Dedicated to You

  目の前が暗くなる、というのは正しくこの事だ。
 しかしこれは、「恐れていた事」とは違っていた。
 想像を絶する出来事だったのだ。

「その子達のケガはどれぐらい……?」


 小さな声で涼平は尋ねた。コンサートが終わった直後 に発生したその事件。唇が重たいのは、疲れのせいだけではなかった。


「一人、救急車の後を追いかけさせてる。まったくあい つも早く連絡を寄越せばいいのに」


 チーフが早口で答える。さっきから何度も携帯電話の 着信を確認しているが、まだ連絡がない。時間からいって病院へは到着しているだろうが、院内ではかえって携帯電話を使えずにいるのかもしれない。


「病院や、ケガの具合が分かったら、俺たちにも教えて もらえませんか? お見舞いっていうかお詫びっていうか、したいんです」


 龍一が真剣な眼差しで訴える。チーフは分かった、と 頷いたが、緊急のスタッフ会議を開きます、との放送がかかり、彼はミーティング室へ走り去っていった。おそらくこれからのツアーについて先に話し合うのだ ろう。『w-inds.』が話し合いに加わるのはその後だ。


「俺ら、どうなるんだろうな」


 龍一がぽつりと呟いた。楽屋は、コンサートが終了し たつい先程まで、蜂の巣をつついたような騒ぎだった。今も確かに騒がしいが、全く違う緊張感に包まれている。


「会報とサイトに事件の報告をして、記者会見、かな あ? 
CMも……打ち切りかもな。新曲や写真集も延 期だろう な……」

 龍一の言葉にただ頷いただけで、涼平は黙ったままで いた。龍一も口をつぐんだままである。ケガをした子への心配、ケガをさせた犯人への怒りとやるせなさ、そして自分たちの今後への思いは、嵐のように二人の 胸の中を吹き荒れて収まる気配は微塵も無かった。


「お見舞い、僕は行かないから」


 慶太の言葉に、涼平と龍一はぎょっとして彼を見た。

 一足早くシャワーを浴びてきたばかりの慶太は、滴が 髪から肩や胸に流れ落ちていたが拭こうともしなかった。

「僕は行かないし、涼平君も龍一君も行っちゃダメだか ら」

「そんなこと言ったってさァ、慶太」
「行かなきゃダメだよ慶太。けじめを付けるためにもき ちんとしな きゃ」

 あまりにも突然なその言いように、龍一と涼平は慌て たが、慶太は静かに首を振った。


「そりゃあ僕だってお見舞いに行きたい。会ってきちん と謝りたい。でも、でもさ?」


 慶太は手の甲でぐいぐいと目の周りをこすり、大きな 目で二人を見た。しかし涙は溢れ出し次々と頬をぬらしていった。


「でもさ、僕らがお見舞いに行った事が、かえって他の ファンから反感を買ったりしちゃわないかな? お見舞いに来るからって、わざとケガするような子が出たりしないかな? ヤダよこんなの……」


 社会人として当然の行為も、歪んで受け止められかね ないという恐怖。

 人の心とはこれ程までに理解できない・理解されない ものなのかという絶望。
 予想もしなかったこの事件が、慶太を萎縮させてし まっていた。

「もうヤダよ。オレもうヤダ。福岡に帰りたい。『w- inds.』やめる。デビューなんてしなきゃ良かった」


 涼平と龍一は、泣きじゃくる慶太をただ黙って見つめ るしかなかった。何かにつけ「やめる」「帰る」とワガママを言っていた慶太だったが、今回の出来事はその気持ちが痛いほど二人には伝わってきた。


「オレもう歌わない。歌えないよ。オレらの歌から、 ファンの子たちはちゃんとメッセージを受け止めていてくれてるって思ってた。でも全然じゃん。何聴いてたんだよって一瞬怒ったけど、それって、きっとオレ の 伝える力が足りなかったんだと思わない? そんな、何も伝える力の無い奴が歌ってて良いはずがないよ。もう、オレ、歌えない。もう歌わないよ!」


 叫んで慶太は楽屋から走り出していった。


「慶太!」

「待てよ!」

 龍一と涼平が後を追おうとした時、内線電話が鳴っ た。涼平がもどかしそうに出ると、ミーティングを始めるから集まって欲しいという。


「涼平、先に行ってて。俺、慶太を連れてくるから」

「わかった。ごめん、お願い」

 頷いて龍一は走り出そうとしたが、扉の前で涼平を振 り返った。


「慶太はああ言ったけど……俺も正直そんな気分もある けどさ」

「うん」

 龍一は大きく息を吐くと、決意するように凛として告げた。

「俺は、ファンを信じたいよ。あんな事をするのは極々 一部だけなんだって。見知らぬ者同士でも、俺らの歌を聴いているときは、誰よりも親友同士になれるんだって。だってさ、涼平だって分かるだろ? ツアーで さ、どんなに疲れてる時でも具合の悪いときでも、みんなの前に立つと、ちゃんと歌って踊れるだろ? これってさ、俺らのことを歪んで思ってるような人たち のパワーじゃないぜ? あんな子は、本当に一部だけなんだよ。今度の子も、ちゃんと反省してきっといい子になってくれるよ。な?」

 思いの確かさとは裏腹、最後の最 後に不安そうな表情を見せてしまった龍一に、涼平はきゅっと片目をつむってみせた。

「そうだね、きっとそうなるよね」

 涼平の言葉に、龍一はわずかに八 重歯を覗かせた。親 指を立てるサインをして、廊下を駆けていく。

 ミーティング室へ向かう最中、どこからか涼平は風を 感じた。見れば、天井に近い窓が開いている。そこからは夜空が暗く覗いていた。周りが明るすぎるためか、星は見えない。

 涼平は夜空を見上げながら思った。
 北と南から吹く風は、ファンの心をいたずらに煽り立 てただけだったのか。

 否!


 涼平は強く頭を振った。

 僕らが吹かせる風は、こんなものじゃないはずだ。

「叶うなら、もう一度だけチャンスを。ファンが僕らを信じられるチャンスを。そして……」


 目を閉じて願った。風が前髪をかき上げていった。


僕らがファンを 信じられるチャンスを」


E N D


あとがきのようなもの

若いファンが多いから。コンサー トやイベントに初めて行く子が多いから。
そう思って少々甘めに見ていた ファンのマナーの悪さでしたが、とうとう事件が起こってしまいました。
これは、「犯罪行為」です。それ 以上でもそれ以下でもありません。
いろんなマナー改善サイトで運動 が展開されていた、コンサートでのマナーを守ろう、
ファンとしてのマナーを守ろうと いうものではなく、人間としての規律が守られていません。
これ程までにルールを無視し、何 より『w-inds.』の三人を無視した行為は無いでしょう。

あなたが好きなひとは誰ですか?
そのひとは本当に好きなひとなの ですか?
どうしてそのひとなのですか?
そのひとが好きで好きでたまらな いなら、どうして困らせるようなことをするのですか?

『w-inds.』が凋落するの は、「パフォーマンスがつまらなくなった」という時のみです。
ファンが最低だから、という理由 はあってはなりません。
絶対に。

彼らの歌やダンスへのモチベー ションとクオリティを、上げるも下げるも、ファンの応援次第です。
こんな大変な事件となりました が、三人が、私たちが大好きな三人が、
私たちを信じてくれるように、自 律し、応援を続けていきたいと思います。

神谷 炯(2004.9.6)