3月11-20日のひとりごと
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3月20日(木)
人間社会のすべての構成員がもつ固有の尊厳と、
平等で奪うことのできない権利とを承認することは、
世界における自由、
正義および平和の基礎である。
〜 国際連合第三回総会で採択された
「世界人権宣言」前文より 〜
購読してるメールマガジンで世界人権宣言が届けられた。
そういえば私は大学の入学式で
世界人権宣言に署名したのだった。
署名したときには
その内容はすごくもっともで、当たり前すぎて
特に気にも留めていなかったように思う。
だって、『当たり前』でしょう?
「そりゃそうだよね」と思っていた、ように思う。
今、こんな情勢の中改めて読み返してみると
とても大切なことが書かれていたんだ、と気づく。
そして『当たり前のこと』を貫き通すことの尊さと難しさを痛感する。
情報をメディアに頼るしかない私達のほとんどは
情報操作によっていとも簡単に真実が見えなくなりがちだ。
アメリカのメディアを見ると
国家をあげての洗脳のようで
辟易してしまうことが多々ある。
知人と話すときはほとんどみなが戦争反対なのに
どうしてTVの中では一斉に戦争が肯定されるのか。
世論は作られている、と感じる。
作られた世論によって人々の意識も変わっていく。
それは『枠の外』から眺めている人間にとっては脅威だ。
知識レベルの差、も否めないと思う。
ちゃんとした高等教育を受けてきた人は
メディアの『演出』を鵜呑みにすることなく
ちゃんと情報を選り分けて、自分で判断できているように思う。
「できるやつだけ伸ばせばいい」という姿勢の教育は如何なものか。
結果的には国家に『貢献』する知識人と
『操作し易い』一般人ができるのだから
そりゃ、上の人間にとっては都合がいいのかもしれないけれど。
残りの世界にまで大迷惑かけてること忘れてもらっちゃ困る。
やっぱり何かがおかしい。
こんな時代だからこそ、
当たり前のことが当たり前にできる人間でありたい。
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3月19日(水)
TVにWTCで夫を亡くしたという女の人が3歳の娘と出てきて
「この子のように父を亡くす子がこれ以上増えないためにも
イラクを攻撃すべき」
なんてことを堂々と言っていた。
カメラに向かって誇らしげに微笑みすら浮かべていた。
ソノ女ノ顔ハ悪魔ノヨウニ歪ンデ見エタ。
毒舌ですが。
あんな母親一人の手で育てられるなんて
あの子が可哀想だ。
本当に、可哀想だ。
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3月17日(月)
朋、遠方ヨリ来タルアリ。
インディアナに住む友人が遊びにきました。
もう一年近く会っていなかったのに相変わらずで
再会直後に髪を染める手伝いをすることに。
おかげでうちの風呂場は真っ青です。
こんなになるなんて知らなかったよ〜、と恨みつつ
あと2ヶ月でなんとかこの痕跡を消さなければと
必死に風呂掃除を始めることに。
まーったく、なんで他人の家で髪染めるかね。
夕方は彼が泊めてもらってる家の子も合流して
車で1時間ぐらいかけてお寿司を食べに Chattanooga へ。
久し振りの日本の雰囲気、やっぱりいいですね。落ち着きます。
早く帰りたいなぁ。
やや遅くなってから帰宅したのだけど
うちのリビングに所狭しと置いてある肖像画やら胸像やらを見て
二人で口を揃えて「怖すぎる」と。
家全体の照明が薄暗い所為もあって本気で怖くなってきて
しかも人の話し声とかまで聞こえてきて
(それは向かいの家でパーティーやってたっぽいのだけど)
こんなとこで一人で夜は越せない、と
彼女の家に急遽私も泊めてもらうことに。
あー、怖かった。
彼女はアートの素養があるらしく
イラストやらデジタル写真やらを見せてもらう。
家具も一風変わった手作りらしく、家全体のセンスもよくて
初めて泊まるとこなのにものすごく居心地がよかったです。
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3月16日(日)
春休み初の日曜日。
今日は大学教会がお休みで、Choir もないため
山のふもとに住む “ホストファミリー”(「名ばかり」な感じになっちゃってるけど)の教会へ。
この教会、みんな親切にしてくれるんだけど
なんとなくアットホームには感じられないんだよねぇ。
単に行きなれてないからなんだろうけれど。
午後は誘われて、湖での釣りへ。
釣りとは言ってもボートの上でぼんやりしてただけだけど。
最初は「えー、今から湖まで行くの?何時間かかるの!?」と思ってましたが
なんと車で30分、見慣れた街並みの角を曲がると
そこには広大な湖が広がっていたのです。
テネシーは州の政策(?)で
至るところに川(テネシー・リバーだと思う)をせき止めた湖があって
今日行った Tim's Ford もその一つ。
しっかし「ボート持参で余暇に釣り」ってのが
セワニー卒のおじさんらしい趣味ですな。
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3月12日(水)
春休み直前。
日本語は中間試験です。
最初の3ページぐらいは今までの小テストの復習なので
まぁこんなもんだろうと思い、問題は8ページ(余白も結構ある)。
そろそろリスニングでも、と教室に戻ると
「先生、働き過ぎだよ〜。一枚破って捨ててもいい?」
……お願いですから全部問いてください。
で、リスニング。
こちらもここから出すよ、と予告しておいた
教科書に載ってた問題の『簡単』バージョン。
「〜ありがとうございました。200円です。
……はい、じゃあおつり800円」
問:「いくら渡しましたか?」
その瞬間、学生から叫び声が...
「えーっ、数学!?」
……数学じゃないってば。
以上、楽しい日本語教室の一コマでした。
この学生たち、こんなふうに『しょーもない』けど
なんか憎めないのです。
午後は写真の授業。
久々の青空だったので外へ撮影に。
「今までに使ったことがないカメラを使おう」ということで
私は先生のパノラマカメラを借りました。
いつもとは違うルートで山を降りると、
なんか不思議な感じの街発見。
中世の廃虚のような巨大な工場(?)跡が
のどかな山の風景に突如現われたりしてるのです。
ホント、セワニーの周りって何があるかわからない。
夜はすごく久し振りに映画館へ。
(セワニーの映画館は一日一回、夜しか上映してないので
舞台のリハーサルがあると観に行けなくなる)
知人から薦められていた『Catch Me If You Can』鑑賞。
面白かった。
あるプレビューで “痛快” と書かれてましたが
ホント、痛快です。
レオナルドディカプリオが演じてる役、
詐欺師なんですが憎めない、というか魅力的なんですね。
主人公を好きになって感情移入できるかどうかって
やっぱり重要なポイント。
ディカプリオの演技はなんだか “鼻につく” 感じで
あまり好きではなかったので
(『ギルバート・グレイプ』だけは別)
観る前は「ディカプリオかぁ〜...」とあまり期待はしてなかったのですが、
これでは『ちゃんと演技』してました。
やればできる。
ちなみに実話に基づいてるそうで
本物の詐欺師の人、“アドバイザー”として
ちゃんと最後にクレジットがついてましたよ。
「やるな〜」って感じです。
ちゃんと最後(キャストとかスタッフの名前が出てくるとこ)まで観た人への
さりげないご褒美みたいで、ニヤリとしてしまいます。
オススメ。