十六夜の月 
 TV局の片隅で、二人は対峙していた。
 間近で見る彼女は、いつもとはまるで別人のようだった。誰もが知っている聡明でチャーミングな彼女はどこにもいない。真正面から慶太の目を見つめるその 表情は、氷の塑像のようだった。

「あの話、OKしたって聞いたけど」

 声までもが冷たく、そして美しい。

「本当にいいの?」
「いいよ。事務所も勧めてるし」
「事務所じゃなくて!」

 彼女が語気を強めた。

「あなたが、どう思っているかどうか知りたいの」

 慶太は黙ったまま彼女を見つめた。大きな目に自分の姿が映っている。彼女よりずっと背の高い自分が、瞳の中に収まっていることがおかしくて、慶太はふと 笑みを漏らした。

「笑わないで、まじめな話をしてるのよ!」
「ごめん」
「謝らないで……謝るのは本当は私なんだから」
「そんなことない。ちゃんと分かった上で、この話を承知してるんだから」
「本当なの? 本当にいいの? 私、あなたを利用してるのよ」
「うん、いいよ」

 慶太は、小さな子をあやすように彼女の頭をぽんぽんと撫でた。一瞬彼女は泣き出しそうな顔をしたが、涙は目の縁に辛うじてとどめていた。

「あんまり優しくしないで。ここで私が泣いたりしたら、メイクしなおさなきゃならなくなるわ」
「そうだね」

 慶太は微笑して、戻した手をポケットに入れようとしたが、あいにくこの衣装にはポケットがない。仕方ないのでさっき整えたばかりの髪の毛をいじることに した。

 廊下の遠くから、彼女の名を呼ぶ声がする。慶太もまたスタンバイしなければならない。

「私は私の秘密を知られないがために、あなたを利用してるの。私、嫌な女よ。あなたのことを大事な友達だと思ってるのに、なのに利用してるのよ。それでも いいの?」
「いいよ。だって俺も君を利用してるもの」
「え?」
「俺も同じような理由で、さ。だから、この話は願ったり叶ったりなんだ。君の秘密も、俺の秘密も、誰にも知られちゃいけないからね、絶対に」

 慶太の言葉に、彼女は頷いた。

「共犯者、ってことね」
「そう、共犯者。この秘密は、墓場まで持ってかないといけない。OK?」

  ようやく彼女は笑顔を見せた。慶太が初めて見る、素顔の笑みだった。しかしそれは一瞬のことで、すぐにいつもの、ブラウン管で見せる華やかな笑みに変わっ てしまった。それを残念に思いつつ、慶太もまた華やかに笑う。

「彼氏によろしく」
「ありがとう。あなたの彼女にもよろしくね」

 悪戯っぽく片目をつむり、するり、皆のよく知る仮面を被り、ひらり、スカートを翻して彼女は走っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、

「全然、彼女になってくれる気配もないんだけどなあ」

  慶太は先程彼女を撫でた手を見つめ、少しだけ笑った。




END





しばらく前の慶太の片恋いネタ。分かりづら くてすんません……。
この二人の話を全然聞かないんですが、どうなったんでしょうね。
そっと見守る方向なのか、やっぱり話題作りのためだったのか……。

神谷炯。2005.9.3.

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