| bP.浜田省吾 →お勧めソング |
| 大学2年生のときだったろうか。お袋が持っていたライブビデオをビール片手に見ていた。ある歌がかかったときに、思わず手が止まった。そして、巻き戻してもう一度聞き直した。 「八月になるたびに“ヒロシマ”の名の下に平和を唱えるこの国 アジアに何を償ってきた?」 (『八月の歌』) そんなストレートな歌詞を聞いたことは今までなかった。世の中を風刺する歌は確かにある。政治や社会に対して。だが、それらはすべてレトリックに凝りすぎていて、茶化して面白おかしくまとめるに過ぎない気がしていた。俺には、それは核心に触れることを恐れ、真実から目を逸らしているように感じられた。しかし、彼は違った。ストレートに自分の意見を語った。怒りと絶望を真正面から受け止め、それによって希望を見出そうとしているように思った。それから後、俺は浜田省吾の曲を聞き続けた。 彼を理解しようとする必要はなかった。なぜなら、彼の歌は、そのままの形で俺の中に入ってきたからだ。共感ではなく、まさに彼の詩は生き写しのように俺の心を、俺のこれまでの人生を語り続けてくれた。怒り、嘆き、絶望、そして希望、愛。いまだ彼ほど俺がひとつになれる歌手はいない。 |
| bQ.宇多田ヒカル |
| それは奇しくも大学2年生のときだった。音楽を目指していた俺は、自分なりの音楽を見つけ始めていた。自分の作りたい音楽の原型とも言うべきものが少しずつ息づき始めていたころだった。ある日、友達がカラオケで流行の歌らしい歌を歌った。噂に聞いていた曲だった。聞くと彼女のデビュー曲らしい。確かにいい曲だ。今までにない色彩を持っているような感じがした。だが、彼女はまだ当時17歳。一発屋で終わるかもしれないし、ひねくれた俺はそれ以上の評価をしようとはしなかった。 しかし、次の曲が発表され、俺は愕然とした。それは、まさに俺の作りたい楽曲だった。ビートの聞いたR&Bというかフュージョン系のジャズの香りもする音楽。ハスキーな女性ヴォーカル。全てが俺の中で描いていた音楽だった。そのとき、俺は彼女を羨んだ。だが、同時に彼女の虜にもなり始めていた。女性のハスキーな声が奏でる何とも色気のある響き。しかしながら、あまりに純粋な歌詞。今でも俺は彼女の虜だ。 |
| bR.谷村有美 |
| それは中学3年生のときだった。Mステーションを見ていた俺は、はたと手の動きを止めた。白いスーツ姿にショートカット。高い声で歌うその調べは、何とも切なく美しい響きを持っていた。次の日、CD店で俺の足が止まった。そこには、昨夜テレビに出ていた歌手のニューアルバムがあった。当時の私の小遣いは月3000円。つまり、そこでアルバムを買えば、その月の小遣いは消えてしまう。だが、何かに吸い寄せられるかのように、俺の手は彼女のアルバムに伸び、そのままレジへと足は動いていた。 ガールポップ。その第一人者とも言えた彼女は、まさに等身大の女性を歌っていた。高いながらも柔らかさを持つ彼女の歌声は、聴くたびに心を癒されるような気がした。彼女のラジオ番組も中学生の俺には憩いの場だった。受験勉強の中でささくれ立つ心を、彼女はいつも和らげてくれた。 先日彼女は結婚した。彼女は、俺の中学、高校時代を支配した、青春の灯火とも言えた。 |
| bS.元ちとせ |
| 本物だった。小手先の技術や単なるスター性で売っているような歌手とは、明らかに毛色が違った。聴くたびに、衝撃が走る。本物の持つ威力だ。歌詞の内容だとか楽曲の素晴らしさとか、それは確かに歌には重要な要素なのかもしれない。しかし、何より歌とは歌手の力なのだ。人の心に、人の魂に働きかける力なのだ。 先日、とある歌番組で2002年上半期ランキングで彼女が1位になった。横柄な言い方だが、だが、俺はこの世にひとつの希望を見出した。小手先の技術や話題性だけが売れるために必要な要素になっているような歌謡界の中で、本物がその実力を発揮したのだ。良いものは良い。そう認められるのだ。本物だった。 |
| bT.米米クラブ |
| 中学2年生のときだった。俺はそれまでほとんどポップスを聴いたことがなかった。ところが、中学の宿泊学習である曲がテーマソングになった。米米クラブ、『君がいるだけで』。クラスメイトは俺を除き、全員が全員と言っていいほど知っていた。当時流行っていたドラマの主題歌だったからだ。しかし、ドラマもほとんど見ない俺が知る由もない。だからといって覚えなくて良いわけではなく、俺はテレビをチェックし、ビデオに録って何度も聴いた。その当時気に入っていた女の子が米米クラブのファンだったせいもあって、俺はCDも買って色々と聴いてみた。気がつけば、米米の術中に落ちていた。単なるポップ歌手ではなく、コミックもジャズも歌謡曲もやる、文字通りのエンターテイナー。ライブが彼らのホームグラウンド。俺がライブ活動を重視するアーティストに注目するようになったきっかけは、ひょっとしたら米米が原点なのかもしれない。 |
| bU.槇原敬之 |
| 奇しくもそれは中学2年生のときだった。年末の紅白歌合戦で一人の歌手がキーボードを弾きながら歌っていた。とても聞き心地の良いその歌は、すぐさま俺の中に入ってきた。「どんなときもどんなときも僕が僕らしくあるために」。その歌詞はまさに中学生だった俺の心に直接的に響いてきた。あからさまに明るいわけではなく、どこか切なさや淋しさを伴ったような彼の歌は、まさに青春時代の真っ只中にあった俺のテーマソングばかりだった。彼の一途な気持ちをつづった歌は、今でも忘れたくはない。 |
| bV.m.c.A.T. |
| ジャンル的には何と位置づけられるのか、その言葉を私はよく知らない。ただ、とにかくそのノリの良さとウィットに富んだ表現力は抜群だ。ラップをあんなに上手に歌う人はおそらく今までにもいないのではないだろうか。歌に少しも無理がなく、よどみなく湧き出る泉のようにラップがメロディーラインに乗っかって流れてくる。不幸にもそれだけの歌唱力があっても時代の流れには完全に乗れなかったのかもしれない。だから彼は、今はプロデューサーなのだろうが、彼ほど彼の歌を歌える人間は残念ながらそうそういないだろう。 |
| bW.辛島美登里 |
| 「お姉さん」、そういう言葉をあてはめるのがとてもしっくりくる。その声を聴くと、心がとても和やかで癒されたような気分になる。文字通り「優しい歌声」。しかし、そこには何か言いようのない切なさも漂い、それがまた彼女の魅力を一層引き出しているように思う。その声は、小麦粉を練って伸ばしているかのように、心の中に浸透していく。心酔していく歌声だ。 |