3月21-31日のひとりごと

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3月30日(日)
朗報!!!
NYのアクティングスタジオへの受け入れが正式に決定!
Michael Howard Studios というところで
9月から一年間(5月まで)みっちり演技の訓練してきます。

本当は一月にスタジオ見学した時点の口約束で
受け入れはほぼ決まっていたのだけど
やっぱり正式に手紙がくると嬉しいねぇ。

しかもこの手紙、『私宛』に書かれてるの。
名前のとこだけ入力したやつじゃないの。
(私とスタジオの間でしか通じないことが書いてある)

そんな手紙の一文に
“We feel that both you and the Conservatory will benefit
from your participation in the program.”
(アヤがプログラムに参加することはスタジオにとっても有益だと思ってる)
なーんて書いてあるんですよー。

これを読んだら浮かれずにはいられないでしょう。
文字通り、『跳び回って』喜んでしまったよ。
もぉ、顔からニヤニヤが消えない。
しかもみんなが祝福してくれて、
世界中に祝福されてる気分になってしまって
人生って素晴らしいとか思ってしまう。単純すぎ。

こんな時勢に不謹慎なんだろうか?
イラクの皆さんごめんなさい。

えーっと。
でもここでも戦争の影響(?)はないわけではなく
ビザが出せるかどうかの審査が済むまで待機なのですが。
このスタジオ、過去に海外からの長期受け入れがなかったらしく
今 INS というところを通して手続き中なのです。
しっかりしたプログラムなので大丈夫だとは思うんだけど
9.11以降外国人への『警戒』が強まったような感じで
大学のビザ持っててもいろいろ面倒くさかったりするので
ちょっと気掛かりではあるのですが。
NYだし、政府は他の国に爆弾落とすのに必死で
こういう手続きは後回しになったりしないんだろうか?

でも、こんな面倒な手続きがあるにも関わらず
わざわざ時間と労力を割いてまで政府と交渉してくれて
それで受け入れてくれるなんて、私ってば幸せ者だなぁ。

おそらく最終結果が分かるのは
この夏、日本でですね。
それまで公表するの控えようかとも思ってたんだけど
あまりにも嬉しいので日記に書いちゃいました。
めでたい。

あ、ところで話は全然変わりますが。
今朝、小雪がちらつきました。
数日前まで半袖でも汗ばむくらいだったのに。
花も咲き始めたのに。
空も青かったのに。
山の天気は変わりやすいとは言いますが
変わるにも限度がある。
一足早いエイプリルフールかと思いました。
コートとセーター、クリーニングに出さなくてよかった。

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3月27日(水)
写真の授業中、アートギャラリーに先生の展示を観に行く。
今週から始まった展示は
先生が地域の人に HOLGA(プラスチックカメラ)を渡して撮影してもらい、
それをプリントしたというもの。
あと、先生が自分で撮ったやつもね。

なかなか興味深いです。
普段は“アーティスト”でも何でもない
副学長とか化学の先生とかアウトドア関係の人が撮影した写真。
偶然の産物でもあるんだろうけど、
すごく人柄が表われてそうなのもあったりして。

そんな中、先生が撮った花の写真の前で
クラスメートの一人が
「この写真、アヤを連想させる」とコメント。
なんで?って聞いたら
「去年(初級)の作品で、花の写真があったでしょ?」と。
たぶんチューリップのことです。

あれ、初級の本当に最初の方のプロジェクトで
クラスメートも15人ぐらいいたのに
覚えててもらえたなんて、なんか感動。
中級で3人になってからなら誰が何やったか覚えてるけど、
初級のクラスのなんか、印象深かったのしか覚えてないもの、私。
それなのに自分の創ったものが
一年以上経っても誰かの心に残ってるなんて感無量です。
アーティストの喜びって、きっとこういうところにあるんだろうなぁ。

喜びといえば、語学講師として。
日本語の学生の一人が、アジア研究のぺーパーで
日本文化についてリサーチするらしい。
「日本語の授業でビデオをみて、
従来の文化・伝統がどのように変化してきたのか興味を持った」んだって。
彼女、頑張り屋さんなんだけど外国語学習がものすごく苦手らしくて、
初めの頃は『怯えた子鹿』みたいな感じで座ってたのに
ずいぶん日本に対する興味を深めてくれてたんだ、と
嬉しくなっちゃいました。

生徒に励まされるって、きっとこういうことなんだ。

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3月25日(火)
マッティングの相談をするため
写真のプロジェクトをデジタルアートの授業に持参。
(写真もデジタルも同じ先生が教えてるんです)
そしたら近くにいたアート専攻の子が「見てもいい?」と。

彼女、アートの4年生でとてもセンスのある素敵な子。
その彼女が一枚ずつ慈しむように丁寧に『鑑賞』してくれました。
ほんと、『見る』じゃなくて『鑑賞する』って感じ。
一つ一つのイメージに心が反応してるのが伝わってくるの。
全身全霊で作品を味わってくれているのです。
しかも一通り見終わってから「これ、メモしてもいい?」と
幾つかの『詩』をスケッチブックにわざわざメモまでしてくれました。

感動。

作品をあんなに大切に見てもらったのって初めてかもしれない。
私は自分の作品にはとても愛着があるのだけど
それと同じくらいの愛情を注いでもらったような気分です。
本当にすごく感動しました。

そして見ているときの彼女の顔、まるで天使のように美しかったです。
(まぁ、彼女はもとから綺麗な子なんだけど)
見ているのが私の写真だとか、そういうこと全然抜きにしても
写真に心を動かされている彼女を見て心が動いたよ、って感じ。
なんかね、『作品と“対話”している』みたいなの。
そこに彼女と作品『ふたり』だけの世界があるんです。

そういえば演劇学部の口頭卒業試験を見に行ったとき
コスチュームデザインの子が
「アーティストとして、人々を “affect”(心を動かす・影響する)したい」
と言ってましたが、今日彼女の顔を見ていて気がつきました。

私も周りの人に “affect” したいけど
それと同じくらい “affect” されたいんだなぁ、と。

前にもどこかで書いたけど
写真を始めて学んだことって
『いかにいい写真を撮るか』だけじゃなく
『いかに写真のよさを感じとるか』だと思うんです。
もしかしたら作品を味わう目と心を養うことの方が
もっとずっと大切なことなのかもしれません。

実際、写真を始めてから
以前なら何気なく見過ごしていたようなものも
「え、これすごく綺麗」って目にとまることが増えたような気がするの。
誰かの心を動かす(=affect する)以前に
自分の心が動かされる(=affect される)こと、すごく増えたのです。
で、それってとても心地よい。

私が演劇とか写真に惹かれる理由って
そんなことなのかもしれないなぁ、なんて思いました。
この心地よさ、やみつきになるもの。

あと、彼女が私の写真にしてくれたように
作品やそれを生み出したアーティストに『敬意をもった味わい方』が
自然にできるようになりたいな、とも思いました。
誰か他のアーティストに対してだけでなく
自分自身の作品に対しても。

一度手を離れたらそれはもう『私の一部』というよりは
一個の独立した存在だと思うのね。
で、自分のだろうが誰かのだろうが
きちんと敬意をはらいたい。
だから “日本人の謙虚な心” とは全然かけ離れてるかもしれませんが
私は自分の作品でも好きなのはベタぼめしちゃうし
「ここがちょっと...」とは思っても
「この作品ダメ」と切り捨てるようなことは口が裂けても言えない。

あー、なんか上手く表現するの難しいけど。
強いていうなら『自分の子ども』にどう接するか、って感じかなぁ。
『いつまでも自分の分身、自分の一部』だと思ってるか
『生まれた瞬間から一個人』になると思ってるか。
作品に対する敬意の心って
子どもに対する母親の心に通じるようなとこ、ある気がするんです。

彼女の、作品に対する姿勢ってとても清々くて、心地よくて。
それでこんなこといろいろ考えちゃいました。

彼女、私の憧れです。

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3月24日(月)
久し振りの授業。
休み中のだらけきった生活から元のスケジュールに復帰するのは
さぞかし大変だろうと恐れおののいていましたが
意外とすんなり戻れたかも。
今週の日本語は『復習+映画 Week』にしたので
準備のプレッシャーが少ない所為かもしれませんが。

ということで今村昌平監督の『うなぎ』を見せてます。
『Shall We ダンス?』を一学期目に、
『うなぎ』を二学期目にというのは
私のクラスの定番なのです。

長い休み後の数回で復習用の宿題を出しつつ
映画を見せて『お楽しみ』を設けるのって
実はこちらとしてもやりやすい。
どうせ休み中には勉強なんかしてこないので
無理して新しいとこに進んでも上手くいかないものなんです。
むしろ宿題で前にやったことを思い出してもらいつつ
『生の教材』で学習の成果を感じてもらったり
日本文化を垣間見たりすると
いい息抜きになって
学習意欲の向上にもつながるみたい。

映画を見せるときには必ず1-2ページのフィードバックを書いてもらうのですが
条件として文化に関してと、理解できた日本語に関してのパラグラフを
最低一つずつ含めてもらいます。
すると「日本でこういうことするの普通なの?」とか
「今、〜っていったでしょ?」とかいろいろ発見があって、
学生も興味が湧いたり自信がついたりするようです。

今回は『うなぎ』なので
「日本で浮気は犯罪になるのか」とか
「日本の殺人犯はよく自首するものなのか」とか
「あの住職はどうやってこの奥さんと結婚できたのか」とか
一言で『日本文化』とは括れないんですけど...
みたいな質問続出。
(そんなわけないでしょ、ってのがほとんど)

う〜ん...一風変わった日本のイメージを与えてしまうんだろうか。

映画一つ観るのにもクラスの特徴って表われるようで
去年はみんな一言も喋らず食い入るように見てましたが
(期待してたとこで反応が薄いと実はちょっと淋しい)
今年のクラスは喋る喋る。

『〜ダンス?』ではタマ子先生は “fairy(妖精) タマ子”になってたし
読めるカタカナが画面に出てくると得意げに叫ぶし。
今回もまだ3分の1しか見せてませんが
うなぎは気持ち悪いから嫌いだとか
いやへびよりはマシだとか
日本人の男の人の服のセンスはどうなんだとか
これは浮気のためのいい“CC”だねぇとか
(Core Conversation という短い基本会話を覚えながら
日本語を勉強しているのです)
勝手なこと言いまくり。
それはそれで聞いてて楽しい。

フィードバックで何を書いてくるか楽しみです。

午後。
ジムに行く途中で友人に会い
そのまま誘われて寮の common room で Tae-Bo を。
これ、一見エアロビみたいですが
どうやら太極拳かテコンドー(“Tae”)とボクササイズ(“Bo”)を組み合わせたものらしい。
(安易なネーミングだよね...)
すごいハイテンションのインストラクターが
これまたハイテンションのお手本数人と出てきて動く動く。
筋トレみたいな部分では
「自分を信じるんだ!」だとか
「これさえできれば何でも手に入る!!」だとか
しまいには「見えない力が助けてくれるんだ!!!」とか
どさくさ紛れに訳わからないこと言いたい放題でかなりウケました。

いい運動になったけど夕方には筋肉痛が。

夜は2週間後に控えた Choir のコンサートのため
地域のコーラス隊(平均年齢高め)と合同リハーサル。
生のオーケストラの伴奏で歌うらしいです。

5月末から10日間ぐらいイギリスの教会に歌いに行く、という
Choir のイングランドツアーもあったのですが
今日正式に参加を辞退。
かなり迷ったんだけど
参加費も結構かかる上に情勢が情勢だからね。
イギリスに寄ると飛行機の乗り換えがかなり増えちゃうから
アメリカの飛行場では「アメリカ人じゃない」と厳重チェックされ、
他の国の空港では「アメリカから来た」と警戒され、
っていうんじゃ参っちゃうしなぁ、とも思ったし。
まぁ、いつかまた機会はある。

そういえば初めて語学留学を考えていた直後にも
湾岸戦争が勃発して参加を取りやめたっけ。
毎回何かあると戦争(つまりアメリカ大統領)に邪魔されてるけど
あの時参加しなくても、その後いろいろチャンスはあったしね。
きっとまた、いつかどこかでもっと素敵な機会は巡ってくる。

...ということでそろそろ帰国日程も考えねば。

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3月23日(日)
春休み最終日。
気持ちよく晴れてようやく春の兆し。
あと一週間早く訪れて欲しかった。

やり残していた写真のプロジェクトを仕上げに暗室へ。
『暗室』とはいっても
今回はコンピュータで作業することにしたので
いつもの暗い部屋じゃないんですね。
文章を添えることにしたので
ネガをスキャンしてプリントしたのです。
休み中にだいぶ時間をかけた甲斐あって
あとはマッティング(台紙をつけて“それらしく”すること)のみ。
マッティングの有無で作品の見た目ってだいぶ変わるんですよ。

夜は「明日の授業の準備しなきゃ」と思いつつ
うっかり見てしまいました、アカデミー賞。
3時間半もあるのにしっかり全部見ちゃったよ。

マイケル・ムーア、やっぱかっこいい。
ほとんどの受賞者が「○○さん、ありがとう」なんて
超内輪しかわからないような芸のない挨拶ばかりする中、
「Shame on you,Mr.Bush!」
って叫んでました。(その他にもいろいろ“痛快な”こと言ってたけど)

『恥を知れ』だよ、『恥を知れ』。
何かするだろうなー、と期待はしてたけど
いやはや何とも、彼らしい。

一歩間違えると「場違いだ」とか「大人気ない」とか
そういう批判もあるんだろうけど、
私は「よく言った」と思わずTVの前で拍手しちゃいました。
みんな心の中で思ってても言わないでしょ、ああいうこと。
しかもあの場で。

彼の行為をとやかく批判するのは簡単だけど
みんなが見てる前であそこまではっきり意思表示するのは簡単じゃないんです。
オブラートに包んだような当たり障りのない言い方で
『平和を祈る』のとは違うんです。
敵もいっぱい作るだろうし
下手したら命だって狙われかねない。
そんなリスクを負ってまで堂々と反戦を訴えられるのはすごい。

私だって戦争なんか嫌だし
某大統領の自己チューやら某首相の対応やらを
腹立たしく思ったり恥ずかしく思ったりもするけれど
でもやっぱり自分が死ぬのは怖いし
自分の大切な人達が死ぬのも絶対嫌だから
『ここなら安全』と思える場所、範囲でしか
反戦活動なんかできないと思う。
『自分自身の世界』の安全を確保してからじゃなきゃ
『世界平和』にまで気がまわらないと思う。

だからマイケル・ムーアの生き方には
ポーズだけじゃない本物の信念を感じます。
ジャーナリスト魂というか、芯の通った正義感のようなもの。
そしてその裏には深い『愛国心』すら感じます。
決して他国の人間を不快にさせない、純粋な愛国心。
「この人、本当にアメリカが好きなんだろうなぁ」と思いました。
祖国を想う気持ちって本来こういうふうに『気持ちいい』ものであって
他者への敬意を欠く排他的なものではないはずなのに。
とにかくムーアの、あの一途な姿勢と揺るぎない信念は本当にかっこいい。

多くの人が感じていた『嫌悪感』を
ストレートに堂々と口にするのは難しいんです。
そしてその嫌悪感は、護身とかそういうこと考えなければ
「恥を知れ」ぐらいじゃ全然足りないくらい
本来激しいもののはずなんです。
誰も口にしなかっただけなんです。

彼、暗殺とかされなきゃいいけど。
他人事ながら本気で心配。
彼は長生きして、いい作品をどんどん作るべき人です。
『芸術で世界は変えられる』ことを証明できる
とても貴重な奇特な人材だと思う。
ムーア頑張れ。

それにしても彼がアメリカ人でつくづくよかったね。
さすがのブッシュさんも自分の国はうっかり“誤爆”できないもんねぇ。

ムーアの他には
『The Pianist』の主演俳優さん(名前忘れた)も
すごくいいスピーチをしてました。
割り込んできたオーケストラの演奏を止めさせて
「この映画をきっかけに戦争がどんなに悲しいことか何度も深く考えた」
みたいなこと言ってました。
彼も並み居るベテラン勢がくすんで見えるほど素敵でした。
妙に場慣れしてる “ハリウッドスター” なんかより全然いいね。

そして『The Pianist』の監督。
式には出席してませんでしたが
スタッフや出演者や、その他関係者に(『関係』してない人にまで)
本当に深く慕われて尊敬されてるんだな、っていうのが
ひしひしと伝わってきました。
監督が芸術に関わる人達から敬愛されてるのって
なんだかわかる気がする。
ピアニストの関係者は本当に『いいチーム』だったっていうのが
いろんな場面でにじみ出ててとても素敵でした。

受賞の瞬間とかわずか一分弱のスピーチで
こんなにも人柄って表われちゃうものなのね、と
『人間観察』も楽しめた3時間半。
無駄ではなかった。

『The Pianist』、観たいなー。
セワニーには来なかった(し、来ない)ので
ビデオになってしまうのかしら。残念。

こんな情勢だからこそ
最優秀賞は『The Pianist』に獲って欲しかったのに
アメリカ万歳(?)的な『Chicago』が各賞総ナメでしたね。
まぁ仕方ないかな、とは思いつつも(『Chicago』も観てないので何とも言えないけど)
ちょっとアカデミー賞のふところの狭さを感じてしまったり。
それはさすがに偏見かしら?

あ、そういえば。
宮崎駿監督、おめでとうございます。
あなたは日本の誇りです。

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3月21日(金)
TVでやってた『Seven』を観る。
bloody なのは苦手なので
音楽が盛り上がってきたりしたらよそ見をしつつも
しっかり最後まで楽しみました。

ブラッド・ピット、やっぱり演技上手くてかっこいい。
集中力があるんだろうな、と思います。
いざっていう場面(ラスト)での顔の表情はものすごく真実で迫力あるし
表情とか動作とか表面的な部分だけじゃなく
全身から溢れ出す “エネルギー” に支えられた演技というか。
内面でいろんなことが起こってるのが
ひしひしと伝わってきて目が離せなくなるような、そんな演技。
実力あるなー、と思います。
それで見た目もかっこいいんだから
人気があるのも納得。

絶賛してるので察しはつくでしょうが
私もかなりファンです。

(そもそも『Seven』みたいに怖そうなのは
ブラピが出てなきゃ一生観なかっただろうと思われます。
筋金入りの怖いもの嫌いの信念をまげさせるほどの実力、
やっぱり彼はすごいです)