鍵というものはな、ほかでもない、人の心を守るものなんだよ

人に薦められて薦められてようやく購入した「宮部みゆき」女史の作品ですが、

その以前から「きっと自分はこの人の作品にはまる」と言う予感がしていました。

それ故に本屋では彼女のスペースだけ早歩きをしてなるべく目に入らないように

していたのですが・・つい最近とうとう手を出してしまいました。そして見事思うつぼに

はまってしまった自分が悔しい・・。

彼女の作品は現代物と深川を舞台にした時代物とに大別出来ると思われるのですが

どちらもはまります。実際はまった私が言うのだから間違いない(笑)直木賞受賞作家

という肩書きを外しても十二分に楽しめる娯楽エンターテイメント作品です。

<魔術はささやく>本屋さんから帰ってきてまず最初に読んだ宮部作品です。出だしが

素っ気ない新聞記事からなのですが、その後に続く第三者からその事故以前を見ていた

という記述が出てきた時点でぐっと読者の興味を引きつけます。そして続く主人公の

家庭での事件。絡まった糸の全体像を掴むまでにちょっとした時間を要しますが今まで

こんがらがっていた糸が急速にほぐれていく瞬間の背筋が粟立つような感覚は滅多に

味わえる物ではありません。更に主人公の強さと大事なものを守るために挑む立ち向かう

姿は、彼が過去に重い物を背負っていることで更に健気にすら感じられるのです。

集団の中で安穏としている人間からのイジメに立ち向かう勇気と、長い物に巻かれる

事のない精神力。それは誰しもが持ち得るというものではないでしょう。だからこそ

憧れ、感嘆するのです。私は。主人公を取り巻く家庭環境も救いになっているのかも

しれませんが、それを力に還元できる事それ自体がすごいことなのです。少年の

気持ちに従事してばかりいますが、トリックはぁ・・・敢えて言わないでおきましょう(笑)

でも一つだけ・・「それ使っちゃいかんでしょ・・」推理小説なら、ね。

娯楽小説ならあれでオッケーなんだけどなぁ。誰だ、推理小説だって言ったのは!?


<本所深川ふしぎ草紙>のちらすには中学高校の頃、母親の影響で山本周五郎

氏にはまっていたのでまったく違和感なく読んで行くことが出来ました。内容もお江戸の

情緒が溢れている上に切ないものが多い。短篇集ですが全編を通して岡っ引きの茂七

が登場して事件の解決に一役買っています。最近になって宮部さんはどちらかというと

ミステリーと言うよりはエキセントリックな方面のお話の方が得意なんじゃないかと思い

始めておりますが、今回のこれは深川の七不思議に絡めて人為的な事件を語っています。

私が一番気に入っている物が「片葉の葦」なんですが、これがまた泣かせます。感動

します。切ない内容の中に大きな示唆が含まれているので勉強にもなります。深いです。


<レベル7(セブン)>出鼻から謎めく設定で魅せてくれた上に最後まで引きつけて離さない

まま一気に読ませてしまうという恐るべき作品。三つの視点から見た全く無関係に見える事件や

出来事が読み進めていく内に複雑な綾を織りなしていることが解っていく毎に読むことを止める

事を許さない状態に陥っている自分を自覚せずにはいられないでしょう。この方の文章に

はつくづく感服させられてしまいます。一本一本がまるで関係のない物のように思わせて

実は複雑に絡まり有っていたのだと判明したとき、一気に事件が解決していくのですが、

その展開がまた息も着かせぬ程スリル満点で、一瞬たりとも目を離すことが出来なくなってしま

います。別人願望がある人はちょっと身につまされてしまうかもしれない内容。別人に

なることと逃げることは同義語なんではないかとも思ってしまうのですが、そんな私もちょっと

別人願望あったりするのです。弱い・・・。イヤ、そんなことじゃなくて^_^;現在の事件が

過去に繋がっていたり、伏線が意外なところに仕掛けてあったりでやっぱりすっかり

作者の手の中で踊っている自分が可愛かったりします・・・。


<かまいたち>中編四作からなる時代小説です。「本所深川ふしぎ草紙」に

続く下町感溢れる涙有り笑い有り、珠玉と言っても過言ではない物になっているのではと

思われます。でも前作に比べてオカルト風な味付けがされているのではないかなぁと。

そこで私がお奨めするのが表題にもあるように「かまいたち」という作品なのですが、

これは宮部さんの世界がばっちり味わえる作品です。二転三転する話の展開が少々

ありがちかな、とはおもってしまいもするのですが、それでも引き込まれて行くのは

登場人物の魅力でしょう。その上締めの台詞が思わずにやりとさせられてしまうこと

請け合いなのです。のめり込むほどの吸引力はないにしても(レベル7などの)安心して

読みたいというならこういう作品を時間を掛けて読んで行くのもいいのではないかと

思います。一気読みは体力いるし・・^_^;


<パーフェクトブルー>タイトルは大変爽やかで澄んだ青空なんかを

連想してしまいそうな語感なのですが、相反して読み進めていくうちに「パーフェクトブルー」という

物の恐ろしさをじわりと感じさせる宮部節が効きます。文体も一人称なのですがその「オレ」が

警察犬のマサだ、というのが私には新鮮だったのです。しかも世間の裏表を知り尽くして

いるという所が渋い。口調も砕けていて入りやすい。登場人物も大体において魅力的な

人物ばかりなので思わず肩入れをしてしまいます。善と悪という単純な縮図が今回は

功を奏していたのではないでしょうか。やっぱり彼女の作品には「強い少年」がつきものなの

か、今回の作品にも自分の意志を顕著に表している少年が登場しています。

彼も自分の境遇に流されることなく立ち向かって困難を乗り越えて行くのですが、その少年が

正義感に満ちあふれていたりはしないといった点が私の気に入りました。

そして、何と言っても衝撃のラストを語らないではいられないのですが、未読の方の

楽しみを奪うのは申し訳ないのでここでは敢えて沈黙。ただ一つ言えるのは

単純明快でありながら「緻密」ということでしょうか。


<東京下町殺人暮色>。最初から衝撃的な場面が文章として飛び込んで

きます。けれども進めていくと何だか痛い作品としか言いようがなかったりします。

刑事という職業がどれだけ辛い物か、その家族がどれほどの苦痛を強いられるか

ということがひしひしと感じられます。その中で正しいことをきっぱりと正しいと

言い切ることが出来る家政婦のハナさんの存在がふわりと優しくてそれでいて

力強さを感じさせてくれます。少年探偵の無謀を寛容に見守ってくれるその

懐の大きさがうらやましくもあるのですが、事件はそんな優しさでは片づけられない

陰湿で冷酷な展開を示すのです。読後エリートという意識の功罪を考えざるを

得ないような後味の悪さが何とも言えません。それを狙っていたのではある

のでしょうが、私にとっては哀しいとか寂しいではなく、「悔しい」展開でした。

ただ一つ、「想像力がない人間は人の痛みがわからない、だから子供達は

平気で他人を傷つけることができるんだ」という一文が刺さりました。そんな

子供達ばかりではないと示してくれた主人公達がうれしくもありましたが。


<初ものがたり>宮部女史の時代小説であります。短編6本からなる

人情物に推理をかけあわせたような作品。短編と言っても細切れに続いていくのでは

なく、一本一本が微妙にリンクしていて思わず続けて読んでしまいます。話の筋は

概ね事件が発生して岡っ引きの茂七が江戸っ子らしさ満開に義理と人情を絡ませながら

その謎を解き明かしていくというものですが、その人情話もさることながら話に出てくる

登場人物のだれも彼もが個性豊かで読んでいて飽きることはありません。読んでいて

みんながみんな大団円に落ち着くことのないクールさは相変わらずですが、江戸の

情緒とその時代に生きる人たちの脈動の様な物は何だか「熱い」です。思わず

ググッと引き込まれる作品。テーマの重さはそれほど感じないけれども命題と

して書いたであろうテーマはよく考えてみると深い物ばかりではないかと思われます。

茂七がありがちな二枚目岡っ引きとかじゃなくて良かったなぁと何となく思ってしまいます。