ファンクロックとかブルースロックという呼称はわりと流通していて広がりがあるのですが「Black Rock」とした場合、ヴァーノン・リード(exリヴィング・カラー)周辺の話で終わってしまう恐れがあります。事実、僕自身も「Black Rock」と言われて即座に思い浮かべるのはリヴィング・カラーとフィッシュ・ボーンとあと2、3のバンドぐらいなもんです。これでは話が広がっていかない。
そこで、勝手ではありますが独自に拡大解釈をして「ジミ・ヘンドリクスの流れを汲んだロック」と定義してしました。これも全くあやふやな定義付けで全く根拠がないのですが、僕の中では一番しっくりくるんですね。
しかし、これまたザルなみに目の荒い定義であって、今回取り上げた5枚全部を拾い上げることはできて無い気がします。言葉の無力をこれほど実感したこともありません。ようは「気分」なんで「口でいくら言ったところでわからんよ」という世界なんですね。でもこの5枚は僕のなかでは完全に同類として扱われています。願わくばこれを読んだ皆さんが実際に聴いてみて実感していただきたいものです。
脳みそにシールド突っ込んだらこういう音が出てくるのかもしれない
別に狙ってやってるわけではないのだが、3回続けて2枚組で始まるのだ。やはり「組もの名盤説」は信憑性あるのかも。
多分このアルバムがでなけりゃ「Are You Experienced?」かモントルーフェスのライブ盤がここにきていたはずなのだが、なにしろ聴いて一発でとばされてしまったので取り上げないわけにはいかんのです。ロックは基本的に”キッズミュージック”なので歴史的価値云々言うのは野暮天だし「とても希少な音源なのだよ」などと訳知り顔で言われても聞いてつまんなけりゃそこまで、って思う。それこそ胸ぐら引っ掴んで「聴くのか聴かねえのかはっきりしろオラァ〜」ってくらいの勢いが欲しい。ガキの少ない小遣い搾り取る為の音楽なわけですから、おっさんの財布あてにしだしたらお終いなんです。それでもこのCD買ってるのはいいとしこいたおっさん達であることは否めないですね。こどもマインドを失わないナイスな親父どもの心臓鷲掴みってとこでしょうか。困ったもんです。
歴史的意義云々はそこかしこで情報過多気味に伝えられているのであえてトーシロの僕が書くまでもありませんし、ここに収められている演奏の価値を見極めるのには必要ないことです。本人の肉声以上に感情を露にするギターはなんなのだ!この楽器と人との一体感は尋常ではない。フィードバックまでが完全にコントロールされているではないか!いや”コントロール”という言い方は全く正しくない。ストラトからエフェクターを経てマーシャルに至るまでがジミの発声器官なのだ。「身体の外延としての道具」という考え方はこの際、無効だろう。脳みそにシールド突っ込んだらこういう音が出てくるのかもしれない。この生もの感はライブならではって感じだ。
共演者についても少し。軍隊時代の同僚だったベースは演奏の幅を広げるタイプではないがジミにとっては良き友人として必要な存在だったようだ。24気筒エンジンのごとき抜群の乗り心地を誇るのはバディ・マイルスのドラムだ。ミッチ・ミッチェルもいいドラマーだが、あいつは単コロの味わいだ。滑るように走る車のハンドルを握るってのは気持ちいいもんだ。おまけにこいつは歌も達者。頼れる車に気のいい友を乗せてのジミのドライブは快適そのものって感じだ。
ここまで書いてきて思い出したのは同じくトリオ編成のロックバンドだったクリームのこと。あれは三人が各々にしのぎを削り合う仁義なきバンドで、このバンド・オブ・ジプシーズとは対極にあるような存在だった。個人的にはああいうインタープレイがしがしの演奏も大好きなのでそんな要素も入ってたら嬉しかったかも。
(DIW/JPN)
「ファンキードラマーにありがとう」って感じだ
レコーディングスタジオって所は幾多の奇跡が起こってきたところだが、このアルバムもそんな瞬間を捕らえた貴重な一枚。ライナーによると、最初はいつもと変わらないレコーディングが途中から大バケしてしまったらしい。ちょっと聴けば、確かにこのバンドの一体感は尋常ではないのだ。録音が楽しくてしょうがなくて、単なるリハのつもりが本テイクになってしまったり、ぶっつけのセッションで録った曲があったりで、いい意味でいいかげん。いつものブレリーはチト生真面目すぎる感があるから、これぐらい力が抜けていたほうがむしろいいのだ。
さてその演奏だが全く熱い!!特にアルフレッド・アライアスのドラムには手放しの賞賛をあげたい。「ファンキードラマーにありがとう」って感じだ。奇跡的にカッチョいいスネアドラムがリズムの快楽中枢を連打する。くぅ〜っタマラン!!こうなりゃなんでもアリだ、コンチクショー!!キーボードのマーク・バトソンなんか多分、クワトロで見たライブの時みたく踊り狂ってたに違い無い。いやコイツほんと演奏しないでステージ前で踊ってんスよ、マイルスのTシャツ着て。も〜うメチャhip。でもたまに聴こえてくるアナログキーボードの音は実にイカス。う〜むLess is more。目立たないけどこのセッションの影の功労者は間違いなくこのひと、メルヴィン・ギブスだな。あまりの重低音美学のため、せこいオーディオでは存在が確認できないくらいだ。ロナルド・シャノン・ジャクソンやジョン・ゾーンとのセッションでコワモテジャズファンにはわりと知られたひとだが、その後ロリンズバンドに加入したりで実はなんでもアリのスゴイ奴。このバンドのレギュラーメンバーであるレジー・ワシントンには実に申し訳ないがドラムとの一体感はメルヴィンの方が数段上だな。それがこのセッションの大成功の源に違いない。
いつもはちょっと神経質なブレリーもなんかイテマエ感1.5倍って感じでスタジオでは大暴れだったと、当時の雑誌記事は伝えている。うーん、よし!!なんか俺も調子出てきちゃったぞ!!
血液逆流するくらいかっこいい。
このアルバムをこういう文脈で紹介できるっつーのが実に嬉しい。別にディスクユニオン繋がりってわけでもないのだが。ジェームス・ブラッド・ウルマーなら”Are you glad to be in America?”をまっ先に取り上げるのがこれまでのならわしだが、そんなの今夜の俺には関係ないのだ。
とかくオーネット・コールマンがらみで語られるウルマーだが近年の芸風には独自の味が出ていて実にイイ。そろそろハーモロディク人脈として以外の観点からの評価が欲しいところではないか?そこで今回あえてロックでもなんでもないこのアルバムをここに入れてみた。このウルマーのギターの響きはブラックロッカー特有のあのフリーキーさの最も純粋な結晶のように思えてならないのだ。最近はわりと大人しいおっさん気取っているバリトンサックスの鬼将軍ハミット・ブルイットの本性をむき出しにさせてしまった”The dawn”の壮絶な演奏。老兵サム・リヴァースの大ブロウを受けてウルマー自身があさっての世界へと旅立ってしまう”Help”と、聴きどころも満載。血液逆流するくらいかっこいい。アーサー・ブライスが一生懸命オーネットっぽく吹いてるのは御愛嬌か。
イイとこだなぁニューヨークって
さて、ウルマー繋がりってことで1曲目は”Jazz is the teacher, Funk is the preacher”である。ニューヨークはニッティング・ファクトリーでのライブ演奏である。このアルバムを最後に解散してしまったこの舌噛みそうな名前のバンドの首謀者はニッティ系ジャズファンの期待を一身に受ける暴れん坊ギタリスト、デヴィッド・フュジンスキー。ここまでの文字データだけなら「ジャズっぽいのかな」なんて思うでしょ?まあそれも重要な構成素材としてたっぷり含まれているけど、とてもそれだけじゃ語り尽くせない超絶雑食ロックなんだな。とにかく圧倒的な演奏能力に裏付けられた極太リズムはレゲエからファンクからサンバ、ビバップと難無くシフトチェンジしてみせる頼もしさ。それにのっかる、巨漢のボーカルはレオン・トーマスもかくや、という変態ヨーデル唱法を交えつつも「チュニジアの夜」をスキャットしてみせるテクニシャン。フューズのギターは言うにおよばずキレまくりで全く痛快。2000年対応したジョン・マクラフリンって感じか?なんのコッチャ。とにかくジャズ史上に燦然と輝くあの”ジャック・ジョンソンのテーマ”のギターリフが鳴り響くやいなや会場からは歓声が起こる。イイとこだなぁニューヨークって。行きたいなあニューヨーク。同じくマイルスの”Blue in green”はレゲエ・サンバ・ハードロックのキマイラになっちゃうし。まあこのへんまではニッティへ夜毎繰り出すイカレジャズファンへの御挨拶ってなもんで本領発揮はやはりオリジナル曲。構造的には完全にハードバップなのにへたすると気付かないくらいヘビィなアレンジがいかす”Word for herb”俺の好物ハネもんファンクの”Hope”からバンドの顔的ナンバー”Vinnie”への三連コンボでピヨったところへバスケ選手に捧げたレゲエで一息ついて、11分を超える大技曲。そして最後はなぜかビートルズナンバー。しかもすげーマイナーな曲。当然長尺ギターソロ大フィーチャーで燃え尽きます。いや〜ほんとかっこエエわ。
ハード・コアである、ということ
ニッティング・ファクトリー繋がりということで(笑)。本当ならここでリヴィング・カラーあたりを持ってくるつもりだったのだが、かなり気持ちがジャジィになってきたのでジャズなのです。目下、最注目のギタリスト、ブランダン・ロスをフロントに据えたギタートリオでベースが前述のメルヴィン・ギブスでドラムがヘンリー・スレッギルのヴェリー・ヴェリー・サーカスでブランダンとも共演していたJ.T.ルイスとあっては最早、期待するなという方が無理というもの。このCDを手に入れる為に俺は町田くんだりまで出向いたね。不況で厳しいのはわかるがもう少しデストリビュートの仕事に力入れてほしいもんですな!こんな素晴らしい演奏を埋もれさせるなんてはっきり言って恥です。どこのレコード会社とは言いませんけど。
さて、肝心の内容はというとかなりラフなスタジオセッションで、曲によっては全くの集団即興だったりする。1分未満の「セッションの1コマ」みたいなのが数曲入っているが、それも含めてそのほとんどがフェードイン・フェードアウト。完全にライブ指向のバンドなのが伺える。しかしホントくやしいくらいにいいところで演奏がとぎれてしまうのは、なにか意図するところがあるとしか思えない。CDの容量だって使い切っていないし。「続きはライブに来て聴きやがれ」ってことなのだろうか?完奏できなかったイカ天バンドなみに無念だ。それというのもほとんどの演奏が3人でじっくりと展開を練り上げてゆくタイプのものなので完全収録しなければ意味をなさないからだ(もしくはテオ・マセロがマイルスをプロデュースした時のように創造的な編集をするか)。その証拠に1曲だけノーカットで収められている”SAVANNAH”という曲は恐ろしくテンションの高い快演なのだ。これだけたっぷりとブランダンの豪放なギターソロが聴けるだけでも全く有り難いのだが、他の曲も間違い無くものすげえクライマックスが控えていることがありありとわかるだけに納得いかない。それ独自で完結した作品としては0点だが予告編としてこれ以上に効果的な作品を僕は他に知らない。(あ、春エヴァってのがあったか)
実はこのバンドには分かる奴が聴けば一発で分かる元ネタがある。ビル・フリゼルのトリオか、もしくはメルヴィン・ギブスが、やはりビルと組んでいた伝説のバンド、パワー・トゥールズだ。特にブランダンのギターはあからさまにフリゼルのプレイを意識している。使っている楽器まで同じスティーヴ・クラインのカスタムモデルなのだからこれはもはやミーハーの域に達していると言ってもいいだろう。ブランダンに最初に注目したのは菊地雅章のAAOBBのメンバーとして来日した時で、その時のライブでは異様なリズムセンスとブッとんだギターソロに完全にやられてしまったのだが、まさかその時はこれほどのフリゼルフリークとは思いもよらなかった。その後、僕がJMT時代から追い掛けてたカサンドラ・ウィルソンがブルーノートレーベル移籍後に出した大名作2枚に参加してサウンドメイクのキーマン的な重要な役割を果たしていたのは本当に嬉しかった。そんな彼が実は自分と同じくビル・フリゼルミーハーだと分かった時はまさしく「ビンゴォ!」って感じで、いますぐ飛行機に飛び乗って大平洋の向こうにいる奴に握手を求めたい気持ちだった。「我が意を得たり」とは、まさにこんなことを言うのだろう。願わくばもう1枚、びしっと筋の通ったアルバムを出すか、来日してきっちりオトシマエをつけていただきたいものである。
追記
ヴァーノン・リード。やはりこのひとを取り上げないことにはどうにも落ち着かない。今は無きリヴィング・カラーで見事にセル・アウトしながらも、実はロナルド・シャノン-ジャクソンのもとでキャリアを積み、ヤバめなジャズシーンでもブイブイ言わせているブラックロックの若大将である。伝え聞くところによると三たび登場のメルヴィン・ギブスに、核撃バカテクドラマー、デニス・チェンバースとのトリオによる”Masqee”なる、まだ録音物にはなっていないバンドでまたもや巷間を湧かせているらしい。雑誌にはこうあった「あいつらケダモノだ」と。聴きたい!聴きたい!聴きたいよおおおおおおおおおお!!