(小泉)「何なの?話って。」

拓海が馴染みのバーで飲んでいると、待ち合わせ相手の小泉がやってきた。彼女は薬師寺病院の医師で、拓海とは割り切った大人の関係だ。

(拓海)「え・・・あぁ・・・うん。その、だな・・・・」

(小泉)「どうしたの、歯切れが悪いわね。」

小泉は妖艶な笑みを浮かべて拓海を見ている。小泉はたまきやこずえと違い、どちらかというと男好きのする女の色気を前面に出している女だ。しかも、それがギリギリの線で下品にならずにいる。男だったら、まず間違いなく声をかけるタイプである。しかも、医者としての腕も一流だしそれでいて固いわけではなく、拓海以外にも色々遊んでいるらしいがそこはお互い割り切った関係なので、拓海も深く追求したことはない。

(拓海)「俺達の・・・関係なんだけど・・・・病院にばれたらやっぱお互い気まずいし」

(小泉)「別れたいって事ね。正直に言ったら、あの顧問弁護士さんに信用して欲しいから女関係整理しているって。」

(拓海)「何でそのこと!?」

(小泉)「女の直感。この間、病院で院長達と一緒にいるところを見て、拓海先生の視線の向け方でピーンと来たの。」

小泉にばれていたことで拓海は呆然として慌てたが、それなら話が早いと判断した。

(拓海)「じゃあ、わかってくれるだろう。ただの同僚に戻ろう、頼む!」

頭を下げて頼んでいる拓海に、小泉は半分賞賛、半分あきれ気味に声をかけた。

(小泉)「拓海先生も、意外に一途ねぇ。別に付き合うってことになったわけじゃないのに。」

(拓海)「笑いたきゃ、笑えよ。今は少しでも彼女に信用してもらえるよう、俺は必死なんだ。」

(小泉)「ふぅん。まぁいいですけど、私達どうせ本気で付き合っていたわけじゃないし。」

拓海はほっとしたが、次の小泉の言葉で笑顔が凍りついた。

(小泉)「あぁ、そうそう。この間飲みに行ったら、香坂先生とあの弁護士さんと会って。友達になったんです、私達。」

 

 

(たまき)「えっと、このあたりを切って・・・」

宿直のたまきは、宿直室で本を読みながら近く行われる手術の手順を確認していた。

(たまき)「はぁ・・・眠たい・・・・。」

つぶやいた時、電話が鳴った。

(たまき)「はい?」

(ナース)「502の石崎さんが、痰を詰まらせて苦しんでいます!」

(たまき)「すぐ行くわ!!」

電話を切り、たまきが駆けつけたが処置は難航した。なにせ、石崎は身長が190センチもある大柄の男。運悪く、男性医師は他の急患で出払っているのでたまきとナース一人だけで処置しないといけないのだが、苦しさで暴れて手がつけられない。

(たまき)「押さえて!」

(ナース)「はい!」

ナースは必死に身体を押さえこもうとしているが、もともとが小柄なので押さえ切れていない。

(たまき)「大丈夫ですよ、落ち着いて!キャアァ!」

あまりの力に、たまきが吹っ飛ばされた。「床に叩きつけられる!」たまきはとっさに頭を打たないよう受身の態勢を取りながら目を瞑り衝撃に備えた。

ガシッ

が、いつまで経っても予想した痛みは感じられない。

(拓海)「大丈夫か?」

目を開けると、拓海がたまきの顔を覗きこんでいた。拓海が、吹っ飛ばされたたまきを受け止めてくれたのだ。

(拓海)「大丈夫そうだな、だったらさっさと自分で立て。俺は、石崎さんの処置をする。」

大丈夫そうなのを確認すると、拓海はジャケットを放り投げるように脱ぎ捨て、処置に入った。

(拓海)「おい何してる!手を押さえてくれ、処置が出来ない!!」

拓海に怒鳴られ、たまきは慌てて治療に加わった。

 

 

(たまき)「どうして・・・・?今日は、もう帰られたんじゃなかったんですか?」

(拓海)「ん?虫の知らせかな。飲みに行ったんだけど、帰りに近くを通ることに気がついてね。差し入れがてら、様子を見に来たんだ。」

拓海は言いながら「みんなで食べなよ」と言って、コンビニの袋を宿直のナースに渡した。

(たまき)「石崎さん・・・まさか、痰を飲み込めないなんて・・・昼間会った時は、元気そうだったのに。」

(拓海)「元気そうに見えても、実際は一緒にいる家族に心配をかけたくなくて気を張っているだけ、ってこともあるからね。気にするな、君のミスじゃない。」

普段は女の自分にも遠慮なく怒鳴りつける拓海に優しく慰められ、たまきはつい気が緩んで弱音を吐いた。

(たまき)「私・・・わかりません。」

(拓海)「何が?」

拓海はコーヒーを一口すすりながらたまきを見ている。

(たまき)「石崎さんは、痰を飲み込めなかったんです。つまり、それだけ弱っているんです。なのに、なんで私達を突き飛ばすような力が出るのか・・・私の治療が、気に入らないんでしょうか。」

(拓海)「あれは、無意識の行動だから気にすること無いよ。俺が前に担当した患者は、食事の時箸も持てないほど弱っていて、食べさせてもらっていたんだ。なのに、ある日俺達を驚かせるような行動を取った。何だと思う?」

(たまき)「・・・・?」

(拓海)「転落防止用の柵をベッドから外して、それを振り回していたんだ。普通に考えれば、箸も持てないような人間が取れる行動じゃない。でも、その人は確かに柵を振り回していた。」

(たまき)「あれ・・・箸より重いですよね?」

(拓海)「あぁ。でも、その場にいた俺達が、その光景を目撃したんだ。人間は、時には思っても見なかった行動を取る。だから、データだけではなく、その人を見ることが大切なんだ。今回のことは、いい経験だよ。」

(たまき)「はい。」

たまきが頷いたのを見ると、拓海は周囲に人がいないことを確認してから表情を改めた。

(拓海)「それと・・・前から言おうと思っていたんだけど。君は、ここにどういうつもりで来ているんだ?」

(たまき)「え?」

(拓海)「君が俺の意見に反対意見を述べる時、ただの意地で言っている時がある。違うか?」

拓海に確信を突かれ、たまきは黙り込んでいる。

(拓海)「確かに、俺があの時君の従姉妹である雨宮さんにやったことは許されることじゃない。君が怒るのは当然だし、謝ったところで許せることじゃないと思っている。でも、今君はここに医者として来ている。俺への反発心から、医者としての俺のアドバイスを聞けないってのは、おかしいんじゃないか?それとこれとは、別問題なんだ。」

(たまき)「それは・・・・」

(拓海)「どうしても、聞けないと言うのなら仕方ないな。親父に言って、担当を替えてもらおう。君が話せないというのなら、俺が話すよ。事情もね。」

コーヒーを飲み干すと、拓海は立ち上がった。

(拓海)「じゃ、俺は帰る。あと数時間、宿直がんばれよ。仮眠取れるかどうかわからないけど、取れるようなら無理にでも少し眠って置け。」

(たまき)「はい。」

医局を出たところで頭を下げたたまきに、軽く手を振って拓海は去った。

 

 

(拓海)「やっぱ、青系のネクタイにしたほうがさわやかに見えるかな・・・いや、暖色系のほうがいいか?」

自分のロッカーに常備してあるネクタイを数本取り出して、拓海は悩んでいた。

(たまき)「拓海先生、この患者さんの事・・・聞いていいですか?」

(拓海)「あ?えーと、野村さんか・・・」

あれから二週間が経ったが、たまきは担当を替えてもらうことは無く拓海の下について指導を受け続けている。

一度、拓海がたまきに意思確認をすると「こずえに相談したら、『人間性はともかくとして、顔と医者としての腕はいいんだから、指導を受け続けたほうがいい。世の中、利用できるものは利用しなきゃ』って言われたんです。」と大真面目な顔で返し、引きつった顔をした拓海を見て、大笑いしていた。それ以来お互いなんとなく吹っ切れたようで、今は冗談も言い合える関係になっている。ただし、こずえのことはやはりお互いに話題にしにくいので、暗黙の了解で避けている話題だ。

(拓海)「なぁ、女性にオシャレでさわやか、かつまじめで地味じゃないんだけど派手すぎない印象を与えるネクタイってどれだと思う?」

(たまき)「ずいぶん色々注文があるんですね。さわやかって言ったら、やっぱり青系統がいいと思います。・・・・デートですか?」

(拓海)「いーや、面接。」

(たまき)「面接??」

 

 

(拓海)「久しぶりだね、最後に会ったのは、結婚披露宴の時だったっけ?」

(由美)「こんばんは、お久しぶりです。そうですね、たぶんそれぐらいですよね。」

拓海が会っているのは、大久保の妻にしてこずえの友人である由美。以前、拓海が大久保に由美を仲介役にしてこずえとプライベートで会いたいと頼んだところ、由美は「こずえは私の大事な友達。薬師寺さんが本当に反省しているのか、こずえに対して真剣なのか見極めたい」と言ったので、今回の対面となった。

(大久保)「お互いさ、そんな堅っくるしくならないでさ、気楽に話そうぜ。」

(手塚)「そうだよ、ざっくばらんにさ。」

大久保と手塚は固い表情で向き合っている二人を盛り上げるように言うと、店員さんを呼んでオーダーを取り始めた。

 

(拓海)「あの・・・それで今日の結果は?」

(由美)「そうですね、まぁ合格かな。」

(大久保)「何もったいぶってんだよ、拓海の話に上機嫌で大笑いしていたくせに。」

対面から二時間半後、拓海達はレストランを後にして歩いていた。由美は久しぶりに子供を親に預けて外出したとかで、一人ハイテンションだった。

(由美)「いいでしょう〜。子供の世話しないでご飯食べるのなんて、久しぶりだったのよ。会話の相手だって、ママ友達じゃないから、新鮮だったし。」

(拓海)「楽しんでもらえて、よかったよ。」

どうやら合格点をもらえたようなので、拓海はホッとした。

(大久保)「由美、本当はただ単に飲みたかっただけじゃないのか?まったく、お前の我侭につき合わされて俺達はこんな集まって」

(由美)「うるさいわね!何よ、あなたなんてちっとも子育て手伝ってくれないじゃない。少しは息抜きしたいって思う私の気持ち、ちっともわかってくれないのね。」

(大久保)「育児はお前の仕事だろ、俺は外で仕事しているんだ!!どうせ主婦なんて三食昼寝」

(由美)「なんですって!あなたって人は、私がどれだけ大変な思いをして子育てしているのかぜんっぜんわかってくれてないのね。ご近所づきあいだって、単純じゃないのよ。それなのに・・・ひどい、やっぱりあなたは思いやりが無い人よ。薬師寺さん、あなたがあの件について責任感じる必要ないわ。本当の黒幕はこの人だったんでしょう!!」

由美は一気にまくし立て、自分の夫を睨みつけている。由美のあまりの剣幕に、男三人は固まってしまった。

(拓海)「あ、いや、その」

(手塚)「ゆ、由美ちゃん落ち着いて・・・」

(由美)「みなさぁーん、ここにいる大久保という男はひどい男なんです!!女子大生だった私の友人を騙して、ひどい目にあわせたんです!!」

(大久保)「ヤ、ヤメロ!!」

いきなり往来で叫びだした由美を、大久保は慌てて羽交い絞めにしている。通行人は、怪訝な顔をして拓海達を見ている。

(警官)「ちょっと、あなた方。どうしたんですか?」

ちょうどパトロール中だったらしい警官が急ぎ足でやってきて、さすがに拓海達も慌てだした。

(拓海)「あ、いいえ。なんでもないんです。」

(手塚)「すいません、ちょっと飲みすぎなんです。」

(由美)「なによ、なによ、みんなして。私のことを、馬鹿にしているんだわ!!私は、私はこんなに一生懸命やっているのに・・・・初めてのことばっかりで、何もわからなくて・・・ワァー」

由美は大久保のことを振り払い、今度は路上に突っ伏して泣き出してしまった。

 

(拓海)「おい、大久保。夫婦関係に口出すつもりはないけど、少しは奥さんの手助けしてやれよ。」

(手塚)「育児ノイローゼで、子供を殺してしまうことだって、いっぱいあるんだぞ。」

(大久保)「わかってるよ!」

散々泣き喚いて寝てしまった由美を背負った大久保は、二人の忠告に苦虫を噛み潰したような顔で応じた。三人は、由美を背負っている大久保のことを考えて、人通りの少ないラブホテル街を歩いている。

(手塚)「おい、あれ・・・・」

拓海が手塚の指差すほうを見ると、こずえが一軒のラブホテルの前に立っている。隣には直樹もいて、通りすがりのカップルが立っているだけで、中に入ろうとしない二人を怪訝な顔で眺めているが二人は気にしていない。すると、その目の前のホテルから一組のカップルが出てきた。

(男)「こずえ・・・お前、なんでこんなところに。」

長身で切れ長の目をした、拓海達の目から見てもいい男の部類に入る男はこずえの姿を見て驚いている。その男の胸倉をつかみ、直樹が詰問しだした。

(直樹)「そりゃ、こっちのせりふだよ!何だよ、この女は?あんた、いったい何やっているんだよ、この女とどういう関係なんだ??」

(男)「うるさいな、お前には関係ないだろ!!」

(女)「ちょっと、やめてよ!!政人さんに、何するのよ!」

(直樹)「こずえ!何黙っているんだよ、こいつに文句言えよ!!こずえというものがありながら、こんな顔もスタイルも、何もかも十人並みの女と浮気してたんだぞ!!」

(こずえ)「・・・・らない。」

黙ってこずえは政人を見つめていたが、何かをつぶやいた。しかし、声が小さくてみんな聞こえなかったようだ。

(政人)「なんだよ?」

こずえは黙って歩いてくると、頭一つ分高い位置にある政人の目を見てはっきり言い放った。

(こずえ)「いらない。もう、いらない。」

一語一語、はっきりと相手にわかるように言うと、今度は女に視線を移した。

(こずえ)「あげる、この人。ナオ、私帰るわ。」

政人は固まり、直樹は襟元につけていたピンマイクに口を近づけた。

(直樹)「こずえが帰るぞ、車回せ。」

黒塗りの高級車が少し先の道路に止まり、こずえがその車に向かって歩き出すと黒服の男達が出てきた。政人は、顔色を変えてこずえに駆け寄った。

(真之)「こずえ、悪かった。・・・謝る、だから」

パン

こずえは政人が自分の腕をつかんだ途端、その手を振り払った。

(こずえ)「もう、ヤダ!何もかも嫌!!」

顔を上げたこずえが泣き顔だったため、呆然となった政人から逃げるようにこずえが車に乗り込んだ。

(政人)「こずえ!!」

政人が追いかけようとしたが、すぐに黒服の男達がブロックに入り、見る見るうちに車は走りさってしまった。

(南)「最終通告ですね、あれは。」

いつのまにかいたのか、政人と同年齢らしい男が落ち着いた顔で告げた。拓海達は知らない顔だったが、彼は政人の職場の人間でしっかりした性格から、政人の補佐役の人間だった。

(政人)「南!お前、知っていたんだろ?なんで」

(南)「止めなかったか。ですか?止めてもいくでしょう、こずえさんは。最後の確認のつもりだったようですし。」

(政人)「車で来ているんだろ?すぐ追いかけるぞ。」

(南)「無理でしょう、こずえさんはドアを開けてくれませんよ。物理的ではなく、心のドアを。認めることです、あなたは振られたんです。こずえさんとちゃんと向き合わず、逃げていたあなたの責任です。」

(政人)「・・・・・・」

悔しそうに地面を叩いている政人を、拓海達は呆然として見ていた。

nack      next