初めて見た、彼女の泣き顔。自分が彼女を騙しているとわかった時、彼女は泣いたのだろうか。不謹慎だが、彼女が悲しんでくれたことを望んでしまう。なぜなら、悲しんだということは彼女が少しでも自分を想ってくれていたという証なのだから・・・

(女)「拓海さん?」

(拓海)「え?あぁ、失礼。」

物思いにふけっていた拓海は、慌てて目の前にいる女に笑顔を向けた。すると、女はまた嬉しそうに話し出した。よく動く口を見ながら、拓海はあくびをかみ殺した。目の前にいる着物を着た女は、控えめながらしきりに自分に話しかけてくるが、右から左に聞き流しているのでほとんど内容など頭に残っていない。

(女)「私、子供は二人欲しいと思っているんです。」

いつの間にか、女の話は子供のことになっていた。確か、さっきまでは結婚式の夢を語っていたはずだが、いつの間にそんなに話が飛んだんだろうか。

(女)「子供の教育は、私に任せて拓海さんは病院のお仕事に専念してくださいね。やっぱり、家を守るのは女の仕事ですよね。」

(拓海の心の中)『オフクロの奴・・・勝手に見合いなんて仕組みやがって。』

拓海が心の中だけで母親に悪態をついたとき、少し後ろのカップルが目に入った。それはこずえと知らない男。男はこずえに笑顔を向けているが、こずえはこちらに背を向けているのでどんな表情をしているのか拓海にはわからない。

(こずえの心の中)『まったく・・・なんだって私がお見合いなんて・・・』

ため息をついたのを相手にばれないよう、こずえはコーヒーを飲む振りをすることでごまかした。こずえはクライアントの一人に頼まれて仕方なくお見合いに来ていた。さっさと切り上げたいが、男は話をやめない。

(男)「こずえさんは、優秀な弁護士でらっしゃるんですよね。」

(こずえ)「えぇ。」

こずえはにこやかに返事をしたが、内心では男が勝手に自分を名前で呼び出していることにムッとしていた。

(男)「いやぁ、弁護士なんて大変な職業を女性がやっているなんてすごいですよねぇ。感心しますよ。」

(こずえ)「そうですか?別に大したことでは・・・」

(男)「いやぁ、女性だてらに頑張っているって聞いていますよ。」

(こずえの心の中)『なによそれ、これだけ女性が社会進出しているのにその特別視は。褒めているつもりかもしれないけど、逆にバカにしているんじゃない。』

(男)「それでですね、結婚後のことですけど。こずえさんが働きたいと言うのなら、自分は反対しません、働いてもいいですよ。」

ブチッ

男の言葉を聞いた途端、こずえは切れて立ち上がった。

(男)「ど、どうしたんですか?」

(こずえ)「私は、夫になる相手だろうと私の行動について許可をもらおうなんて思っていません。どうぞ、あなたの言うことを聞いて行動する女性をお探しになってください。」

こずえははっきり宣言するように言い放つと、さっさと喫茶スペースから出て行ってしまった。

ガタッ

(女)「拓海さん?」

(拓海)「申し訳ない、急用を思い出したのでこれで。」

こずえが出て行ったのを見て、拓海もすぐに伝票を取って出口に向かった。お金を支払い外に出て見回すと、こずえが駅に向かっているのが見えた。

キキィッ

こずえは自分のすぐそばで車が止まったので怪訝な顔をした。運転席の窓が開いて拓海が顔を出した。

(こずえ)「なんでここに・・・??」

(拓海)「話は後、乗って!」

こずえは戸惑ったものの、見合い相手がキョロキョロしながらホテルから出てきたのを見て、車に乗った。

 

(こずえ)「あの・・・どこへ行くつもりなんですか?」

しばらく走ったところでこずえに問われ、拓海も我に返りとりあえず車を邪魔にならないように端に寄せた。ついこずえを乗せて車を走らせてしまったが、特に当ては無い。だからといって、こんなチャンスはめったにあるとは思えない。二週間ぶりに見たこずえは、元々痩せていたのが更に痩せて見えるし、どことなく元気がないように思える。

(拓海)「何か予定とかある?」

(こずえ)「いいえ・・・特には。」

(拓海)「じゃあ、遊びに行こうか。」

 

ガックン、ゴー

「ウォー」、「キャー」
こずえと拓海を乗せた機体は、支柱を機転に回りながらまっさかさまに落ちていく。地面がもうすぐ、というところになって上下が戻りゆっくりと着地した。

(こずえ)「拓海先生、あれ!次はあれに乗りましょう。」

(拓海)「ちょ、ちょっと待ってくれよ。もう五回連続で乗っているんだ、頼むからちょっと休ませてくれ。」

拓海を引っ張るように連れて行こうとしたこずえに、拓海は懇願して近くにあったベンチに座り込んだ。

(こずえ)「もうバテたんですか?案外だらしないですね。」

呆れたように笑っているこずえに、拓海は言い返す気力も無い。
ここは某遊園地。たまには何も考えずに遊ぶのもいいだろうとここに連れてきたのだが、絶叫系が大好きなこずえに拓海はあっちこっちと連れまわされていた。おまけに、平日なのだからお客も少なく、必然的に短時間で乗り物に乗ることになってしまう。こずえは平気な顔をしているが、拓海は入って一時間もしないうちにフラフラになっていた。

(拓海)「情けねーな、こんなんじゃ。」

顔を上げると、こずえがいない。焦って見回すと、急に首の辺りに冷たいモノが触れた。

(こずえ)「はい、これでも飲めば少しは気分が良くなりますよ。」

(拓海)「あ、ありがとう・・・」

こずえが渡してくれたコーヒーの缶を開けると、拓海は静かに飲みだした。

(こずえ)「遊園地なんて、本当に久しぶり・・・・でも、私達少し目立っていますね。」

拓海は頷きながら苦笑した。何せ、二人とも元々が目立つ容姿な上に今日はホテルで見合いだったのだから、しっかりとスーツを着込んでいる。ラフな格好をしている他のお客から、完全に浮いている。

(拓海)「よっし、今日はとことん遊び倒そう!」

こずえの手を掴んだ拓海は、にっこりと微笑むと次のアトラクションに向かった。

 

(拓海)「目、目が回った・・・・」

夕方、拓海はフラフラと歩いていた。原因は、コーヒーカップだ。少し遊びすぎて疲れていた拓海はこれなら大丈夫だろう・・・とコーヒーカップに乗った。しかし、これが間違いだった。こずえが真ん中の柱を思い切りまわし続けるので高速回転してしまったのだ。拓海は、コーヒーカップが実は絶叫系の乗り物に近いことを初めて実感していた。

(こずえ)「後一個ぐらいですよねー、なんにしようかな♪」

元凶のこずえは、ケロッとした顔をして次に乗るアトラクションを探している。また絶叫系か!?と思いながら視線をそらした拓海の目に、ある乗り物が目に入った。

(拓海)「よし、あれにしよう!」

(こずえ)「え?」

返事を待たず、拓海はこずえの手を引いてその乗り物に向かった。

 

(こずえ)「観覧車・・・」

(拓海)「そんな不満そうな顔しないでくれよ、景色いいんだから。こっちから見るとちょうど夕陽が沈むところ見れるし。」

拓海が少し身体をずらすと、こずえは素直に隣に来て外の景色に興味を持ち始めた。

(こずえ)「この頃、あまり眠れないしちょっと色々考えこんでいたんだけど・・・」

(拓海)「え?」

(こずえ)「今日は、気分よく眠れそう。ありがとうございます。」

にっこり微笑んだこずえに、拓海は思わず我を忘れた。

(こずえ)「え・・・?ちょ・・・」

拓海の顔が近づいてくるのに気づいたこずえは身体を引こうとしたが、拓海が逃げられないように肩をつかんでいた。拓海のキスを受け入れながら、こずえも目を閉じた。

 

数日後、拓海とたまきは病院でエレベーターを待っていた。

(たまき)「この頃、機嫌いいですね。何かいいことあったんですか?」

(拓海)「ん?まぁちょっとね。」

拓海はあいまいに笑いながら、ちょうど開いたエレベーターに乗ろうとした。すると、中にこずえがいた。

(たまき)「こずえ!今日は一人なの?」

手帳をチェックしていたこずえは、たまきの声で顔を上げ拓海に気づくと会釈してから答えた。

(こずえ)「院長先生に用事があるんだけど、ここは私一人でも大丈夫だからね。」

(たまき)「一人でも大丈夫って?」

(こずえ)「若い女だって思われて馬鹿にして話をちゃんと聞いてもらえなかったり、後で江木が呼ばれてもう一回説明させられたりするクライアントもいるの。でも、ここはそういうことないからって一人で来たのよ。」

ちょうどエレベーターが着いたので、こずえは再度拓海に会釈すると出て行った。

 

こずえは用事を済ませ、駐車場に降りてきた。車の鍵を開けていると、いきなり人影が現れた。

(拓海)「やぁ。」

こずえが驚いて見ると、拓海が助手席側に立って笑っている。

(こずえ)「なに、しているんですか??」

(拓海)「用事終わったんだよね、食事行かない?うまい店知っているんだ。」

(こずえ)「お仕事はどうしたんですか?お昼休みはまだですよ。」

まだ十一時半なので呆れたようにこずえが言うと、拓海は悪びれた様子も無く答えた。

(拓海)「どうせ、急患が出たら昼休みもなにもないんだ。ちょっとぐらいワガママ言ったって平気さ。俺、腹減っているんだ。」

お坊ちゃん育ちらしい頓着しない様子の拓海にこずえは苦笑を浮かべ、車に乗るように言った。

 

数日後、拓海が家に帰ってくると隆一が苦い顔をして立っていた。

(拓海)「ただいま・・・・なんだよ?」

(隆一)「お父さんとお母さんが、喧嘩している。」

(拓海)「喧嘩?何だよ、オヤジがどっかに女でも囲ったのか?」

自分には関係ないとばかり、軽口を返しながら拓海は二階の自室に向かおうとした。

(隆一)「そんなことじゃない、お母さんがお前と雨宮先生の事で事務所にクレームを入れたんだ。お父さんにも言わずにやったから、怒った。」

 

拓海が父親の書斎に近づくと、二人の言い争いの声が聞こえてきた。隆一の話だと、この間拓海がこずえをランチに誘ったのを病院の職員が見ており、それが巴の耳に入ったらしい。

(巴)「じゃあ、あなたはまだあの雨宮とかいう弁護士を顧問弁護士として使うつもりなんですか?」

(院長)「当然だ、雨宮先生は優秀な弁護士だ。」

(巴)「いくら優秀でも、クライアントの息子にちょっかい出すような人間を許しておくおつもりですか?私は前にあの人を見たときから嫌な予感がしたんです、あんな若い女性なんて。」

(院長)「いい加減にしなさい、なぜ雨宮先生が拓海にちょっかいを出したと決め付けているんだ?」

(巴)「あなたは拓海さんから誘ったって言いたいんですの?拓海さんはそんなこと」

ガチャ

(拓海)「俺だよ、俺から雨宮先生に誘いをかけた。」

書斎に入っていくと、巴は驚いた顔をして拓海に駆け寄った。

(巴)「拓海さん、なぜそんなことを?わかったわ、珍しかったんでしょう、あぁいうタイプが。」

(拓海)「オフクロ、俺は」

拓海はちゃんと話そうとするが、巴は聞いていない。

(巴)「でもね、拓海さん。あなたの立場というものを考えてちょうだい。あなたには、家柄とかちゃんと釣り合った女性を、お母さんが考えているんです。」

(拓海)「俺の話を、聞いてくれ。」

(巴)「大丈夫、お母さんに何もかも任せておいて。もう、あんな人に自分から声をかけちゃいけませんよ。いいですね。」

さっさと自分の言いたいことだけ言うと、巴は出て行ってしまった。院長は疲れたように椅子に座ると、拓海に声をかけた。

(院長)「雨宮先生側には、私から謝罪をしておく。事情はどうあれ、巴が失礼を働いたことには変わりは無い。」

(拓海)「オヤジ、俺は本当に彼女が好きだ。顧問弁護士だから、問題があるっていうなら俺がどこかの病院に移る。」

(院長)「・・・・・出ていきなさい、疲れているんだ。」

拓海は仕方なく部屋から出て行った。

 

翌日

(廣川)「とりあえず、薬師寺病院側からは謝罪が来たよ。君を解任しろと言ったのも、病院経営に関わっていない奥さんが勝手に言ったことなので、無かったことにして欲しいそうだ。」

(こずえ)「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。」

朝一番で所長室に出向いたこずえは、所長である廣川と江木に頭を下げた。

(江木)「こういう騒動が起こってしまった以上、しばらくは君は薬師寺病院に行かないほうがいいだろう。」

(廣川)「まぁ、君は美人だからねー。誘われることも多いだろうし、あまり無下に断って角が立っても困るし。こういうヒステリックな反応をしてくるところも珍しいよね、とりあえず適度にあしらってくれればいいから。」

(こずえ)「はい。」

こずえが自分の部屋に戻ってくると、電話が鳴っていた。

(こずえ)「はい?」

(秘書)「薬師寺病院の薬師寺様とおっしゃる方からお電話です。」

(こずえ)「つないで。」

しばらくすると、予想どうり拓海の声が聞こえてきた。

(拓海)「迷惑かけたみたいだね、ごめん。」

(こずえ)「いえ、私が物事を軽く考えすぎていたのが悪いんです。」

(拓海)「お詫びに、飯でも奢りたいんだ。ちゃんと誤解されないよう、香坂先生も呼ぶからさ。」

(こずえ)「・・・申し訳ありませんが、しばらく病院以外の場所でお会いしないほうがいいかと思います。」

切れた電話を見ながら、拓海はせっかく縮まったように思えたこずえとの距離がまた開いたことを感じていた。

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