ありますよね。

ウダ ハ、ラ、ダ。(ボードに「原田」と書く)

サイトウ ハラダ先生、もうじき定年じゃないですか?

ウダ そうだっけ?

シマノ あと2年だと思いますけど。

トクナガ 2年でしたら今辞めてもそんなに変わらないと思うんです。

シマノ それだけの理由?

トクナガ 違いますけど。

サイトウ なんで?

シマノ ハラダ先生、トクナガ先生の指導教官でしたよね。

ウダ (トクナガに)そうなの?

トクナガ 去年、私の初任者研修の指導教官を担当してくださいました。

ウダ こってりしぼられたとか。

サイトウ 個人的な恨みはやめましょうよ。

トクナガ 個人的な恨みじゃありません。

ウダ じゃあなんで?

トクナガ 去年はずっと一緒でした。

ウダ いろいろ教わったんでしょ。

トクナガ ずっと一緒だったからこそ、あの先生のことがよくわかるんです。

シマノ (急に立ち上がり)ハラダ先生は優れた先生です。あの年になってもけっして奢らず貪欲に勉強してらっしゃいます。私は何度か先生の授業を拝見させていただきましたが授業がわかりやすい。教え方が上手い。生徒もわかることが楽しいんでしょうね。目をキラキラさせて先生の講義に耳を傾けていました。また生徒のどんなつまらない話でも終始穏やかな表情で一生懸命聞いてられます。生徒に慕われるのも納得できます。(机上のアンケートの封筒をつかみ)この中には先ほどのナカザワ先生の名前は何枚かあるのかもしれませんが、ハラダ先生は一票もないでしょう。断言できます。

サイトウ 私も学級経営について相談にのってもらったことがあります。いつ辞めさせられるかわからないご時世に貴重なベテランですよね。(机上の封筒を取り)ナカザワ先生はかなりありますね。いや推測ですけど。

ウダ ハラダ先生と何かあったの?

トクナガ 何もありません。

ウダ 理由を聞かせて。

トクナガ え?

ウダ 推薦の理由。

トクナガ 本当の顔が垣間見えるんです。

シマノ 本当の顔?

トクナガ 例えば廊下で生徒とにこやかに話してらっしゃる。談笑が終わり職員室に帰ろうときびすを返したその一瞬。放課後、教室で私の研究授業の評価をしてらっしゃる。私が先生の言葉を書きとめるために下を向いたその一瞬。

ウダ (茶化して)般若の顔?

サイトウ (笑って)般若ってひどいこと言いますねえ、ウダ先生。

トクナガ 冷えきった。

ウダ 冷えきった?

トクナガ 絶望の顔。

シマノ 疲れてたんでしょう。

サイトウ 年だからですよ。

シマノ 誰だって気を抜くときってあるでしょ。

ウダ 何に絶望?

トクナガ わかりません。ただ・・

ウダ ただ?

トクナガ それ以外は嘘ってことですよね。生徒や私と話すときや授業のときは、理解ある穏やかなベテラン教師を演じてるんです。内心はいろんなことを考えてるんです。あと2年どうにかやり過ごそう、定年退職したら講演会でお金儲けをして時々海外旅行に行こう、北海道でラベンダーを摘もう、沖縄でニガウリを食べよう。

サイトウ ニガウリってゴーヤーでしたよね。

ウダ チャンプルー。

シマノ トクナガ先生、いい加減にしてください。

トクナガ あの顔は30年間作りこんだ人工的な笑顔なんです。みなさんはそれがわからないんですか?

ウダ トクナガ先生は生徒に本音でしゃべってる?

トクナガ できるだけ心がけてます。

ウダ さっき生徒はフマジメで信用できないって言ってなかった?

シマノ 演じるのは当たり前です。仕事ですから。それでお給料をもらってるんですから。

トクナガ ハラダ先生は生徒に絶望してるんです。

ウダ 別にいいじゃない。本音を出したら今の生徒は壊れちゃうわよ。

トクナガ なのに「生徒のために生徒のために」が、口癖なんです。

シマノ 素晴らしいことです。

サイトウ あやかりたいですね。

トクナガ でも嘘なんです。生徒のことです。生徒について話してたんです。キタガワユキナが出会い系サイトを頻繁に利用しているから私怒ったんです。もっと自分を大切にしなきゃいけないって。

ウダ キタガワユキナ?

サイトウ トクナガ学級の生徒です。

ウダ あっそう。

トクナガ それ以来、その子、私を無視するんです。その子だけじゃありません。集団を作るんです。こういうときだけ一致団結するんです。女子全員に無視されているんです、私。授業中、一斉に筆箱を落とすんです。時間を決めて一斉にガシャーンって。

サイトウ たち悪いですねえ。

ガシャーン、ガシャーン、まるでやまびこのよう。耳の中にエコーつきマイクが埋め込まれているよう。

ウダ ほっときゃいいのよ。

トクナガ 私、ハラダ先生に相談しました。笑われたんです。「やりかたが悪い」って。

ウダ 誰に笑われたの?

トクナガ ハラダ先生にニヤリと。

シマノ ニヤリ?

ウダ ホント?

トクナガ 何故そんなところで笑えるんですか?おかしいですか?生徒が売春してるかもしれないんですよ。

シマノ めったなこと言わないでください。

トクナガ 怒られるんならわかります。私が至らなかったんですから。なんでニヤリと笑うんですか?いつも生徒のことを考えてる先生なんですよね。

シマノ トクナガ先生がそう受け取っただけかもしれませんね。

トクナガ なんですか?

シマノ トクナガ先生の追い詰められた精神状態と偏見が、ハラダ先生の傷つけまいとする配慮のオブラートに包んだ穏やかな笑顔を、そう受け取ったんです。

トクナガ もっとわかりやすく言ってください。

シマノ トクナガ先生の勘違いです。

トクナガ 違います。

シマノ 受け取る側の問題です。

トクナガ 私が悪いんですか?

ウダ (穏やかに)トクナガさんは来て間もないから知らないと思うけど、5年間?不登校の生徒の家に毎朝通ってねえ。3ヶ月?半年?とうとうその生徒根負けしてねえ。学校に出てきたわ。

サイトウ あれは感動的でした。職員室はスタンディングオベーション。いや、おおげさですけど。

トクナガ 感動的なエピソードを額縁に入れて、定年後に眺めるんです。老後の楽しみ。

ウダ 別にいいじゃない。絶望しようとどうしようと演じきればいいのよ。結果ありきなんだから。

シマノ ハラダ先生はなにより指導力があります。

トクナガ シマノ先生はハラダ先生の味方なんです。

シマノ 味方?

トクナガ そしてシマノ先生がハラダ先生を認めてるってことをハラダ先生は熟知して利用してるんです。

 

    トクナガ、ウダにせまる。

 

ウダ (戸惑って)な、何?

トクナガ マジック、貸してください。

ウダ ああマジックね?はいはい。(と、渡す)

 

    トクナガ、ホワイトボードに関係図を描く。

 

トクナガ ハラダ先生は冷静に判断しています。(ボードに書いてある「原田」を丸で囲む)生徒から見たハラダ(「生徒」と書き「原田」に矢印)保護者から見たハラダ(「ほご者」と書き「原田」に矢印)同僚からの視線(「ほかの教師」と書き「原田」に矢印)それらを全て計算した上で、自分の教師像を創り上げてるんです。理想ハラダ像の完成です。(「生徒」「ほご者」「ほかの教師」を線で結ぶ。その3点を頂点とした三角形ができる)この三角形。この三角形の世界をより堅固にしていくこと、そのことに熱中しているんです。おもしろいんです。絶望を忘れさせてくれるんです。生徒のことを考えてるわけではありません。(三角形を強くたたき)この三角形に外れた者。外れた者はすなわち・・敵です。

 

    トクナガは赤マジックに持ち替え、「敵=enemy」(英語は筆記体)と書く。

 

サイトウ テキ?

トクナガ enemy

サイトウ エネミイ?

トクナガ enemy(発音を矯正する)

サイトウ・ウダ・シマノ (発音に気をつけながら)enemy

トクナガ ハラダ先生を認めざる者です。

ウダ 別にいいじゃない、それで。

トクナガ ハラダ先生はenemyを認めるわけにはいけません。認めてしまうと自分を否定することになります。教師生活30年で築き上げたものが崩れ落ちます。ゴールは見えました。自分のためです。この三角形を守ることに熱中してるだけなんです。

 

    トクナガ、興奮して、ドンとボードをたたく。

 

ウダ トクナガさん落ち着いて。

シマノ トクナガさん議論をしましょう。

トクナガ してます。

シマノ ちゃんと議論をしましょう。

トクナガ してるつもりです。

シマノ 先生の言ってることは被害妄想です。

トクナガ 違います。

シマノ (強く)もしくは、愚痴のレべルです。

トクナガ ・・・尊敬していたんですよ。

シマノ はい?

トクナガ ハラダ先生を。

 

    トクナガ、静かに席に着く。

 

サイトウ 私は少しだけわかるような気がします。

ウダ 何が?

サイトウ ハラダ先生と学年を組んだら、転勤願い出す人多いじゃないですか。

 

    やや間。

    シマノ、立ち上がり、ボードに「丸山」と書く。

 

シマノ 私はマルヤマ先生を。

サイトウ マルヤマ先生ですか。

ウダ 国語のマルヤマ先生ね。

シマノ はい。

ウダ 理由は?

シマノ 理由ですね。

ウダ なんでマルヤマ先生?

シマノ 忌引きが多すぎます。

サイトウ 確かに。

シマノ いったい何人、親戚がいるのでしょう。

ウダ 親戚は本当に多いみたいよ。

サイトウ あの先生、南のほうの出身ですから。

ウダ 南のほうの出身は親戚が多いの?

シマノ この5年間でいったい何回、忌引きがありました?

ウダ 確かに殺しすぎね。

シマノ 事務室で調べました。今年1年で意味不明の休みが28日あります。

ウダ さすがシマノ先生、ぬかりないわね。

サイトウ ほぼ1ヶ月ですね。

シマノ マルヤマ先生は前の学校でもそうだったらしいです。

ウダ そうだったって?

シマノ 前の学校でも計12回、忌引きで休んだそうです。

ウダ 母親を3回くらい殺してるわね。

サイトウ 忌引きの場合は何日休みが取れるんでした?

シマノ 両親は1週間、祖父母兄弟は3日、伯父伯母は2日、そのほか5親等の親族は1日、遠方の場合、これに往復にかかる日にちを加えた日数です。

サイトウ マルヤマ先生の田舎が遠方だとしても取りすぎですよね。

シマノ マルヤマ先生ならみなさんも納得がいくと思いますけど。

 

    シマノ、席に着く。

 

ウダ シマノ先生。

シマノ なんですか?

ウダ 証拠がない。

シマノ 1ヶ月もずる休みをしてるんですよ。

ウダ もし、忌引きが本当だとしたらどうするの?

シマノ え?

ウダ もし、マルヤマ先生が本当に親戚が多くて、たまたまこの5年間でばたばたと逝ってしまった・・・

サイトウ 流行り病かなんかですね。

シマノ その点は大丈夫です。

ウダ 根拠あるの?

シマノ あります。

ウダ 根拠は何?

シマノ ・・うれしそうですから。

ウダ うれしそう?

シマノ マルヤマ先生は休む前日は口元が緩んでます。

ウダ わかるの?

シマノ 帰るときにスキップしてましたから。

サイトウ あの先生、スキップできるんですか?

トクナガ それって指導力不足ですか?

シマノ 何?

トクナガ 指導力不足の教師の名前をあげるんですよね。

シマノ そうですけど。

トクナガ 勤務態度の問題じゃないんですか?

シマノ 勤務態度と指導力は比例します。

ウダ (サイトウに)どう思う?

サイトウ そうですね。少し論点がズレてるような気がしますね。

ウダ そうねえ。

サイトウ マルヤマ先生、今年、漢字検定の3級合格者を5名だしてますから。

シマノ サボリは教師以前のヒトとしての問題でしょ。不適任です。

ウダ うれしそうと感じただけかもしれないわね。

シマノ (むっとして)何?

ウダ 受け取る側の問題。

サイトウ シマノ先生の目には、マルヤマ先生がうれしそうに見えたってことですか?

シマノ そう受け取る理由がありません。

ウダ うらやましかったんでしょ?

シマノ え?

ウダ 私はうらやましいもの。

シマノ うらやましくありません。

サイトウ 私も休みたいです。

シマノ マルヤマ先生のサボリは歴然です。

ウダ サボリかどうかはわからないでしょう。

シマノ 私は観察してます。

ウダ 言い切れないでしょ。

シマノ え?

ウダ 主観が入るから。

シマノ 入ってません。

サイトウ シマノ先生のクラスの今年の漢検の3級合格者は何名でした?

シマノ ・・・1名・・です。

ウダ サイトウさんもトクナガさんもシマノ先生も、結局、多かれ少なかれ主観が入ってる。まあ当たり前のことだけど。

シマノ 私は事実を見つめています。

ウダ ここにいるのがこのメンバーでなかったら、はたしてどうなっていたかしら。メンバーによっては違う名前があがってたかもしれないわね。

サイトウ そりゃそうでしょう。

ウダ まあ意見は主観からでしか言えないもんね。

  

    校内スピーカーから音楽が流れる。

 

シマノ ではどうやって決めるんです。

 

    「下校時刻の5時になりました。まだ校内に残っている生徒は速やかに帰宅しましょう。繰り返します。下校時刻の5時になりました。まだ校内に残っている生徒は速やかに帰宅しましょう。」と、校内放送が入る。

    やや間。

 

ウダ 次は私の番ね。

 

    ウダ、立ち上がる。

マジックを持ち、ボードに名前を書いていく。

 

サイトウ (書かれた名前を読む)イノウエ。

 

    ウダ、書く。

 

サイトウ カナイ。

 

ウダ、書く。

 

サイトウ タニグチ、オオコウチ、ミウラ、タチバナ、

シマノ ウダ先生。

 

    ウダ、尚も書き続ける。

 

サイトウ ヨシダ、ヒグチ、オク、キノシタ・・・

シマノ ウダ先生。

ウダ 何?

シマノ ふざけてるんですか。

 

    ウダ、振り向く。

 

ウダ くじで決めましょう。

シマノ・サイトウ・トクナガ くじ?

ウダ 全職員の中からくじで選びましょう。

サイトウ くじですか。

ウダ それが一番いい方法です。

サイトウ アンケートで決めるのと変わりないじゃないですか。

ウダ 私たちもくじで選ばれたのよ。

サイトウ え?

ウダ ねえシマノ先生。

シマノ 委員会のメンバーは、全職員の中からコンピューターで無作為に抽出されました。

ウダ 私たちもくじなんだから。

サイトウ はあ。

ウダ たまたまなんだから。

サイトウ そうですけど。

ウダ くじで決めましょう。

トクナガ そんないいかげんなことでいいんですか?

ウダ だってわかりやすいじゃない。

トクナガ は?

ウダ 誰でもいいのよ。

サイトウ え?

ウダ 誰が辞めても一緒。

サイトウ すごいことをさらっと言いますよね。

トクナガ どういうことですか?

ウダ 誰が辞めても、誰が残っても変わらないわよ。

サイトウ はあ。

ウダ 私たち、今、何してんの?

サイトウ 議論です。

ウダ 議論になってないじゃない。

サイトウ そうですけど。

ウダ この時間に教材研究しなさいよ。生徒のことに頭を悩ませなさいよ。

サイトウ ほかの時間にやってますよ。

シマノ 教育委員会の方針ですから。

ウダ 昨今の社会の要請?

シマノ そうです。

ウダ 何故言わないの?

サイトウ 何をです?

ウダ いろいろ。不満があるんでしょ?教師同士。お互いに。

サイトウ 言っても仕方ないですから。

トクナガ 手間がかかるんです。

シマノ 手間って何?

トクナガ 生徒を受け流すのに必死ですから同僚の先生までかまってられない。

サイトウ みんな忙しいですから。

ウダ じゃあ誰でもいいじゃない。

トクナガ はい。

ウダ 私たちの意見もこれと一緒。

 

    ウダ、アンケートの封筒の束を掴み、上に投げる。

    校内放送の音楽が消えていく。

 

ウダ 私たちもお互いにそんなに信用してないんだから。

 

    やや間。

 

ウダ それが普通なのよ。

 

    やや間。

 

ウダ みんなそんな暇ないんだから。

トクナガ 私もそんな気がします。

シマノ 何?

トクナガ 誰でもいいと思います。

サイトウ どうします?

シマノ え?

サイトウ どうやって気めます?

シマノ ・・・はい。

サイトウ いっそのことササモト先生はどうでしょう。

トクナガ ササモト先生?

シマノ 欠席裁判になります。

サイトウ コンピューターで選ばれてない人はみんな欠席裁判です。

ウダ ササモト先生はどうして来ないの?

サイトウ 斜に構えてるんです。

ウダ なんで?

サイトウ 欠席することで主張してるんです。組合ですから。反体制ですから。もしくはめんどくさいんです。

シマノ 理由がいるでしょ。

サイトウ 理由ですか。

トクナガ アンケートで決まったと言えば・・

シマノ ササモト先生は一応委員会のメンバーに選ばれてますから、集計結果の開示を求めてくるでしょう。

サイトウ うーんやっかいですねえ。

シマノ 探しましょう。

ウダ え?

シマノ 理由を。

サイトウ そうですね。

トクナガ 理由はあります。

ウダ 何?

トクナガ ササモト先生。

シマノ はい。

トクナガ カラスを焼いてるって。

シマノ え?

トクナガ 生徒の噂ですけど。

ウダ カラスを焼いてる?

トクナガ 最近、カラス増えましたから。

サイトウ そういえば増えましたね。

トクナガ ササモト先生、時々、カラスを捕まえては、1羽1羽、焼却炉で焼いてるらしいんです。

シマノ 焼却炉?

ウダ それホント?

トクナガ 生徒の噂です。

サイトウ どうやって捕まえるんです。

シマノ え?

サイトウ カラス。

ウダ 鳩を捕まえる要領よ。

サイトウ え?鳩を捕まえる要領って?

シマノ 証拠はあるんですか?

トクナガ 焼却炉の横に「正」の字が書いてありましたから。

ウダ セイの字?

サイトウ 数ですよ。数えるとき書きますよね。「正」の字。こうやって。(と、空に正の字を書いてみる)

シマノ いくちあったんですか?

トクナガ え?

シマノ 「正」の字。

トクナガ 26です。

シマノ・サイトウ・ウダ 26.

サイトウ 26羽焼いたってことですよね。

シマノ 何故、それがササモト先生ってわかるんです?

トクナガ そばに油性マジックが落ちてましたから。

サイトウ 重要な証拠品ですね。

トクナガ その油性マジックの持つところに「S」と。

サイトウ 「S」・・・ササモト。

トクナガ はい。

シマノ 何故焼くの?

サイトウ 心当たりがあります。

シマノ 何です?

サイトウ 生徒情報ですけど。補修で残されたときにササモト先生からこんな話を聞いたって。

シマノ どんな話なんです?

サイトウ 日本にはハジブトカラスとハシボソカラスの2種類がいる。ハシボソはダメ。

ウダ ハシボソ?

サイトウ 可能性があるのはハシブトですって。

シマノ 可能性?

サイトウ 食用の可能性です。

ウダ カラスを食べるの?

サイトウ 味は薄味らしいですけど。

ウダ 食べたの?

サイトウ 私ですか?

ウダ ササモトさん。

サイトウ 知りません。

ウダ は?

サイトウ 生徒情報ですから。

トクナガ 食べそうですよ。ササモト先生。

シマノ 焼却炉で焼き鳥にしてるんですか?

トクナガ その話リアリティーがあります。

ウダ なんで?

トクナガ 以前、理科室のアルコールランプであたりめを焼いてましたから。

サイトウ 生徒たちの間でそんな噂がささやかれてるってことは事実です。

 

    けだるく空しい沈黙。

    長時間の議論の空転でみんな疲れたのだ。

 

トクナガ とにかく呼んできます。

シマノ 誰を?

トクナガ ササモト先生。

ウダ いるの?

トクナガ 理科室にいると思います。

ウダ いたんだ。

サイトウ 隠れてるんですよ。

トクナガ とにかく連れてきます。

シマノ そうですね。

サイトウ ササモト先生を交えてもう一度話し合いましょう。

トクナガ もう決めませんか?

シマノ え?

トクナガ ササモト先生でいいじゃありませんか。

 

    沈黙。

 

トクナガ ササモト先生でいいじゃありませんか。

シマノ ・・・そうですね。

 

    トクナガ、去る。

 

サイトウ トクナガ先生、疲れてますよね。

ウダ そりゃ疲れるわよ。

サイトウ トクナガ先生、ハラダ先生に言われたらしいですよ。

ウダ 何を言われたの?

サイトウ 教師に向いてないから辞めたほうがいいって。

ウダ 向いてないかもね。

サイトウ 般若の面ですから。

ウダ ハラダ先生の優しさかもしれないわよ。

サイトウ 優しさ?

ウダ 人間性を否定してるわけじゃないから。

サイトウ はあ。

ウダ 教師という仕事に適応しているほうが、世間ではおかしい人なのよ。

サイトウ トクナガ先生、放課後いつも教室のカーテンを閉め切ってました。

ウダ え?

サイトウ 2学期の終わりころでしたか・・

シマノ 何してたんですか?

サイトウ 泣いてたんじゃないですか。

ウダ 味方を知りたかったのよ。

サイトウ 味方?

ウダ カーテンを閉め切るとね。敵と味方がはっきりするのよ。

サイトウ どうしてですか?

ウダ 敵は一切教室に入ってこなくなる。味方はより頻繁に教室を訪れるようになる。

サイトウ なるほど。

シマノ なんのためですか?

ウダ 意外としたたかだから。

サイトウ 目が真っ赤でしたよ。

ウダ 泣いてても計算は働くでしょう。

サイトウ そんなもんですかね。

ウダ そんなもんでしょ。

 

    サイトウ、机上の封筒を手に取り、見つめる。

 

サイトウ そんなもんかもしれないですね。

 

    サイトウ、立ち上がる。

 

シマノ どこ行くの?

サイトウ 私も行ってきます。

シマノ どこ?

サイトウ 理科室。

シマノ トクナガ先生が行きましたよ。

サイトウ ササモト先生もかなりしたたかですから。

シマノ はい。

サイトウ きっと言いくるめられます。

ウダ そうね。

サイトウ 加勢してきます。トクナガ先生だけじゃ心もとないですから。

 

    サイトウ、去る。

    部屋にはシマノとウダ。

    窓の外で、かすかには音がする。

    シマノ、立ち上がり、窓際に行く。

 

ウダ サイトウさんね・・・

 

    ウダ、煙草に火をつける。

 

ウダ いつもジャージよね。

 

    シマノはじっと窓の外を見つめている。

 

ウダ 授業用のジャージと・・部活動のジャージと・・バイク通勤用のジャージと・・本人の中じゃ一応分けてるらしいけど・・・

 

    シマノは動かない。

 

ウダ 誰かいるの?

 

    シマノ、うなづく。

 

ウダ 喫煙少年?

シマノ カラス。

ウダ カラス?

シマノ 黒いカラス。

ウダ カラスは黒いでしょ。

シマノ こっち見てる。

ウダ こっち?

 

    シマノ、窓に近づく。

 

ウダ 顔覚えられるわよ。

シマノ カラスに?

ウダ カラスは鳥の中ではずば抜けて頭がいいから。

シマノ いつからいるのかしら。

ウダ え?

シマノ あそこに。

 

    やや間。

 

ウダ 疲れたでしょ・・・お茶入れなおすわ。

 

    シマノ、振り返る。

 

シマノ モチヅキコウヘイでしょ。

ウダ え?

シマノ 喫煙少年。

ウダ ・・・うん。

シマノ やっぱり。

ウダ 知ってたの?

シマノ 担任だから。

ウダ そうよね。

シマノ 元気にしてる?

ウダ 元気よ。

シマノ そう。

ウダ 毎日来てる。

シマノ そう。

ウダ おとなしいけど。

シマノ 教室には来ないから。

ウダ うん。

シマノ どんな声してるんだろう。

ウダ え?

シマノ モチヅキコウヘイ。

 

    やや間。

 

ウダ どうすんの?結局。

シマノ うん。

ウダ 嫌な役に当たっちゃったわね。

シマノ 大切なことだからしっかり話し合って決めないと・・

ウダ 学生時代と変わらないわね。

シマノ え?

ウダ 肩こるわよ。

シマノ うん。

ウダ 無理でしょ。一人を選ぶなんて。

シマノ そうね。

ウダ 資格ないし。

シマノ 私でもいいんだけど。

ウダ 何?

シマノ 自主退職。

ウダ ササモト先生は?

シマノ 違うでしょう。

ウダ 違うか。

シマノ 違うでしょう。

ウダ よし。私が引退しよう。

シマノ (強く)ダメよ。

ウダ え?

シマノ ウダ先生。

ウダ 何?

シマノ 生徒にいつも囲まれてるじゃない。

ウダ 仕事だから。

シマノ ダメよ。ウダ先生は。

ウダ え?

 

    シマノ、再び、視線を窓の外へ。

 

シマノ カラスはどんな声で鳴くんだろう。

ウダ カアカアでしょ。

シマノ うん。

ウダ ほかにはグエッグエッ、グワアって叫び声。

シマノ 叫び声?

ウダ 地上に降り立ったときはそんな声を出す。

シマノ カラスはどうして黒いのだろう。

ウダ 浸透圧が低いのよ。

シマノ 浸透圧?

ウダ カラダの浸透圧が低いから夜の間に黒くなる。

シマノ (外を見ながら)築山に、群れから離れた1羽のカラスが、ひっそりと、舞い降りた・・・

ウダ 何?

シマノ 私は生徒一人の心も開けない。

 

    シマノ、机上の封筒を見つめる。

    かすかに羽音が聞こえる。

    シマノ、封筒を手に取り、封を切る。中のアンケートを読み始める。読み終わると、もう1通、手に取り、封を切り、読む。またもう1通、もう1通。

 

ウダ (強く)何するの。

シマノ 生徒に・・ゆだねましょう。

ウダ なんで?

シマノ 生徒一人一人の声に耳を傾けるの。

ウダ そう。

 

    ウダ、去ろうとする。

    羽音がする。

    シマノはアンケートを読み続ける。

 

ウダ カラスって1羽1羽は個性的なのよね。

シマノ 個性的?

ウダ アタマを逆立てたのもいれば、全身をきれいに撫でつけたのもいる。落ち着きなく羽をばたつかせてるのも、陽気にピョンピョン跳ね回ってるのもいる。

シマノ うん。

ウダ 駅前の公園でカラスの群れに囲まれた。私はベンチに座っていた。私はカラスをかわいいと思った。

シマノ うん。

ウダ 突然ふくらはぎに痛みが走った。

シマノ 何?

ウダ カラスがね、私の肉をすーっと剥いでんの。目を離したすきに。

シマノ え?

ウダ 裂くチーズってあるじゃない。裂くチーズからひとすじのチーズを裂きとったみたいに。

 

シマノ、ウダを見つめる。

 

ウダ 保健室もそれと同じ・・・明るい声が飛び交ってても、私は警戒をゆるめない。

シマノ どうして?

ウダ え?

シマノ 警戒って何?

ウダ カラスは身構えながらエサをねだりにくるじゃない。

シマノ カラスの話なの?

ウダ すぐにでも攻撃や逃走に転じられるように構えてるじゃない。

 

    外で羽音がする。

 

ウダ 当たり前なんだけどね・・・私も構えてるから。

 

    ウダ、封筒を一束、取る。

 

ウダ こんなもんじゃ決められないわよ。

 

    ウダ、封筒を空に投げる。

    床に落ちていく封筒。

 

ウダ 私、辞めるわ。

シマノ え?

ウダ 前から考えてたんだけど。

 

    シマノ、ウダを見つめる。

 

ウダ かき回しちゃってごめんね。未練かな。

シマノ ウダ先生。

ウダ 決めてたから。

シマノ ウダ先生は生徒の声が聞こえるんでしょ。

ウダ 一線引いてるからね。

シマノ モチヅキコウヘイは先生にココロを開いてます。

ウダ ココロって何?

シマノ え?

ウダ どこにあるの・・・そんなもの。

シマノ ・・・・

ウダ 私は自分の息子の声を聞いたことがないの。

シマノ ・・・・

ウダ 忘れるくらい・・・まだ小学校2年生なのに。

シマノ ・・・・

ウダ 仕事より、まずは自分の家庭をなんとかしないと。

 

    ウダ、ふと窓の外に目をやる。

 

ウダ 仲間を呼んだわね。

シマノ え?

ウダ カラス。

 

    シマノも外を見る。

    カラスは先ほどより増えている。

    ウダ、シマノの手を握り締める。

 

ウダ シマノさんは念を送るの。

シマノ 念?

ウダ 念を送るの。信じて。信じて。念を送り続けるの。

シマノ 念。

ウダ それしかないから。

 

    ウダ、シマノから手を離す。

 

ウダ とりあえず・・お茶を入れなおすわ。

 

    ウダ、去ろうとする。

 

シマノ ウダ先生。カラスって何?

ウダ ・・・

シマノ カラスって何?生徒のこと?

ウダ 生徒がそう見えるのは私のせい。

シマノ ・・・

ウダ 私の・・私側の問題だから。

 

    ウダ、去る。

    一人取り残されたシマノは、またアンケートを読み出す。次々と封を開け、読む。

    羽音が聞こえる。

    トクナガが静かに入ってくる。

    シマノの後姿をじっと見つめる。

    シマノ、視線に気がついて。

 

トクナガ ササモト先生、いませんでした。

シマノ そう。

トクナガ 逃げ帰ったみたいですね。

シマノ そう。

トクナガ バカにしてますよね、ササモト先生。

シマノ そうなの。

 

トクナガ、窓の外を見る。

 

トクナガ シマノ先生?

シマノ 何?

トクナガ ササモト先生の予言通りですね。

シマノ 予言って何?

トクナガ カラスが異常発生するって。

シマノ 異常発生?

トクナガ 異常発生するって。

シマノ そんなこと言ってたの?

トクナガ 生徒の噂ですけど。

シマノ 噂?

トクナガ いいかげんな生徒のたんなる噂話です。

シマノ 噂って何?

トクナガ でも予言は当たりましたね。

シマノ ほら。(と、窓の外を指差す)

 

    大きく羽音が聞こえる。

 

トクナガ だからササモト先生は捕まえて焼くんですって。

シマノ え?

トクナガ 焼いても無理ですよね。

シマノ ・・・

トクナガ 焼いても焼いても追いつかないですよね。

 

    トクナガはぼんやりと外を見つめる。

    築山に無数のカラスが降り立っている。

    シマノは生徒のアンケートを読む。次々に封を開け、次々に読む。

    生徒たちの他愛のない痕跡から生徒たちの息づかいや声やぬくもりを必死で辿る。

    

激しく羽音がする。

カラスは鳴いている。

喉を詰めた絞り出すような声で鳴いている。

無数のカラスの鳴き声。

その声はヒトの声に似ている。

 

                   終わり

 

・「したたるものにつけられて」小林恭二(角川ホラー文庫)より一部引用させていただきました。感謝しております。