「そんなに焼くと痛くて眠れんぞ」
「平気よ」
「そうだ。オリーブ油ぬってくれる?」
「砂はらえよ」
「痛そうだなァ。真っ赤じゃないか」
「あッ釣れた」
「アア......おしいわね」
「なんて魚かしら」
「さあ......」
「あの......私忘れてきちゃったんですけど」
「一本いただけますか」
「どうぞ」
「ここすごいところね」
「うん.....」
「つれの人はこなかったんですか」
「つれ?」
「オリーブ油をぬってた.....」
「あの方は同じ宿で知りあったのです」
「私......むこうの......見えるでしょう。あの国民宿舎に泊まっているんです」
「一人で?」
「一人のほうが気が楽でいいわ」
「あなたも東京から?」
「母親にさそわれてしぶしぶ来たんです。日陰のもやしみたいだから黒くなれといわれてネ」
「でも来てみてよかった。本当によかった。東京のうす暗いアパートでじっとしていては
想像もできないくらい良い気分です」
「こういう気持ちがいつまでもつづくといいんだけど」
「この海辺は母親の生まれたところでね、僕もちいさいとき一年ばかりいたんです」
「懐かしいでしょう?」
「いやぜんぜん覚えていない」
「二十年ぶりだもの」
「伯母の家に来てるんだけどみんな知らない人ばかりでね」
「でもこういう海辺に親類があるなんてすてきじゃない」
「あら」
「さっきの魚よ」
「あの高さから落ちたのではたすからない」
「一つだけ覚えてる......」
「?」
「昔、あの岬のそばで漁船の網に土左衛門がかかったのです」
「港にあげられたのを見に行ったら、全身真っ白になっていた」
「まあ」
「鼻の穴や口の中にびっしり藻がつまっててね.......」
「漁師でも溺れることがあるの?」
「いや子どもを抱いた女の人なんだ」
「...........」
「子どもは半分骨になっていた...こわかったなア......」
「あの岬の下は蛸の巣でね。無数の蛸に襲われたらたちまち骨にされてしまうんだ」
「信じられないわ」
「蛸って可愛い感じなのに」
「本当はドウモウなんです。あの鋭い嘴を見ればわかる」
「あしたも来る?」
「うん」
「たぶんお昼過ぎに」
「じゃあ..........」
「来てたの」
「ハァ...しんど」
「雨だから来ないと思った」
「ちょっと仕事してたのでおそくなったの」
「水着のデザイン?」
「水着はもうおそいわ...冬物の」
「あらどうして知ってるの?」
「なんとなくそんな感じがしたんだ」
「着てるものだってセンスがいいし」
「これタオルよ」
「だあれもいないね」
「かえって静かでいいわ」
「これ食べる?」
「あら、なにかしら」
「わッ、ミツマメ!」
「伯母の家からこっそりもって来たんです」
「伯母は六十にもなるのにまだ海に潜ってるんだ」
「海女さんなの」
「ときどきテングサを採って来ては心太をこさえるらしい」
「あら心太は海で採れるの?」
「テングサをグツグツ煮て冷やしてかためるんです」
「ふーん、たのしいわね」
「そういえば磯の香りがするみたい」
「それが本物なんだ」
「少し泳ごうかしら」
「エッ」
「寒いんじゃないかな」
「平気よ」
「あしたは東京へ帰るから泳ぎおさめをしなくちゃ」
「あした……」
「それに私、ものすごい勇気だして……」
「ビキニ着てきたの」
「すごいや」
「これで1度泳いでみたかったの」
「よく似合うよ」
「すごくきれいだよ」
「すごく」
「あなたいい人ね」
「………」
「よしつきあおう」
「ああ、いい気持ち」
「あなた泳ぎ上手ね」
「こうみえても中学のとき一級の免状とってるんだ」
「だけど……いまは……体力が……」
「なくて……アア苦しい」
「そういえばやせてるのね」
「あら唇がまっさお……」
「さむいの?」
「カゼひくからあがりましょ」
「うん……いや大丈夫」
「ほめられたからね」
「もう一度ちゃんと泳いでみせるよ」
「こう行ってこう………」
「あなたすてきよ」
「いい感じよ」
1967/9