港北医大救命救急センターの医師・香坂たまきの従姉妹である雨宮こずえは弁護士である。しかし、もし彼女が医者にだったら・・・。

災厄の女神が医師になった日

 

港北医大の医師・雨宮こずえは大手術を終え、自分の上司である安西学長の元にやってきた。

(こずえ)「安西学長、お呼びだとうかがいましたが?」

(安西)「疲れているところを悪いね、まぁかけたまえ。」

(こずえ)「失礼します。」

こずえは上司の前であるにもかかわらず、足を組んで座り「何の用だ」という目で安西を見た。

(安西)「申し訳ないが、早いところ手術記録の提出を頼むよ。いつもどうり、私を執刀医ということにして書いておいてくれ。」

(こずえ)「あら、でも今回は私の執刀ということにしてもいいという話じゃありませんでしたの?」

こずえは少し眉をひそめて質問した。

(安西)「そんなこと言ったかな、ともかくいつもどうりということだ。わかっているだろう。」

こずえが何も言わずに安西をじっと見つめているので、安西は内心の不安を押し隠して叫ぶように言った。

(安西)「何か不服があるのかね、だったら言ったらどうなんだね!」

(こずえ)「別にありませんわ。つまり手術の全責任を負う執刀医を学長の名前にしておけばよろしいんですのね?」

案外あっさりと話が通りそうなので、安西は希望を取り戻した顔になった。

(安西)「そうそう、そうだよ。頼んだよ。」

こずえが鷹揚に頷き、立ち上がろうとしたところでノックの音がしてこずえの同僚の江木が入ってきた。

(江木)「お呼びですか。」

(安西)「あぁ、かけたまえ。雨宮君もそのままで。」

江木はこずえの隣に腰掛けた。さすがにこずえのように足を組んだりはしていない。

(安西)「君達は中野道弘氏を知っているかね?」

(こずえ)「知っていますわよ、この頃世間を騒がせている自分で女の始末もつけられない大泥棒のことですわね。」

こずえが大泥棒と言った相手はある党の代議士。自分の愛人の手切れ金に公金を使ったということや、公共施設建設にからむ裏金疑惑で世間を騒がせている。安西はこずえの言葉を訂正した。

(安西)「中野道弘代議士だ。」

(江木)「その中野代議士がどうしたんです?」

(安西)「中野道弘代議士は、この頃の騒ぎにすっかり胃を悪くされたようでね。光栄なことに、この病院に入院されたいとおっしゃってきたんだ。そこでだ、ここまで言えば私が君達を呼んだわけはわかるだろう。」

(こずえ)「えぇ、わかりましたわ。」

こずえの言葉に安西は安堵の表情を浮かべるどころか、不安そうな顔をした。

(安西)「本当にわかっているのかね?」

(こずえ)「もちろんですわ。病室にはマスコミも、警察関係も来れない。安心しているであろう中野達を拷問して裏金のありかを吐かせ、搾取しようというわけですわね。裏金は本来表に出るお金じゃないから被害届けは出せない、この病院の隠し資産が増えて教授連はもちろんのこと理事達も笑いが止まらないということに・・・・。すばらしい名案ですわ。」 

江木が見ていると、こずえが高らかに弁じたてている途中から安西は頭を抱えてうなっていた。

(安西)「そうじゃない!君達は中野氏の主治医をしていればいいんだ。それだけだ!他に何もない!!」

(こずえ)「あら、こんな確実な一攫千金のチャンスはありませんわよ。それに、少しは痛めつければ悪党もおとなしくなるかもしれないし。」

江木は安西の『だったらお前が少しは痛い目に遭え!』という心の叫びが聞こえてくるようだった。

(安西)「いいから!!医療行為以外なにもしなくていいから。余計なことはしないでくれ!!」

(江木)「でも、なんで俺達二人なんですか?」

(安西)「あちらは『女医がいい』という話だったんだが、まぁ君も手伝ってくれ。」

言外に安西は『雨宮が何かやらかさないように見張ってくれ』と江木に懇願していた。

(江木)「わかりました。じゃあ、もういいですか?仕事がありますので。」

こずえと江木は形だけの挨拶を安西にすると出て行った。

 

(こずえ)「やーっぱり、執刀医をあの人にするように言われたわ。」

こずえは廊下に出ると江木に告げた。

(江木)「やっぱりな。あの人も本当に懲りないな。」

(こずえ)「まぁ、いいわよ。今朝の責任もあの人が取ってくれるんだろうし。」

こずえは人の悪い笑みを浮かべている。

(江木)「じゃあ、俺は協力料にランチでもおごってもらうか。」

(こずえ)「ごめん、江木。今日は私先約があるんだわ。今朝の礼は、明日のランチでするから。」

こずえが指すほうを見ると、救命に研修に来ているこずえの恋人・薬師寺拓海がこちらを見ている。

(江木)「仕方ないな。じゃ、明日のランチな。」

こずえは頷くと小走りに拓海に駆け寄り、自分の腕を拓海の腕に絡めて病院の出口に向かった。

こずえと江木が出て行って三十分ほど経った頃、安西の電話が鳴った。

(安西)「はい、私だが。えぇ?」

それは他の科の教授からだった。なんでも今朝、こずえがその科のある機器を借り受けたいと言ってやって来た。しかし、正式な手続きを踏んでなかったので、その機器の管理をしていた人間が勇敢にもこずえの申し出を断った。こずえがそれでおとなしく引き下がるわけがなく、その人間を薬で眠らせて縛り上げると機器がしまってあったキャビネの鍵を強引に開けて、仲間に手伝わせて持ち出したらしい。薬で眠らされていた人間から事情を聞いた教授の抗議にこずえは「その機器を使った手術の執刀医は安西学長だ。つまり、彼が全責任を持つと言っている。」と言って相手にしなかったらしい。

相手の教授に謝罪するため、安西は慌てて自分の部屋を出て行った。

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