(拓海)「はぁ・・・・」
(根津)「どうしたんだよ?人の家に来て、落ち込むのはやめてくれよなぁ。」
拓海はこずえが帰った後、日頃の素行について院長から説教を受けた。犯罪行為まではいかないまでも、自宅に帰ることが少なく(拓海は現在実家暮らし)、ほとんど毎日違う女性の家に泊まり歩く生活をしているのだから、拓海に反論できるはずもなく、拓海はその説教に甘んじるしかなかった。
家にはいづらいので、ちょうど電話をかけてきた根津の家に遊びにきたのだ。根津はクラブで知り合った男で、素行的にはあまりよろしくない人間なのだが、気楽に付き合える相手だった。
(森)「何があったか知らないけど、パーッとやって忘れろよ。もうすぐ、根津の彼女が来る予定だし。あ!」
もう一人の悪友、森が拓海のグラスにビールを注ごうとしたが、そこで事件が起きた。手が滑り、ビールが拓海のズボンにかかったのだ。
(拓海)「うっわ、まいったなぁ。」
(森)「悪い、これで拭いてくれ。」
森が持ってきてくれた布巾でズボンを拭いたが、どうにも気持ち悪い。
(根津)「さっき風呂入ったからまだ暖かいはずだ、入ってこいよ。ズボンも貸してやるから。」
拓海がお風呂入っている間に予想もしなかったお客が訪ねてきた。
(根津)「いったいなんなんですか?」
(こずえ)「もう、智子さんには近づかないでいただけますでしょうか。もちろん、彼女から連絡がくることもありません。」
お客は、こずえだった。素行の悪い根津が付き合っている相手がたまたまこずえの父・秀一の友人の娘だったため、別れ話の代理を頼まれて訪問したのだ。
(森)「そんな一方的な話があるかよ!智子さんはどうしたんだ?」
(こずえ)「今は、自宅にいらっしゃいます。」
(根津)「彼女と、話をさせてくれ。」
(こずえ)「その必要はありません、彼女は、予定どうり結婚することになっています。あなたと今更話しをする必要性も、認められません。」
(森)「まさか、彼女を家に閉じ込めているのかよ?」
(こずえ)「いいえ。彼女は、自分の意思で家にいるんです。気づいたんでしょう、自分がどんな人間か。親に甘やかされ、欲しいものは何でも与えられ、働いたこともない。そんな彼女が、あなたなんかと一緒になって幸せになれるはずがない。あなただって、本気で彼女を愛しているわけじゃない。親から、手切れ金を取ろうとしているだけでしょう。」
こずえに言い当てられ、根津と森は顔を見合わせた。
(根津)「な、何を言って・・・・」
(こずえ)「あなたのこと、調べさせていただきましたわ。これと狙いをつけた家のお嬢さんをたらしこんで、娘の将来を心配した親から手切れ金をもらって別れる。最低ね。」
(根津)「バレているのなら、しょうがないな。そっちのほうが、話が早くていいけどさ。お嬢さんの将来のためにも、『誠意』を見せてくれてもいいんじゃない?色々思い出の写真とか、あるんだけどなぁ。」
根津が態度を豹変させた頃・・・拓海は暢気にお風呂に浸かっていた。
(拓海)「この入浴剤、香りがいいなぁ。フランス製かな??」
(こずえ)「お断りよ。いつも、いつも、世の中が自分の思い道理に行くと思ったら大間違いよ。お金は払わない、あんた達にくれてやるお金があったら、どっかの福祉施設にでも寄付するわ。」
(森)「いいのかよ、そんな強気で?ここには、俺達しかいないんだよ。ちょっと大声出したって、誰も助けになんて来てくれない。俺達の仲間は、まだいるしな。」
森がニヤニヤ笑いながら近づいてきたので、こずえは立ち上がり出口に向かおうとしたが、そこには根津が立っている。二人とも怪しい笑みを浮かべて、こずえを挟む位置に立った。
パシン!ガッターン
こずえが自分の腕をつかもうとした根津を思いっきり平手打ちしたので、彼がドアにぶち当たった。森はすぐにこずえの動きを封じようと身をかがめて腰に抱きついたが、指輪をした手で耳の辺りを強打されて転がった。
(拓海)「おい、どうしたんだ?・・・・あ!」
(こずえ)「あなた・・・・」
騒ぎに気づいて、拓海が慌ててリビングに戻ると、根津と森が明らかにダメージを受けて倒れている。
(根津)「このやろう!!」
(拓海)「ヤメロ!!」
根津が、驚いているこずえを後から抱きすくめようとしたが、肘鉄を食らってうめいている。
(こずえ)「ちょっと、この男達ベランダに連れてきて。・・・・なにやっているの、早く!」
「まさか突き落とす気か?」と警戒したものの、こずえに怒鳴られ、拓海は男二人を何とか立ち上がらせベランダに連れてきた。そして、こずえが下を指すので男三人が揃って下を覗くと・・・
(拓海)「なんだ、あれ・・・」
黒塗りの乗用車が三台停まっており、周りを黒服の男達が誰かを待っている様子で待機している。チラチラ上を見ており、こずえが軽く手を振るとみんなこずえに注目している。
(こずえ)「このワイヤレスマイクの音を、あの乗用車の中に設置している受信機で拾っています。もし私に何かすれば、彼らがすぐにここに駆けつけますわ。」
部屋に戻ると、こずえはジャケットの襟につけたワイヤレスマイクを指差した。
(森)「い、いいのか?あのお嬢さんの写真は、全部ある人に預けているんだ。俺達を痛めつけたって、それは手に入らない。」
(こずえ)「あぁ、そう。だから?」
(根津)「だ、『だから』って・・・・その・・・・」
こずえの反応に、根津達は戸惑っている。
(森)「お、俺達に何かしたら、お嬢さんの写真が流れるって、そういうことだよ!頭悪い弁護士だなぁ。」
(こずえ)「やりたいならやれば、私はかまわないわよ。私が頼まれたのはあんた達に手を引かせることで、写真を回収するとじゃないもの。」
(根津)「いいかぁ、かけるぞ!ほ、本気だからな!!」
根津は子機を手にしており、こずえは面倒そうな顔をしている。
(こずえ)「だから、勝手にしろって言ってるでしょう!うるさい男ねぇ!!拓海先生、私これから帰りますので、ご自宅までお送りします。荷物は無いんですか?」
(拓海)「え?あ、うん・・・・」
突然話しかけられて拓海は戸惑っているが、こずえは意に介していない。
(根津)「え?ど、どういうことですか?そんな、ちょ、ちょっと待って」
根津が慌てた様子で電話の相手としゃべっていたが、呆然とした目でこずえを見ている。
(森)「どうしたんだよ?」
(根津)「それが『いくらなんでも相手が悪い、俺はあんた達とは金輪際無関係だ!!絶対に関わらないからな、俺には女房、子供もいるんだ!!』って叫んで切られた・・・・」
二人が脅えた目で見ているのを無視して、こずえは玄関に向かい拓海も後に続いた。
(男1)「お嬢様、ご無事でしたか!いやぁ、いつ踏み込もうかと思っていたところなんです。」
こずえと拓海がマンションから出てくると、すぐにリーダー格の男がこずえに近寄ってきた。
(こずえ)「心配かけたわね、帰るわ。車出してちょうだい。」
一緒に車に乗り込むと、こずえが拓海の自宅の住所を告げ、車は静かに走り出した。しばらくすると、助手席に座っていた先ほどの男が、拓海をいくぶん気にしながらこずえに封筒を差し出した。
(男1)「根津達が預けていた写真です、他にも同じような写真が何枚かありました。中には、どうやら合意じゃない感じのも・・・どうしますか?」
こずえが点検しだした写真を、何気なく拓海も横目で見てみた。こずえとそう年齢が変わらない女性が、ベッドであられもない格好で写っている写真が何枚もある。こずえはまるで仕事の報告書を読んでいるかのように、眉一つ動かさないで無表情に見ていたが、気分が悪くなったという顔で封筒に写真をおさめた。
(こずえ)「たく、世間知らずのお嬢様にも困ったものね。これは処分しておいて。他のは、一応鬼山さんに見せて。もちろん、あいつの連絡先も一緒にね。ちゃんと話はつけてあるんでしょう?」
(男1)「もちろんです、あいつに選択肢はありませんから。」
男は頷くと、こずえから封筒を受け取り席に座りなおした。
(こずえ)「拓海先生。彼らとはどういう関係ですか?」
改まってこずえに話しかけられ、拓海は慌てて答えた。
(拓海)「あ・・・えっと・・・遊び友達かな。クラブで知り合ってさ。そんなに付き合いがあったわけじゃないんだけど。」
(こずえ)「そうですか、もうあの人達とは会わないでください。というより、関係を絶ってください。あんなのと付き合っていたら、あなたの将来に関わる事態を引き起こす可能性が強いですし、そんなことになれば薬師寺病院のダメージになります。顧問弁護士としては、そういった事態は避けたいんです。」
(拓海)「顧問弁護士か・・・」
(こずえ)「なにか?」
冷静な目に見つめられ、拓海は首を振った。
「自分と一緒にいたら、どういう事情で一緒になったのか聞かれるだろうから」と言って、こずえは薬師寺邸から百メートルほど離れたところで拓海を下ろした。
(拓海)「ありがとう。ところで・・・、あの件だけど本当に俺は身に覚えがないことなんだ。信じてくれないか。」
拓海に続いて車を降りたこずえに、拓海は真剣な顔をして訴えた。
(こずえ)「どちらでもかまいません、私には興味のないことですから。」
(拓海)「え・・・・?」
こずえの意外な反応に、拓海は怪訝な顔をした。
(こずえ)「私が興味あるのは、あなたがレイプしたかどうかじゃありません。向こうが、レイプを立証するだけの証拠を持っているかどうかだけです。あなたが実際にレイプしてようがしてまいが、裁判で通用する証拠が無ければどちらでも同じこと。そうじゃありませんか?」
(拓海)「全然違うよ!俺は、俺はそんな卑怯な真似だけはしない。」
(隆一)「拓海?何やっているんだ??雨宮先生も・・・・」
拓海が見ると、隆一が立っていた。
(拓海)「兄貴・・・・」
(こずえ)「こんばんは。たまたま拓海先生と会ったので、お送りしたんです。それでは、失礼いたします。」
挨拶すると、こずえはさっさと車に乗り込んで去ってしまった。
(拓海)「なんだよ!」
兄が自分の様子を伺っているのに気づいて、拓海は八つ当たり気味に訊ねた。
(隆一)「いや・・・別に。」
否定はしたものの、隆一は拓海をじっと見ている。
拓海は、自分と違い優等生の兄に凝視されるのが苦手だった。三歳上の兄は、自分が何かやったとしても父親に言いつけたりはしない。そうわかっていても、それでも言いようのない劣等感と居心地の悪さを感じさせるのだ。
(拓海)「ほら、帰ろうぜ!どうせオフクロが大騒ぎして待っているだろ。」
兄の視線を振り切るように、拓海は歩き出した。