「SURF INTERVIEW」第2回目は、現在でも一部で語りつがれている(笑)伝説のラジオ雑誌「ラジオパラダイス」(ラジパラ)の元編集長・薬師神亮さんです。
実は休刊後、立場を変えてラジオ局に勤務し、ディレクターをやっていた経験を持っています。先日退職され、現在は「主夫」として忙しい毎日。ただし、近々社会復帰の予定だとか。ちなみに、私は学生時代、そのラジパラでライターもどきをしていたり(その時の編集担当が薬師神さん)、その後もいろいろお世話になっておりました。
「せっかくだから、赤坂でやろうよ」ということで、TBSのすぐそばにあるSTARBUCKSにて、怒涛の2時間インタビューは挙行されたのでありました〜。
【インタビュー・2001.10.11 M.Kakehara(管理人)】
---- どうもご無沙汰しております〜。
薬師神(以下、薬)「どうもご無沙汰してます、こんにちは! いい天気ですね〜。」
---- 昨日はすごい雷で・・・。
薬「そんなことはどうでもいい(笑)、放送じゃないんだから!」
---- (笑)。・・・さて今日は、雑誌として伝える立場にいた薬師神さんから見た「サーフ」についてお話を聴かせていただきます。無理にお忙しい中を・・・
薬「ヒマです。無職ですから、今。ヒマです。」
---- (爆)。ラジパラには最初から編集にいらっしゃいまして。
薬「そう、立ち上げからいました。」
---- ラジパラが創刊されたのは1985年10月号ですが、ちょうどその10月7日に「サーフ」も始まりました。
薬「覚えてますよ。番宣(番組宣伝)の記事、入れたもん。『”スノー”じゃないからな、”スノウ”だからな』と言われたから。」
---- (松宮さん)本人、言ってました?
薬「いや、当時の編成の広報担当者、もう亡くなりましたけれど、鈴木史朗さん(元TBSアナウンサー)の弟さんに『”スノー”じゃないぞ、”スノウ”だぞ』っと。」
---- でも、ずっと新聞表記は音引きだったんですよ(笑)。チェックが行き届いてないという・・・。
薬「だめなんだ、あれ。大きいところに巻かれちゃって、小さいところに威張りやがるんだよな(笑)。」
---- (笑)。そんな中、1988年3月号のラジパラに大特集を組みまして・・・今懐かしい本を持ってまいりましたが(と、そのラジパラをおもむろに取り出す)。
薬「ちょっと待って!(笑)・・・(小声で)恥かしいから出すなって!」
---- 裏にして出しますから。・・・特集「出てこい、日本のスーパーDJ」。その中で、松宮さんを取り上げたんですけれども、実際覚えてらっしゃいますか、この時のことって?
薬「良く覚えてますよ。1番最初にびっくりしたのが、逆キューでした。僕、初めて逆キューってのを見たんですよ。」
---- ちょうど曲送り(曲が終わった後の紹介のこと)の時とか、タイミングをしゃべってる人自身が出す合図。
薬「(曲の音量を)アップさせたりとかね。次の曲を出したりとか。普通だったらディレクターの方で指示するんだけれども、そうじゃなくて、しゃべり手自身が出す、と。」
---- このインタビュー(記事)にも書いてありますが、『ディレクターに伝えて、それからミキサーに伝えてると、タイミングがずれる』と。
薬「もっと言えばね、ディレクターを信用してなかったというのもあるんですけどね!」
---- (爆)
薬「それはホントだと思う。おそらく、彼、器用だったら自分で皿(レコード)回してたと思うんですよ。」
---- この頃はやってなかったんですけど、(ワンマンDJを)やってた時代もあったんです。サブ(スタジオでスタッフがいる側)にマイクを持ちこんで。
薬「あと、意地でもイントロにかぶせてしゃべってやるんだ、と言ってた。」
---- 当時はエアチェックというのがありましたからね。でも、「イントロにかぶせないでください」って結構(はがきが)来たらしいです。
薬「そうでしょうね。でも、それは失礼な言い方で・・・。決して曲をコピーしてもらいたいためにステーションは曲をかけてる訳ではなくて、その曲がいいからであるし、その曲に何か想いがあって伝えたいからかけてるのであって。だからその辺のところをしっかりと分かっていた・・・たぶんどちらかというとアーティストサイドに立ってた人なんだな・・・。局からすればエアチェックしやすいからって言えば聴取率上がるからいいだろうけれど(笑)、それも違うだろうしね。ただ、それをカッコ悪くやるんじゃなくて、カッコ良くきちっとした形で、(曲に)乗っかるところは乗っかって。ちょっと専門的になりますが、言葉尻りの部分が曲の出だしがこうだからその曲には言葉尻りでぶつけた方がいいのか、ワンクッション、少しタイミングを空けて、想いをそこで溜めといて聴かせる方がいいのか、それは曲を分かってるか分かってないかで紹介の仕方が全然違う訳です。それを完全に理解してやってた唯一の人じゃないかな。」
----- なるほど。
薬「それから他には、番組の連動企画というか、ムーブメントというか、『DON'T CLAP』ね。」
----- 『バラードで手拍子をやめよう』キャンペーン。
薬「ああいうのは非常に大事なこと。音楽が非常に好きだからできる。タテノリがはやってた頃だから、何でもかんでもタテノリ、手拍子だった。そんなことじゃなくて、固唾を飲んで見るところは見ようよ、ということ。それは、ミュージシャンの『ここは聴いてくれよ』ってところはじーっと聴くという、単純なことなんですよね。そういうことをちゃんと声にして言えた人だと思いますね。だから、音楽をよく分かってたなあと感じます。」
----- ラジオで音楽番組はよくあるものなんですが、「サーフ」という番組はどんな印象がありましたか?
薬「音楽番組っていくつかのスタイルがあると思うんですよ。例えば、ヒットチャートの紹介をメインする番組。それから、新譜をガンガン聴かせるもの。特集というか、あるジャンルのものを聴くならこの番組。そういうのがみんな混ざってた、と思うんです。だから、総合音楽エンターテイメント・プログラム。っていうのが、1番正しいのかな?」
----- ありそうでなかった番組ですよね。
薬「なかったと思う。まずね、選曲するのが面倒くさいから(笑)。選曲は時間かかりますよ、皆さん〜!」
----- 週1でディレクター4、5人とネタを集めてくるライターが集まって会議してました。
薬「まず1週間で何をやるのかテーマがあって、かぶらないように曜日に振り分けて。何かの記念日じゃないかとか、そういうのも考えて、この時に何のリリースがあって、だからこれかけようよ、と。じゃ、それをかけるんだったらその前後はどうするのか、そういうのがあるわけです。それは野球の組み立てと同じなんです。最後にしとめる球は内角低め。だったらその前の球は何で・・・じゃ1球目は何で入ろう、それが第1打席。次に第2打席はどうするか(笑)。それと全く同じ事で、そんなことを番組で考えるんだったら、台本書いてた方が簡単(爆)。 大変ですよ、これは。音楽の情報の部分と伝えたい気持ちの部分のバランスの取り方が(松宮さんは)感覚的によかったのかなあ。レコード会社としては売りたい。しかし、情報はあくまでも情報であって、原稿を読むようにした方が間違いはないしいいんだけれど、その部分で番組は『死ぬ』んですよ。」
----- うーん、完全に。
薬「流れが止まっちゃう。それをうまい具合に(コントロールして)やってたという気がします。」
----- 新譜が出ます、と。でも、シングルのA面よりB面の方が絶対いいから、あえてB面をかけます、っていうことがありました。
薬「あー、あった、あった。」
----- そういうのが脈々と流れてる、ポリシーと言うのがあったのかなー。今でも思いだしますけど。いいものはいい、として伝える・・・。
薬「そうそう。結局、彼がどういう音楽体験をしたかというのをリスナーが追体験をしていく番組だったんだろうな、と思うな。彼が全部曲を聴いて、その中で彼のアンテナにひっかかったものだけを選んで、それを自分がその時どういう気持ちだったのか、今どういう形で聴くのがベストであるか、そういうことすべて彼がお膳立てをして提供されたんじゃないかなーっと。」
----- 「サーフ」が始まってしばらくして、裏で「ファンファン」が始まりました。(ニッポン放送「FAN! FUN! TODAY」)
薬「あの番組もよく取材行きました。(担当の)上柳君とは大学一緒だったし、同い年だったし(笑)。彼は再婚しましたけど、奥さん、僕良く知ってます、某局で働いてましたから(爆)。それはおいといて、上柳自身も音楽大好きだし、とっても良い話をつっこんで聞くんだよね。ただ、いかんせん音楽番組になってないんですよ。あれはトーク番組だったなあ。別にしゃべってる時間が多いからトーク番組ではなくて、流れ自体が音楽番組じゃなかったというか・・・。あれはおそらく作り手がいなかったんだと思う。音楽番組を作るディレクターがあの当時すでにLF(ニッポン放送)にはいなかった。LFが1番弱いところはそこなんですけどね。今話題のアーティストが出てきて、面白い話を聴かせてくれるという意味において、あの番組は面白かったと思うんだけど。『ファンファン』は例えて言うと、落語のテープみたいに、トークの入ったテープだった。『サーフ』は『SURF&SNOW』って楽曲のミュージックテープだった。」
----- コンピレーションみたいなヤツですかね、ある種の。
薬「そうだね。彼自身のしゃべりとか、もっと言うと、CMまでもが楽曲だった。アーティストが来ててしゃべっていても、それもすべて音楽。きっちりそれは計算されてて、どこに曲が入って、なぜここに入るのか、その時どんな話を持ちだすのか、それがすべて『音楽』。だから『サーフ』を聴くと、ちゃんと音楽を聴いたような気持ちになれた。・・・ほら、音楽を聴く時とトークを聴く時って、働かせる脳の部分が違うと思うんですよ。おそらく『サーフ』は音楽を聴く脳の方で聴いてたように思うんです、言葉さえも。だから、言葉、あんまり覚えてない!正直言って(爆)。それから、真似たような番組もあったけれど、真似られないよ!」
----- なぜ真似られないんでしょうか?(笑)
薬「だって、とても常人じゃないから・・・。やっぱり、(音楽の)聴き方がハンパではないし、聴く歴史が古すぎる。入ってる蓄積の量が違う。」
----- 職人芸に近い・・・。
薬「職人だと思いますよ。その知識や経験の部分を表現するのにも猛けてたんだろうね。」
----- 「昔からそういうの(音楽番組)をやりたい」って(松宮さんが)言ってました。やっと実現した、と。
薬「チャンスが全然なかった。どっちかというと、(TBSは)音楽ステーションってイメージじゃなかったからね。音楽という意味においては、QR(文化放送)の方が上だったと思うし。みのもんた、八木誠・・・。♪みのみのもんた〜、チャランタンタ〜ン・・・(爆)って聴いてましたよん、みのもんた。今や『ミリオネア』かと思うと、出世したもんだーね(笑)。まあ、それは置いといて、そう考えると、なかなかやれる土壌がなかったのかな、やりたかったんだろうけどね。ま、それがやっと音楽のバブルになって、スポンサーも付きそうだとか、こういうのは1つやっておかなければいかんだろう、というのもあって始まったんだろうなあ。そうするとやっぱり、それまで言いつづけたあいつにやらせよう、と期待したんじゃないの?」
----- 時代的にAMステレオを始めたころでもあるし、制作部にも音楽班というのができたり、音楽で面白いのができないか、というのもあったのかもしれないですしね。
薬「このあと(深夜1時から)『スーパーギャング』をやってたから、引き続き夜の制作・ヤングゾーンで考えたら1つのくくりとしてやったれやとなったのかもしれないね。そこだけ単独じゃないから。」
----- 何か松宮さんについてエピソードなどありますか?
薬「ラジパラ創刊2周年か3周年の記念プレゼントに、スキー板くれた!(笑) それを当時やっていたパノラマスタジオだったと思うんだけど、『ちょっと板持って写真撮らせてくださいよ』と言ったら、持っただけじゃつまんないからと空いたスタジオで履いて、直滑降、斜滑降、ボーゲン、って(爆)。面白いからカメラマンに写真任せて、ずっと見てた!(爆)」
----- すごいですね(笑),持ってるだけじゃつまんないからって。
薬「そうやってくれたんで、ノリのいい男だなーって思ったね。」
----- ところで、薬師神さんは今お休みをしている立場ですけれども。
薬「そうですね、(2001年)7月に退職して、今は遊んでます。」
----- 長年伝える側にいて、また機会あればそういうことを何か考えていらっしゃいますか? 今後の展開として。
薬「今、細々とドラマの台本書いてます。ちょっと頼まれて。・・・今ONAIRされてます!言わないよ〜ん。東京で聴けない、とあるFMの、JFNなんてところの、あ、言っちゃった(爆)。1クールに1回ぐらいのペースで回しているんです。大変ですけど、それをやっています。でも、まあそろそろ3ヶ月ぐらい経って、退職金も底をついてきたんで(笑)、そろそろ働かなければならないなと思ってるんですけど。・・・そろそろ社会復帰はします。今まで雑誌やって、ラジオやって、でも次は全く違う世界だと思います(笑)。」
----- それは『仕掛ける立場』ですか?
薬「そうです。エンターテイメント抜きに自分は語れないというのが良く分かったので、その部分で活字、音声、波ではない媒体でエンターテイメント、ということです。・・・何だろうなあ〜、おれもよくわかんないんだけどな〜!(爆)。でもラジオとは縁を切らないでおこうと思うんで、台本書いたりすることは続けたいと思ってるし。あと、これ読んでる方でお仕事回してくれるって方がいらしたら(爆)、・・・言っときますけどプロ、プロの仕事ですからね、校内放送とかミニFMはイヤです。コミュニティFMもイヤです。お金くれるところじゃないと(笑)。」
----- 今日はノーギャラでお願いしております(笑)。
薬「いえいえ、ご飯おごっていただきました!」
----- (笑)。今までの話のような太いポリシーを持った人ですから、いろんな違うメディアででもみんなにあっと言わせるものを期待してます。
薬「ありがとうございます。でもね、ラジオとは切れないんですよ。新しいところへ行ってもね。・・・何でしょうね〜。面白いなあ〜。」
----- 今後の展開を楽しみにしましょう。薬師神さんでした。どうもありがとうございました。
薬「ありがとうございました。」