雪の思い出
(手塚)「えぇ!?まだキスもしていないのかよ?知りあって半年以上だろ。」
(大久保)「なに純情カップルやってんだよ。中学生じゃあるまいし。」
(拓海)「俺だって、したくてそんな付き合い方しているわけじゃない。」
拓海は友人達の視線に憮然とした顔をした。
薬師寺総合病院院長の次男坊で外科医の薬師寺拓海は友人達と一緒に喫茶店にいた。彼は半年前知りあった女子大生の雨宮こずえと付き合っている。
が、しかし。二人の仲はキスはおろか手を握ったこともほとんど無いというようないまどき珍しい健全な付き合いをしている。これは拓海が望んでそうしているわけではない。拓海はこれまで何度も二人の仲を進ませようとアプローチしているのだが、こずえがいつもさりげなくかわしてしまう。それゆえ付き合って半年も経つのにキスもまだということになっているのだ。
(手塚)「バレンタインも一緒に過ごして、プレゼントも貰ったんだろ?」
(拓海)「あぁ。ブレスレットと、チョコ貰った。二人でコンサート行って食事して・・・公園でいい雰囲気になったのにタイミング外されたんだ。」
(大久保)「ガードが固い女だなー。あ、こっちこっち。」
こずえの友人達がやってきたのを見て、大久保は笑顔を浮かべて手を上げた。
(ルリ)「こずえのご両親・・・ですか?」
(手塚)「うん。拓海がさ、雨宮さんと付き合っているじゃない。でも、なかなか自分に心を許してくれない感じだからどうしたらいいか困っているんだ。もしかして、親御さんがものすごく真面目で、彼女もお堅いのかなぁって。」
「まだキスもさせてくれないカタブツなんだけどどうやったら落とせるかな」などとこずえの友達に聞けないのでオブラードに包んでいる。今日はこずえも交えてある相談をする予定なのだが、こずえを除いて他のメンバーだけ待ち合わせ前に集って相談を持ちかけていた。
(法子)「こずえのお父さんは離婚して今はいないって話をちょっと聞いたことあります。だから、どんな人なのか・・・。お母さんは優しくて、楽しい人ですよ。男女関係についてもそんなにうるさい感じじゃなかったし。」
(大久保)「両親が離婚か・・・もしかして、それで警戒心が強いとかなのかな。」
女の子達は顔を見合わせて『どう思う?』と相談している。
(ルリ)「そんなこと無いと思うんですけど・・・。こずえって、時々私達にも何考えているのかわからない時があるんでよくわからないです。」
(拓海)「そうか・・・ところでさ、雨宮さんってなにか欲しいものとかないのかな?恥ずかしい話、ホワイトデーのプレゼント何がいいかわからなくって。彼女一緒にいてもあまり何が欲しいとかの話しをしないし。」
時々「拳銃が欲しい」だの「戦車に乗ってみたい」だの言っているが、そんなもの手に入るはずがないので拓海は常識的にプレゼントできるものを考えていた。
(ルリ)「こずえって、なんでも持っているんですよね。」
(法子)「親がお金持ちだから、いくらでも買ってもらえるらしいし。」
(手塚)「アクセサリーとかは?どっか好きなブランドないかな。」
(ルリ)「あまりブランドとか興味ないですけど、あえて言うのならグッチが好きですよ。シンプルでいいって。」
女の子達は頷き合っている。
(法子)「まずいわよ、もうこんな時間!こずえ、時間に正確だからきっともう着いて待っているわ。」
みんなが時計を見ると、もう約束の十分前だった。慌てて会計を済ませ、待ち合わせ場所に急いだ。
(大久保)「このあたりだよね、どこだ?」
(ルリ)「たぶん、男が群がっていると思うんですけど・・・あ、いた!」
の言うとおり、待ち合わせ場所に立っているこずえの前に二人組みの男がいてしきりに話しかけている。
(男1)「ねー、名前なんていうの?」
(男2)「俺達と遊びにいこうよ。」
こずえは黙って無視している。
(法子)「あちゃー、こずえいつもながらスゴイね。」
ナンパ男は二人だけだが、通りすがりの男達もチラチラこすえを見ている。
(男1)「オイ、無視してないで返事くらいしたらどうなんだよ!すかしてんじゃねえよ!!」
自分達を見ようともしないこずえに、一人が怒り出した。
(こずえ)「悪いけど、見るからに頭悪そうなのは相手にしないことにしているの。私も同類だと思われたら困るもの。」
こずえはバカにしきった顔をして相手を見ている。
(ルリ)「こずえったら、わざわざ怒らせること言って。」
(男2)「ちょっと美人だと思って図に乗りやがって!ふざけんな!」
男2が拳を振り上げたが、その手をつかまれた。駆け寄ろうとした拓海達も動きを止めた。見るからに普通の商売ではないとわかるスーツ姿の男が立っている。男2を殴りつけ、男1も蹴り飛ばした。
(直樹)「ふざけてるのはお前らだろうが。」
(こずえ)「そうよ。それに、私は『ちょっと』美人じゃないわ。どこからどう見ても美人よ。」
(直樹)「お前な・・・おい、失せろ。」
ナンパ男二人は怯えた顔をすると、一目散に逃げていった。
(ルリ)「直樹・・・」
(手塚)「知り合い?」
(法子)「ルリの彼氏で、こずえとは昔馴染みなんです。」
拓海達がいることも知らず、こずえ達はしゃべっている。
(直樹)「なにやっているんだよ?」
(こずえ)「ルリ達と待ち合わせ。」
(直樹)「こんなところで待ち合わせするなよ、どっか店で待ち合わせすりゃいいだろ。アブねーなー。」
(こずえ)「直樹と一緒にいるほうが、危ないじゃない。」
(直樹)「どういう意味だ、このやろ。」
こずえはクスクスと笑っており、和やかな雰囲気になっている。ふと拓海がルリを見ると、複雑そうな顔で友人と恋人を見ている。
(直樹)「あぁ、そうだ。これやるよ。」
(こずえ)「なに?」
直樹はこずえの首に腕をまわしている。どうやら、ネックレスをつけてあげているようだ。
(直樹)「時計買いに入った宝石店で見つけたんだ。」
(こずえ)「ありがとう。」
こずえは穏やかな笑みを浮かべ、直樹を見ている。傍から見ていると、仲のいいカップルだ。
(法子)「こずえ!」
友人の呼びかけに、こずえ達が振り返った。拓海達は慌ててこずえのそばに行った。
(直樹)「じゃあな、くれぐれもオオカミには気をつけろよ。」
(こずえ)「何言ってんだか、行きましょ。」
直樹はルリには一言もかけることなく、行ってしまった。こずえもそんな直樹に注意することなく、歩き出した。
(こずえ)「スキー旅行?」
(ルリ)「うん、一泊で。ね、こずえも平気でしょ。休み中だし。」
こずえは答えず、ホテルのパンフレットを見ている。
(大久保)「もしかして、やったことないとか?それだったら、俺達が教えるよ。」
(こずえ)「あるわよ、あれ?ここ・・・。」
(拓海)「どうかしたの?」
(こずえ)「なんでもないわ、行きたいって言うなら付き合ってあげるわよ。」
(法子)「こずえ・・・もうちょっと言い方変えられないの。」
(こずえ)「なんで?」
こずえは『何か悪いことを言ったか?』という顔をしている。こずえに言っても、いきなり性格は変えられないと思っている友人達はこずえに注意することを諦めたようだ。
(法子)「ともかく、じゃあ決まりね。日程はどうしようか?」
(こずえ)「ルリ、さっきから元気ないけど、どうかした?」
ずっと黙って何か考え事をしていたらしいルリがこずえを見た。
(ルリ)「こずえ、直樹は・・・。直樹はやっぱりこずえのこと好きなんじゃない。」
ルリは必死の形相でこずえを見ている。
(こずえ)「たとえそうだとしても、どうしようもないんじゃない。」
こずえは余裕の笑みを浮かべている。
(ルリ)「私・・・ちょっとお手洗い。」
ルリが見えなくなると、法子がこずえに注意した。
(法子)「こずえ!もうちょっとルリの気持ちも考えてあげなよ。それでなくたって不安なのに。」
(こずえ)「なにが?私は事実を言っただけよ。それに、他の男とスキー旅行に行こうって相談している人間が、『不安』だなんて図々しいんじゃない。」
こずえは友人の注意など気にした様子もなく、グラスに口をつけた。
(香坂)「へぇー、いいわね。スキー旅行だなんて。私なんて、ゼミのレポートとか色々あってちっとも遊びにいけないのに。」
(こずえ)「だったら、そんなレポートほっといて彼氏もセットで一緒にくる?えーっと、たまきのゼミの教授って中野って名前だったわよね。」
(香坂)「・・・行かない。だから、何もしなくていいから。ほとんど初対面の人と一緒に旅行なんて興味ないわ。ねぇ、その革表紙の手帳いつも持ち歩いているけど、何が書いてあるの?」
(こずえ)「見たい?」
こずえの顔が何かを企んでいるときの笑顔になったので、たまきは慌てて首を振った。
(香坂)「や、やめとく。ろくなことになりそうにないから。」
(こずえ)「そう。見たくなったらいつでも言いなさいよ、たまきは特別に見せてあげるから。」
(香坂)「そんな日は来ないと思うわ。とにかく、気をつけてね。」
(こずえ)「大丈夫よ、前にスイスで滑った時だって怪我なんてしなかったんだから。」
(香坂)「私が言っているのは、一緒に行く男達についてよ。」
たまきの言葉にこずえは納得したように頷いた。