ある日曜日、薬師寺一家が揃って家でくつろいでいると来客だとお手伝いの富士子がやってきた。
(富士子)「だんな様、奥様。先日のヤクザ者が・・・・拓海ぼっちゃまに会わせろと騒いでいるんですけど・・・」
(巴)「なんですって?あなた、弁護士さんにお願いしたんでしょう、どうしてこちらに来るんですの?とにかく、応接間に通しなさい、玄関先で騒がれてご近所に聞こえたら大変だわ。」
(院長)「隆一、このポケベルにかけてくれないか。休みの日でも、雨宮先生と連絡が取れるそうだ。」
(チンピラ)「おい、なにしているんだ!とっとと薬師寺拓海を出さないか!!」
男が応接まで怒鳴っているが、拓海達は少し離れたリビングで集まっていた。男は「被害者」だという自分の娘を連れていたが、驚いたことにその女性はあの時船で拓海がナンパした女性だった。
(院長)「先生はまだか?」
(隆一)「まだです。向こうも馬鹿じゃないので、勝手に家の中を探したりするようなまねはしないだろうから、自分が行くまでとりあえず無視しろ、とのことです。」
(巴)「でも、あんなに怒鳴り散らして・・・・ご近所に聞こえでもしたら・・・」
ピンポーン
チャイムの音を聞くと、すぐに全員が玄関に向かった。富士子がドアを開けると、こずえが立っていた。息を切らしているので聞くと、近くまで車で来たもののこのあたりに駐車できる場所がなく、仕方がないので駅前のコインパーキングに止めてここまで走ってきたそうだ。
(院長)「でしたら、車で直接来ていただいても大丈夫だったんですよ。来客用に二台分の駐車スペースがありますので。」
(隆一)「先生。いったい、どういう人達なんですか、あの人達は?」
(こずえ)「早く言えば、美人局のようなものです。これと目をつけた資産家の息子と関係を結び、後で『レイプされた』と騒いでお金を要求する。調べたところ、他にも被害者はいるようです。ただ、彼らの頭のいいところは要求金額が比較的低く、一度お金を払えば一切姿を見せなくなるんです。不名誉なことでもありますし、何より大事な息子の将来のためにこれ以上関りたくないと、被害を届け出なかったケースがほとんどです。」
(巴)「そんなことより!あなた、早くなんとかしてくださいな。あの男がいつ暴れだすかと、気が気じゃなかったんですからね。」
(こずえ)「承知しました、おまかせください。私が話しをしている途中に、来客が来ます。時間はちょっとわからないのですが、来たらすぐに家に入れて応接間に通してください。」
自信に満ち溢れた笑みを見せると、こずえは拓海を従えて応接間に向かった。
(こずえ)「はっきり申し上げます。拓海さんは、そちらのお嬢さんをレイプした覚えはない、と言っています。合意の上での行為でしたら、慰謝料を払う必要はないかと思います。」
(チンピラ)「なに言っているんだ!こいつは、レイプされたって言っているんだ。なんだったら、出るとこ出たっていいんだぞ。」
(こずえ)「ですが、お嬢さんはご自分の意思で拓海さんの船室に行かれたんですよね。夜、それも日付が変わる頃。そんな時間に男性の部屋に一人で行ったらどういうことになるかぐらい、予想がつかないわけじゃないでしょう。」
(娘)「でも、とっても紳士的だったから・・・・それに、ちゃんとした病院の院長の息子だって言ってたから、そんなことする人には・・・」
女は言いながら目に涙を浮かべている。拓海は、彼女のあまりの豹変振りに驚いていた。
(拓海)「なに言っているんだ、俺の部屋が個室だって聞いて『行きたい』って言ったのは、君だろう。それに、最初に抱きついてきたのだって・・・俺は、嫌がる女を抱くようなことは」
(チンピラ)「俺の娘が、初対面の男に自分から迫るようなあばずれだって言いたいのか!」
(拓海)「いや、あの」
(こずえ)「そうです。少なくとも、私が調べた限りではそう思われても仕方ないかと思います。」
拓海は否定しようとしたが、こずえは間髪いれずに肯定した。そして、落ち着いた様子で書類袋から資料を取り出した。
(こずえ)「この一週間、お嬢さんの行動を監視させていただきました。毎日、違う男性とホテルに行っていますね?しかも同じ日に二回、違う男性とホテルに行っているときもあるようです。こういう行動をする方が『貞操』を犯されたとおっしゃいましても・・・・」
出された資料を拓海が見ると、女が拓海と同年代や父親ぐらいの年齢の男性と腕を組んでラブホテルに入る様子などが写真に写っている。
(娘)「な・・・ひどい!プライバシーの侵害だわ。」
(こずえ)「なにがプライバシーの侵害なのか、わからないわね。あなたの素行を調べるくらい、当然するに決まっているじゃない。」
(チンピラ)「そっちがおとなしく金を出せば許してやるつもりだったが、仕方ないな。こうなりゃ、裁判やってやる。病院の評判がどうなるか、考えるんだな。」
(こずえ)「どうぞ、こちらもあなた方を名誉毀損で告訴します。拓海先生も女の趣味が悪いというかなんというか・・・こんなあばずれの馬鹿女に引っかかるなんて。」
こずえに睨まれ、拓海は肩をすくめた。
(娘)「あばずれに、馬鹿女ですって!ちょっと頭いいと思って、いい気になるんじゃないわよ。」
(こずえ)「『ちょっと』?聞き捨てならないわね。私は、司法試験受かっているのよ!あんた達馬鹿は、何百年かかったって受からないような試験受かっているの、あんたのこと馬鹿って言ったって、それが真実じゃない。」
(チンピラ)「俺達のこと馬鹿にしやがって、名誉毀損と侮辱罪で告訴してやる!!」
拓海は「問題を解決するはずの弁護士が、なんか挑発してないか?」と思っていたが、余計な口を挟むなと応接間に入る前にこずえに言われていたので、黙っている。
(こずえ)「ほんっとうにあんた達って馬鹿ね。名誉毀損は、他者に対してのあんた達の名誉を不当に貶めた時、侮辱罪は大勢の前で侮辱した時に成り立つのよ。特定少人数の前じゃ、成立しないの。たく、ちょっと難しい単語を覚えると、馬鹿は使いたがるんだから。子供と一緒ね。」
こずえの馬鹿に仕切った様子に、女が興奮してつかみかかってきた。
(娘)「何よ!馬鹿にして!!」
(拓海)「お、おい!!ヤメロ!!」
ピンポーン
(院長)「誰だ・・・・?」
(隆一)「雨宮先生の言っていた人じゃないですか?」
(富士子)「お通ししてきます!」
固唾を呑んで応接間の様子を聞いていた院長達のうち、富士子が慌てて玄関に出て、応接間に案内した。
(鬼山)「はい、そこまで、そこまで。恐喝、および暴行、傷害の現行犯で逮捕する!」
(チンピラ)「な、なんだと!何だ、お前は!!」
(鬼山)「警察だよ、け・い・さ・つ。じゃ、あんた達二人は来てもらおうか。」
チンピラ、こずえにつかみかかっていた女、そしてそれを止めようとしていた拓海は驚いたが、鬼山は気にした様子も無くチンピラと女の腕を取った
(チンピラ)「う、うるせえ!離せ!!」
(娘)「気安く触んないでよ!!」
ドガ!!
チンピラと女は同時に腕を振り払ったが、鬼山はチンピラにエルボーをかまし女の腕をつかみ直した。
(鬼山)「あー、悪い悪い。肘が当たった。」
(こずえ)「不幸な事故ですわねぇ。」
鬼山とこずえはわざとらしい演技をしながら、笑っている。そして二人がパトカーに乗せられて連れて行かれた後、鬼山は家に戻ってきてこずえと相談を始めた。
(鬼山)「こずえちゃん、そっちの兄さんにも後で話を聞きたいんだけど、こずえちゃんも来るかぁ?」
(こずえ)「えぇ。」
(巴)「ちょっと待ってちょうだい!拓海さんに警察に来いって言っているのかしら?」
(鬼山)「もちろん。彼が今回の件の発端なんだから。話聞かないわけにはいかないっしょ。」
こずえと鬼山は頷いているが、巴は鬼のような形相になっている。
(巴)「冗談じゃありません!!拓海さんは、大事なうちの息子なんですよ。それなのに、警察から事情聴取されたなんて世間様に知れたら、どうなると思っているんです!あなた方は、この子の将来を台無しにするつもり!!」
鬼山は明らかにうんざりした顔をして、こずえも困った顔をしている。
(こずえ)「そうはおっしゃいましても、今回は事件の内容から考えても拓海先生の証言が無いと立件が難しくなります。」
(巴)「あなた顧問弁護士でしょう!そこを何とかするのが、あなたの役目じゃない。まったく、これだから若い女の弁護士なんて頼りにならないのよ。」
(院長)「巴!いい加減にしないか、雨宮先生に失礼なことを言うんじゃない。そもそも、拓海が原因なんだ。警察に行くぐらいするのが当然だろう。」
(巴)「あなたは、ご自分の息子が可愛くないんですの?警察の取調室なんかで色々と聞かれることになる拓海さんが、かわいそうだとはお思いにならないの?」
(拓海)「オフクロ、俺は別にかまわないよ。確かに今回のことは俺のいい加減な生活が招いた事態なんだし。」
拓海がとめに入ったが、巴は聞かない。
(巴)「あなたは黙っていなさい!とにかく、拓海さんが警察署なんかに行くのは、反対です!絶対許しません!!」
薬師寺一家の議論を見ていたこずえが、仕方なさそうに折衷案をだした。
(こずえ)「では、こうしましょう。鬼山さんに、どこかのレストランなりに来ていただいて、そこで私が立会いのもとで拓海先生から事情を聞く。本当はこういう形は病院に入院しているなど特別な事情がない限り無理なんですけど、なんとか上のほうには手を回してみます。鬼山さんには、ご足労いただく代わりに今回の件の他の被害者リストと証言をしてくれる人間を紹介する。」
(鬼山)「俺はいいよぉ、こずえちゃん。どうせなら和食系、頼むね。」
こずえが頷くと、話は終わったとばかりに鬼山は帰っていった。
数日後、拓海の元には予期せぬ相手がやってきていた。
(外科部長)「港北医大から研修に来ることになった先生です。研修医期間を終えたばかりですので、拓海先生、指導よろしくお願いします。」