『蘇州号で上海にしゅっぱ〜つ(メモ)』 3月1日(土)
2月28日(金)
AM6時起床。7時25分の電車で大阪国際フェリーターミナルへ出発。AM11時頃到着。11時半、蘇州号に乗り込む。正午、港を出発。昼食、節約のために持参したカップラーメンを食す。夕食、船内のレストランで天丼を食す。ロビーに置かれた卓球台でピンポンに熱中する。深夜1時40分、関門海峡を通過した。AM2時、就寝。
3月1日(土)
AM8時起床。陸から離れているからか、波があって船がゆれた。船酔いした。D君は酔いがひどく、ずっと寝ていた。夕食、レストランで焼きそばを食べたら酢がはいっていて、微妙な味だった。船内のバーに飲みに行った。年金で上海に住んでいるというおじさんの話をきいた。カラオケがあったので、歌ってみると、画面に表示される歌詞が間違いだらけだった。PM11時に中国の時間に変更されて、PM10時になった。さっき10時だったのに、また10時になって、おもしろかった。
『上海に到着しただよ(メモ)』 3月2日(日)
AM6時。R君の声で起きる。起きた時には既に長江に船は入っていた。長江の川幅はめちゃんこ長かった。フェリーが入っていけるくらいだもの。AM9時半に上海に降り立った。上海はスケールがでかかった。新城飯店(ホテル)にチェックインして、荷物を置いた。フロントで円を元に両替した。はじめて何かの目的のために英語を使った気がする。昼食を食べようと街をうろつく。店はあっても、どの店にしようか迷う。思い切って入ってみたら、満員で10分くらい待たされた。メニューを見て適当に指をさして料理を頼んだ。頼むのだけで、かなり苦労した。俺には焼きソバ。D君とR君にはラーメンが来た。料理が来るまで何が来るかわからなかった。俺の焼きソバはうまかったけれど、ラーメンは日本のラーメンと違って豚骨スープではなく、野菜でとったスープのようだった。ここのラーメンはいまいちだった。南京大通りを歩き回る。日本よりも街が発達していた。人がものすごく多い。PM6時、北京ダックを食べに燕雲楼に行った。量が多くて食べ切れなかった。マクドナルドで2元(30円)のアイスクリームを食べた。帰りに雨が降ってきて、雨宿りにパブに入ってビールを飲んだ。TVでプレミアリーグを流していた。店員の女性は、片方の親が日本人だけど、日本語は話せないと言っていた。その店では、子豚を飼っていた。はじめて豚をさわったような気がする。結局雨がやまないので、タクシーで新城飯店に戻った。
『上海観光だわさ(メモ)』 3月3日(月)
AM9時起床。新城飯店のまわりをぶらつく。朝食、ラーメン。店員の女の子がかわいかった。豫園に行った。豫園のまわりの、みやげもの屋でハンコと干支が彫られた石を買った。腕輪を売っていた女の子の写真を撮らせてもらった。豫園の近くにショウロンポー(25元)で有名な店があって、そこに入った。肉汁たっぷりでうまかった。食べた後でわかった事だけれど、ショウロンポーは最初少し噛んで、中の肉汁を吸ってから、食べるらしい。お茶屋にも入った。中国の楽器を演奏している人がいた。音楽を聴きながら、まったりとお茶を飲んでいた。上海雑技団を観に行った。タクシーで行ったら、運転手に間違った所で降ろされて、再びタクシーに乗るはめになった。入場料は80元だった。前から4列目で間近で観れた。晩飯は美林閣でカニとかうまいもんを食った。中国の街にはいたる所に公安が立っていた。少し、中国に慣れてきた。
『上海3日目(メモ)』 3月4日(火)
AM10時起床。朝食兼昼食、昨日とは違う店でラーメンを食べる。うなぎのような味のする魚がのっていた。本屋めぐり。上海の地図や漫画を買う。中国の漫画事情を調べたいD君と別れて、R君と上海博物館へ。上海博物館のある人民広場を歩いていたら、凧揚げをしていたおじさんが、公安に捕まり車で連れていかれた。なんで捕まったのか謎。夕食、羊の肉のしゃぶしゃぶ。24時間の娯楽場に行って、インターネットやビリヤードをした。はじめてのビリヤードは散々だった。ボールにキューをうまく当てれなくて、スカばかり。インターネットの受付けの女の子に写真撮らしてと言ったら、笑顔で断られた。京劇が10元で観れたけれど、観そびれた。まったく中国語をわからないで、旅行に出たけれど、少し必要な言葉を覚えてきた。サンウェイ(3人)サンガー(3つ)イーガ(ひとつ)イーテン(一日)リャンピン(2本)。『地球の歩き方』を見て行った店がはずれだったりして、『地球の迷い方』やなぁなんて話をしてた。日本に電話をかけるために、ICテレフォンカードを買った。ホテルのフロントで英語で話して購入した。日本の英語教育も充分役に立つやんけーと思った。AM3時頃就寝。
『蘇州へレッツだゴー(メモ)』 3月5日(水)
AM11時起床。朝食、おととい行った店でラーメンを食す。中国のお店は、店を出る時に店員が「ファイン、クワンリン」とか「ファイクォンリン」とか言う。歓迎光臨と言っているらしい。上海駅までタクシーで行った。上海駅前も人が多い。雨が降っていた。駅がすごく広かった。駅の中に5万人くらいはいるだろう。PM2時14分南京行きの電車に乗る。切符29元。軟座。PM3時15分、蘇州に到着。蘇州も雨。駅でどこに行こうか考えていると、白タクのおっさん2人が声をかけてきた。このおっさんらに紹介されたホテルに泊まる事にする。白タク10元。このおっさんが明日、蘇州を100元で案内してくれると言ってきたので、案内してもらう事にした。申江大酒店というホテルに泊まる。一泊240元。一人80元。今考えると高い。160元くらいまで安くできたはずだ。PM6時40分、中国では珍しい洋風のステーキ屋に入る。中国では牛肉は人気がないらしい。蘇州のデパートや電器店に入る。中国のお店は、広くて日本のお店よりも10倍くらいの品数が揃っている。しかも高級な商品もたくさんある。日本は負けたなと思った。社会主義だからか、人件費が安いからか、店員がめちゃくちゃ多かった。D君がピンク床屋に行った。上海から蘇州へくるだけで半日時間をとられて、何も出来ないなと友達と話していた。
『蘇州でぼったくられるの巻(メモ)』 3月6日(木)
AM8時起床。9時に蘇州の観光案内の約束をしていたので、部屋から外に出ると、ドアの前に昨日のおっさんがいた。このおっさんに僕とR君は、ぼったくられるのだった。この時は何もわかってなかった。D君はゆっくりと一人で観光したいと言って別行動だった。おっさん2人に連れられて、蘇州の寺めぐりへ。おっさんは、車中でやたらと「富士山ビューティフル」とか「中国タバコだめ、日本タバコいい」とか「中国の車だめ、日本の車いい」とか言っていた。僕らの機嫌をとろうとしていたのか。自分の国の悪口を言う奴を信用するわけないのに。寺に入ると入場料を50元とられた。看板に50元と書いてあるので、50元なんだと思って払った。少し高いなと思っていた。『地球の歩き方』には15元と書いてあるので、R君がおかしいなと言った。僕は値上げしたのだろうと思っていた。お茶を売っていた寺で、琵琶を弾いていた美人がいたので、写真を撮れせてもらおうとしたら、カメラの調子が悪くて、フラッシュがつかなくて、撮れなかった。がっかりだった。おみやげ屋で蘇州の特産らしい、シルクのスカーフとハンカチを買った。スカーフ3枚とハンカチ2枚で100元だった。ぼられたかな。4つ寺をまわったら、どの寺も30元以上入場料をとられたので、さすがにおかしいと思って、ぼったくりと気づいた。その前から、ちゃんと案内してくれへんし、怪しいと思ってたけど。昼食に行く事になって、お店に連れて行くと言ってきたので、何元かかるのかと聞いたら、2人で380元(約5700円)と言ってきたので、あほかボケカスって事で、ここに連れてけとガイドブックに載ってる店を言うと、おっさんは泣きそうな顔になっていた。おっさんは、おそらく料理店にカモを連れて行くという約束をしていたのだろう。こちらの指定した料理店に連れて行ってもらい、食事をして、店を出て、おっさんらと逢うと、さっきとは違うしょうぼりした雰囲気で、もうホテルに帰りましょうと言ってきた。もうぼったくれないと思ってあきらめたのだろう。ホテルに帰ると案内料を100元と、お寺の駐車料金50元を要求してきた。お寺の駐車料金なんて無いとわかっていたけれど、むかついていたので、もってけ泥棒って感じで、50元をくれてやった。最後にこのおっさんらの顔を残しておこうと思って、デジカメで写真を撮った。この2人に注意って、蘇州旅行に行く人にどこかのサイトに投稿しようかなと思った。ホテルに帰って、D君のお寺のチケットを見て気づいたんだけれど、僕らが買ったチケットには団体券と書いてあった。団体券を買わされていたのだ。中国銀行で3万円両替した。晩はホテルの近くを探索した。街はずれの、庶民の店って感じの汚めの店で夕食を食べた。これが、上海の高級店よりもうまかった。帰りの船でみんな、高い店よりも安い店の方がうまいと言っていた。D君がホテルの前のDVDソフト、ゲームソフトの海賊盤を購入した。全て1枚5元。ジブリ作品が全部入ったVCDが1枚5元で売っていた。タクシーに乗って、地図を指差して、ここに行って下さいと言うと、運転手のおばさんは字が読めないらしくて、伝わらなかった。下手な発音でホテルの名前を言うとわかってくれて、ホテルに帰れた。中国は社会主義で男女平等らしくて、女性のタクシー運転手やバスの運転手が多い。R君とぼられてむかつくけど、いいみやげ話になるわと話して、さっさと寝た。
『南京の南京錠(メモ)』 3月7日(金)
AM11時起床。タクシーで蘇州駅へ。昨日のおっさん2人がいないか探してみた。蘇州駅前の飯屋で5元の食い放題を食べる。うまかった。豚の角煮最高。PM2時15分の電車で南京へ。5時半頃南京に到着。南京駅前に行くと、ホテルの客引きが10人くらい、僕らのまわりを取り囲んだ。すごかった。客引きで痛い目にあっているけれど、宿泊料が安いので、客引きのホテルに泊まる事にする。一泊190元。一人63元。デポジット290元。南京紅山会以中心って所に泊まった。ホテルの周辺をプラプラした。大通りにたくさん露店が出ていて、それを見てまわった。中国はどこへ行っても毎日がお祭り状態だ。裏通りの安い店で晩飯を食べた。中国で白飯(ミンファン)を頼むと、料理の最後に持ってくるので、いちいちはじめに持ってきてと言わないといけない。ホイコーローとかチンジャオロースとか卵スープとかビールとかたくさん頼んでも48元(約720円)だった。安い。D君はまた謎のピンク床屋に行った。AM4時就寝。
『ズーベンレン、ズーベンレン。(メモ)』 3月8日(土)
AM9時起床。タクシーで玄武湖公園へ。入り口の門は立派だったけど、中は湖があるだけでハズレ。景色はいい。どこかの電器会社が自転車レース大会をしていた。昼食、俺はお腹が微妙にゆるくて食べなかった。車の整備工場が集まった所の前。D君とR君は屋台の5元の弁当を食べた。タクシーで明孝陵、中山陵、霊谷寺へ。『ロード・オブ・ザ・リング2つの塔』に出てくる城壁のような壁があった。中山陵の階段を登っていると、めっちゃ美人がいた。友達と、あれはきっと台湾のタレントちゃうかと話していた。階段に座っていると、チラリと流し目で見てきて目があった。舞い上がる。写真を撮らしてもらおうかと思ったけれど、チャンスを逃した。PM5時頃、南京の繁華街へ。お金を使い過ぎているので、節約のため晩飯も安く済ます事にする。5元の変な麺の入った辛い鍋。PM9時にホテルに戻ってきた。ホテルの近くの按摩屋でマッサージしてもらう。旅の疲れがとれた。深夜でも大通りの歩道では露店がやっていた。ハンバーガーをかって食べた。D君が羊肉の串焼きを買ってっていると、店の人と客が話しかけてきて、筆談でコミュニケーションをした。ズーベンレン(日本人)というと、南京大学の学生かとか聞いてきた。やたら「チープントン」と言って笑われた。「チープントン」って何だろう。南京の人たちは、僕らが日本人だとわかっても、中国語で話し続ける。中国語が通じないからもうやめようとならず、話し続ける。日本人も中国語を話すものだと思っているのかな。これが中華思想ってやつか。
『おんぼろホテル(メモ)』 3月9日(日)
AM9時起床。10時ホテルを出発。南京駅で上海駅までの切符を買う。72元。電車の時間まで2時間あったので、急いで南京大虐殺の記念館に行く。帰りしなに切符をきる、まじめそうなおねえさんに、「ザイチェーン」と言うと「ザイチェーン」と返してくれた。駅で10元の弁当を買う。電車の中で食べた。肉の入った春巻きみたいのが、めっさうまかった。PM3時20分くらいに上海に着いた。駅前を歩いていると、またもやホテルの客引きにつかまる。ホテル探しはめんどうなので、またもや客引きの言うホテルに泊まる事にする。「クワンコウ、クワンコウ」と何度も客引きの人が言うので、「観光か?」と日本語で言おうとしてるのだと思い、「かんこう」と答えていると、「韓国人か」と言っていたのが、あとで筆談をしてわかった。向こうは韓国人だと思い込んでいたらしく、それでホテルについてからややこしくなった。めっちゃボロいホテルだった。お湯がチョロチョロとしか出ないし。トイレの水がなかなかたまらないし。フロントの人は英語が通じないし。おそらくあのホテルは外国人が泊まったらあかんホテルだったと思う。ホテルの名は意祥大酒店。あれで一泊三人で160元は高い。魯人公園へ行く。公園の中の記念館で日本語が少し話せる係員の人と会話した。レストランに入ると、またしても店員に「チンプートン」と言って笑われた。謎だ。店を出る時に「ファンインクワンリン(歓迎光臨)」と言ったら店員がうけていた。中国人を笑らかせたぜ。魯人公園の横にあった虹口サッカー場も観て行く。サッカー場の施設の中に娯楽場があったので、そこでアーチェリーとビリヤードをした。地下鉄で帰ろうとしたら、PM10時くらいなのに電車がなくなっていた。あの駅だけ停まらなくなるのだろうか。謎。タクシーで帰る。10時半に戻った。D君とR君は按摩をしてもらいに行った。俺はさっさとAM1時に寝た。
『上海最後の夜(メモ)』 3月10日(月)
AM8時半起床。ホテルを変えるのは、面倒なので、結局今日もこのおんぼろホテルに泊まるとフロントの人にお願いする。フロントのおねいさんは、あいそがなかった。タクシーで骨董品街へ行く。骨董品街に行く前に、通りにあった店で揚げた小龍包のようなものと、肉まんを買った。そしたらこの小龍包がめちゃくちゃうまくて、中国に来てから食べた料理の中でベスト1の味だった。しかも安かった。10個で3元。あまりにおいしかったので、10個買って、さらに10個買って食べた。肉汁がたっぷりで、豫園の近くの店の小龍包よりも何倍かうまかった。骨董品の通りへ。骨董品を見て回る。がらくたばかりだった。いいのは全て売れてしまっているのだろう。カメラ等も置いてるとガイドブックには載っていたけれど、木彫りの置物ばかりだった。豚のオスとメスでセットになった置物と、見ざる聞かざる喋らざるの置物と、カメの置物を買った。50元だった。わざとぼったくられた。100元札を出したら、向こうが財布を見せて、おつりが50元札しかないと言ってきたので、しょうがなしに50元ぶんあるだろう置物をつけたした。その後、中国の漫画事情を調べたいD君と別れて、僕はR君と展望タワーへ。長江を船で渡ってタワーのある所へ行った。船乗り場が遠くて、かなり歩いた。卵をうすくやいたのを露店で買って食べながらタワーまで歩いた。タワーの最上階にあがるチケットは100元した。3つ階があって、上から2番目は80元とかそれくらいした。やっぱり一番上にあがるしかないやろうと一番上まで上れるチケットを買った。係員の人はすごくかしこそうだった。最上階からの上海の眺めは最高だった。展望タワーって地味で行く気せんかったけど、いい眺めだった。夜景も見たかったけれど、時間がないのでタワーを降りた。併設されていた、上海の歴史館みたいのに行った。すごいお金をかけてつくってあった。リアルな蝋人形や、上海の町のミニチュアなんかがあって、すごかった。期待してなかった分、良かった。7時半にD君と南京大通りの娯楽場で待ち合わせの約束をしていたので、急いで行く。タワーの近くの地下鉄で行ったら、すぐに行けた。日本と変わらないキレイな地下鉄だった。夕食は、吉野家で食べた。一回は中国版の吉野家を体験してみようって事で。その後、和平飯店の中にある、老年ジャズバンドで有名なバーに行く。ハイネケンを飲みながら、ジャズを聴いた。すげーリッチな気分だった。入場料が50元で、ビールが60元くらいだった。日本人観光客が多くて、演奏する曲が日本人好みになっていた。6年後またここにこようやと、友達と約束した。ビリヤードをしに、娯楽場に行ったら閉まっていた。24時間営業のはずだったのに。美食街で、夜食を食べた。トイレのあさがおの上に箸が乗っていた。この箸を捨てずに使うかもしれないと思うと気分が悪くなった。店内はキレイなのに、なんでトイレはあそこまで汚いのか不思議だ。コーンスープを頼んだら、めっちゃ甘くてよくなかった。他はうまかった。220元。深夜でも空いている店を探して、おみやげを買った。AM3時にホテルに戻った。船で食べるカップラーメンやお菓子を買いに、近くのコンビニへ。このコンビニがやたら、僕達が万引きしないかとじっと監視していて買い物しづらかった。安いのに万引きするわけないやろうが。公安もいつのまにかいた。俺がレジに品物を持って行った時に、公安がカバンの中を見せろと言ってきて、なにもとってへんわと怒りながらも素直に中を見せた。なんなのだあのコンビニは。気分が悪くなった。雑誌も買って、50元分買い物をした。
『ザイチェ〜ン上海(メモ)』 3月11日(火)
AM8時起床。9時頃にホテルを出て、タクシーで船乗り場のある外灘(バンド)まで行く。まだ乗船手続きまで時間があるので、街をぶらつく。財布に残っていた70元を使い切るために、店をみてまわる。少しはやい昼食に使う事にした。船乗り場の近くの食堂は、日本人がよく来るらしく、店員のおねいさんは英語をまぜて対応してくれた。残り60元くらいあったので、近くの売店で『上海』と言う銘柄のタバコ(1箱20元)を2箱とペプシコーラ(一缶2.5元)を4本買って使い切った。コインが少し残った。AM11時に船に乗船して、12時に上海を出航した。甲板に出て、上海の街に向かって「ザイチェーン」と叫んだ。船の同乗者に昔SONYに勤めていた経験があり、中国人の奥さんをもらった、定年退職している面白いおじさんがいて、いろいろ話を聞いていた。中国人の少年と卓球をした。旅の疲れが出て、PM7時くらいに寝た。深夜の3時に起きて、シャワーを浴びてまた寝た。
『日本海をどんぶらこ(メモ)』 3月12日(水)
3月12日(水)
AM8時半起床。食堂で朝食を食べる。おかゆがまずくて残した。ロビーで窪塚洋介主演の『ピンポン』を流していたので観た。船は行きよりも、揺れていなかった。昼食は、昨日コンビニで買ったインスタントラーメン。夜はトランプの大富豪をした。同室のS君にいろんなルールを教えてもらった。大富豪には知らないルールがたくさんあった。AM4時就寝。あっさり3時間で上海と日本を移動する飛行機よりも、船の旅は、上海と日本の距離を肌で感じれていいなと思った。
3月13日(木)
AM8時45分起床。朝食は眠たくて食べなかった。AM10時半に大阪港についた。税関でカバンの中をみられた。このやろう。大阪で友達と逢う約束をしていたので、弁天町へ。T君・W君と合流。昼食にうどんを食べる。久しぶりのしょうゆの味。5人でファーストフードの店に行って旅行のおみやげ話をした。帰り大阪駅で米原行きの電車を待っていると、ホームで電車を待つ会社員の表情が、中国人と比べると暗いので、テンションが下がった。PM9時に家に帰った。カバンからどか〜んと洗濯物をだした。旅の記録の整理をした。中国旅行が終了した。
『あの子が帰ってきた』 3月13日(木)
ニーハオ マー(お元気ですか)
おいどんは、無事に帰ってきました。
中国はめちゃんこおもろかったです。
料理は美味いし、美人は多いし、風景はキレイだし、ぼったくりには逢うし。
中国でのテンションを、日本でも維持できるといいなぁと思いました。
旅行中の出来事を少しずつ書いていきたいです。
うおー、中国おもしろかったー。
ザイチェ〜ン(さようなら)
『値段交渉はおもしろい』 3月14日(金)
本当は中国になんて行ってませんでした。
2週間、パソコンを修理に出していたのです。
騙していて、ごめんなさい。
…………。
嘘ですよ。本当に中国に行ってました。
旅行の話をどう書くか考え中なので、もう少し時間がかかります。
今日、旅行で撮った写真のフィルムをカメラ屋さんに出しに行った。
中国で身についたものを維持するために、現像代の値段交渉をしてみた。
現像代を値切るなんて事は普通しない事だろうけど、おもしろいと思ってやってみた。
店員の方が電卓をはじいて、現像にかかる値段をだしてきた。
フィルムを買った時のサービス券をつかえば、1本現像につき200円ずつ割引きしますと、言ってきたので思わず了承してしまった。
サービス券はフィルム1本だけしか割り引いてくれないと思っていたので、こりゃいいわと思って了承してしまったのだ。
店員は電卓を出していたので、もっとまけてもらえたかもしれない。
この中国で学んだ値段交渉する意識をずっと維持したい。
中国でおみやげを買うと、かなり高い値段で物を売ろうとしてくる。
最初500元と言っていたのに、最終的には50元になったりする。
その値段交渉が楽しかった。
これからも、日本でいろんなものをまけてもらえへんか交渉してみようかな。
本屋で本をまけてくれって言ったら、店員はどんな反応するだろう。
『写真の表現力』 3月15日(土)
昨日、現像に出した写真を受け取りに行った。
写真を見ると、実際に目でみた風景の迫力がなくて、少しがっかりした。
写真で実物を写しとることはできないんだなぁと思った。
風景の写真はいまいちだったけれど、豫園のみやげもの屋の女の子の写真はかわいく撮れていた。
日本で「写真を撮らしてもらえないですか」なんて言って写真を撮らしてもらうのは、恥ずかしくてできひんけれど、旅行中はテンションあがっていて、平気で頼めた。
中国でのテンションが維持できれば、おもしろいのになぁ。
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『中国で不思議に思ったこと』
中国人は、はじめて逢う人でも、昔からの知り合いのように仲良く会話をしてはった。
日本人なら、しばらく時間をかけないと仲良く会話をしないし、人見知りしないで話す人でも、最初はギクシャクするものなのに、中国人はみんな初対面でも仲良く話をしていた。
オープンマインドって感じだった。
どうやったら、そうなるのか不思議だった。
初対面の人と何を会話しているのか疑問に思った。
船で同乗した、中国の女性と結婚してはるおじさんが「中国人は心が豊かだ」と言ってはったけれど、心が豊かだから、初対面の人とでも警戒心なんて持たないで話ができるのだろうか。
日本人も、江戸時代や明治時代の頃は、中国人のように誰とでも会話していたかもなぁと思った。
『旅行中に覚えた中国語』 3月16日(日)
中国に旅行に行くというのに事前にまったく中国語の勉強をしてなかった。
でも、無事にしたい事をして帰ってこれた。
身振り手振りでなんとかなるもんだなぁと思った。
観光するのには大して言葉はいらないのだろう。土地に根をはって生きるとなると、しっかり言葉ができないとダメだろう。
『旅行中に覚えた言葉リスト』(これだけかよ!)
・ユエン(お金の単位の元の発音)
値段を聞く時は、おもいっきり日本語で「何ユエン?」って聞いてた。それでも伝わってて、値段を言ってくれた。後で知ったけど「トーチャオチェン」と言うと、いくら?って意味らしい。
・プーヤオ(いらない)
街を歩いていると、物売りや客引きが大勢声をかけてくるので、「プーヤオ、プーヤオ」と言って断っていた。
・プーハオ(良くない)
・メイヨウ(無い)
中国人が話しているのを聞いていると、けっこう「メイヨウ」って言葉を耳にした。料理店でこの料理はないって時に、店員さんが「メイヨウ」と言っていた。
・チェンメイヨウ(お金、無いよう)
この言葉は正しいのか知らないけれど、勧誘を断るのに使っていた。
・ウェイ(人数の単位)
料理店に入ると、人数確認でサンウェイ?(3人?)と店員が聞いてきてたので覚えた。
・ガ(物の単位)
1つ頼む時には「イーガ」、2つ頼む時には「リャンガ」、3つ頼む時には「サンガー」って頼んでいた。
・ピン(単位)
ビール頼む時に「イーピン」って頼んだ。
日本語で言うと、一本の本って意味かな。
・テン(日数の単位)
ホテルに何日泊まるか言う時に「イーテン」って使った。一天って書いて「イーテン」らしい。明日はミャンテンと言うらしい。漢字で書くと明天。
・ツースオ(トイレ)
リンクのさとぴさんに教えてもらってたので、トイレに行きたい時に使っていた。「ツースオ、ツースオ」って連呼してたら、店員の笑いをとれた。
・チンプートン(???)
謎の言葉。中国人に何度も言われた。「チンプートン」と言って笑ってはった。
・ズーベンレン(日本人)
南京弁では、日本人をズーベンレンと言う。上海弁だと、リーベンレンと言うそうだ。
・ニーハオマー(お元気ですか)
お土産屋の女性に使ったら「なんたらかんたらシェイシェー」と返してくれた。元気ですよとでも言ってはったのかな。
・チャオメン(焼きソバ)
チャオメンがまずい店はなかった。何を頼むか迷ったら、とりあえずチャオメンを頼むのがいい。
・ミンファン(白飯)
・スーラータン(酢が入ったスープ)
酢がいまいちで不評だった。旅行中にたくさんスープを頼んだけれど、うまいスープがほとんどなかった。甘すぎたり、辛すぎたり。
・ホイコーローとチンジャオロース
ホイコーローとチンジャオロースはどの店もおいしかった。
・チンタオ(ビールの銘柄)
ビールを頼みたいけど、ビールの発音がわからなかったので、チンタオとビールの銘柄を言っていたら、伝わって店にあるビールを持ってきてくれた。
・高点会員上(ポイントカード)
下
上と下がくっいた漢字があってそれで、カードと読むらしい。料理店で店員さんが何か言ってはったけれど、意味がわからないので紙とペンを出して書いてもらった。漢字から連想してポイントカードだとわかった。
・熟度5分(ミディアム?)
ステーキ屋に入ったら、またしても筆談でこの言葉を書いてきはった。おそらく肉の焼き具合だろうと思って、ミディアムと英語で言ったら伝わった。
中国語の本で調べたわけではないので、間違いがあるかもしれないです。
もっと勉強して行った方が、楽しめるだろうなと実感しました。
中国人からしたら、中国に旅行にくるなら、中国語でしゃべれコラッて感じなんでしょうね。
英語のわかる人は、ほとんどいなかったです。
おみやげ屋さんのおねえさんに、中国式の手を使っての数字のジェスチャーを教えてもらったのは、役に立ちました。文字で表現するのは難しいので、ここでは伝えれませんが。
今度、行く時はもうすこし勉強して行こうと思いました。
『陽の気を輸入せな』 3月17日(月)
やばい、中国で身についた高いテンションと、ずうずうしさが元に戻りかけている。
無理にテンションを高くしても、からまわりするだろうし、あきらめるしかないのか。残念。
中国からの帰りしなに大阪駅を歩いていたら、どよ〜んとした空気があって、思わず中国と比較して、日本はやばいな〜と思った。
日本には陰の気が充満してるよなぁと友達と話していた。
中国は陽の気でいっぱいって感じだった。
中国の陽の気を、どうすれば日本に持ってこれるだろうかと、いろいろ想像していた。
中国人は、初対面の人でも仲良く話すし、公園でトランプしたり、将棋したり、胡弓を弾きながらみんなで合唱してるし、ああいうのが和やかな雰囲気をつくりだしているんだろうなと思った。
関係ないけど、中国にはスカートをはいている女性が一人もいなかった。
2人くらいみたけれど、日本人の観光客っぽかった。
中国人にエロティックな格好をした人はいなかった。
社会主義がそういうのと関係しているのだろうか。
そのわりに、街中で抱き合っているカップルや、キスしているカップルがすごく多かった。いたる所にいた。
男のひざまくらに寝ている男の姿も見かけた。
中国では、男同士で手をつないだりするのは普通らしい。
韓国に行った時は、そんなに日本と変わらないなと思ったけれど、中国は違う所が多いなぁと思った。
次は、インドにでも行って、さらなる文化の違いを体感してみたいなぁ。