あの事件から三ヶ月、拓海は友人大久保の妻・由美の協力によりなんとかこずえと会えたものの、やはり二人っきりで会うことは拒否される日々を送っていた。
(拓海)「はぁ・・・・」
(たまき)「せっかくのお祝いの席なのに、ずいぶんと暗い顔ですね。彩さんに横恋慕していたと思われますよ。」
かけられた声に顔を上げると、マリンブルーのドレスを着たたまきが立っていた。今日は、拓海の兄・隆一の結婚披露パーティだ。
(たまき)「お兄さんの結婚式なんですから、もうちょっと嬉しそうな顔をしたらどうなんですか。」
(拓海)「別に俺の結婚式じゃあるまいし・・・・」
(たまき)「よかったですよね、晴れて。激論の末に決まった方法なのに、雨が降ったらおじゃんですものね。」
相手の女性がすでに両親を亡くしていて苦学の末に看護婦になったという経歴から、列席者を少なくしてあまり派手にしたくないという本人達と、薬師寺家の結婚披露宴なのだから華やかに、という巴がかなり対立したものの、ホテルでガーデンパーティをすることで落ち着いたのだ。
(院長)「やぁ、香坂さん。いらっしゃい。」
(たまき)「院長、隆一先生、彩さん。本日はおめでとうございます。」
院長が満面の笑みを浮かべて、本日の主役二人と一緒に現れたので、たまきは丁寧に頭を下げて挨拶を始めた。
ザワッ
お客の様子の変化に拓海達が視線をめぐらすと、こずえと江木が揃ってこちらに向かってきている。二人とも長身で人目を引く容姿をしているのだが、仕事柄か地味な服装をしている。しかし返ってそれが、上品さと落ち着きをかもし出している。
(江木)「本日はおめでとうございます。また、ご招待いただきましてありがとうございます。」
(隆一)「ありがとうございます、お二人ともお忙しいのにお越しいただき、恐縮です。」
江木とこずえは当たり障りのない話をしばらくすると、離れていき他の招待客に挨拶をしている。
(招待客A)「そろそろですかね、江木先生達も。」
(院長)「お二人に、そういった話があるんですか?」
他の招待客が何気ない様子で口にした言葉に、拓海が動揺していると、それを知ってかしらずか院長が穏やかに尋ねた。
(招待客A)「もっぱらの噂ですよ、雨宮先生が最近男と別れたのは有名な話です。それを吹っ切るかのように仕事に没頭して、江木先生と一緒にいる時間が長くなったので急接近したらしいです。」
(招待客B)「もともと仲がよかったし、お似合いですからね。」
拓海が二人を見ていると、確かに今日の服装もコーディネートされているし、江木がこずえのためにシャンパンを取ってやったりと、仲がいい。
その日、拓海はワインを飲みすぎて父親に怒鳴られる羽目に陥った。
(拓海)「訴えられた?病院が??」
隆一の結婚パーティから数日後、院長室には拓海や江木達の他に隆一や事務長など幹部が勢ぞろいしていた。
(院長)「内科の医局長だった、神崎君。覚えているだろう。」
(拓海)「あぁ・・・確か、この間辞めたよな?」
(院長)「不当なリストラ解雇だと言って、病院を訴えてきた。自分を復職させるか、退職金と別に慰謝料を払えという要求だ。」
(拓海)「だったら、復職させればいいじゃないか、腕はよかったんだしそのほうが安上がりだろ。」
(事務長)「拓海先生、それはちょっと・・・・」
(隆一)「何か、問題でも?」
(院長)「彼は、内科で使用する医療機器選定に当たって特定メーカーとあまり好ましくない関係にあったという噂があってな。」
(江木)「こちらで詳しく調査しましたが、十分な証拠はあります。」
(事務長)「ですが、そのようなことが表ざたになれば、病院としても大打撃です。」
(隆一)「そうか、彼はそれを知っていて・・・・」
(こずえ)「裁判なんて起こして病院の名前に傷をつけた人間を、再就職させるわけがない。けれど、お金は取れる。そう計算したんでしょう。」
しばらく室内は静まり返っていたが、院長が口を開いた。
(院長)「先生方、もしどうしても・・・ということでしたら、機器選定の事を公にしてもかまいません。私は、クビにしなかっただけでもかなり温情処分だと思っていたんです、それをこんな形で裏切られるだなんて・・・。あの男は、許せない。」
院長の表情は、静かだがそれだけに迫力のある怒りが感じられる。
(江木)「承知しました、どうぞお任せください。」
その日から、江木達はさっそく仕事を開始した。江木は神崎の勤務実績などの書類を徹底的に調べ、こずえは内密に元部下の人間や、業者などに探りを入れていた。しかし、人の口に戸は立てられず、少しずつ噂が立ち始め、最終的には本人が自らマスコミにリークしたため一時薬師寺病院は通常業務に支障が出るほどの大騒ぎとなった。また、組織と戦う一労働者ということから、ユニオンを通して支援者も出てきているらしい。
そして裁判が始まったが、旗色は病院側に悪いようだった。江木達は贈収賄の件は病院としても痛手をこうむる話なので、ギリギリまで表には出さない方針だったため、有力なカードが少なく、二人とも苦慮しているようだった。
(拓海)「あれ?」
ある日、拓海が当直と日勤を終え、少し早めだが家に帰ろうと歩いていると、普段のキャリアスーツ姿からは想像できない地味な格好をしたこずえが、人目を忍ぶように病院内を歩いていた。拓海が気づかれないようにこずえの後を追うと、地下の一室に入っていった。そこは、薬師寺病院業者用の休憩所。掃除や食堂の業務を担当している人達の休憩所だった。
(こずえ)「こんにちは、いつもお疲れ様です。これ、お口に合うかわからないんですけど、どうぞ。」
(おばちゃん)「あらぁ、またこんないいもの持ってきてもらって。みんな、いただきましょう。」
ワイワイと、楽しそうに雑談している様子が聞こえてくる。
(こずえ)「この頃、なんだか病院の周りが騒々しいみたいですね。」
(おばちゃん)「そうなのよぉ!TV番組とかまで来て、もう大騒ぎ!」
(おばちゃん2)「私も、いきなりマイク突きつけられたわ。」
病院ではかん口令をしいているため、職員達は絶対にその話題を口にしない。しかし、彼女達の間では格好のネタになっているらしい。口々に、拓海でも知らないような神崎の話をこずえに嬉々として話している。
(こずえ)「キャバクラ好き?」
(おばちゃん)「奥さんが怖いから、他の人達には隠していたみたい。でも、個室を与えられて仕事していたから、病院の電話でホステスの子と話していたわよ。」
(おばちゃん3)「プレゼントの領収書とか、お花を贈ったときの伝票とか、時々他の書類に混ぜて捨ててたもの。」
(こずえ)「隠したりしてなかったんですか?」
(おばちゃん2)「だって、あぁいう偉い人達は、私達のことなんて目に入ってないんですよ。ゴミを回収する機械と思っているのか、ぜんっぜん注意なんて払ってないもの。院長先生一家は結構いい人達だけど、他の人達は駄目よ。特に、あの人は横柄でねぇ。」
よほど不満が溜まっていたのか、ただの悪口も含めてこずえに色々情報を教えている。拓海は、今後掃除のおばちゃん達にもっと愛想よくすることを決意していた。
こずえがおばちゃん達の愚痴を全て聞きだして出てくると、拓海が目の前にいた。
(こずえ)「・・・・!」
(拓海)「やぁ、久しぶり。待ってよ。」
そそくさと自分の横を通り過ぎようとしたこずえを、拓海は腕をつかんで引きとめた。そして、腕を引いて人目につかないところに移動した。
(こずえ)「・・・なんですか?」
(拓海)「デートしない?俺と。」
(こずえ)「はぁ!?何言っているんですか、そんなことできるわけないでしょう。私達、顧問弁護士はクライアントと特別なお付き合いをすることは禁止」
(拓海)「してくれなきゃ、清掃会社の人達が病院職員のことを色々言ってたって事務長に言っちゃうよ。神崎さんのことだけならともかく、俺達のことも言ってたよね。」
(こずえ)「・・・・卑怯者。」
睨み付けても、拓海は平気な顔をしている。
(拓海)「なんとでも。来週の日曜は空いている?病院の近くじゃまずいから・・・・」
なるべく分りやすい、ただし病院職員があまり行かないような場所の駅を告げると、こずえは頷いた。
(拓海)「決まりだ。あ、その日はパンツルックで来てくれ。髪も、まとめたのがいいな。」
怪訝そうな顔のこずえを残して、拓海は立ち去ってしまった。
そして、デート当日。
(こずえ)「これ・・・・」
(拓海)「俺の愛車。バイクの二人乗りは、初めて?」
バイクで現れた拓海に驚きながらも、こずえは首を横に振った。
(拓海)「じゃあ、大丈夫だよね。はい、乗って。」
それからは、普通のデートだった。二人でお店に入って服やアクセサリーを見て、食事をして、公園やカフェで取り留めの無い話をして・・・・こずえは、はっきり言って戸惑っていた。拓海の意図が、わからない。何が目的なのかよくわからないのだ。
(こずえ)「何、考えているんですか?」
(拓海)「え?」
ディナーのステーキを切りながら、拓海は不思議そうな顔をしている。
(こずえ)「いったい、何考えているんですか?今日、私を誘った目的をおっしゃっていただきたいんでけど。」
(拓海)「この後、君とホテルに行きたいと思っている。」
(こずえ)「ムグ、ゴホッ!?」
(拓海)「悪い。大丈夫か、冗談だよ。そこまで要求しようとは思ってない。」
お肉を喉に詰まらせたのか、赤い顔をして胸を叩いてるこずえに、拓海が水を差し出した。
(こずえ)「あ、当たり前です。あなたねぇ、言っていい冗談と悪い冗談が」
(拓海)「でも、君を自分のものに、自分だけのものにしたいって思っているのは本気だ。ホテルに行きたいって気持ちだって、好きな女に対して当然持つ感情だろう。」
思いもかけず、真剣な様子の拓海の視線に、こずえは目をそらした。
(拓海)「あのさ・・・江木先生とは付き合っているの?」
(こずえ)「え?」
なぜ江木の話題が突然出たのか分らないこずえは、拓海に視線を戻した。
(拓海)「その・・・噂を聞いたから。」
(こずえ)「あぁ、その噂ですか。かなり広まっているみたいですね。確かに、親しくはしていますけど、そういう仲じゃありません。」
(拓海)「人事みたいだね。いいの?そんな噂が広まって。」
(こずえ)「都合がいいですから。」
(拓海)「都合がいい?」
(こずえ)「私も江木も、放っておくとおせっかいな人達が結婚を世話しようとする人達が出てくるんです。私達が付き合っているって思ってくれていれば、おとなしくなるんです。別に、私達から言い出したことじゃないから嘘ついているわけじゃないし。」