やっかいな依頼人
弁護士・間宮貴子は一人の依頼人を連れてある大手弁護士事務所に来ていた。
依頼人の名前は雨宮貴子・・・・偶然にも彼女と一字違うだけで後は全く同じ名前を持つ女性だった。しかし、性格、歩んできた人生。どれをとっても二人は似ても似つかなかった。なにより雨宮貴子は既に五十代、間宮貴子の母親と言ってもいい年齢だった。(コレより間宮貴子は間宮、雨宮貴子は貴子と表記します)
(貴子)「先生・・・今日で絶対決着をつけてください、娘が今日彼氏との旅行から帰ってくるんです。異性問題でもめているってわかったら、また怒られちゃう。」
(間宮)「わかっています、私に任せてください。」
そんなに娘が怖いなら、最初から変な男にひっかからなければいいのに・・・とは思うものの、もちろん依頼人にそんなことを言えるはずも無く、貴子に向かって間宮は安心させるように微笑んだ。
紀三郎に言わせると、「人間、『ダメだ』と言われるとついついやってしまうものなんですよね。なかなかやっかいな案件ですな。」と言うことだ。
案件としては、婚約不履行。親や友達にも紹介されて、結婚を夢見ていた相手に裏切られたというものだった。相手の弁護士も手ごわいらしい、紹介されたはずの友人達は全否定、二人で出かけた日時のアリバイは成立する、証拠として持ってくるはずだった日記は盗まれる、挙句の果てには貴子はだまされて二百万円もするダイヤを買わされていた。もっとも、金融会社の社長業以外に株の配当などで年収何億という貴子には二百万円なんて「あ、なんか間違えて買っちゃた」程度の感覚らしいが・・・。
(間宮)「また、あなたなの・・・」
(佐伯)「そのようですね。」
相手の弁護士に指定された部屋に行ってみるといたのは佐伯絵里。先日、依頼人は違えど同じ案件で顔を合わせた相手だ。あの時はなんとかこちらの主張がとおり婚約不履行は認められなかったもののダイヤの契約は解除できた。しかし、あの時彼女の優秀さはよくわかった。
(佐伯)「それでは、始めさせていただきます。まず、こちらの主張としては依頼人である後藤さんは雨宮さんとは結婚の約束はしていない、つまり事実無根だと言っています。自分はホスト、彼女はただのお客だそうです。」
(間宮)「しかしですね、雨宮さんはこのダイヤを買っています。二百万円もするダイヤを、ただのお客と従業員という関係の後藤さんから買いますか?」
(後藤)「弁護士さん、雨宮さんの年収知っていますか?何億円もあるんですよ、だから僕にいい顔したくて買ってくれたんですよ。」
(貴子)「違う!貴方が『これをつけた君と歩きたい』って言ったから、だから・・・」
(佐伯)「証明できますか?それを。」
(貴子)「う・・・・」
(佐伯)「今回は肉体関係もないみたいだし、この間のようにはいきませんよ。」
(後藤)「あったりまえだろ、俺がこんなババアと寝るかよ、いくら仕事とはいえ。」
(間宮)「ですが」
バン!
大きな音に驚いて見ると、そこに立っていたのは雨宮こずえ。貴子の一人娘である。
(こずえ)「いたいた、探したわよ。」
(受付嬢)「待ってください、あの困ります。」
(こずえ)「うるさいわねー、ちょっとなんとかしてよ。」
(佐伯)「何の用?今仕事中なんだけど。」
(こずえ)「こっちは家庭の問題よ。オフクロ様、あんたまたこんなろくでもない男に引っかかって!!」
こずえに怒鳴られ、貴子はシュンとしている。
(貴子)「だって・・・秀一さんとかこずえとか、私の周りってなんでも出来る人多いからつい凡人が珍しくて・・・」
(間宮)「凡人が珍しいって・・・」
(こずえ)「だったら、見物だけにしときなさいよ。あぁそうだ、コレ韓国旅行のお土産。コラーゲン入りの柚子茶。お肌にいいんですって。あとキムチに焼き海苔。」
こずえは言いながら、間宮と佐伯の前に大きなビンを置いた。
(間宮)「へぇー、いいわねぇ。私ものんびり旅行したいわ・・・じゃなくて!」
(佐伯)「いりません。それより話の続きを」
(貴子)「こずえ〜、私には?」
間宮と佐伯は仕事を続けようとしているが、身勝手なこの母娘は聞いちゃいない。
(こずえ)「買ってきたわよ、ほらお菓子。あとヨン様の等身大ポスター。」
(貴子)「やったぁ!さっそく貼らなきゃ。」
(佐伯)「ここはあなたの事務所じゃないんですから、やめてください。」
(貴子)「いいじゃない、今だけ。ほら、彼の顔があると心が和んできて癒されるの。」
貴子はこずえが買ってきてくれたポスターを勝手に壁に貼ろうとしている。
(佐伯)「いいから、はずしてください。ちょっと、母親になんとか言ってください。」
(こずえ)「ん〜?年寄りの言うことは尊重することにしているのよ。ねぇ、それよりお茶は?客にお茶も出さないわけ、この事務所は。」
「勝手に来たんでしょう」という言葉を飲み込んで、佐伯はインターフォンでこずえの分のお茶と他の人間に新しいお茶を出すよう指示を出した。
(こずえ)「ところでさ、このダイヤ解約。彼は結婚を匂わせながらダイヤ購入を勧めていた。現在彼が結婚を拒否している事実から考えると、結婚を餌にダイヤを購入させたことは明白。よって、この契約は無効よ。また、婚約不履行の慰謝料も払ってもらうわ。オフクロ様の年齢から言って、結婚を夢見て裏切られた傷は深いから三百万円。」
(佐伯)「婚約不履行の件と、ダイヤの件は別問題だと思いますけど。」
(こずえ)「そうかしら?ダイヤ購入と結婚が結びついているなら、彼はダイヤを購入させるために結婚を匂わせたはずよ。と、言うことは婚約不履行も立証されると思うけど。」
こずえの言葉に、佐伯は黙った。
(後藤)「何言ってんだ、このオバン!」
ゴキャ!後藤は叫んだ瞬間、こずえにカバンで思い切り殴られていた。
(こずえ)「なんだって?もう一回言ってみなさいよ!私の知り合いがいる病院に担ぎ込まれるか、大手振ってこの街歩けないようにしてやるわよ!!」
(間宮)「ちょっと、こんなところで大声で不穏なこと言わないでよ!嫌よ、共犯にされるのは。」
(こずえ)「フン。結婚を匂わせた証拠だったらあるわ。ちょっと、見せたいビデオがあるの。」
こずえの言葉に、佐伯はすぐに部屋のビデオにこずえから渡されたテープをセットした。
(秀一)「ボンジュール!わが最愛の娘、こずえ。それと、お美しい女性二人とどうでもいい男。」
ビデオをかけると、高級そうな一人がけソファにくつろいでいる秀一が現れた。佐伯は眉をひそめている。
(佐伯)「誰ですか?」
(こずえ)「聞いてなかったの、父よ。」
(秀一)「このビデオは、私がよく寝て、飲んで、たまきちゃんの病院で遊んでいるうちに部下が作ってくれたものだ。私に感謝して、見るように。」
(間宮)「今の話で、どうしてこの人に感謝しなきゃいけないわけ??」
間宮のつぶやきはよそに、ビデオの場面が変わって間宮の部下達が証言を聞いた証人達が出てきた。
(お店のマスター)「後藤君と雨宮さん?いやぁ、すっごい熱々だったよ。見ているこっちが照れるぐらいベタベタしていて。後藤君のほうが惚れている感じだったねぇ。」
(後藤)「はぁ!?」
(女性)「なんかぁー、後藤さんから『別れて欲しい』って言われたんです。最初は納得いかなかったけど、後藤さんから『本気で付き合っている人がいて、彼女を悲しませたくない』って言われて、それで仕方なく。女性の名前?聞かなかったけど、五十代のどっかの会社の社長だって言ってました。」
(後藤)「ちょい待て!」
(ホストクラブチーフ)「後藤君と雨宮さんは、本当にお似合いのカップルだよなぁ。」
(ホスト達)「はい!」
(チーフ)「結婚するつもりだって言ってたんで、ぜひ二次会を当店でやって欲しいって頼んだんですよ。」
(ホスト達)「お待ちしています!」
(後藤)「ちょ、ど、どういうことだよ!!」
後藤は慌ててテレビに駆け寄りわめいているが、当然のことながらテレビは何も答えてはくれない。
(こずえ)「彼らは裁判になったら、今言っていたとおりのことを証言するそうよ。」
(貴子)「こずえー、このお菓子美味しいわね。また買ってきて。」
貴子はいつの間にかこずえから渡されていたお菓子を食べ始めていてご満悦だ。
(こずえ)「ん?あー、わかったからおとなしくしてて。さらに、日記があります。」
(間宮)「日記・・・?」
(後藤)「嘘だ!ニセモノだ、それは!まがいもんだ。」
(こずえ)「なんでよ?その根拠は?」
(後藤)「日記は俺の仲間が」
(間宮)「『俺の仲間が』・・・なんですか?」
間宮が言いつのったが、後藤は口を閉ざしてそっぽを向いてしまった。
(こずえ)「親戚の家でお手伝いをやっている人と交換日記をやっているのよ。それを借りてきたの。」
こずえは言いながら、ポストイットを着けていたページを開いた。
(こずえ)「○月×日。今日は彼・・・ヒロ君と一緒にお台場に行ったの。二人で観覧車に乗っていたら、彼が私の頬にチュッって・・・彼を見たら優しい目で見つめながら『いつもかわいいね』って言ってくれたの。二人で喫茶店に入ったとき、彼が私のコーヒーにミルクでハートマークを描いて渡してくれた。ウフフ(はぁと)。
○月×日。今日は、二人でショッピング。旅行代理店の前を通ったら『新婚旅行はどこがいい?』って聞いてきたから『貴方と一緒ならどこでも』って言ったの。彼も『自分もそう思っていたんだ。』って言って手をギュッと握ってくれた。二人でいれば、どこにいようがどこでもパラダイス」
バン!
(間宮)「あ、雨宮!落ち着いて!!」
(こずえ)「バカらしくて読んでられないわよ!自分の母親がこんなもの書いたかと思うと、情けないったらないわ。『どこでもパラダイス』だぁ?じゃあ、留置場もパラダイスなわけ?」
(貴子)「それはヤダ!」
(こずえ)「いい、今度からこんなくだらない日記書くんじゃないわよ!」
(貴子)「勝手に持ってきたのに、怒るなんてひどい・・・。ねぇ先生、コレってプライバシーの侵害にならないの?」
(間宮)「今は状況が状況ですから。」
(こずえ)「オフクロ様、あんたこんなくっだらない男に引っかかって金まで巻き上げられかかっているくせに、私に逆らう気!?いい度胸してんじゃない。」
日記を壁に叩きつけたこずえを間宮が必死に押さえている。親子喧嘩を始めた雨宮母娘を無視して、佐伯がその日記を手に取った。
(佐伯)「○月×日・・・ヒロ君からプロポーズされて嬉しくて泣いたの。彼がそっとハンカチを渡してくれて、『これからは、貴子さんが泣くのは嬉しいときだけだよ。絶対悲しませない、大切にする』って言ってくれた。彼に『私のどこが好き?』って聞いたら『貴子さんの全てが好きだ』って言ってくれて額やほっぺにキスの嵐で・・・」
(間宮)「無表情で棒読みしないでくれる?怖いからさぁ。」
間宮のつぶやきに、佐伯は読むのをやめて後藤を見ている。後藤はというと、青ざめた顔で頭を抱えている。
(こずえ)「で、とどめはこれ!」
(間宮)「『雨宮貴子と後藤裕樹の付き合いに関する報告書』・・・なにあんた、自分の母親のこと、興信所に尾行させていたの!?」
(こずえ)「当然でしょ!私はオフクロ様の男を見る目はまったくと言っていいほど信用してないの!今回だけじゃないわよ、今までだって何回かオフクロ様に男が出来たって聞いたらすぐ尾行頼んでいたんだから。」
(間宮)「全然威張れないから、それ・・・」
胸を張って偉そうにしているこずえに突っ込んでみたものの、今回はこずえの行動が役立った。後藤は「二人っきりで会ったのは客とホストとして多くても五回」と言っていたが、写真入りの報告書には会ったのは三十回以上、週一回のペースだったとはっきり書いてある。
(こずえ)「この興信所で今回調査に当たってくれた人は、もちろん裁判でも証言してくれるって言っているわ。さぁ、佐伯先生、どうします?」
(佐伯)「どうやら事情が変わってきましたので、もう一度依頼人と話し合いたいと思います。後日改めてということでよろしいでしょうか?」
佐伯は後藤を睨みつけながら間宮達に提案し、間宮やこずえもはっきりと結果が見えている交渉なので二、三日猶予を与えても情況は変わらないだろう、ということで今日は帰ることにした。
(後藤)「先生、大丈夫だよな?なんとかなるだろ??なぁ。」
後藤はすがるように佐伯を見ている。
(佐伯)「他の弁護士当たってくれる。」
(後藤)「あ・・・?」
(佐伯)「あれだけの証人と証拠を出されたら、まず間違いなく負けるわ。負ける裁判はしないことにしているの、時間の無駄だわ。」
佐伯は後藤に言いたいことだけ言うと、さっさと手帳などを片付けてドアに向かった。その佐伯の背に、後藤が声をかけた。
(後藤)「じゃ、じゃあ俺があのばあさんと結婚するって言ったらどうなるんだ?金、払わなくていいんだよな。」
(佐伯)「ムリね。自分が相手に向かって何を言ったかわかっているの?第一、あの娘が許すわけないじゃない。ここで騒いでないで、さっさと慰謝料三百万円用意したら。」
(後藤)「そんな金用意できるかよ・・・」
後藤はがっくり肩を落とした。
(佐伯)「あぁ、そうそう。成功報酬は諦めるけど、着手金の五十万は返さないわよ。一度は仕事を引き受けて、相手と交渉したんだから。それから、経費の実費もね。」
(間宮)「よくあれだけの証拠集められたわね、雨宮。」
一階のロビーで間宮はこずえに話しかけた。
(こずえ)「当然でしょう。私を誰だと思っているのよ!」
偉そうに胸を張っている娘の横で、貴子は腕時計を見て青ざめた。
(貴子)「いっけない、もうこんな時間!デートに遅れちゃう!」
(間宮)「デ、デート!?」
(貴子)「先生、今回は本当にありがとうございました!また改めて御礼に伺いますから本日はこの辺で。」
貴子はあわただしく挨拶をすると、急いで待たせてあった黒塗りの高級車に乗って行ってしまった。
(間宮)「もう、次の彼氏がいるわけ・・・」
(こずえ)「立ち直り早いから、あの人。」
呆然としている間宮に、こずえは苦笑いしながら答えている。
(間宮)「で、今回も尾行つきなの?」
(こずえ)「尾行っていうか、運転手が興信所の人なの。あの人、どこでもお抱え運転手に運転させて車で行くから行動把握するのが楽なのよね〜。じゃあ、私もこれで。」
(佐伯)「間宮先生。」
こずえを見送っていた間宮が振り返ると、佐伯がやってきた。
(佐伯)「あのビデオに出てきた人達の証言・・・本当だと思いますか?少なくとも、彼らは本来は後藤の仲間だったはずです。どうして彼等が裏切ったのか・・・興味ありません?」
(間宮)「さぁ・・どうかしらね。彼らの真意は知らないけど、裁判をやれば確実に私達が勝つわ。そして法廷で勝てばそれが真実。あなただってそれはよくご存知でしょう、佐伯先生。」
(佐伯)「そうですね、間宮先生。」
二人は挑発しあうような笑みを浮かべると、お互い背を向けて歩き出した。