間宮法律事務所に、三十代の男性がやってきた。応対したのはちょうどいた間宮貴子と佐伯絵里。二人とも優秀な弁護士だ。
(間宮)「えぇと・・・後藤さん。今日はどういったご相談で?」
(後藤)「はい・・・訴えたいんです。婚約不履行いや、詐欺で。」
(佐伯)「どなたをですか?」
(後藤)「弁護士の、雨宮こずえさんをです!」
(間宮・佐伯)『えぇ!?』
今回の依頼人はR商事の会社員・後藤俊樹さん。彼は知人の紹介で弁護士の雨宮こずえと知り合った。数回のデートを重ね、両親にも紹介し、後藤さんは彼女との結婚の準備に入っていた。しかし、ある日後藤さんは彼女と他の男が車の中で抱き合い、キスをしているのを目撃した。調べてみると彼女には他にも付き合っている男性がいて、おまけにその男性とは半同棲状態にあった。驚き、さっそく会って問い詰めると
(こずえ)「結婚?なんのことですか、いったい??」
と彼女はいい、後藤さんの話を鼻で笑い飛ばした。
(大介)「そこで、後藤さんはうちに相談に来たと。できることなら、雨宮さんがその男性と別れて自分と結婚してくれるようにして欲しい。もし無理なら婚約不履行か、彼女が最初から自分を騙すつもりだったのなら詐欺で訴えたいとおっしゃっています。」
(佐伯)「まず結婚は無理でしょうね。本人にその気が無いのに、結婚を強要させることは出来ないわ。」
(柳田)「で、詐欺ってのは何か取られたのか?」
(大介)「アクセサリーを何点か・・・金額に直すと二十万ぐらいになるそうです。」
柳田と佐伯は「話しにならない」と言う顔をしている。
(紀三郎)「・・・元々結婚詐欺と言うのは、立証が難しい事件ですからねぇ。いやいや、なかなか厄介な案件ですな。」
(亜紀)「立証が難しい・・・どうしてですか?」
(柳田)「普通の詐欺だったら、最初から元になる話がでっち上げとか無理な計画だってのが多い。でも、結婚詐欺となると相手が最初から騙す目的で結婚を匂わせて、金品を騙し取ったことを立証しなきゃいけない。後藤さんが『結婚するって言った』と主張しても言った、言わないの水掛け論だ。それに『最初は結婚するつもりで付き合っていたけど、気が変わりました』って言われたらどうしようもない。心変わりを罰することは出来ないからな。あくまでも、最初から相手が騙すつもりで後藤さんに貴金属をプレゼントさせたってことを立証しないといけないんだ。」
(佐伯)「だとすると・・・後は婚約不履行だけですね、間宮先生。」
そこでみんな間宮を見たが、間宮とつやこは難しい顔をして考え込んでいる。
(間宮)「どう思う?つやこさん・・・」
(つやこ)「ありえないわよ・・・あの雨宮こずえに限って。」
(大介)「え?先生、雨宮こずえさんの知り合いなんですか?」
大介の言葉に、二人は頷いた。
(間宮)「佐伯さん、あなただって知っているでしょう。彼女のことは。彼女がそんなことする人間に思える?」
(つやこ)「こずえちゃんが気に入らない奴の家に爆弾しかけたっていうほうが、まぁだ納得できるわよ。」
(佐伯)「私も彼女らしくないとは思いますけど・・・・でも、現実に後藤さんは訴えてきています。」
(間宮)「そうなんだけどねぇ・・・どうも、ひっかかるのよねぇ。それに、雨宮にはちゃんと恋人いるし。たぶん、その半同棲しているってのが恋人のことでしょう。」
(大介)「でもその恋人と別れ話が出ていたとか、後藤さんに乗り換えようと思っていたとか?」
間宮とつやこは同時に首を横に振った。
(間宮)「その男性は雨宮にほれ込んでいて、早く結婚したいって頻繁にアピールしているそうよ。雨宮とは時々喧嘩もするけど、仲がいいらしいし。」
(つや子)「おまけに腕のいい医者で年収数千万、長身、顔よし、性格よし、大病院院長の次男で家柄良しの非の打ち所の無い男。」
(間宮)「どう考えたって、雨宮が後藤さんに心変わりする要素が無いわよ。」
二人の言葉を聞いて、全員考え込んだ。後藤も悪い男ではなさそうだが話の内容から言って、確かに心変わりする要素がない。
(亜紀)「えぇー、そんな優良株、どこで知り合ったんだろ。」
(間宮)「なんでも間宮がその大病院の顧問弁護士だったそうよ。」
(亜紀)「先生、今度から私もお供させてください!!」
(つや子)「でも実際は、大学時代の合コンらしいわよ。」
(亜紀)「そんな優良株が来る合コン、私も出たぁーい。先生は、その合コンでなかったんですか?」
(間宮)「私、違う大学だったから・・・って違うでしょう!今は恋人の話じゃなくて、雨宮にどう交渉するかってことよ。」
(佐伯)「とりあえず・・・話を聞きに言ってみませんか?」
佐伯の言葉に、間宮は頷いた。
(こずえ)「はぁぁ?婚約不履行??間宮、佐伯、あんた達どっかで頭打った?それとも、欲求不満で妄想が一人歩きしているの?」
こずえの事務所近くの喫茶店で事情を話した二人に向かって発せられたのは、相変わらず失礼な言葉だった。
(間宮)「誰が欲求不満よ!まったく、人が心配してやっているってのに。」
(こずえ)「だぁって、婚約不履行で私を訴えるだなんて。頭どうかしちゃったんじゃないかって考えるのが普通じゃない。私が結婚を約束したのは生涯において二人だけ、そのうち一人とは実際に結婚したんだから、訴えられるわけないじゃない。」
(佐伯)「でも、後藤さんはあなたと付き合っていたし、プロポーズも受け入れてもらったって言ってたわよ。」
(こずえ)「その男、病院に連れて行ったほうがいいわよ。絶対妄想狂だって。あ、わかった。その男クスリやってんのよ、きっと。それで幻覚でも見たんだわ。」
(間宮)「ちょっと!そんなこと大声で言わないでよ。」
間宮は慌ててこずえを制した。二人がこずえから聞きだせたのは、『全く見に覚えが無い、いいがかりだ』という言葉だけだった。
ピチャン
(拓海)「婚約不履行?」
バスルームでお湯につかりながら、薬師寺拓海は怪訝な顔をして自分に背を預けて座っている恋人のこずえを見た。ここは某高級ホテルスイートルーム。たまには気分を変えようということで、二人はこのホテルにて宿泊デートをしていた。こずえは少し首をひねって顔を拓海に向けてきた。
(こずえ)「そ、婚約不履行。私の友人の弁護士のところに、私を婚約不履行で訴えるって言ってるやつが来たんだって。」
(拓海)「お前、いつの間に俺を差し置いて他のやつと婚約したんだ?」
拓海はからかうように言いながらこずえを軽く抱きしめ、こずえは少し拗ねたような様子で反論してきた。
(こずえ)「してるわけないでしょ!名前聞いたんだけど、印象薄いのよねぇ。どんな人だったか、ほっとんど覚えてないわ。お前って言うな。」
(拓海)「可哀想に、どうせ暇つぶしの相手にされただけなのを勘違いしたってわけか。純情な男心を弄ばれたんだなぁ。」
(こずえ)「なぁにが純情よ。拓海が言って、これほど真実味がない言葉も無いもんだわ。」
(拓海)「どういう意味だよ、それは。」
(こずえ)「そういう意味よ。」