5月1-10日のひとりごと

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5月10日(土)
卒業式一日目。
一日目、というか今日のは礼拝形式で
『卒業生に神の御加護がありますように』みたいなことらしい。
それで最後の最後のクワイアー。

朝、リハーサルに向かう途中
家の前の道を歩いて両脇の木を見上げながら
「この道をあと通るのはあと何回だろう」と思ったら
風を感じてちょっと切なくなりました。

『何をしたらいいかを選ぶのは、
選択能力ではありません。
選択能力というのは、
今のこの環境、この仕事、この家族と、
いやいややっていくのか、
楽しくやっていくのか、
うんと楽しくやっていくのか、
それを選ぶ能力です。』

(伊藤守+ほしばゆみこ 「悪魔のささやき 天使のはげまし」より)

これ(↑)、私の大好きな座右の銘なのですが。

私は、「ここでの時間を充分に最大限に満喫する」
そんな努力をきちんとしていただろうか。

そういえばここで撮った私の写真って
こんなふうに木や空を見上げたもの、多いなぁ。

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5月8日(木)
別の卒業パーティーにて。
今日のは楽しかった。
誰も『狂って』なかったし、いろいろ話せる感じだったから。

日本語を取ってた学生の一人に会い、
「4年間で一番いいクラスだった」と言われる。
ものすごく優秀で語学が好きな学生だったからなんだろうけど
なんだかあんまりティーチングは上手くいかなかったのかな、
とか思ってたとこだったから、すごく救われた気分になりました。
しかもお世辞じゃないらしいし。
(その学生のボーイフレンドにも
『日本語が唯一愚痴を聞かずにすんだ授業だった』
って言われたし。ふふ)

その子と、去年教えてた子の共通の友人で
JETで日本に行ってた子がキャンパスに来てるらしく
二人の話を聞いて私に会いたがってるらしい。

なんか、こういうの嬉しい。
いろいろ「もうやってらんない」とか思ったことも実はあったけど
投げ出さずにやってきてよかった。

本当に、よかった。

***

なんとなく気まぐれで過去の日記を全て読み返してみた。

あぁ、あの頃の私はこんなこと感じてたなぁ、って
なんだか不思議な気分になる。
昔のメールを整理するときの気分にも似ている。

この先何が起こるかわからずに
いろんな可能性に想いをめぐらせドキドキしている
物語の中の登場人物があの頃の私だとすれば、
過去の文章を読みながらその感覚を思い出して疑似体験している私は
まるで映画を眺める観客のようだ。
いや、むしろ一度観た映画のビデオを見ている感じなんだろうか。
だって、物語の結末はもうわかってるもの。

同じようで、同じじゃない。

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5月7日(水)
みんながぐでんぐでんに酔っ払ってて
何が楽しいんだかよくわからないパーティーに呼ばれて行った。

思うにこの大学の学生の間には
『常に陽気でノリがよくなきゃいけない』みたいな
強い peer pressure があるのではないかしら。
そんな姿がたまに痛々しく悲壮に見えてしまう。

常に陽気でもノリがよくもない私は
場の雰囲気にどうも馴染めず途方にくれた。

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5月6日(火)
ファイナル関係全て終了!
あとは明日中に日本語の成績出せば
ここでの仕事も終わるのです。

あ、でも部屋の荷物の整理が...。
オフィスも......。
大変。

演劇のファイナルはモノローグ(など)を6つ披露する、というもの。
こういう時の順番って最後だけはヤダよねー、と言っていたら
よりによってクジで最後を引き当てる。
こんな時だけクジ運よすぎ。
他の人が一週間でメキメキ上達してて
それを見ながらどんどんどんどん緊張してたのだけど。

いざ始めてみたらなんと自分もノリノリでした。(笑)

冗談でなくまるで何かが乗り移ったかのようにやりたい放題。
っていうか『やったもん勝ち』みたいなクラスなので、基本的に。
発音矯正の特訓してた甲斐もあって
英語コンプレックスで怖じ気づかなくて済んだのもあるけど。
発音が完璧になったわけでは全然ないけれど
本番で発音が気になってきちんと演技まで気がまわらない、
ってことはなくなったみたい。
発音自体の問題よりも慣れと度胸の問題ですね。
やっててよかった。

ファイナルのトリでもあり、
セワニー生活最後のパフォーマンスでもあり。
ってことに終わってから気づく。
そっかー。
もうここで演技することもないのか。

いろんなものが『最後』になっていくな、なんて
ちょっとだけ感慨深くなってみたりもして。

最後のパフォーマンスも予想以上に上手くいって大満足。
大好きな Puck もやったし、笑いもとれたし。
Puck の他には 『As You Like It(シェークスピアのお気に召すまま?)』から
Phoebe のかなりハジケたモノローグを。
いやほら、10代前半の恋する乙女なので、彼女。
思い込み激しそうなあたりがかなり喜劇。面白かったー。
Phoebe もいつか舞台で演じてみたいな。

***

写真のファイナルポートフォリオとペーパー提出。
作品は卒業式まで廊下に展示されます。
先生はかなり出来に満足だったらしく
みんなにAをくれると公言してくれました。
やったね。

...っていうか
昨日徹夜で書き上げたペーパー読む前にA決定ですか、と思うと
嬉しさの反面やや微妙。

***

そういえば昨日、今日とトルネードが直撃してたらしく
午前中までものすごい雷がずっと鳴ってました。
大袈裟でなく地響きがするというか、地面が揺れるのよ、雷で。
光り方も半端じゃなく、
空で光ってるのを眺めるんじゃなくて
『光の中に入っちゃいました』って感じなの。
ここの標高が高い所為なんでしょうか。

昨日はトルネード警報が出てるなんて知らず、
「天気悪いなー」と思いながら
やや雷が軽くなった時間を見計らって外出しちゃいましたが
今日は怖くて出られません。

だって警察からの警告メールで
「サイレンが聞こえたらつべこべ言わず避難しろ」
って書いてあるんだよー。
(大文字で “SIREN = SHELTER” って何度も書いてあった)
怖すぎ。

それで恐れをなして写真と演劇の先生に
「嵐がおさまらなくても予定通り試験するの?」とメールを出したら
「え、別に私は気にならないけど(Thunder doesn't bother me)」ってのと
「あぁ、もちろんさ!(Oh, yes)」ってのが返ってきました。

数日前にちょっと地震があったぐらいで(私は気づきもしなかった程度)
大騒ぎしていたのと同じ人達とは思い難い。
っていうか死者出てるらしいですけど、この嵐。

写真のプロジェクト仕上げてないのに足止めをくらってたから
これでキャンセルもされず、
試験時間直前に天気が回復するってのが最悪のパターンだな、
と思ってたらまんまとそのパターンでした。

でもどうにかなった(↑上述)のでまぁいいけど。
最後の最後で波瀾万丈。

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5月3日(土)
日本語の期末。
昨日の午後、予想外に写真のプリントに手間取ってしまったため
ほぼ徹夜にて完成。
最後までこんな『自転車操業』ではいけない、と思いつつ
でもまぁなんとか終わったからよしとするべきなのか?
成績が少しでも上がるように
易しめの問題を増やすように心がけたのだけれど、どうだろうか。

試験後、クラスエバリュエーション(授業評価)を見たら
いい関係が築けてると思っていたのに
なんだかちょっと傷つくようなことが書いてあって
ちょっと落ち込んでしまう。

いくら一生続ける訳でないとはいえ
この2年間はプロ意識をもってやってきたし
大学時代も研修期間も、もちろん教え始めてからも
いい加減に手を抜くこともなくやったのにな。
それで「生活」してる以上は責任もあるし。

なのに、どんなにやっても
結局は「生徒がついでに教えてる」みたいに思われてたのか。
それで甘く見られた上に
あんなに時間をかけてなんとかUPするように考慮して、
それでもどうしても救えなくてやむなく出した成績に対して
「一かゼロかみたいな成績の付け方が嫌」とか書かれると
今までのcommitment と配慮って何だったのだろうと
なんだか無力感におそわれたりしてしまう。

そういうこと書いてくるのは一部の「問題児」だけなんだけど。
とはいえ、結構応えるなぁ。

そういえば、こっちに来てから
「ご苦労さま」って言ってくれる人、
注いだ努力を見ていて、認めて、ねぎらってくれた人、
ほとんどいない気がする。
「ご苦労さま」って一言だけで、
それだけで、どんなに報われるだろうか。

やっぱり言語学者にはなれても
語学教師には向かないような気がするよ。

午後、学生の一人に頼んで Wal-Martまで買い出し。
夜、日本食ディナーをする。

去年の学生も二人来てくれて
来年日本語を担当する先生のご家族とも一緒にとても楽しいひととき。
料理も全て好評で、よかった。

最後まで残った学生が帰り際に
「It has been a wonderful year.(素晴らしい一年だった)」
と口々に言ってくれる。
二人は、すごくのみこみが早くて成績優秀だった子。
一人は、逆に外国語学習が苦手で、ずっと個人的に補習をしていた子。
最初は本当にクラスにいることすら怯えたような感じだったのに
時が経つにつれ、ずいぶん楽しんでくれるようになっていたようで
彼女は今やアジア研究を専攻することすら考えているらしい。

ディナーの時に
「ずっと外国語学習が苦手でコンプレックスがあったけど、
日本語を勉強して自分にもできるかも、と自信がついた」
と言ってくれてたらしい。(私はその場にいなかった)

なんだか、じ〜んとした。
この一言だけで、昼間の悔しい気持ちなんか忘れて
今晩気持ちよく眠りについて、
セワニーをあとにするとき、
この2年間やっててよかったって思えそう。

彼女の成長は私にとっての励ましでもありました。
頑張っててよかった、
頑張ってくれてよかった、
って心から思いました。

ありがとう。