迷惑な看護人

(香坂)「こずえ、大丈夫?」

小学五年生のたまきは赤い顔をしてベッドに横たわっている従姉妹の雨宮こずえに言った。

(こずえ)「平気、大丈夫よ。それより、私にあんまり近づかないほうがいいって言ってるでしょ。」

こずえはボーっとした顔をしながらもたまきに言った。

(香坂)「そんな場合じゃないじゃない。」

(貴子)「たまき、もう行かないと学校遅刻するわよ。」

たまきの叔母であり、こずえの母の貴子が言った。貴子はこずえの看病のため本日はおやすみである。

(香坂)「はぁーい。こずえ、じゃあまた後でね。行ってきまーす!」

たまきは元気よく言うと、こずえの自宅を出て行った。

 

(貴子)「こずえー、洗面器のお水替えてきたわよー。ひゃ!」

バシャ!
洗面器を持ってこずえの部屋に入ってきた貴子は前のめりにズッコケテしまい、洗面器は宙を飛んでこずえの頭に降ってきた。こずえは頭からびしょぬれになり、布団も水で湿っている。

(貴子)「こ、こずえ大丈夫?えっと、タオル!あ、パジャマ着替えなきゃ!それにお布団も違うのに・・・」

(こずえ)「オフクロ様、パジャマ出している間にタオル持ってきて。その後でお布団代えて。」

パニクッている貴子にこずえは冷静に指示を出し、貴子はすぐに駆け出した。

(貴子)「こずえ、ゴメンね。わざとじゃないのよ。足がもつれて・・・」

(こずえ)「わかってるから、いいから早く布団干してきなさいよ。あ、他のお布団もついでに干しておいて。」

こずえは自分に向かって必死に謝っている貴子に言うと、代わりにひいた客用布団に横になった。貴子は頷くと布団を干すために部屋を出て行った。

(こずえ)「やっぱりたまきの家に行ったほうがよかったかな・・・」

ピンポーン
こずえが横になってしばらくした頃、雨宮低のドアチャイムを鳴らす者がいた。

(貴子)「はーい。どちら様?」

(セールスマン)「こんにちは、奥様。布団の無料診断をしている者です。これだけの天気ですから布団を干しているでしょう。無料で診断してさしあげますよ。」

(貴子)「お布団の診断??そんなお仕事があるの?」

(セールスマン)「ハイ。」

セールスマンは返事をするとさっさと部屋にあがって来て奥に向かった。貴子はその後を付いていく。ちょうど干すために縁側に置いてあった布団を見ている。

(セールスマン)「奥さん、こんな布団じゃダメですよ。これじゃあ安眠は出来ない。睡眠は健康な体を維持するための大切な時間です。快適な睡眠時間を取るためにも、もっといい布団に変えなきゃ。今だったら、わが社の布団を格安にて販売していますよ。」

(貴子)「え、でも勝手に買うわけには・・・」

(セールスマン)「ちょっと待っていてくださいね。ヨッと。」

セールスマンは次々と布団を持ち去ってしまい、違う布団を持ってきた。

(セールスマン)「どうです、寝心地は最高ですよ。今なら、一組たったの二十万でお譲りしているんですよ。」

(貴子)「二十万もするんだったら、相談しないと・・・」

(セールスマン)「ちょっと奥さん。布団の診断させた上に、運ばせておいてまさか買わないなんて言わないでしょうね。」

(こずえ)「言うわよ!とっととうちのお布団を返しなさい!」

いつの間にか二階の自分の部屋から降りてきたこずえが叫んだ。

(セールスマン)「お嬢ちゃん、大人同士の会話に口を挟まないでもらえるかな。」

(こずえ)「うるさいわね。ココは私の家よ、どう振舞おうが私の勝手!とにかく、お布団を返しなさいよ。うちのお布団はオヤジ様の知り合いのお店から買った品物なのよ。あんたのところのまがい品とは比べ物にならない、いい品なんだから!!」

(貴子)「娘が反対しているので、買うわけには・・・」

(セールスマン)「じゃあ、あそこに干してある布団とこの布団を比べてみましょうか。うちの製品の良さがわかってもらえると思えますから。」

女子供を丸め込むのは簡単だと思ったセールスマンは庭に下りた。彼は気づかなかった、庭に下りるのをとめようとした貴子をこずえが制止していたのを。

ダダダ・・・・
男が物干し場に近づいた途端、数匹のドーベルマンなどの大型犬に囲まれた。犬達はいつでも飛びかかれる姿勢で、男を見ている。さすがに身の危険を感じて男は叫んだ。

(セールスマン)「ちょ、ちょっと!この犬達をどけてくださいよ。」

(こずえ)「安心しなさいよ、この子達はちゃんとした訓練を受けているから緊急時以外は、私が合図しない限り人に飛びかかったりしないから。オフクロ様、警察。」

(セールスマン)「なんのマネだ!」

(こずえ)「バッカじゃないの、まだわからない?あんたを警察に引き渡すの。あんたは所有者の意志に反して占有物を略奪したんだから、窃盗よ。あぁ、あんたのさっきのオフクロ様への態度は脅迫にもなるわね。警察でしっかり反省するのね。」

(セールスマン)「ちょっと奥さん、この犬をなんとかしてください。」

警察に電話して戻ってきた貴子にセールスマンが言ったが、貴子は申し訳なさそうに言った。

(貴子)「ごめんなさいね、その子達は私とこずえが同時に命令した場合はこずえの言うことを聞くの。こずえがこの家で一番偉いと思っているフシがあって。」

(こずえ)「無駄なあがきはヤメルことね。」

小ばかにしたような顔で勝ち誇って言うこずえに怒ったのか、男はこずえ達のほうに戻ってこようとした。しかし、犬達が主人を守ろうとするかのように立ちはだかってうなり声をあげ始めた。

(こずえ)「観念するのね。この子達があんたに噛み付いたとしても、私達の身に危険が迫っていたからやった行為だって言えば口頭注意くらいで済むの。善良なる市民の私達と、悪徳業者のあんたじゃ勝負が見えているのよ。誰もあんたの言うことなんて信じないわ。」

その後、警察がやってきて男は連れて行かれた。布団は返してもらい、警察が引き上げた後で貴子はこずえに注意されていた。

(こずえ)「みだりに知らない人を家にあげちゃいけないって言ってるでしょ!この間回覧板で悪徳商法の注意書きが回ってきてたのに、何見てたのよ。何度言えばわかるの。」

(貴子)「だって・・・」

(こずえ)「だってじゃない!!とにかく私はしばらく寝るから、大人しく、静かにしててよ。」

こずえは再度ベッドに横たわり、貴子は階下に戻った。こずえが寝ようとしていると、枕もとの電話が鳴った。電話は学校にいるたまきからだった。

(香坂)「もしもし、こずえ。風邪、どう?」

(こずえ)「うーん、熱下がらないのよね。オフクロ様が変なヤツ家に入れるし。」

こずえは横になったままで、たまきに答えた。

(香坂)「変なヤツ?こずえ、大丈夫??おば様って仕事では警戒心が強いのに、日常生活ではてんでだめなのよねー。」

(こずえ)「まったくだわ。ま、追い払ってやったけどね。」

(香坂)「こずえ、病人なんだからあんまり無理しちゃダメだよ。あ、チャイムが鳴ってる。じゃあね。」

こずえは通話が切れた電話を置くと、目をつぶった。

 

ピンポーン
こずえが眠り、貴子が洗濯をしていると再度雨宮邸のドアチャイムが鳴った。

(貴子)「はーい、どなた?」

(セールスマン2)「奥様、こんにちは。こちらには中学生以下のお子さんはいらっしゃいますよね。」

(貴子)「はい、小学五年生の娘がいますけど??」

(セールスマン2)「実は私、こういうものでして。」

男が差し出した名刺には出版社らしき会社の名前が書かれていた。話を聞いてみると、教材販売の仕事をしているという。

(セールスマン2)「奥様。子供の教育は早いうちにやるのが大切なんです。うちの教材で小学生のうちから勉強すれば、東大も夢じゃないんです。」

(貴子)「でも、うちの娘は今でも十分頭がいいですし、そういう教材って高いんでしょ。」

(セールスマン2)「いくら小学生で頭がいいと言われていても、何もしなければ中学、高校でつまづくんです。そうならないように、今からうちの教材で勉強していただくんですよ。それに、高いと言っても一日二百円程度の値段なんです。こんな立派なお屋敷に住んでいらっしゃるんですから、ご主人は会社の重役かなんかでらっしゃるんでしょう。それだったら、これくらいの出費は問題じゃないでしょう。」

(貴子)「うちの主人は、大型トラックのドライバーになってどっか行っちゃったんです。」

(セールスマン2)「は?あ、でしたら奥様がこの家のあるじということですよね。でしたら、迷う必要はないじゃないですか。」

(貴子)「でも、冠婚葬祭以外で五万円以上の出費をするときは娘に相談しないとダメ!って言われているし・・・。うちの娘、怒らせると恐いし・・・」

貴子は日常生活において、五万円以上の価格のものを買うときの決定権が無い。何度か断りきれずに高いお鍋やお墓を買ってしまったために、こずえに判子やクレジットカード、通帳類を取り上げられてしまった(契約解除はこずえが牧野に頼んでやってもらった)。そのため、貴子は仕事以外では、お金を簡単には動かせなくなってしまったのだ。

それはさておき、貴子が返事を渋っていると、突然その男は叫んだ。

(セールスマン2)「奥さん!いいですか、お子さんの将来がたったの一日二百円で決まるんですよ。あなたは、母親として娘さんに幸せな人生を歩んで欲しいと思うでしょ?」

(貴子)「そりゃ、もちろん。」

(セールスマン2)「だったら、今からうちの教材で勉強するべきです。お子さんのためにも、二百円をケチらないでください。今こそ、親が子供のために力になるべきなんです。今からちゃんと努力すれば、東大も夢じゃないんです!!」

(貴子)「別にケチっているわけじゃないわ。そりゃ、それくらいの値段出せないことはないけど・・・」

(こずえ)「うっさいわね!人が病気で寝てるのに、なに大声出しているのよ。」

貴子と男が見ると、不機嫌そのものという顔をしたこずえが立っている。

(セールスマン2)「いやー、かわいくて賢そうなお嬢さんですね。お譲ちゃん、うちの教材で一生懸命勉強したら、きっと知性あふれる魅力的な女性になれるよ。お母さんが、君のためにこの教材を買ってくれるんだ。感謝しなきゃね。」

(こずえ)「ゴホ、あん?なにわかりきったこと言っているのよ。私がかわいくて頭がいいのは昔っからよ。これ、いくらよ。」

(貴子)「四十万。」

(こずえ)「四十万!?誰がそんなもの契約していいって言ったの!解約よ、解約!!ゴホ。」

こずえは叫んだあと、咳き込んでいる。

(セールスマン2)「お譲ちゃん、なに言っているんだ。せっかくお母さんが君のためにってこの教材を買ってくれる決心をしてくれたのに。いい子だから、君くらいの年齢のうちは親の決めたことに従わなきゃ。」

(こずえ)「余計なお世話よ。したいって言ったの?」

こずえに睨まれて、貴子は慌てて首を思いっきり横に振っている。

(こずえ)「ほら、この人は買うなんて言ってないでしょ!!さっさと持って帰りなさいよ、警察呼ぶわよ。何が東大よ、自分は知性も感じられないあほ面しているくせに。他人に教材売りつけている暇があったら、自分がまずは勉強したら。」

(セールスマン2)「お譲ちゃん、私はただ単に商品の説明をしているだけなんだよ。それなのに、そんなケンカ腰で言われたら困るよ。いくら温厚なおじさんでも、怒っちゃうぞ。」

言葉は穏やかだが、顔はこずえにすごんでいる。しかし、こずえは男を馬鹿にしたように見ている。

(こずえ)「さっさと帰りなさいよ。いい、私もオフクロ様もあんたに対して退去要請の意思表示をしているの。それなのに、あんたがココにいるのは違法なのよ。警察に『変な男が玄関に居座っている』って言えば、ココは高級住宅街だしすぐ来てくれるわ。あと、あんたが大声だしたり、すごんだことは脅迫として訴えることもできるんだからね。」

(貴子)「娘がそれを要らないって言ってるんですから、帰ってください。契約はしませんから。」

男が更に何か言おうとしたとき、パトカーのサイレンの音がした。

(こずえ)「ちょうどいいわ、オフクロ様。あのパトカーにこっちに来てもらいましょ。この拡声器を使って悲鳴をあげれば聞こえるでしょ。」

こずえはどこからか拡声器を出してきて、男は慌てた顔をして出て行ってしまった。

(こずえ)「まったく、あんなの入れるんじゃないわよ。私は寝るわ。いい、知らない人が来てもドアを簡単に開けちゃダメ!わかった?」

(貴子)「うん、わかった。こずえ、私は家事しているから何かあったら呼んでね。お部屋に一人で帰れる?」

こずえは頷いてフラフラしながらも、上に戻っていった。そして、貴子は掃除を始めたのだが・・・・
バリバリ!ドス、ドカン。

(こずえ)「オフクロ様!なにしているのよ?」

(貴子)「えー?掃除。」

(こずえ)「掃除でなんであんなに大音量が響くのよ・・・なんかモノ壊してんじゃないの?」

こずえは独り言を呟きながら再度ベッドに横になり、濡れたタオルを額に乗せて目をつぶった。

貴子はソファーなどをどけて、リビングの絨毯に掃除機をかけていた。

(貴子)「一度専門の業者さんに頼んでみたいんだけど、こずえ許してくれるかなー。」

ピンポーン

(貴子)「はい、どちら様?」

(セールスマン3)「こんにちは。実は私、掃除専門業者でして。ただいま、無料にて絨毯のクリーニングをしております。」

(貴子)「掃除の専門業者さん?ちょっと待っててね。」

あれほどこずえに注意されたにもかかわらず、貴子はドアを開けてしまった。

(貴子)「本当に無料なの?」

(セールスマン3)「はい、絨毯を見せていただけますか?」

男は絨毯にダニなどがいると言って、洗剤のようなものをまき掃除機で掃除を始めた。

(こずえ)「もう・・・またあんな怪しげなヤツ入れて。電話、電話っと。もしもし牧野さん?こずえよ。腕が立つのを四、五人至急うちに寄こして。うん?変なのがうちに入ってきてさ・・・。」

こずえが牧野に電話したことなど知らない貴子は、男が絨毯に掃除機をかけているのを興味深げに見ていた。
数十分後・・・

(セールスマン3)「これでこの絨毯にはダニやゴミは一切ありませんよ。」

(貴子)「ありがとう。でも、その掃除機ずいぶん良さそうね。」

(セールスマン3)「うちの社の最新式の掃除機なんです。普通だと五十万するんですが、ただ今キャンペーン中なので三十万に割引できますよ。お買いになりませんか?」

(貴子)「三十万!?無理です、それに無料だって言ったじゃない。」

(セールスマン3)「そりゃ、クリーニング代は無料だっていいましたよ。でもね、ここまで掃除させておいて、買わないってのはないんじゃないかい。」

男は急に貴子にすごみ出した。

(貴子)「か、買わないとは言ってないじゃない・・・」

(セールスマン3)「そうですか、ありがとうございます。早速契約書を・・・」

(こずえ)「ダメよ!そんな掃除機ごときに三十万なんてお金出さないからね!!」

こずえが必死に壁につかまりながら叫んでいた。咳き込んでおり、かなり息も荒い。

(セールスマン3)「なんですか、その子。具合が悪いなら寝ていればいいものを。」

(貴子)「こ、こずえ!大丈夫?」

(こずえ)「ゼッタイダメだからね。」

貴子はこずえに駆け寄り、こずえは男を睨みつけて言っている。
キキィ!バタン。ドヤドヤ

(社員)「社長、こずえお嬢さん。ご無事ですか?」

車が家の前に停まった音がしてドアが開いたと思ったら、コワモテ顔の男数人が駆け込んできた。

(セールスマン3)「な、なんだ??」

(こずえ)「この人が、オフクロ様に無理やり必要ない掃除機を買わせようとしているの。」

(社員1)「なんだと?うちの社長を脅そうたぁいい度胸だ。」

(社員2)「どういう了見だ、ことと次第によってはただじゃおかないぞ!」

(社員3)「おいお前、覚悟はできているんだろうな。」

社員数名は戸惑っているセールスマンを取り囲んですごみだした。

(セールスマン3)「い、いいえ。あの、いらないということなので私はこれにて・・・」

(こずえ)「待ちなさいよ、あんたさっき『掃除したんだから掃除機を買え』って言ったわよね。この部屋の絨毯のクリーニングだけで三十万の掃除機じゃ割りに合わないけど、この家の掃除を全てやってみなさいよ。それで私がその掃除機の性能について、納得できたら買ってやるわ。」

(セールスマン3)「えぇ!?そんな・・・」

こずえがニヤリと笑って苦しそうにしながらも言った提案に、セールスマンはこの家に来たことを後悔しまくっている顔をした。

(社員1)「おいお前、こずえお嬢さんのありがたい提案をモチロン受けるよな。」

(社員4)「こずえお嬢さんは、わざわざお前にビジネスのチャンスをくれてやるとおっしゃっているんだ。感謝しろ。」

男達に囲まれて口々に言われているセールスマン。完全に被害者と加害者が逆転している。
ドーン!
みんなが大音量に驚いて台所に行くと、オーブンが黒い煙を出しておりあたり一面にスープなどが飛んでいる。

(貴子)「そういえば、グラタン作っていたんだわ。」

(こずえ)「どうやったらグラタンが爆発するのよ?たく。ともかく、この部屋から掃除して。じゃ、あとお願い。終わったら、みんなが点検してみて私に見せたほうがいいと思った場合だけ呼んで。私は熱が上がってきたみたいだから寝ているわ。」

子分・・・もとい、社員に命じるとこずえは壁につかまるようにして階段を上っていった。

 

そして数時間後・・・

(セールスマン3)「(小声)なんで風呂やトイレ掃除まで・・・掃除機は関係ないじゃないか。」

(社員1)「何か言ったか?」

(セールスマン3)「あ、いいえ。あの、それでこの掃除機を買ってくれるって約束は・・・」

(社員2)「この障子の桟に埃が残っている・・・不合格だな。」

まるで昼ドラに出てくる小姑のようなことをして、社員達は頷いている。

(セールスマン3)「いや、だからそんなところには掃除機は関係ないじゃ・・・」

(社員3)「というわけだから、君は帰っていいよ。あ、送ってやるから。」

(セールスマン3)「最初から買う気なんてなかったんだな!ただ単に、俺に掃除・・・いえ、なんでもないです。送るなんて、そんなことしていただかなくても・・・」

社員全員に睨まれて、男は自分の身の安全を図りだした。

(社員4)「まぁ、そう言わず。物騒だからな、送ってやる。」

社員二人が逃げられないように男を両側から挟むようにして、家を出て行った。

(社員1)「では社長、我々は帰ります。あの男のことはお任せください、二度と社長達の前に現われたりしないようにしておきますので。ところで、こずえお嬢さんずいぶん悪いようですね。」

(貴子)「そうなの、ちゃんとおとなしく寝ていないから。」

こずえが静かに寝ていられない原因を作っているのは自分なのに、貴子自身は自覚が薄い。

(社員2)「じゃあ、玉子酒を作ったらどうですか。あれを飲めば一発ですよ。」

 

(貴子)「よーし、このレシピがあれば美味しい玉子酒を作れるわ。そうだ!もうお昼過ぎているからきっとお腹すいてるわね、玉子酒粥作ろう。」

その後、貴子は愛娘のために張り切って、世にも恐ろしい玉子酒粥を作っていた。

(貴子)「こずえ!お粥作ったの。食べて、食べて。このお粥を食べて寝ていれば、きっとすぐ良くなるから。」

母親の声にこずえはモソモソと起きだして、器と蓮華を手に取った。

(こずえ)「玉子粥にしては色が少し・・・オフクロ様の作ったものだから仕方ないか。」

こずえはボーっとしたまま動かない頭で考えつつ、機械的に手を動かしてお粥を食べていた。しかし、半分ほど食べ終わったところで体の異変に気づいた。

(こずえ)「頭がガンガンする・・・気持ち悪い。ゴホッ、ゴホッ!」

こずえが急に苦しみだしたので、貴子も焦ってこずえを揺さぶっている。

(貴子)「こずえ、どうしたの?ね、こずえ??どうして具合が悪くなるの、ちゃんと玉子酒粥食べさせたのに。」

(こずえ)「今、何て言った?普通の玉子粥じゃなかったの??お酒って言ってたわよね、何をどれくらい入れた?」

(貴子)「だって、風邪には玉子酒っていうから。えーっと、特級日本酒を一升瓶の半分くらい・・・・」

(こずえ)「それじゃ、お酒の中に卵とご飯を入れたようなもんじゃない。なに考えて・・・・」

こずえは貴子を叱ろうとしたが、そのまま倒れて動かなくなった。

(貴子)「こ、こずえ?どうしたの、返事して!」

(香坂)「ただいまー。こずえ〜、具合どう?」

そのときちょうどたまきが学校から帰ってきた。

(貴子)「たまき!こずえが死んじゃったー!」

(香坂)「えぇ!」

泣きそうな顔をして玄関に出てきた叔母を従えて、たまきはすぐにこずえの部屋に駆け込んだ。

(香坂)「こずえ、こずえしっかりして!大丈夫、まだ息はあるわ。おば様、救急車!!」

貴子はすぐにこずえの部屋に置いてある電話をかけだした。

(貴子)「もしもし、救急車一台お願いします。場所ですか?私の家です!!え?だから私の家に来てって言ってるでしょ。」

(こずえ)「た、たまき。あの人にやらせておいたら、夜になっても救急車が来ないわ。電話取り上げて・・・」

(香坂)「取り上げるってどうやって・・・?」

(貴子)「こずえ、生き返ったのね!眠っちゃダメ、死んじゃうわよ!!」

貴子は電話を放りだすと、こずえに駆け寄り揺さぶって叫んでいる。こずえは母親に揺さぶられて気が遠くなっていくのを感じながら思っていた。

(こずえの心の中)「この人の最大の欠点は・・・悪気が無いのに人に迷惑かけることよ・・・。狙ってやっているんだったら、まだ対処の仕方ってのがあるのに。」 

 

その後、病院に運ばれたこずえは適切な処置を受けてなんとか一命を取り留めた。そして、この事件をきっかけにこずえが病気になったときはたまきの家に行くことになり、たまき達が成長してからはたまきが看病に行くことになった。

 

End

あとがき

なんとなく思いつきで書いた作品です。香坂先生が風邪を引く話の「風邪の特効薬」で昔話として出てきたエピソードをなんとなく書きたくなって。断っておきますが、貴子の一連の行動は別に娘に迷惑かけようとか病気をひどくしようなんて考えていません。それどころか彼女は娘が早くよくなって欲しいと願っているんです。でも、結果的には娘に迷惑かけて重病にしちゃうんですけどね。

さて、この話にはその後の話もあります。そちらは幼い香坂先生と進藤先生のお話です。もう八割がたできているんですけどね。


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