(院長)「少しは明るい顔が出来ないのか、めでたい席なんだ。」
(拓海)「あいにく、人の結婚を祝うような気分じゃないんでね。」
父親の言葉に、拓海はそっけなく答えるとワインを口に運んだ。拓海は今夜、兄の隆一と一緒に父親に連れられて十文字という大企業御曹司の婚約披露パーティに出席していた。本人自体とは面識がないのだが、御曹司の父親である社長の手術を院長、隆一、拓海で担当したことから招待されたのだ。確かにおめでたい席なのだからあまりしかめつらしい顔をしているのもどうかと思うが、自分が今おかれている状況を考えると、とてもじゃないが人の幸せを祝う気持ちになれない。
(隆一)「拓海、あれ。」
兄にせっつかれて見ると、深紅のドレスを着たこずえが所在無げに立っている。何人かの男性がこずえに声をかけては、残念そうな顔をして去っていく。
拓海がこずえに声をかけようと一歩踏み出した瞬間、この間こずえとホテルの前で喧嘩を繰り広げた政人が足早に近づいた。
(政人)「来てくれたんだな・・・・」
(こずえ)「ケジメだしね。おめでとう、じゃあ帰るから。」
さっさとこずえは立ち去ろうとしたが、政人はこずえの腕をつかんでいる。
(こずえ)「なんなのよ?婚約者と仲良くやっているところを、私に見せ付けようって言うの?趣味悪いわよ。」
二人が小声で言い争っているところに、ニヤニヤ笑いながら男が近づいてきた。
(男)「やぁ、まさか雨宮さんが来ているとは思わなかったよ。」
こずえはあからさまに嫌悪を浮かべた表情になり、政人もムッとした顔をしている。
(男)「おいおい、そんなに嫌そうな顔しなくてもいいだろ。俺は、政臣の友達でもあったんだぞ。」
(こずえ)「友達が、聞いて呆れるわ。あの人の作品を、盗作したくせに。」
(男)「不穏当な事言うね。俺と政臣は友人だった、ということは見たものとか一緒なんだよ。たまたまイメージが重なっただけじゃないか。どっちにしろ、先に応募していた俺がオリジナルと判断されたわけだけど。」
不穏な空気に、周りも気づきだし三人を遠巻きに興味深々の様子で見ている。
(男)「君こそ、政臣の次は政人。ずいぶんうまくやったもんだよねぇ。二人は双子だし、瓜二つだからスペアとしてはうってつけだけど、並みの神経だったらできないよぉ。」
こずえが反論する前に、政人が一歩前に出た。
(政人)「おい!こずえは別に兄貴が死んですぐに、俺と付き合いだしたわけじゃない。お前に俺達のことをとやかく言われる筋合いじゃないだろう。」
(男)「彼女に『どうせ俺はスペアなんだろ』って言ってたのは自分だろ。自分が苛めるのはいいが、他人が苛めるのは許さない・・・まるで子供の愛情表現だな。」
政人は押し黙り、男は卑屈な笑みを浮かべながら政人とその後にいるこずえを覗き込んでいる。
(男)「まぁ、そんな関係も今日までだな。今日は婚約発表なんだ、せいぜいしっかり挨拶しろよ。」
男が立ち去ろうとした瞬間、政人が相手の足を払って転ばせた。
(男)「な・・・!足クセまで子供並みだな。」
(こずえ)「ちょ・・・政人!」
男が立ち上がるより早く、こずえがとめるのも聞かず政人がつかみかかって乱闘を始めた。
(こずえ)「政人!やめなさいよ!!」
(十文字)「やめんかぁ!」
突然響いた威厳ある怒鳴り声に、政人と男はつかみ合ったまま動きを止めた。見ると、痩せているが威厳あふれる老人が青筋を立てて立っている。先日、拓海達が手術した患者である十文字社長である。後には、かわいらしいピンクのドレスを着た縦ロールの髪型の女性が立っている。
(政人)「オヤジ・・・」
(十文字)「政人!これは、いったいどういうことだ。せっかくの婚約披露パーティを、自分の手で台無しにするつもりか!!」
政人は黙っており、十文字の目はこずえに移った。
(十文字)「君がナゼここにいる!!何しに来た、せっかくのパーティを台無しにするためにきたのか!!」
(こずえ)「そんな、私は」
(十文字)「政臣を死に追いやっただけでなく、今度は政人にちょっかいを出して、君は十文字の家に恨みでもあるのか?君のような、成金の家の娘にたぶらかされた政臣も政臣だ。こんな女にひっかかって、せっかく決まっていた婚約を破棄して、会社も家も捨ててしまったのだから。」
(こずえ)「政臣さんを、悪く言うのはやめてください。あなたのご自慢の息子だったんでしょう。」
(政人)「それに、兄貴が死んだのは病気じゃないか。こずえが悪いわけじゃない。」
二人の反論に、十文字は顔を赤くして激高した。
(十文字)「黙れ!!確かに、政臣は自慢の息子だった。その政臣の人生を滅茶苦茶にした上に、今度は政人か。まったく、君みたいなあばずれが弁護士になるなんて、世も末だ。この、疫病神が!!」
それまで黙っていた十文字の後に立っていた女性が、こずえの前に立った。
バシッ
(女)「殴られて当然でしょう?政臣さんを奪った、泥棒猫!!」
こずえは珍しく、反撃せずに右手で頬を押さえているだけだったが、その手を見て女がさらに激高しこずえの右手をつかんだ。
(女)「この指輪・・・。政臣さんのお母様の指輪じゃない!なんであなたがしているの、返しなさいよ!!」
バッ
(こずえ)「これは!政臣さんが、私にくれたのよ。絶対にいや、誰にも渡さない、これは私のものよ!!」
こずえは女の手を振り払い、右手を左手で覆って隠してしまったが、女は諦めずにこずえにつかみかかっていった。今度は、女二人で取っ組み合いを始めた。
(政人)「こずえ、やめろよ!!」
(男)「美香さん、落ち着いて!」
慌てて政人と男が二人を引き離したが、二人はにらみ合っている。
(美香)「泥棒よ、この女は!政臣さんを盗んだだけじゃなく、指輪まで盗んでいたのよ!!」
(こずえ)「指輪は、政臣さんからもらったのよ!政臣さんを盗ったって言うけど、取られるほうが悪いんじゃない!!あなたに魅力がないから、だから政臣さんは私を選んだのよ。」
(美香)「なんですって!」
(こずえ)「あなた、女として政臣さんに求められたことあったの?愛されたことある?一回もないでしょう。つまり、あなたはまったく魅力がなかったのよ。」
美香は赤い顔をしてこずえに再度つかみかかろうとしたが、男に羽交い絞めにされているためできないでいる。
(美香)「何よ、成り上がり金持ちの娘のくせして。私はね、元華族の流れを汲む家の娘なのよ。」
(こずえ)「何が華族よ、今じゃ借金だらけの家柄のくせして。今度の婚約だって、所詮は元華族の娘が欲しいってだけであなたが欲しいわけじゃないでしょう。自分に魅力が無いくせに、威張ってんじゃないわよ。」
(隆一)「雨宮先生も・・・すごいな。いつも冷静で落ち着いた人だと思っていたのに。」
いつの間にか、女二人の舌戦を息を呑みながらみんなが見つめている。
(十文字)「やめないか!みっともない。政人、その娘から指輪を取り上げろ。」
反発するかと思ったが、政人はあっさりこずえの手から指輪を取り上げた。
(こずえ)「嫌!政人、やだ、返して!!それは私のよ、絶対許さない。」
(十文字)「その指輪は、代々十文字家当主の妻がしていたもの。君には資格が無い。政人、美香さん、前に行きなさい。皆様、大変お騒がせしました。今から挨拶をさせていただきます。」
指輪をポケットに入れた政人と勝ち誇った顔をした美香が十文字と一緒に、前に作られたステージに向かった。指輪を諦めていないらしいこずえは、政人を追いかけようとしてとめられている。
(こずえ)「南さん!どういうこと、あなただって知っているでしょう?あれは、私が政臣さんからもらったものなのよ。誰にも渡さない、私以外の女があの指輪をするなんて絶対に許さない!!」
(南)「こずえさん、今は落ち着いてください。悪いようにはしません、絶対に。」
南になだめられて、こずえは渋々といった様子で大人しくなりステージに視線を移した。拓海がステージを見ると、十文字が挨拶をしており政人はどこから手にいれたのかシャンペンの瓶とグラスを手に持っていたのだが、父親の挨拶が終わりに近いと悟ったのか瓶の中身を花を生けている大きな花瓶に注ぎこんでいる。
(十文字)「美香さんというすばらしい伴侶を得て、政人もジュエリーデザイナーなどというくだらない仕事は辞め、わが社の繁栄に力を注ぐことでしょう。皆様、どうかご支援をお願いいたします。」
盛大な拍手が響き、今度は政人がマイクの前に立った。
(政人)「皆さん、本日はお集まりいただいてありがとうございます。父は、先ほど私が父の後を継ぐといいましたが・・・・私は、父の後を継ぐつもりも、今の仕事を辞めるつもりもありません。」
(十文字)「政人!お、お前何を言っているんだ。」
ザワザワ
政人の挨拶に、お客は戸惑い騒ぎ出している。拓海がこずえのほうを見ると、こずえも驚いた顔で南に何か聞いているようだが、南は笑みを浮かべるだけで何も答えていない。
(政人)「もちろん、美香さんとも結婚するつもりはありません。」
(十文字)「政人!また、あの女か!あの女が、お前に変な入れ知恵をしたんだろう!!」
(政人)「こずえは関係ない。兄貴だって、そうだったはずだ。オヤジ、いい加減認めろよ。俺も兄貴も、あんたに人生を決められるのが嫌で家を出たんだ。」
(十文字)「う、うるさい!!私を誰だと思っている、お前達は私の言うことを聞いていればいいのだ。お前は美香さんと結婚して、私の後を継げ、命令だ。」
(政人)「あいにく、嫌いな男のお古をもらう趣味は無い。」
政人が合図をすると、会場が暗転して前方のスクリーンに映像が浮かび上がった。そこには、先ほど政人と乱闘を繰り広げた男と美香がどこかのビーチで抱き合ったりキスをしているのが映し出されている。
(美香)「い、いやぁー。誰か、早くなんとかして!!」
美香が悲鳴を上げ、招待客もみな戸惑っているとステージ横にある花瓶からいきなり火が燃え上がった。
ジリジリジリ・・・・
「キャァー、火よ!」「火事だ、早く消せ!!」
ガッターン、ダダダダ・・・・
降り注ぐ水に耐えながら拓海が音がしたほうを見ると、政人がこずえに駆け寄りその手を取ると一目散にドアに向かって走り出した。
(十文字)「政人!待て、追え、二人を逃がすな!!」
(薬師寺院長)「いやはや、大変なパーティーになったな。」
あの後、なんとか混乱の中を抜け出し車に乗ると院長は呟いた。
(隆一)「その割には、楽しそうですね。お父さん。」
(薬師寺院長)「当たり前だろう。あんな騒ぎ、なかなか見ることはできないぞ。ドラマでも、映画でもなく現実としてあんな騒動を見ることなんて、この先もあるかどうかわからん。これを貴重な体験といわずに、なんと言うんだ。」
(隆一)「まったく、のんきですね。」
父と兄のやり取りを聞きながら、拓海はこずえがあの後どうしたのかを気にしていた。
三時間後
(政人)「南から、連絡入った。囮で逃げさせていたやつらを、オヤジの追っ手が捕まえたらしい。」
(こずえ)「まさか、逃げる時に非常階段を上に逃げるとは思わないし、ましてや騒動を起こしたホテルのスィートにいるとは思ってないでしょうね。」
そう、二人はパーティを行っていたホテルの最上階にあるスィートルームにいた。あの時、政人はこずえを連れて非常階段に逃げ込んだ。そして、こずえの靴を脱がせて下の階段に放ったのだ。これは、こずえに足音を立てさせないためと、逃げる途中で靴を脱いでいったと思わせる二重の目的があった。追っ手は、こずえの靴とタイミングよく走り出した車を見て二人は外に逃げたと思い、そのまま追跡していった。こずえと政人はそのまま途中まで非常階段まで上り、こずえの父親直伝の鍵開け技術で非常階段からホテル内に戻るとスィートルームに逃げ込んだ。
(政人)「さすが南だ。あいつは本当に優秀な参謀だよ。」
(こずえ)「ねぇ、これからどうするの?たぶん、デザイン事務所にも追っ手は行くわよ。仕事にだって手をまわすだろうし。」
(政人)「かまわないさ、俺は明日にはイタリアに行っちまうからな。」
(こずえ)「イタリア?」
(政人)「あぁ。あっちの事務所に誘われてな。勉強も兼ねて、しばらく行くことにした。いくらオヤジでも、あっちにまでは手が回せないだろう。なぁこずえ・・・・」
(こずえ)「ん?」
こずえがイチゴを口に含みながら政人を見ると、政人はこずえの手をとった。
(政人)「着いてこないか?俺に。」
しばらく黙っていたが、こずえはニコッと笑い返事をした。
(こずえ)「やめておくわ。今行っても、たぶん私たち同じことの繰り返しだと思うから。一回、離れたほうがいいのよ、私達。」
(政人)「やっぱり駄目か・・・まぁ、しょうがないな。そうだ、これ返してやるよ。」
言いながら、政人はこずえの指に例の政臣から送られた指輪をはめた。
(政人)「これはこずえの指輪だよ。永遠に・・・・」
(こずえ)「同じ。」
(政人)「え?」
(こずえ)「政臣さんもね、この指輪くれた時同じこと言ったの。『この指輪は、こずえだけの指輪だ。永遠に』って。」
(政人)「顔が同じ上に、セリフまで一緒かよ・・・・。兄貴のやつ、真面目な面白みのない人だったけど、女口説くときは遊び人の俺と同じこと言ってたのか。」
少し凹み気味の政人に、こずえは笑いながら口付けた。
三ヵ月後
(隆一)「お父さん、十文字さんの家のことを聞きましたか?」
珍しく全員揃っての夕食の席で、隆一が何気なく切り出した。
(薬師寺院長)「何かあったのか?」
(隆一)「乗っ取られたそうですよ、会社を」
(拓海)「乗っ取られた?跡取りがいなくなったせいか??」
まさか跡取り息子が逃げ出したからといって、そこまで衰弱化するものなのかと拓海は驚いた。
(隆一)「いや、それとはまったく関係ないそうだ。詳しいことはわからないが、久遠寺という企業が優秀な社員を大量に引き抜いて弱体化させて、一気に乗っ取ったそうだ。表向きは、合併らしいがね。」
父と兄が話すのを聞きながら、拓海はこずえがこのことを知っているのだろうかと考えていた。
ある山荘の一室
(こずえ)「南さん、本当にいいの?あなただったら、今回の功績で社長の椅子だって夢じゃないのよ。」
こずえがねぇ、と同意を求めた先にいる男は頷いている。
(男)「君のような優秀な男なら、本来なら本社に来て欲しいくらいだ。」
(南)「いいえ、私は一歩下がって誰かを支えるほうが性に合います。ましてや、大組織で複雑な人間関係を渡り歩く自信はありません。それより、今までどうりデザイン事務所の裏方として、そして政臣さんの遺した絵画の管理をする画廊の主人として生きるのが私の望みです。」
(男)「わかった、君の望みはすべて聞き届けよう。」
(南)「ありがとうございます。」
(政人)「頼みがある。」
イタリアにいる政人が、電話越しにこずえ達に呼びかけた。
(政人)「ずうずうしい頼みだが、オヤジのことを頼む。ショックで倒れて、今ではベッドから起き上がれないらしい。乗っ取りに賛成した俺が言えた義理じゃないが、親子の情はまだ残っているんだ。」
政人の頼みに、男は「心配要らない」と返事をした。必要事項の話が終わると、こずえが用意していたシャンパンを持ってきた。
(こずえ)「ねぇ、乾杯しましょう。」
(男)「計画の成功に」