ドキュメンタリー: 舞台の裏側
ドキュメンタリープロジェクト。
舞台の裏側をテーマにしました。
(2003.3.21.)
本番前のメークアップ。
“取材”した『Village Wooing』は
キャストが2人(+“エキストラ”っぽいの1人)
という小規模な舞台だったので
メーク室にも余裕が。
素の自分からキャラクターに変わっていく
最初の段階。
その『儀式的な』緊張感が
心地よく感じられたりもします。
その中でいかに精神統一するかが
自己管理の一端でもありますね。
『Village Wooing』公演の週末は
『The Laramie Project』の“仕込み”でした。
こっちでは work-day と言われます。
背景の幕に絵を描いて、
木材を切って運んで組み立てて。
その前にセットをデザインした人もいます。
全てが上手く進むように
細々とした調製をしてくれる
ステージマネージャーもいます。
舞台って
本当にいろんな役割分担から成る
チームワークなのです。
本番直前、パートナーと最後のセリフ合わせ。
この時間の緊張感って何ともいえないのです。
そんな時間も私は大好きです。
キャストの男の子は
本番一ヵ月前ぐらいになって
急遽代打で配役が決まったので
『Laramie』とかけもち。
(女の子も2週目のララミーに出てました)
1時間舞台に上がりっぱなしで
セリフもたくさんあって
しかもイギリス英語に矯正して...
と、ずいぶん大変だったろうに
彼は見事やってのけました。
その真摯な姿勢は心地よく、
また見習いたくもあります。
“仕込み”シーン第2弾。
全員が招集されるのは2日間ぐらいですが
セットは一ヵ月ぐらいかけて
徐々に作られます。
専用の劇場があるので
(大きいの一つと小さいスタジオ一つ)
時間をかけて本格的なのが作れるのです。
しかも経費で。(大学ですから)
日本の小劇場と比べると
天国のように恵まれた環境ですね。
土曜マチネ、2時開演。
まさしくドアをくぐって舞台に出る瞬間。
キャストの身体が fuzzy な感じにブレているのは
『キャラが役者の身体の中に入ってきた、
素の自分から役への変化』という一瞬をとらえたようで
なかなか象徴的だと思っています。
しっかり演技をして公演を成功させるのは
お客さんや他のキャストに対してだけでなく
陰で膨大な時間とエネルギーを費やしてくれた
スタッフ全てへの礼儀と責任だと思うのです。
観客や critic の評価を左右するのは
最終的には本番、舞台上で
役者がどんな“仕事”をしたかにかかってるものだから。
仕込みはまだまだ続くのです。
こういう時にバシバシ働ける人って
本当にかっこいい。
スケジュールの都合で
勉強する機会がありませんでしたが
ステージデザインや製作の技術も
早く身につけたいものです。
衣装の早替え。
舞台裏とはいえ
集中力を保ったまま
手際よくすべきことだけをこなす。
このピンとした空気、
しんとした時間。
いいものを創ろうという心意気が
ひしひしと伝わってくるようで
そんな時空間を共有できるのも
舞台に関わる者の特権だなぁ、と思います。
この写真、ちょっとシンとした感じがお気に入り。
右端にあるのは木材を切る工具なのだけど
それと無造作に脱ぎ捨てられた上着とに
まるで生命が宿っているようで
静かに『語ってる』なぁ、と思うのです。
奥に見えるのは工具や木材が置いてあったり
木材を切り揃えて削るような
『縁の下』的作業が行われたりする部屋。
そしてスタジオで公演があるときは
そこが舞台裏になります。
(という訳で、『Village Wooing』の
舞台裏として左の列で写ってますね)
公演終了。
今度はキャラクターから素の自分に戻る瞬間。
なのでこちらも fuzzy な感じに。
当たり前ですが本来の自分への transformation の方が楽なので
こっちの写真は身体がブレてるというよりも
周りの空間が不安定な感じにブレているのも
なんとなくスジが通ってるように思えます。
ちなみに後ろの棚の上から我らを見下ろしているのは
劇作家 Tennessee Williams の肖像画。
この劇場、彼の名前にちなんで
Tennessee Williams Center というのです。
まさに全て終わって、production 解散のとき。
この時間って、公演をやり遂げた充実感と
もうこのメンバーで集まることはないのか、という淋しさとで
ちょっと『せつなうれしい』、複雑な気分になります。
「明日からリハーサルがないなんて、
一体何して過ごせばいいんだろう」って、
しばらくは思うんだよね。
『Lysistrata』のキャストパーティー(打ち上げ)より。
それまでの全ての仕事をねぎらって
みんなで楽しく過ごすとき。
舞台装置製作も、毎晩のリハーサルも
これまでの写真で紹介してきたことって
このパーティーにつながってて
ここで本当に終わるのです。
この写真は私や劇場関係者には特別な意味があって
どうしても今回のプロジェクトに含めたかったもの。
鏡の中で笑っているのは Chip。
冬休みに事故で他界した友人です。
彼は本来なら『Village Wooing』に出演していた一人。
『Laramie』にも必ず関わっていたはずの役者です。
そしてこの二つの舞台は、どちらも彼に捧げられました。
そんな事情もあって、上の10枚の写真をより強く結びつける為にも
この写真は私にとって不可欠なものだったんです。
それにこれってとても象徴的。
鏡に映った姿って “実体” ではないでしょう?
それと同じように彼のことはもう reflection としてしか見られない。
けれど私は、そしておそらく他のメンバーも
上に載せた全ての場所に今でも彼の存在・影響を感じます。
セワニーで彼とともに演劇に関わってきた全ての人の心の中には
彼はまだやっぱり生きていて、笑っていて、笑わせてくれて...。
一人の人間が他の人の心にこれほど多くの影響を残すというのは
本当にすごいことだと思います。
それにね。
彼の笑い方、すごく独特だったのです。
息を吸い込みながら笑うの。
あの笑い声、鏡の中から今にも聞こえてきそう。
***
I would like to dedicate this project to Nicholas Barnet "Chip" Gilliam,
one of the talented actors of Theatre Sewanee and our precious friend.
僭越ながらこのプロジェクトを友人、Chip Gilliam に捧げたいと思います。
in his loving memory,
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