J.S.バッハ「マタイ受難曲」BWV244



ミア・パーション(ソプラノ)
鈴木美登里(ソプラノ)
マイケル・チャンス(カウンター・テナー)
ヤン・コボウ(福音史家/テノール)
ぺ一ター・コーイ(イエス/ハ"ス)
クルト・ヴィトマー(ユダ、ペテロ、ピラト/バス)
福沢宏(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
鈴木雅明指揮 バッハ・コレギウム・ジャパン

木のホール・横浜県立音楽堂

バッハ・コレギウム・ジャパンによるマタイはこれで3回目です。しかし今回は以前に増して驚きと感動がありました。
それぞれを箇条書きにしてみます。

1.最初に驚いたのが客席の狭さ。横幅だけでなく前の席との距離が極めて狭く、私のように足が長いと窮屈きわまりない。
今回は素晴らしい演奏のおかげでなんとか持ちこたえましたが、もしそうでなかったらとても4時間も座っていられません。
舞台も大変狭く、比較的小編成(例えば第一第二オケ共にチェロは1つづつ)なのに演奏者もとても窮屈そうでした。演奏中
に独唱歌手が後ろのコーラスと舞台前方の間を歩いて行き来するのですが、途中で何かにつまずいて大きな音をたててしまっ
たり。その窮屈さを見ていましたら、とても変なのですが確か「戦場のオーケストラ」とかいうタイトルだったか、第二次大
戦中のヨーロッパ戦線で慰問活動をしていたオーケストラの映画(チャールトン・ヘストン主演)を思い出してしましました。
一方、客席のスロープが非常に急なおかげで前の席の人の頭に邪魔されることなく演奏者全員を完全に見渡すことが出来ました。

2.木のホールという名前の通り、ホールの内壁はほどんどが木。そのせいなのか非常にデットなのに驚きました。残響が
全く無い。ちっとも無い。全然無い。もう少し後ろの席ならよかったのでしょうか。素晴らしい演奏が進むにつれて段々気に
ならなくはなりましたが。

3.第一部最初と最後のコラールのパートは少年少女合唱団で歌われることが多いのですが、今回はなんとミア・パーションと
鈴木美登里さんのソプラノ2名だけ。これがまたとても素晴らしい効果を生み出していました。なるほど、こういう手もあった
のかと納得。それにしても鈴木美登里さんはこのコラールだけでなく他の部分でも実に素晴らしい。BCJのソプラノメンバー
の中で私の一番のお気に入りです。

4.マイケル・チャンスはCDでよく聴く機会はありましたが、生は今回が初めて。しかし意外と荒削りな歌い方なのに
ちょっと驚きました。イギリス人なのにちょっとイタリアの色男のような風貌も意外。

5.クルト・ヴィトマーはヴィヴラートてんこ盛りで仰々しく、およそ古楽にはふさわしくない歌い方。最初は面食らってしま
いましたが、よくよく聴いていきますとそれがユダやペテロの卑屈な役に妙にマッチしていました。なるほど、こういう手もあ
ったのかと納得。もしイエス役だったらとても困ったことになったでしょう。今回のイエス役のペーター・コーイはとても安定
していて安心して聴くことが出来ます。イエスのご遺体を十字架から下ろす場面のバスのアリアも素晴らしい。BCJに無くて
はならない存在ですね。

6.マタイ受難曲(ヨハネ受難曲もそうですが)では何と言ってもエヴァンゲリスト(福音史家)の出来如何で全てが決まって
しまいます。それほど重要な役なのです。今回は常に素晴らしいエヴァンゲリストを演じるクルト・テュルクでなくてあまり
馴染みのない新人のヤン・コボー。いったいどうなるのかと聴く前は期待と不安いっぱいででしたが、これがまた実に素晴らし
かったのです。クルト・テュルクと同じく変に歌うことなくあくまで語りに徹しながらも、より幅広い表現力で聴衆を物語の中
にぐいぐいと引き込みます。特にゲッセマネでのイエスの苦悶、ペテロの後悔、イエスの死の場面は圧巻!
なお、最後の晩餐の所で、
「除酵祭の初日に弟子たちがイエスのところに来て言った。」
の「言った」はsprachenのはずですが、会場で売られていたプログラムはsprchenとミスプリントされていて、なおかつヤン・
コボーはそれをsprachenでなくてsagenと発音したように聞こえたのですが。私の聞き違い?

7.コーラスが中心のヨハネに比べるとマタイでは随所に素晴らしいアリアが組み込まれています。それらのアリアでは器楽の
パートは独唱に対する単なる伴奏以上の役割が与えられており、これも大きな聴き所です。
・イエスが司祭長らに捕らえられた直後ソプラノとアルトの二重唱アリア
第一部後半で一番盛り上がる所です。イエスの不当逮捕に対する怒りのコーラスを間にはさみながら深い嘆きを歌い上げ
る誠に美しいアリアです。キリスト教徒でなくても必ず目頭が熱くなります。
・大司祭の審問においてイエスが沈黙を続ける場面のテノールのアリア
通奏低音のチェロが繰り返し活躍する、これも大きな聴き所です。昨年の公演では諸岡さんがイマイチの結果でしたので
今回はてっきり大御所鈴木秀美さんの登場と思っておりましたが、別の山廣美芽さんでした。しかもさらに驚いたことに、
チェロ1本ではなく福沢宏さんのヴィオラ・ダ・ガンバも一緒に弾いていました。なるほど、こういう手もあったのか。
誠に失礼ですが山廣さんは全身がチェロの後ろに全部隠れてしまうのではないかと思えるくらい小柄な方で、正直大丈夫
かいなと心配でしたが、いやいやどうしてどうして実に堂々たる弾きっぷりで驚きました。あれならヴィオラ・ダ・ガン
バが無くてもよかったかもしれません。昨年の公演では諸岡さんの横で鈴木秀美さんが終始しかめ面をしていましたが、
今回はしかめ面は最初だけで直ぐに表情が和らいだように見えました。
ところでチェロとヴィオラ・ダ・ガンバというほぼ同じ音域の楽器でしかも同じパートを弾いているにもかかわらず、
弦を押さえる左手の動きが全然違うのが見ていて面白かったですね。
・ペテロが激しく泣いた直後のアルトのアリア
マイケル・チャンスは前記の通りちょっと荒っぽくて残念でしたが、若松夏美さんのヴァイオリンが素晴らしかったです。
以前はまるで油切れの様に音がかすれる事が多かったのですが、今回は今までが嘘の様になめらかで艶っぽい音でした。
・ユダがイエスを裏切って得た銀貨30枚を神殿に投げ捨てて去った直後のバスのアリア
ここでの高田あずみさんのヴァイオリンは上記の若松夏美さんと比べるとちょっとイマイチでしたね。
・人々がイエスの十字架刑を求める場面でのソプラノのアリア
ソプラノとトラヴェルソによる静かでとても美しいアリアです。これも必ず目頭が熱くなります。トラヴェルソはてっきり
前田りり子さんかと思っていましたが、菅きよみさんの方でした。
そういえばこのアリアではないのですが、前田りり子さんと菅きよみさんがトラベルソでなくリコーダーを吹いた部分があ
りまして、それにも驚きました。慣れていないせいか、ちょっと音が外れた箇所もありましたが。
・イエスが十字架を背負わされる場面でのバスのアリア
ここではヴィオラ・ダ・ガンバが活躍します。本来音量も小さく音色が渋いので大きなホールで1台だけというのは
非常に不利です。しかしバッハは「甘い十字架」の「甘い」を表現するためにあえてヴィオラ・ダ・ガンバを指定して
いるのでしょう。千人も入る大ホールの隅々まで音を行き渡させるためにははやむを得ないのでしょうが、福沢宏さん
はかなり力んで弾いていたようです。もう少し柔らかく弾く方がバッハの本来の意図に合うのではと思いますが、やむ
を得ませんね。
しかし前記の通りクルト・ヴィトマーの唱法はもしこれがCDで聴いていたなら即「ダメだこりゃ!」となるのですが、
今回生で聴いていますとなぜか納得させられてしまいました。その風貌や仕草も含めてトータルとして、何か憎めない
味のある雰囲気を醸し出しているのです。やはり年の功とでも言いえばよいのでしょうか。
・イエスが十字架に貼り付けられた場面でのアルトのアリア
オーボエ・ダ・カッチャという大変珍しい楽器が2つ使われています。普通のオーボエより低い音域で、ちょっとどぼけ
た様な音色が特徴的です。
ここも大きな聴き所ですね。
アルト:「来たれ!」
コーラス:「いずこへ?」
アルト:「イエスの御腕に」
アルト:「求めよ!」
コーラス:「いずこへ?」
アルト:「イエスの御腕に」
アルト:「留まれ!」
コーラス:「いずこへ?」
アルト:「イエスの御腕に」
というアルト独唱とコーラスのかけ合いが実に感動的なアリアです。やはり目頭が熱くなります。

8.鈴木雅明さんはいつもは通奏低音のチェンバロ又はポジティーフ・オルガンを弾きながら指揮をするのですが、今回
は何も弾かず指揮に専念していました。その効果でしょうか、今回は全体としてしっかりとコントロールされた演奏だった
ように感じました。とにかくホールの不利な条件を完全に忘れさせてしまう素晴らしい演奏でした。変にロマンチシズム
に陥らず、またエキセントリックな演出も特に無いにもかかわらず聴衆に大きな感動を与えるというのは誠に驚くべき事です。
最後の曲が終わった途端に拍手が始まって急激に興ざめしてしまう事がえてして多いのですが、今回はかなりの間静粛が
続いて感動の余韻を十分に味わう事が出来たのも幸せでした。
ブラボー!