YE講師へのみちのり
♪エレクトーンとの出会い編♪
そもそもものごころついた時には私の家にはピアノの音が毎日なっていました。兄と姉がオルガンからはじめたレッスン。私にはそのオルガンの記憶がほとんどありません。 そんなことがきっかけで私は興味をもつ以前に 当然のようにピアノを習うことになったわけです。それが幼稚園の年長さんのころでした。兄や姉にくらべて習い始めるのが遅かったのは その先生がだんだん生徒が増えてなかなか空きがなく ちょうど中学になった兄がやめるのと交代で私が習い始めることになったからです。 私は習う前からいつも耳にしていた曲ばかりを次々と習うので とても楽でした。兄と姉が毎日毎日弾いていた曲ですからしっかり頭にインプットされているので 進むスピードは人の何倍も速かったと思います。 その先生は今から思えばとても厳しい先生で 泣きながらレッスン行ったこともありました。何度もやめたくて練習もしたくなかった日もたくさんありました。でも「大きくなったら何になりたいの?」と聞かれると「ピアノの先生!」と答えていたような気がします。 それから2年生の終わりまでその先生に習って その後父の転勤で引っ越すことになり 先生がかわってしまいました。 そうなると 今まで姉のあとばかりついて弾いていた私は 全然弾いたことも聴いた事もない曲にも挑戦するようになり それは今まで先に耳で覚えていた曲ばかり弾いていた私にはとても難しいことでした。結局 姉がやめる前に弾いていた曲よりあとの曲はほんの少ししか進まないまま とうとう私も中1でやめてしまいました。ソナタ2の途中だったと思います。
★幼稚園〜中1まで
最初に家に音大を卒業したばかりの先生が来て兄が習っていました。そして まだ2つか3つくらいだった姉も一緒に横で見ているうちにいつのまにかレッスンしてもらうようになったらしい。
新しい先生はとてもやさしくて 最初のころは楽しかったのですが だんだん物足りなくなって練習もあまりしなくても○をくれるので だんだん練習時間も短くなっていってしまいました。そうしているうちに姉も部活や勉強との両立が難しくなって とうとうやめてしまいました。
この期間はピアノは気がむいたら弾く,という程度でした。高校の頃は自分でピアノピースを買って来たり ショパンの曲集を買って来たりして けっこう弾いていた時期もありました。自分で譜読みするのがおもしろくなってきたのもこの頃です。 それから大学を卒業した姉が家に帰ってきて中学教師をしているときに エレクトーンをやりたい,といって我が家にはじめてエレクトーンというものが来ました。それはまだレバーがたくさんついたもので 今のエレクトーンとは全然違うものでした。私がはじめてエレクトーンに触った感想は なんだ。音がちょっと変わってリズムがでるだけのオルガンじゃん!やっぱりピアノの方が絶対いい!! というものでした。(^_^;) その後 結婚が決まった私は とにかくピアノを置くスペースのある家にすめるなら ピアノは絶対に持って行きたい,と思い 自分の貯金でピアノを買って持って行くことに決めました。主人にはずーっと邪魔者あつかいされていたピアノですが 今から思えば反対されるのをしょうちでピアノを持って行ってよかったと思っています。
★中2〜結婚前まで
それと高校の時はフォークギターにも凝っていて自己流ですが 弾いて遊んでいました。ピアノもクラシックからポピュラーまでいろいろ楽譜を買っては弾き語りとかして遊んでました。すべて自己流。
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結婚してすぐに子供もできたし しばらくの間はピアノのふたをあけることもなく過ごしていましたが 長女が幼稚園に入る頃には 子供のためというより私が音楽に触れたくて いそいそとヤマハ音楽教室に入会させました。さいわい長女も楽しんで通うようになりましたが・・・。 そこで何年かぶりで見たエレクトーンは 以前姉が持っていたエレクトーンとは各段の差があり ものすごいショックを受けました。エレクトーンってすごい!! のひとことにつきます。 そのころはまだ赤ちゃんだった長男も幼稚園に入る前にはヤマハに行くようになり 長男が幼稚園に行ってる間にやっと自分の時間がとれるようになった私は毎日ピアノに向かうようになりました。 これはチケット制のレッスンで自分の都合のいい時間に合わせてレッスンしてくれる回数制のレッスンです。もちろん家にはピアノしかないので 家でピアノで練習してレッスンの時にエレクトーンで弾いてみる。という形のレッスンでした。 それからというもの 家事をさささっとすませては ヒマがあったらエレクトーンの前に座っている。という毎日がはじまりました。楽しくてしかたない頃でした。 では 次にグレード編&コンサート,発表会編へつづく♪ |