シギスヴァルト・クイケン
バッハ無伴奏ヴァイオリンソナタ&
パルティータ
全曲演奏Part1
ソナタ第2番イ短調BWV1003
パルティータ第3番ホ長調BWV1006
パルティータ第2番ニ短調BWV1004
カザルス・ホール




ついにあのバロック・ヴァイオリンの神様シギスワルト・クイケンの無伴奏を生で聴くことが出来ました。
シギスヴァルト・クイケンはベルギー出身のバロック・ヴァイオリニストで、自ら結成したラ・プティット・
バンドという古楽器オーケストラの指揮者でもあります。60年代末からレオンハルトやブリュッヘンらと
活躍し、「新・ネーデルランド学派」と呼ばれた古楽復興の偉人達のうちの一人です。
ヴァイオリンを顎ではさまず、ヴィブラートの使用を極力控え、音を均等でなく徐々に大きく始めて徐々に
小さく終わらせるというとか、和音の形で楽譜に記されていてもあえてアルペジオで弾くとかいったバロッ
ク時代のヴァイオリン奏法を現代に蘇らせた第一人者で、多くのバロック・
ヴァイオリニスト、そしてヴィオラ、チェロ、ヴィオール族等の他の弦楽器奏者にも多大な影響を与えました。
ちなみに兄はバス・ヴィオールのヴィーラント、弟はフラウト・トラヴェルソのバルトルドでいわゆる黄金の
古楽三兄弟。

さて、それで実際の演奏はと言いますと、何の予備知識も無くいきなり聴くと多くの人は「何じゃ、こりゃ!
下手くそだなあ。」と思うでしょうね。確かに他のバロック・ヴァイオリン奏者と比べても音程は不安定で、
音量も小さく、ダイナミックな抑揚は全く無く、極めて地味な演奏です。また、音の運びが極めて独特で、
まるで何かの軟体動物がくねくね体をくねらせて移動している様に感じるかもしれません。このくねくね感
が気持ち悪いと嫌う人も多いようです。実際にこの演奏会でも休憩時間中のロビーでは「こんなもんなの?」
とか「これをこのまま放送しちゃって(NHKが3台のテレビカメラで収録していた)大丈夫なのかなあ。」
という人々のヒソヒソ話しが聞こえてきました。前半の2曲を聴き終わった私も、そこまでひどくは思わなく
ても、「どうもいまいちのりきれていないのかなあ。まだエンジンがかかっていないかもなあ。」と少々不安
を感じでいました。

しかし後半のパルティータ第2番(最終楽章は有名なシャコンヌ)ではいよいよエンジンがかかってきたよう
で、ようやくクイケンらしい素晴らしい演奏でした。とにかくあのクセの強い独特の演奏法(但しこれがバロ
ック時代の演奏法なのだそうだが)に慣れさえすれば、クイケンの奥深い音楽が徐々に理解出来ると思います。
いわゆる一般受けする派手さや押しの強さはありません。クイケンはかつてインタビューで「ヴィオールを弾
くと心が和むが、ヴァイオリンを弾くとエキサイティングになる」と言っていましたが、その情熱はあくまで
内側へ向かって放たれいて、外にはゆっくりと漏れて来るのです。あの有名なシャコンヌも世間が期待するよ
うなドラマチックさもロマンチックさも殆どありません。真夏の強烈な直射日光でも何百ワットものライトで
もない、仄かに揺れるロウソクの光の様な音楽です。