4月1-10日のひとりごと

Diary Top

4月10日(木)
家主のおじいさんと私で知り合いを招いてディナー。
大学教会の牧師夫妻と
演劇の(発音・スピーチを習ってる)先生と
地質学の教授夫妻(なんとなく知り合い)。
クワイアーの先生は奥さんの怪我で残念ながら欠席。

...にしても。
平均年齢60は越えるであろう大学の大御所ばかり。
一人一人と別々に話してるとそんなこと感じないけど
このメンバーが一堂に会すると
「変なことはできないぞ」みたいな妙な緊張感が。
ま、みんな『友達』だからいいんだけど。

そうそう、いまだに英語でどうもしっくりこない表現の一つ。
この『友達』って言葉。
自分の親や祖父母ぐらいの年齢の教授や大学のお偉い方など
日本語だと『友達』と呼ぶのはちょっと躊躇してしまうような
“親しい知り合い”でも、
結局“friend”って紹介されるんだよね。
その度に腰の低い日本人としては
「どうもすいません」って気分になってしまうんですよ。

文化の違いなんですかね。

家主のおじいさんは張り切って
普段は誰も使わないダイニングを綺麗にセットアップし
なんと天井にはシャンデリア。(いつもぶら下がってるけど使ってない)
ご先祖の肖像画に囲まれて
シャンデリアと蝋燭のほのかな灯かりの下での和洋折衷ディナー。
まるでタイムトリップしたようです。

私は青ジソとワカメとごまの混ぜごはんと
ツナのそぼろと醤油で味付けしたゆで卵を作ったのですが、
ものすごく簡単なのに大好評。
日本(アジア)文化に馴染みのない地域にいると
こういう時に何を出しても感動してくれるので
そういう意味ではすごく楽なのですよ。

成功してよかったー。

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4月9日(水)
週一回の Fellowship meeting みたいなので
イラク戦争の話になる。

それで、気がついたこと。
この間のディナーからずっと心のもやもやが消えなくて
それでちょっと気が滅入ったりしてて
その原因ってこういうことなのかな、と思う。

異文化間の争いには宗教が絡むことが多い。
私は洗礼を受けたとはいえ
キリスト教に関してもまだまだ不勉強だし
仏教とか神道とか儒教とか(宗教っていうよりは哲学なのかもしれないけど)
日本文化に根づいているものに関しては多少の知識はあるとはいえ
イスラムをはじめとする他宗教に関しては無知に近い。
だからこういう国際的な摩擦になると
わからないことがたくさんある。

それでも、どの宗教に関してであれ、
人々の信仰が争う理由として“利用”されているような状況に
ものすごく苛立ちをおぼえるし、それは本能的な嫌悪感にも近い。
きっとずっと心に引っかかっていたもやもやは
この嫌悪感なんだ。

いくら科学技術が進歩しても
信仰っていうのはそれとは全く別のところにあるものだと思う。
どんなに非科学的でも
だから聖書の話はナンセンスだってことにはならないし
個々人の宗教的な経験とか“奇跡”だとかは
誰にも証明できるものでもないし
立証することに意義があるものでもない。
そういう意味で、信仰って人間の『ピュア』なところに位置するものだと思う。
“グレーゾーン”というか、
悪意が簡単に入り込んで操作しやすい
半ば無防備な部分だと思う。

だからこそ、「これは神の意志だ」とか
「神が戦えと言っている声を聞いた」だとか
人々の信仰に訴えるようなことをプロパガンダに使うのは卑怯だ。
本当に神の意志かどうかなんて誰に証明できるものでもない。
でも一旦そういうふうに言われたら、
「いや、それは違うよ」って即座に反論するのはたぶん難しくなる。
発言してるのがある程度の権威を持ってる人なら尚更だ。
「なんだ、お前は神の意志に逆らうのか」
ってことになるような気がするじゃない?
本当かどうかなんて誰にもわからないだけに
その論理に疑問を抱くのが難しくなる。

そういう人の心のピュアな部分、
基本的に善意で成り立ってる部分を
政治的な策略に利用するようなやり方って
本当に卑怯だ。
理屈で堂々と正当化するのが難しいから
理屈の入り込めない部分を利用してやれ、って意図があるようで
それに嫌悪感をおぼえるのだと思う。

アメリカだけを批判してるのではなく
どっちもどっちで同じようなことしてるんだろうけど。
やっぱり住んでるだけにいろいろ肌で感じることって多い。
些細なことだったりもするんだろうけど。
私が過敏すぎるのかもしれないけど。

『God Bless America』ってスローガン、大嫌い。

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4月7日(月)
まるで風邪を引くように
いつのまにか、ふとしたことで
ホームシックになったり
昔のことが恋しくなったり
それで鬱っぽくなってしまったりする。

そんな時でも
浮かない気持ちを抱えながら
普通の顔して何でもない振りをして
いつも通り授業に行ったり
唄ったりダンスをしたり
コメディーでおどけてみせたりするんだ。

いつも通りの生活をするのに
100倍ぐらいのエネルギーが必要なときだって
いつも通りに過ごすんだ。

それでも風邪が自然に治るように
いつのまにか、ふとしたことで
この場所が輝いて見えたり
今を生きることが何よりも幸せだったり
とても前向きに暮らせるようになったりする。

身体が疲れて風邪を引くように
きっと心も疲れると風邪を引くんだ。
それはごく自然のことなんじゃないかな。

いつも笑顔でいるのは
きっとすごく難しくて
でも、いつまでも落ち込んでいるのも
きっと同じくらい難しい。

いつも笑顔でいなければと
自分を責めるのは
もうやめてみよう。

自分に優しく
あるがままで生きてみよう。

それもやっぱり難しいんだろうか。

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4月6日(日)
クワイアーのコンサート。
オーケストラと、プロのソリストと、
地域のコーラス隊と大学の聖歌隊との共演。
教会中の空気が振るえてるような、
歌の世界に包まれているような、そんな響き。
すごい。
唄いながら感動してしまったよ。
すごく、すごく、よかったです。

最後はスタンディングオベーションで、
なんか本当に心がふるえて涙が出そうでした。
みんなが起立して拍手する姿が、
大袈裟なようだけどまるで映画のラストシーンのようで。

連日のリハーサルの甲斐もあって
最近は高いラが比較的楽に出せるようになりました。
身体の使い方も上手くなったようで
おなかが太鼓の膜みたいに振動してるというか
喉に余計な力が入ってないというか
身体の中の気の流れが感じられて、『楽器』になったようで
高音を出すときなど、特にとても気持ちいい。

こういうの、続けてないとすぐに元に戻っちゃうんだろうなと思うと
どうにかして歌も続けたいと思ってしまう欲張りなワタシ。
ほぼ出費ゼロの条件で(っていうか先生としての労働が学費になってるんだけど)
演劇もダンスも歌も訓練できるって
やっぱり恵まれた環境なんだろうね。

しかし日曜礼拝と合わせて午前10時から午後5時まで
文字通りずーーーーーっとクワイアーってのもすごい。
(ランチも20分ぐらいしかなかった)
これだけコミットしてるんだから
それなりの成果があって然るべきだよね。

コンサートを録音してCDを作ったそうなので
それを聴くのが楽しみです。

よりによって今日からサマータイム。
一時間早まったので睡眠時間も少なく(起きる時間が一時間早まった)
時差ボケっぽくもなってしまい、ハードスケジュールとあいまって
疲れてちょっとボーッとしてます。

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4月4日(金)
留学生の子ら数人とともにインターナショナルディナー。
そんなつもりじゃなかったのに
信仰とか戦争の話になる。

イスラムの話を聞くのは初めてだったのでとても興味深い。
彼女たちの話を聞く限りでは
共感できる部分もとても多い。
もっときちんと理解できるように勉強してみたいと思った。

逆に、とっても“クリスチャン”な子の
絶対に相手の考え方を認めない信念はすごかった。
自分もクリスチャンではあるけれど
少なくとも今夜の議論においては全く立場が違うらしい。
(そもそも彼女の教会の考え方と
私が知ってるキリスト教とは重ならない部分も多く、
一言で『キリスト教』とはくくれないなぁ、とも思う)
なんとなくアメリカ至上主義っぽい思想が感じられて
ちょっと辟易してしまった。
アメリカが過去にしてきたこと、現在していることの
客観的な情報が極端に欠如しているように見えた。

その辺の『大衆としてのアメリカ人』が
そういう思想と態度をもっているのは
決して心地よくはないけど、まぁ諦めがつくんだ。
ただ、個人的に知ってる友人で、
しかもとってもいい子がそういう考え方してるっていうのは
やっぱり結構ショックだった。
「ブルータス、お前もか!」って叫んだ
シーザーの気分って、たぶんこんな感じだったんだろうなぁ。
アメリカ人の視野の狭さ、鈍感さ、他の文化への傲慢さは
こんなところにまで深く浸透しているのか、という絶望。

議論が白熱したあまりの言葉の弾みだったのかもしれないけれど。
「We(Americans) are good」とか
「ブッシュのやってることは正しい」とか
「長い目で見ればこの戦争はいい結果をもたらす」とか
「そんなにアメリカが嫌いならなんでここに来たの」とか......。
これが、彼女の口から出るとはなぁ...。

批判してるんじゃなくて
怒ってるんでもなくて
いろんな意見があることは当たり前で
それぞれ尊重しなきゃいけないんだろうけど。
勝手に『裏切られた』気分になって
かなり気が滅入ったり、しました。

彼女“超”真面目で敬虔なクリスチャンだけに
教会で何か言われたんだろうかと
“カルトっぽい洗脳の気配”も、実は感じてしまって
丸っきり余計なお世話かもしれないけど
ちょっと心配になったりもしました。

教会が関わってるかどうかはわからないけど
なんとなく社会に流れてる空気の中に
時として信仰を戦争の言い訳に利用するようなやり方があるのには
本当に脅威と悲しみと嫌悪感を感じます。

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4月3日(木)
Cinema Guild の映画を観に行ってきました。
毎週木曜は海外のや昔のやインディペンデント系の映画などが
タダで上映されるのです。
比較的“当たり”ってことが多いので(外れてもタダだし)
舞台のリハーサルがない日はなるべく観に行くようにしています。

今日のはスペインの映画で(英訳では『And Your Mother Too』)
男の子ふたりと年上の女の人ひとり(男の子片方の従兄弟の妻)の三人で
Heaven's Mouthという架空のビーチに行く話。
(男の子達がナンパするためにでっち上げたビーチなのです)

ヌードとかセックスとかの場面がたくさんあって
最終的にはやや同性愛っぽいシーンまであるのに
なんだか全然やらしさがないなぁ、と思いました。
そもそもフィクションだから作りごとなんだけど
ハリウッド映画っぽい作りものっぽさがないからかな?
すごく『等身大でありのままの姿』って感じがするの。

う〜ん、なんか上手くいえないけど。
典型的なハリウッドの映画って
結局は美男美女同士のラブシーンだったりして
カッコ悪さが全然なかったりするでしょう?
この映画にはそういうところがなかった気がする。
だからカッコ悪さとか大人になる前の未熟な感じとか
大人になってからのつい内に秘めてしまういろんな悩みだとかが
すごく自然な、普通の、リアルなことに感じられたんじゃないかな。

写真とかでもそうだけど
ヌードそのものって美しいんだよね。
ただ、きちんと扱わないと難しいテーマでもあると思う。
純粋な美しさが奪われやすいというか。
真実の姿が見えなくなりやすいというか。

ま、とにかく。
裸体がバンバン(...でもないか)出てくるけど
あんまりHっぽくなくて、
全体としては『生きる』『青春』『成長』ってことが
テーマになってる気がします。

この映画、きちんと伏線が貼られてる終わり方もよかったです。

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4月2日(水)
写真のPoemプロジェクト発表。
写真もそれに添えた言葉もすごく好評で
先生も「先生」としてでなく「アーティスト」として
作品を楽しんでくれたみたいで大満足。
「今までの中で一番いい」と大絶賛してくれました。
春休みのほとんどを費やしたのが報われたようで
心地よい達成感でいっぱいです。

来週末の高校生の学校見学ツアーに合わせて
一部(とは言え12枚全ての“一部”)を修正して
廊下に展示することになったので
今週末にはかかりっきりですね。
クワイアーのコンサートも控えてるので
多忙な週末になることでしょう。

そんな新たな(しかも extra の)課題を出しておきながら
暗室にあるコンピュータのメモリーがいっぱいで機能しなくなったため
明日の昼にはファイルが捨てる、という血も涙もない警告が。
このプロジェクトのファイル、しっかりそこに保存されてるってば...。
そんな訳で夜中までかかってファイルの移動。

暗室のコンピュータは Zip ディスクのみで
(ということは Zip 対応 Mac でしか開けず、PCユーザーの私には意味がない)
CDロムに記録できる機能は図書館の数台にしかないので
Zip ディスクを片手に行ったり来たり。
そのうちCDバーナーが調子悪くてフリーズしたり。

コンピュータが言うこと聞いてくれないときって
泣きたくなりますね。(涙)

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4月1日(火)
Voice and Interpretation のクラスで
動きつき Puck(シェークスピアの『夏の夜の夢』から) 披露。
自分でもやりながらかなり楽しんでたけど
見てる方も楽しかったらしい。
それでいろいろ誉められて嬉しい限り。
青空の下だったのではしゃいでたのが功を奏したのか?

Puck。
大好きなキャラクターです。
なんでか聞かれると一言じゃ答えられないけど、
とにかくやってて楽しい。
敢えて言うなら『自分の中の子どもの部分を思いっきり開放できる感じ』かな。
いつかは舞台できっちり演じてみたい役です。
Puck 役に抜擢されるの、夢の一つでもあります。
いい演技をすれば簡単に“主役を食っちゃう”だろうな、っていう
役者の力が試される役でもあるような気がするの。

Puck を舞台で演じる日が来たら、
それは私にとってかなりめでたいことなので
その時は思いっきり祝ってくださいな。