2001年

咽喉痛と子猫病


 タピのなんでもない表情と鳴き声、それらの意味が常に通じるとは限らないのだけれど、を思い出すごとに僕は奥歯の隙間で唸り、同時に少しずつその記憶を擦り切らせる。そして薄まってゆくイメージを繋ぎ止めようとするためにもう一度苦い汁を舌の奥に感じる。それは大体仕事から帰ってきて一人きりの部屋でテレビの前で寝転がっている時に何かの拍子に起きるのだが、必ずしもそうでないということがだんだん分かってきた。
 例えばついこの間のこと。
 Yシャツを脱ぎ捨てたまま僕はホットカーペットの上に転がった。煙草に手を伸ばすのも億劫で仕方が無いくらい何もしたくなかった。それでも横になる直前に無意識にテレビのスイッチを入れる。麻薬的な感覚に近い。
 受動的な僕によどみなく脱力感を流し込んでいる四角い画面が、突如最初からそうであったはずの無意味な光と音へと突然還元される。それは出演者の誰かが発した一つの単語のせいであったかもしれないし、BGMとして流れた音楽の調性のためであったかもしれない。それは何でもいいのだ。どんなきっかけでも。(その表現がその状態を僕が少なからず望んでいるということに気がついてくれれば、僕がこうして吐露することの意味が半分以上伝わった事になる。)
 念のため付け加えておくとこれは幻覚では決してない。
 脳味噌劇場に一人座る僕は真っ白い横長スクリインのなかに半現実のタピを見つけ出す。にゃあ、と鳴いたり、具体的な何かをするわけではない。一瞬のポーズとともに出現し、そしてまた別の出で立ちで現われては消える。それを繰り返すのだ。
 時間はひしゃげて、咽喉は潰れ、僕の背中の筋肉は不自然につっぱったまま部屋の中はさらに乱雑さを増す。脱ぎ捨てたTシャツはいつの間にか劇場のシートと交わり、緞帳は落とされ蛍光灯が明滅する。
 

 日曜だというのに仕事に借り出され、高度印刷機器展で自社のプリンタア売上げ向上のために午後一杯、運動不足の足を棒にしてサクラを演じる。短い白いスカアトを穿いた女の子等がどこからともなく調達されてきて、よどみなく僕の生活を成り立たせている自社製品の宣伝をしてくれている時にそれが起こるとは考えてもいなかった。
 つまりは薄まる記憶は常に繰り返され、あとから追加される情報なしにはどうしようもないということなのか。それともストレスやら食欲をパラメータに取ると希望する幻覚をえることのできる方程式を解くことができるのか?
 展示場の巨大なデイスプレイの中では虚数で計算された映像が現実の利益を生み出すために転回し伸張され重力を打ちのめす。まるで僕個人の生活にはリンクされていないようであり、実はそこに僕の生きるための実際が潜んでいるらしい。だからして僕はこうしてここに立っている。そして次のボーナスを心のどこかで期待しながら、雑誌の片隅で見た素敵なデザインの何かに対してちょっとした物欲が顔を覗かせたりもする。
 大人の白い性器のような既得権のような顔で人を打ちのめす利潤追求。そのために生かされて生きていることを誰もが知っている。なんてちょっと子供っぽい感覚かもしれないが、こうして立ち尽くす苦痛がそんな思いをつのらせてしまうのだ。それを吐露することがもっと大人気ないのかもしれない。だからタピの姿を無意識に想像したのかもしれない。
 日曜日なのだから何もかもがない交ぜになっていることは仕方がない。そう考えると少し救われたような、それでいて幼い孤独感を心の中に集中させるだけの理由ができるような気がする。
 僕だってこんな役立たずな上にサクラを演じながら別の現実を見ているのだから。だから?だからタピが今彼自身の現実を見ている?いやそうではない。僕が望んでいるのは、今タピが彼自身の現実を感じながら、それでいてそれを利用しながら何らかの感動やら喜びやらを少しでも受けていること。
 タピがステヱジの上ですらりとした脚の綺麗な女の子の肩に乗っている。ぶしつけ、それでいて僕を最大限にひきつける眼をしてみせながらまどろんでいる。足元では僕のくるぶしに自分の匂いをつける動作をする。気がつくとスタツフ用テントの中へと、ちょっとこっちを振り向きながらタピが尻尾を立てながら歩いてゆく。かと思うと3匹、5匹、10匹と薄まった心象のまま、あちらこちらにタピが現れる。そしてそれを望んでいる僕が目をつぶって時間の捩れを期待する。
 僕が君を始めて抱き上げたときに僕の肩の上に乗って降りようとしなった。つめを僕のシヤツに執拗に立てたまま、大好きで憎たらしげなその目付きで僕を見た。紐をつけて本町のスタアバツクスにも一緒に行った。君は日陰でミルクを飲んだ。自転車の籠に君を乗せて走った。おどおどした君の様子。それがいとおしくなって僕はもっと自転車のスピヰドを上げた。
 僕らはいつか死ぬべき存在だ。君は僕よりも短い時間しか生きられない、と、一般には謂われている。そんな事は絶対信じないし。どうでもよくないけどどうでもいいこと。うんざりすること。無視しても囁かれること。だけどやっぱり絶対ないこと。
 いずれにせよ、君に色々な君が未だ知らない体験を沢山して欲しかった。君に色々なものを見て欲しかった。僕と同じかそれ以上にいっぱい楽しい経験をして欲しかった。
 暖かな蒲団の上で君の眼をじっと見つめながら大切な君が1年後、2年後何を感じるか、なんて本気で考えた。そんな時お互いが分かり合ったような気がした。僕は自分の気持ちが君に通じることを本気で祈った。そして君を抱きしめたくなった。
 そんな時タピ、君は台所の冷たい床で今度はお腹を冷やしに行った。いそいそと。高貴な欲求の元に。
 ブヒヒブヒ鳴きながら僕の膝に乗ってくる時に言いようのない悦びを感じた。君はあくまで君の都合で僕の膝を欲して、僕は僕の都合で君のお腹のやわらかい毛に触れた。しかし僕の足は痺れて、君は不機嫌になる。そんな風に全てが全てうまくいくわけではなかった。しかし僕らはどこかでお互いに不満を感じていたことも事実だったのかも。今考えると不満は記憶のスパイスになるのだけれども。
 2001年3月25日午後23時3分。君のことを思い出すために僕は全力を傾ける。日曜までも無意味に働いて、寒さのために咽喉の痛くなった僕は、君との間にあった一切の物語の、枝葉末節、一部始終を思い出すためにホツトカアペツトに横たわって目を瞑る。いつのまにかたわんだ睡魔と重たげな仕事の疲れが君の記憶を虹色に発酵させる。タピ。タピ。タピ。
 夢の中でも君を思い出すために。