| TV局の片隅で、二人は対峙していた。 間近で見る彼女は、いつもとはまるで別人のようだった。誰もが知っている聡明でチャーミングな彼女はどこにもいない。真正面から慶太の目を見つめるその 表情は、氷の塑像のようだった。 「あの話、OKしたって聞いたけど」 声までもが冷たく、そして美しい。 「本当にいいの?」 「いいよ。事務所も勧めてるし」 「事務所じゃなくて!」 彼女が語気を強めた。 「あなたが、どう思っているかどうか知りたいの」 慶太は黙ったまま彼女を見つめた。大きな目に自分の姿が映っている。彼女よりずっと背の高い自分が、瞳の中に収まっていることがおかしくて、慶太はふと 笑みを漏らした。 「笑わないで、まじめな話をしてるのよ!」 「ごめん」 「謝らないで……謝るのは本当は私なんだから」 「そんなことない。ちゃんと分かった上で、この話を承知してるんだから」 「本当なの? 本当にいいの? 私、あなたを利用してるのよ」 「うん、いいよ」 慶太は、小さな子をあやすように彼女の頭をぽんぽんと撫でた。一瞬彼女は泣き出しそうな顔をしたが、涙は目の縁に辛うじてとどめていた。 「あんまり優しくしないで。ここで私が泣いたりしたら、メイクしなおさなきゃならなくなるわ」 「そうだね」 慶太は微笑して、戻した手をポケットに入れようとしたが、あいにくこの衣装にはポケットがない。仕方ないのでさっき整えたばかりの髪の毛をいじることに した。 廊下の遠くから、彼女の名を呼ぶ声がする。慶太もまたスタンバイしなければならない。 「私は私の秘密を知られないがために、あなたを利用してるの。私、嫌な女よ。あなたのことを大事な友達だと思ってるのに、なのに利用してるのよ。それでも いいの?」 「いいよ。だって俺も君を利用してるもの」 「え?」 「俺も同じような理由で、さ。だから、この話は願ったり叶ったりなんだ。君の秘密も、俺の秘密も、誰にも知られちゃいけないからね、絶対に」 慶太の言葉に、彼女は頷いた。 「共犯者、ってことね」 「そう、共犯者。この秘密は、墓場まで持ってかないといけない。OK?」 ようやく彼女は笑顔を見せた。慶太が初めて見る、素顔の笑みだった。しかしそれは一瞬のことで、すぐにいつもの、ブラウン管で見せる華やかな笑みに変わっ てしまった。それを残念に思いつつ、慶太もまた華やかに笑う。 「彼氏によろしく」 「ありがとう。あなたの彼女にもよろしくね」 悪戯っぽく片目をつむり、するり、皆のよく知る仮面を被り、ひらり、スカートを翻して彼女は走っていった。 その後ろ姿を見送りながら、 「全然、彼女になってくれる気配もないんだけどなあ」 慶太は先程彼女を撫でた手を見つめ、少しだけ笑った。 END |