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TBS サンディエゴ事件 人権侵害報道

委員会:「放送と人権等権利に関する委員会機構」

<S教授夫人からの申立て>

I. 申立に至る経緯
1996年5月8日、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ市で、アルツハイマー病の研究をしていたS教授父娘が、何者かによって射殺される事件が発生した。アルツハイマー病の研究で高名だった日本人教授が射殺されたこの事件は、日本でも大きく取り上げられマスコミによる報道が連日展開された。事件当時、フランスのニースに滞在していた申立人は、これらの報道の中で、自分が事件に関与していたのではないかという予断に基づいて、誤報や犯人視報道が繰り広げられたと主張している。
昨年9月、申立人は本委員会に対して、TBSの事件報道により、名誉、プライバシー等が侵害されたとして「権利侵害」の救済を求める申立を行った。
II. 申立人の申立要旨
  1. 平成8年5月10日放送の「ニュースの森」で、「Sさんは80万ドル、およそ8000万円でこの家をキャッシュで購入したとも伝えられています」と放送した。これは明らかに誤報で、事実は64万ドルのローンが組まれていた。現金8000万円の出所をめぐって取りざたされ迷惑をこうむった。11月8日の「ニュースの森」で訂正がされたが、謝罪もなく一片の訂正報道では満足できない。

  2. 平成8年5月19日の「関口宏のサンデーモーニング」で、地元紙の報道を引用し「Estranged Wife(疎遠な妻)と評し、夫妻が長年別居、離婚などの状態にあると報じています」と報道した。しかし、実際は一家3人仲良く生活しており、同じ放送の中で「警察では夫人をあくまでも夫を殺された未亡人として 扱っていました」と報じられても、プライバシーの侵害である。この部分は番組を作って、きちんとした訂正・謝罪をして欲しい。
III. 被申立人の答弁要旨
  1. 平成8年5月10日の「ニュースの森」は、ロサンゼルス支局長のリポートで捜査の現状を報告し、この中で「申立−1」の内容の放送をした。同年10月11日に来社した申立人から「事実が違う」との指摘を受け、11月8日の「ニュースの森」の中で、キャッシュではなくローンで購入したものであることを放送し実質的な訂正を行った。

  2. 平成8年5月19日の「関口宏のサンデーモーニング」では、「申立−2」で指摘されている内容の放送をした。TBSとしては、「Estranged Wife(疎遠な妻)と評し、夫妻が長年別居、離婚の状態にある」との地元紙の記事を紹介した後、ロサンゼルス・タイムズ記者のインタビューで、申立人に容疑がかけられる可能性を否定する内容を伝えており、「疎遠な妻」等の表現が人権侵害に当たるものとは考えていない。しかし、報道倫理の観点からいえば、地元報道の引用、該当部分の音楽の使用 、映像の処理などについて、その是非を検証すべき点があると受け止めている。機会を見て、自社の番組で、今回のサンディエゴ事件にかかわるメディア全体の動きとともに、犯罪報道の在り方を考える場を持つ方向で検討を進めている。
IV. 委員会の判断
本委員会は、申立人の申立書、被申立人の答弁書、答弁書に対する反論書、反論書に対する再答弁書を検討するとともに、被申立人から提出された当該番組の録画等を視聴し審理した。また、申立人の意見を弁護士同席の下で聴取した。

申立人によって問題とされたTBSの報道は、1.「80万ドルのキャッシュで家を購入した」とした点と、 2.「疎遠な妻、別居や離婚」などと申立人や夫妻の関係を報じた点である。
このうち 1. については、TBSによれば、キャッシュか否かその支払方法は取材で確認できなかったので、「とも伝えられている」との表現で放送したとされる。しかしながら、申立人が主張するように、本件放送内容は事実と異なっており、後にTBSも誤りを認め、96年11月8日の放送で、実質的な訂正を行ったことは前記申立要旨や答弁要旨で明らかである。
キャッシュか否かの誤報は、直ちに権利侵害とまでは言えないが、重要な事実についての誤りであることは確かである。
この点につき、後の放送で実質的な訂正がなされたことは、もとより評価できるが、正式な訂正の形を取っていないこと、また、申立人はすでに96年の5月中にはこの点の誤りを指摘しており、一部のメディアも5月中にはこの事実を報じているにもかかわらず、TBSの訂正の時期が非常に遅れたことは、放送倫理上問題であったと考える。
また、2. については、こうした離婚等に関する誤報は申立人の感情を著しく傷つけるだけでなく、本件においては権利侵害をもたらす可能性があったことも否定できない。しかしながら、断定的な表現を回避していることや申立人に容疑がかけられていない旨の情報も伝えている点をはじめ、本件放送を全体的に考慮すると、権利侵害があったとまではいえない。
ただし、申立人は96年の5月中には離婚等についての誤りを指摘しているほか、一部のメディアもすでに5月中からこの事実を報道していることなどを考えると、より早期に事実確認の取材を行って、申立人の言い分や、訂正の放送をすることが望ましかったと判断する。
本委員会は、TBSに対し、委員会決定の主旨を放送するとともに、社内に周知徹底させ、今後、事件報道に当たっては、人権をはじめ放送倫理に十分配慮することを強く要望する。