フレンチ・ピッチによる
バッハ・ブランデンブルク協奏曲全曲演奏会
独奏者:
- 寺神戸亮、若松夏美(ヴァイオリン)
- 菅きよみ(フラウト・トラヴェルソ)
- ダン・ラウリン、山岡重治(リコーダー)
- 三宮正満、尾崎温子、前橋ゆかり(オーボエ)
- 島田俊雄(クラリーノ・トランペット)
- テウニス・ファン・デル・ズヴァルト、塚田聡(ホルン)
- 鈴木雅明(ポジティーフ・オルガン、チェンバロ&指揮)
- バッハ・コレギウム・ジャパン
- 6月3日(土)彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール
- ヘンデル オルガン協奏曲第4番ヘ長調4−4
- バッハ 管弦楽組曲第1番ハ長調BWV1066
- バッハ ブランデンブルク協奏曲第1番ヘ長調BWV1046
- 同3番ト長調BWV1048
- 同4番ト長調BWV1049
- 6月4日(日)彩の国さいたま芸術劇場音楽ホール
- バッハ 管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067
- バッハ ブランデンブルク協奏曲第2番ヘ長調BWV1047
- 同第6番変ロ長調BWV1051
- 同第5番ニ長調BWV1050
- ブランデンブルク協奏曲はレオンハルトによる金字塔的録音(セオン・レーベル)以降、様々な古楽器オーケストラによって
- また様々な試みが行われてきた。5番のチェンバロ・カデンツァが無い初版を用いたもの、2番でトランペットの代わりにホ
- ルンを用いたもの、3番の2楽章の即興部分にバッハの他の曲を導入したもの等々。そして今回日本を代表する古楽器オケの
- バッハ・コレギウム・ジャパン(現在スエーデンのBISレーベルでバッハのカンタータ全曲録音が進行中)により、大変珍
- しいフレンチ・ピッチ(モダンより約半音低いa=415HZであるバロック・ピッチより更に約半音低いa=392HZ)による新た
- な試みが現れた。バッハかこれらを作曲した当時のケーテンではフランス音楽の影響が強かったのではないかという理由から
- らしい。同演奏によるCDが今年11月頃に発売される予定。
- この演奏会が行われたの彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールは埼玉県与野市にあり、特に古楽器演奏専門ホールということで
- はないが、現在このバッハ・コレギウム・ジャパンによるバッハの演奏シリーズが進行中。非常に響きが明るい一方、残響が
- 少なめで弦の音に艶が無くザラザラする感じがするのが気になる。
- このホールに備える新しいオルガン(といっても壁に取り付けられる巨大なパイプオルガンではなく、移動可能な小さいポジ
- ティーフ・オルガン)の初お披露目ということで、ブランデンブルクの前に特別にヘンデルのオルガン協奏曲が演奏された。
- やはりヘンデルは おおらかで明るく、理屈無しに楽しい。当時、オラトリオの長時間にわたる演奏で聴衆を飽きさせない為に
- 途中にこのオルガン協奏曲が演奏された、というのも確かに納得出来る。
管弦楽組曲第1番は3本のオーボエの美しい音が印象的ながら、やはりどうも弦の高音域がザラザラした感じで全体的にはイ
- マイチ。アンサンブル自体はきちんと揃っていたと思うのだが。
- ブランデンブルク協奏曲第1番のホルンは思ったより控えめ。狩猟ホルンのごとくもう少し荒々しく吹けばもっといい雰囲気に
- なったのではと思う。この曲の第4楽章は得てして退屈してしまいがちだが、非常にメリハリのある演奏で全く退屈することな
- く楽しめた。とくに2本のホルンと3本のオーボエの掛け合いが素晴らしい。先日のマタイの時にも感じましたが、ヴァイオリ
- ン(1番はヴィオリーノ・ピッコロ)若松夏美さんの音が以前と比べてとてもふくよか。おめでただそうで、かなりお腹がせり
- 出している。ご懐妊が演奏にも良い影響を与えているのではないかと思う。フレンチ・ピッチについては絶対音感など無い私に
- は正直それほどの違和感は感じられなかった。言われてみるとなんとなく落ち着いた響きかなという気がしないでもないが。
- 同3番はヴァイオリン3に対してヴィオラもチェロ3という低音の強い楽器構成で、しかもグイグイと力強い曲想からどうして
- も蒸気機関車を連想してしまう。最大の注目点はやはり第2楽章の即興部分。先ず鈴木雅明氏の華麗で自在なチェンバロ・ソロ
- に始まり、それに寺神戸氏の鮮やかなヴァイオリン・ ソロが続く、実に素晴らしい結果だった。また、久しぶりにチェロの諸岡
- 氏を拝見出来て幸いだった。顔を大きく横にそらして弾く様は相変わらずカッコイイ。ところで終楽章の終わりの方だったか、
- 終わった後の拍手の時だったか、ユサユサと地震を感じた。震源地は銚子だったとかで、おかげで帰りの電車が大幅に遅れてしま
- った。
同4番での寺神戸氏のヴァイオリン・ソロは相変わらず鮮やか。氏の演奏についていつもそうだが、「オレはバロック・バイオリ
- ン界のヴィルティオーゾを目指しているんだぞ」といった野心あるいは意気込みといったものを感じてしまう。リコーダーの山岡
- 氏は昔の歌手の様に直立したまま微動だにしないのに対してダン・ラウリン氏は体を大きく動かして吹いてるそのちぐはぐさが妙
- に面白かった。演奏が終わった後もラウリン氏だけがとりわけハイな態度。先ほどの地震のせいだろうか?
- 管弦楽組曲第2番では菅さんのトラベルソが意外と控えめ。フルート協奏曲とは違って終楽章以外は常に第一ヴァイオリンと同じ
- パートを吹くというこの曲本来のの性格を考慮したためかもしれないが、もう少し前面に出てもよかったかも。
- 今回のブランデンブルク協奏曲全曲演奏での最大の注目点というと、やはり第2番での島田氏のトランペット。ピストンもスライ
- ドも指穴も何も無く、管をホルンの様に丸く巻いただけの自作のクラリーノ・トランペット(「履いてよかったな」ではありませ
- ん)で自然倍音以外の音を含むこの曲を、しかも生演奏で見事吹ききってしまうとは正に神業。ど素人が生意気だが、正に「アッ
- パレ!」と言いたい。当時のオケの中ではトランペット奏者が一番給料が高かったというのもうなずける。確かに現代のピストン
- 付きトランペットとまともに比較してしまうと音程が極端に不安定で、普段古楽器をあまり聴かない人は「なんじゃこりゃ。とて
- も聴くに耐えん!」と怒り出したかもしれない。しかしあえて生演奏でこれに挑戦した勇気は賞賛するに値すると思う。
性格の全く違うソロ楽器のごった煮のようなこの曲はアンサンブルが非常に難しいそうで、かつてレオンハルトがセオンでの録音
- でそうしたように鈴木雅明氏もチェンバロを弾かずに指揮に専念するであろうと思っていたら、他の曲同様後ろの方でチェンバロ
- を弾くだけで特に指揮らしい事はしていなかった。それでもアンサンブルに特に大きな乱れは生じなかったのはさすがである。ち
- なみに前日同様ラウリン氏はハイだった。
- 同6番は弦楽アンサンブルの花であるヴァイオリンをあえて外してヴィオラ2、ヴィオラ・ダ・ガンバ2、チェロ1、通奏低音と
- いう、極めて珍しく且つ地味な楽器構成の曲。そういった小さいサロン向けの曲をホールで演奏したためか、今回の低いフレンチ
- ・ピッチのせいか、あるいは前記のホールの特性のせいか、どうも冴えない響きだった。各楽器の音色の調和もいまいちでバラバ
- ラという感じ。ヴィオラの寺神戸氏は相変わらず鮮やかな腕前だったのだが。それにしても腹が立つのが隣に座っている巨漢カッ
- プル。今日の最初の曲の時から延々演奏中に手と手をいやらしく絡め合わせてゴソゴソといちゃついている。そういうのは別の場
- 所でやってほしい。
- いよいよ最後の5番。注目は第1楽章最後の鈴木雅明氏によるチェンバロ・カデンツァ。意外にも情熱的で、前々から氏の演奏で
- 気になっていた先を急ぐせわしなさも無く、タッチミスも殆ど無く、とても素晴らしい演奏。鈴木氏のチェンバロはこの曲に限ら
- ず他の曲でも終始単に通奏低音にとどまらずに随所に装飾を織り交ぜ、まるでコープマンの様に多弁でだった。バロック音楽の通
- 奏低音は得てして単なる伴奏と同じと思われがちだが、決してそうではなく曲を構成する立派な1つの要素であり、この様にどん
- どん前に出しゃばるべきと思う。夏美さんのヴァイオリンは前記の通りとてもふくよかな響きで素晴らしい。以前は常に弱くかす
- れるような音色で、弦が悲鳴をあげる事も多かったのだが、それがきれいさっぱり無くなっていた。やはりご懐妊からくる精神的
- な影響があるのだろう。菅さんのトラベルソは管弦楽組曲第2番と違って今度はソロだからと期待したが、あまり変わらず控えめ
- だったのがちょっと残念。ところで例の隣の巨漢カップルはなぜかこの曲だけはいちゃつくのを止めて食い入るように聴いていた。
- 普段のカンタータの演奏では甘くしなやかでまとまりのよいアンサンブルが印象的なバッハ・コレギウム・ジャパンだが、今回は
- アグレッシブで挑戦的な演奏だった。2日にまたがったとはいえ、様々な楽器構成の6曲を通しでしかも生演奏で聴くことが出来
- たのは大変貴重で面白い体験だった。