
猪原 恒子 北九州の方は料理教室の先生としてのほうがご存知の方も多いですよね。オーナーの母 私の祖母になります。
戦後 料理教室を開き 自宅に7台ほどの実習台 師範台を置き週4日 朝 昼 晩と教室を開き 他にも多数の公民館やNHKの盲人のための料理教室など幅ひろくやっていました。一時期は数百人の生徒さんを抱えていました。
実は料理教室を開く前は 人形教室をやっていました。
料理教室の待合室には、黒人の女の子の人形が大きなケースに入っていました。うちにも「連獅子」「藤娘」等が大きなケースに入ってありました。
戦後 人形よりも食べ物のほうが先になり料理教室の先生になり日本家庭料理協会の理事をしたりしていましたが、80歳でなくなりました。
この「羽衣」は母の家の床の間にずっとありました。
第一回 創作人形展に展示し、NHKの「風は西から」にもポスターで写してもらいました。しばらく家に戻っていましたが、不思議なことに第五回 創作人形展の時 ふとこの人形に目がいって連れていってといってるように思え、運ぶために大きめの紙袋を納戸から出して入れようとした所 第一回創作人形展の時使った名札が出てきました。
偶然同じ袋だったんでしょうけど、なんだかギャラリーに行きたがってるように思え展示してから、祖母のお墓参りに行きました。
拝んでいるとき、頭の中でこの羽衣が舞っている姿が見え、喜んでいるように見えましたので、「「羽衣」にはギャラリーに常駐してもらうことにしました。にぎやかなことの好きだった祖母ですから、そのほうが喜んでもらえそうです。
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