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上の図はNTTDoCoMo の携帯電話の加入者数のグラフなのだが、これを見てもらうと分かるように、年々すさまじい勢いで加入者を増やしている。データとして少し古いものだが、現在では3600万台(NTTDoCoMoの携帯電話)を越えている。まさに「一人に一台」の時代が到来しようとしている。 また、別の資料によれば2000年末現在の携帯電話(PHS含む)の加入台数は6400万台であり、うち「iモード」などのインターネットに接続出来る端末は、その4割にあたる2千6百万台と言われている。携帯電話の加入者数は8千万台位から急速な伸びがなくなると予想されているが、携帯電話会社各社が投入を始めている「次世代携帯電話」によって、加入者はまだまだ現状の伸びを維持するだろうと予測されている。
(2) 携帯電話、進化の歴史 〜自動車電話からFOMAまで〜 普段何気なく使っている「ケータイ」。しかし、こんなに便利な物が「何気なく」使えるようになるまでに、我々の知らないところで様々な人々がこの事業に関わり、努力をしてきたからこそ、今の「ケータイ」があると言っても過言ではない。そこで、ここでは「ケータイ」の現在に至るまでを、通信業界全体をみながら、調べていきたい。
@「電話の歴史」 携帯電話について見ていく為には、まず電話、固定電話の歴史を見ていかなければならないだろう。 1877年、グラハム・ベルによって発明された電話は、発祥国のアメリカだけならず、欧州、そして日本をはじめとする世界各国に次々と導入されることになる。当然の事ながら、初めから国の隅々にまで回線を引くことは、膨大な時間と予算が必要になってくるわけで、そうした理由から各国とも国を挙げた一大プロジェクトとして、回線を全国に張り巡らせる事となる。日本の場合は現在のNTTの前身「電電公社」がこの事業を推進していった。国家事業とはいえ、全ての家庭に電話が普及するには電話の発明から実に100年あまりの歳月を要した。 このようにして、全国に電話が普及していったわけであるが、徐々に国家独占事業の弊害が出てきた。例えば通話料金。技術の進歩で安く通信ができるようになっても、なかなか料金の値下げが行われなかった。なぜならそこには「競争」という概念がなかったからだ。同様に利用者に対するサービスの向上も遅れがちになる。そこで「通信に競争原理を取り入れ市場活性化とサービスの向上を図る」という政策の導入が各国で始まった。これが俗に言う「通信の自由化」である。
A「通信自由化」 日本では1985年、電気通信事業法やNTT会社法の施行、省令改正によって「通信自由化」が行われた。これを受けて、民間企業が各種通信事業に名乗りを挙げるとともに、NTTが発足。この時から通信に競争原理が取り入れられた。また、固定電話などの規制緩和も行われた。 新規事業者(NCC:ニュー・コモン・キャリア)の参入で長い間変わらなかった、通信費が値下げを始める。例えば東京〜大阪間の長距離電話の料金。電電公社時代3分400円もしていたものが、NCCの参入で今や3分80円以下の水準まで下がった。また利用者の使い方に応じた料金メニューが開発され、もっと安く通話が出来るようになったのである。これはNCCの存在なくしてはできなかった事である。このようにして、NCCは各通信分野でNTTに競争を挑み、料金値下げや利用者に対するサービス向上をもたらすこととなった。
B「移動体通信の自由化」 さて、ここで話をケータイにもどそう。NCC登場で市場は活性化していったものの、無線通信の分野はまだまだ遅れ気味であった。国民の財産である周波数資源を使うため、厳しい規制が設けられていたからだ。現在、何気なく使っている家庭のコードレス電話でさえ、免許が必要で事業者から借りて使うしかなかった(レンタル制)。当時の料金に換算すれば20数万円もかかったそうだ。そんなものが普及するはずがない。 固定電話のコードレス電話でさえこんなに高い料金なのだから、当時の携帯電話はもっと高かったのは言うまでもない。 1979年12月 自動車電話 東京地区アナログ大都市方式サービス開始
上の写真は1979年、電電公社がサービスを始めた自動車電話である。今の携帯電話のルーツである。当時はもちろん今のように通信インフラが整っていたわけではなかった。右の写真をみて分かるように当時は、自動車電話を使うには無線局の認可が必要だったのだ。自動車電話は電話と言うより、無線としての意味合いが強かったようだ。1979年のこのサービスの開始からしばらくは、無線通信分野も電電公社が独占する。
1987年3月 日本高速通信を中心に日本移動通信(IDO)設立。 1987年6月 DDIを中心に関西セルラー電話(KCT)設立。
さて1987年になり無線通信の世界にも変革が訪れる。1985年の通信自由化に伴いNCCが800MHz携帯電話(第一世代携帯電話)産業に参入してきたのだ。この時点では会社の設立で、本格的なサービスの開始は約2年後からとなるのだが、とにかく無線通信の世界も競争の原理が取り入れられる事になったのである。また電波法や事業法の改正により、上で述べたコードレス電話の規制が緩和された(コードレス電話の自由化)。このことにより利用者がお店でコードレス電話を買うことが出来るようになり、各家庭に爆発的に普及する事となった。 とはいえ、サービスの始まったばかりの携帯電話はまだまだ高いものだった。参考までに1987年NTTの携帯電話の利用料金を記しておくと、加入時料金298,300円、補償金200,000円、月額使用料23,000円〜と庶民には到底手に出せるものではなかった。
TZ-802B(松下/NEC製) 87年4月発売 重さ 900g 連続通話時間 60分 待ち受け時間 6時間
1991年2月 郵政省、デジタル自動車・携帯電話システム導入を発表。 1991年4月 NTT、超小型携帯電話「ムーバ」投入。
1993年3月 NTT移動通信網(株)、東京23区で800メガヘルツ帯のデジタルサービス開始。 1994年4月 アナログ方式レンタル専用ムーバ販売終了。 1995年7月 関東、北海道でPHSサービス開始。 (同年10月に全国サービス開始)
パルディオ102H (PHS) 重さ180g 他スペック不明
P208HYPER (松下製) 99年11月発売
C「データ通信」 かつて「ベル友」という言葉が一世を風靡したことがあった。もはや説明は不用だとは思うが、ポケベルを使って数字暗号を送り、知り合いと連絡を取る。そんなやりとりが行われていた時代があった。やがてポケベルは文字を表示出来るようになり、その後PHS、そして携帯電話のメールサービスへと進化していった。ポケベル→PHS→携帯電話。このように乗り換えていった人は我々の世代では多いと思う。この進化の仕方は世界に例はないらしい。日本のデータ通信の普及の仕方は独特のようだ。こうしてしっかりとトレーニングを積んだケータイユーザー達は1999年2月に登場したNTTDoCoMoのインターネットサービス「iモード」を一気に呑み込んでしまった。「iモード」の普及はインターネットにつきまとっていたオタクやネクラといったイメージを払拭し、歩いていても、食べていても、授業中でも、いつでもどこでものフリーアクセスを可能にしてくれた。これら一連の動きが現在のモバイルインターネットと言う動きにつながっている。
D「ケータイの大型化」 1999年の「iモード」の開始以来、携帯電話の形に変化が起きた。まずは下の写真を見てもらいたい。
上の写真は「iモード」対応機種の一部である。比較をするために、製造メーカーが違ってしまうと比較ができないと考えたので、今回は松下通信工業製のケータイを例に近年のケータイのトレンドを分析する。 この写真を見てまず気付く事、それは液晶画面の大きさである。本体の半分以上はあろうかという大きな液晶画面。最近のケータイは画面に様々な物を表示できる。メールなどの文字だけでなく、イラスト、写真、動画までもが表示出来るものも出てきた。より多くの情報を表示するためにはこのような大きな画面が必要になってきたということだ。しかし、それによって犠牲になることがある。それはケータイ本体のコンパクトさ。上に参考までに各機種の重さを載せてみた。「P501」から「P502」は例外的に技術の進化もあってか、重さが軽くなっているが、その後からは新機種が登場するにつれ重さは重くなっていっている。特に「P503」から「P503iS」への進化は見ての通りである。「ストレート型」から「折り畳み型」へと変化している。 最近のケータイの形のトレンドとして挙げられるのがこの「折り畳み型」。実は松下通信工業製のケータイは今まで頑なに「ストレート型」を守ってきた。松下と言えば「ストレート」と言った印象があった。しかしここに来て「折り畳み型」に転向してしまったのだ。理由は簡単である。ケータイはなるべくコンパクトなものがいい、だけど液晶は大きいほうがいい。その結果、「折り畳み型」のケータイが増えているのだ。事実、NTTDoCoMoが出した最新の携帯電話ラインナップ「503iS」シリーズは5機種中5機種とも「折り畳み型」である。このように少し前までは、いかに小さくするかを競っていたケータイ業界であったが、最近ではそう言った傾向も見られなくなり、時代はより大きく、より見やすい画面を持ったケータイへと移りつつある。
E「そして次世代へ」 1993年から始まった第二世代携帯電話。現在のケータイは上記の通りいろいろな事ができるようになってきてはいるのだが、その限界が見えてきた。現在の第二世代機は、各国で使用されている方式がバラバラなので、海外へ持ち出しても使えない、あるいは一部の国でしか使えないという不便さや、データ通信速度が遅いなどの問題を抱えている。そこでITU(国際電気通信連合)では、方式を統一して世界のどこでも使え、かつ高速データ通信を可能にする第3世代システム「IMT-2000」(注1)という国際標準規格を決めた。IMT-2000という規格はいくつかあるのだが、米国やKDDIなどの支持する「CDMA2000」(注2)と、EUなどが支持する「W-CDMA」(注3)の2つが有力となっている。IMT-2000は移動体通信でありながらも、固定系のISDNを超える64〜384kbpsというデータ伝送が可能だ。この数値を見てピンと来ない人も多いだろうが、ケータイでこの通信速度は尋常ではない。現在でも使っている人が多いであろう、各家庭のダイアルアップ回線。この通信速度が最大でも56 kbps程度なのだから、この通信速度のすばらしさが分かっていただけるだろうか。日本では2002年中のサービス開始を目指し、実証実験を行っている。その一番分かりやすい例がNTTDoCoMoの「FOMA」だろうか。 「FOMA」(Freedom Of Mobile multimedia Access)。NTTDoCoMoの第三世代携帯電話の名称である。今、通信のトレンドは「いつでも・どこでも・どんな時でも」情報を取り出せる「ユビキタス化」に向かっている。現在、南関東地区、名古屋地区、京阪神地区のみのサービス展開であるが、「FOMA」によって可能となるケータイの使い方はまさに昔誰もが思い描いた未来の電話である。今まで通りのメールはもちろん静止画、動画の転送、音楽サービス、動画閲覧サービス、そしてテレビ電話。なんてすばらしい世の中になったのだろう、と感心してしまう。しかし、問題がないわけではない。「FOMA」が採用している「W-CDMA」方式は今までの第二世代の設備が使えないため、一からインフラを整備しなければならない。今、現在「FOMA」はつながれば、とてもクリアな音声で会話ができるらしいが、サービスエリア内でもしばしば圏外になるそうだ。これではまだ「ユビキタス」とはいえない。とはいえ、後数ヶ月、数年待てばまた状況は変わるだろう。第三世代携帯電話、これからの発展が楽しみである。
(注1)「IMT-2000」 携帯電話の方式で、最初に携帯電話に使用されたアナログ方式(第一世代)、現在一般に利用されているデジタル方式(第二世代)に続く三代目の携帯電話サービス(第三世代)の方式として、国際電気通信連合(ITU)で2000年5月に標準化された。2GHz(2000MHz)の周波数帯を使い、2000年頃の商用化を目指し、2Mbp(2000Kbps)程度までの速度という3つの意味から「2000」の文字が付加された。固定電話並みの高音質の音声通話や高速移動時144kbps、歩行時384kbps、静止時2Mbpsの高速なデータ通信を実現する。
(注2)「CDMA2000」 ITU(国際電気通信連合)が標準化したIMT-2000の方式のひとつで、KDDIや北米が採用を決めている。QUALCOMM社などを中心とする通信事業者の国際的な業界団体CDGが開発し、動画・音声によるリアルタイムの通信やより高速なデータ通信が可能となる。現在のcdmaOne規格の上位規格(拡張版)にあたるため、無線設備・運用ノウハウを流用できるというメリットがある。
(注3)「W-CDMA」 ITU(国際電気通信連合)が標準化したIMT-2000の方式のひとつで、NTTドコモやEricsson社などが開発し、日欧方式として提案された。動画・音声によるリアルタイムの高速なデータ通信が可能となる。NTTDoCoMoの第三世代携帯電話「FOMA」はこの方式を採用している。
(3)これからの携帯電話 前項では携帯電話のおおまかな進化の歴史を見てきた。ここでは実際の携帯電話会社各社に目を向けて、これから次世代に向けてどういった戦略で売っていくのか、また世間では次世代携帯電話はどのように認知されているのか見ていきたい。 @「新聞記事から次世代を見る」 2002年2月2日の朝日新聞の朝刊にこんな記事が載っていた。
上の記事はケータイ業界第一位のドコモと、第二位のKDDIの次世代ケータイについての見解である。この記事を読むと、各社の考え方がよく分かる。まずドコモ。記事にも書いてある通り、「新技術より便利な使い方を提供したい」とある。これはどういう意味だろう。新技術というのはドコモの次世代ケータイ「FOMA」の事だろうか。「FOMA」は予想よりも加入者が伸び悩んでいる。現在3千万人以上もいる、現行「iモード」ユーザーも放っておくわけにはいかない。現行「iモード」サービスの充実も図っていくべきだろう。とりあえず「FOMA」が普及するまでの、ドコモの戦略が気になるところだ。記事の最後に「技術の価値を決めるのは専門家ではなく、利用者だ。50%以上のドコモのシェアがその結果を示している」とある。さすが業界一位と言いたいところだが、過信は禁物である。
「FOMA」での動画配信サービス「i-Motion」(アイ−モーション)の広告だ。 キャッチコピーは「未来へつぎつぎ動いている。」宇多田ヒカルを「FOMA」のイメージキャラクターに起用し認知度UPを図る。ドコモとしては、なるべく早い段階で「FOMA」を普及させていきたいところだろう。
KDDIの雑誌広告。 上の「i-Motion」と同じく、KDDIの動画配信サービス「ezmovie」の広告。 キャッチコピーは「60ch以上の動画がありながら、人は電話するヒマがあるのか。」 イメージキャラクターはもうおなじみの浅野忠信である。 CMはKDDIのほうがおもしろいと感じるのは私だけだろうか。KDDIはCMをうまく使い、加入者を伸ばしている印象がある。
A「雑誌から次世代を見る」 次は雑誌において次世代ケータイ、または2002年発売のケータイがどのように評価されているかを見ていきたい。「日経トレンディ」2002年2月号に特集記事があったのでそれを参考にしたいと思う。記事は2002年の春から夏にかけての携帯電話会社の動向について、予想を交えて書いてある。各社ごとの簡単な記事があったので、それを見ながらコメントしていきたい。
このように各社の戦略を見てきたが、おもしろい事にどの会社も独自の路線を歩み出しているという感じがする。一昔前、ケータイを選ぶ時、どの会社もサービスは似たり寄ったりで最終的に端末の見た目などで、ケータイを選んでいたような感じであったが、これからは変わってくるかもしれない。各社とも自社の得意分野を延ばし、ユーザーの獲得に向かっているように見える。2002年は次世代ケータイをはじめ、ケータイ業界は大きく様変わりするかもしれない。
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