| 「皆さん、これから言うことを、よく聞いて下さいね」 マネージャーが真っ青な顔で告げた。 「電車の手配を間違えました。帰れるのは、三時間後のしかありません」 三時間、スケジュールがぽっかり空いた。 たった三時間、されど三時間。 俺らはそれを満喫する……はずだった。 この日、俺らは小さな地方都市に、デビューのためのプロモーション活動でやってきていた。ストリートライブなんかをこなして、中央の方じゃ少しずつ知名度も上がってきていたけど、一歩東京を離れると、『w-inds.』なんて誰も知らない。テレビ局やラジオ局を巡っても、エライ人たちはなんだこのチャラチャラした小僧ッ子は、という顔つきで俺らを見る。 その度に思うんだ、絶対有名になってやる、って。 「龍一くん、コワイ顔になってるよ?」 慶太が俺の顔を覗き込んで言った。おっきな黒い目に映る俺の顔は、確かに目つきが悪かった。慌ててぎゅっと目をつぶる。 「悪ィ悪ィ、ちょっと考え事しててさ」 すると横から涼平が口を挟んできた。 「龍ちゃんはぁ、考えちゃダメだよ。ブルース・リーも言ってるじゃない、考えるな、感じるんだ、って。龍ちゃんもそれ目指さなきゃ」 にっこり笑って人を斬る。そうでした、そうでした。涼平はそんなヤツでした。はいはい、ブルース・リーね……。長い付き合いなのに、また斬られてしまったヨ。俺はハハハと力無く笑った。 急に空いた三時間を、俺たちは持てあましていた。東京だったらデパートでもゲーセンでも行けるだろうけど、勝手の分からないよその土地、しかも……こう言っちゃ失礼だが、かなりのイナカだ。どこにも行きようがない。仕方なく、俺たちは駅の周りをぶらぶら歩いていた。 「ほら、龍ちゃん!」 涼平が俺の襟首をぐいっと引っ張って、見て見てとある方向を指さした。が、俺は首が締まってそれどころじゃない。 「うわぁ、海だ!」 歓声を上げ走り出した慶太を追って、涼平もとたぱたと駆けていく。落ちる寸前だった俺は空気のありがたみを感じながら、二人の後からてぽてぽと歩いていった。 海といっても砂浜なんかじゃなく、港だった。結構広い。何隻も船が停まり、釣り人が糸を垂れている。スケボーで遊んでる、俺らと同じぐらいの男子も何人かいた。 「あれ何ッ!?」 叫ぶないなや、慶太はまたもや猛ダッシュで走っていった。慶太のお目当ては、ランプのたくさんぶら下がった漁船だ。七、八隻は停まっている。 「その船はー、イカ釣り船だよー! 夜に出て、光に集まってくるイカを採るのー」 涼平が叫ぶと、釣り人が何人か振り返って、笑った。うう、恥ずかしい……。 慶太は珍しそうにいろいろな船を眺めて歩き、涼平は釣りをしているおじさんたちの方へ行って、クーラーバッグを覗き込んだりしている。 俺はというと、広い港をぐるりと眺めながら、ここには何人ぐらいお客さんが入るだろうかと考えていた。500? 1000? それ以上? まるで見当も付かない。ストリートライブをやっていたって、踊ることに夢中でギャラリーが何人いたかは全然目に入っていないんだから。 岸壁まで歩いて、コンクリートにうち寄せる波をじっと見つめる。 夢中でやっている、といえば聞こえはいいけど、それってお客さんのことをまるで考えてないってことにならないか? そう考えて、俺はぶるっと身震いした。 今の自分は未熟もいいところだから、出来ることを一つ一つしっかりやっていく。そう決めたはずなのに、こんなんじゃあ何だかちょっとまずいような気がする。 日本全国津々浦々、老若男女、揺りかごから墓場まで、『w-inds.』を知らない人がいないようになりたい。そう思っているのに、まだまだ俺には力が足りない。歌も、ダンスも。これじゃあ、コンサートをしたとしても、最後尾のファンを楽しませることなんてできやしない。 早く帰って踊りてぇ……。 そう思ったとき、俺の足は勝手に上がっていた。 顔の脇にある右足を見て、何より俺自身が驚いた。顔中に血が上る。ヨロヨロと足を下ろしながら、俺は何て可愛いヤツなんだ、と自分で思った。帰るのを待ちきれないぐらい、ダンスがしたかったのか、と。 「何、龍ちゃん踊るの?」 にこにこと涼平が近づいてきた。マズイとこを見られた。俺は赤くなったり青くなったりした。 が。 「ここ、広くていいよねぇ。僕も踊ってみたくてうずうずしてたんだ」 言うなり涼平は軽く助走をして、飛んだ。 綺麗に着地して、そのままひとくさり踊る。 北海道にいた頃から他の誰よりも抜きん出ていた涼平だったけど、更に上手くなっている。宝石の原石が、どんどん磨かれカットされ、輝きを増していくようだ。 「今、僕のこと、上手いなぁって思った?」 にっこりと涼平が言う。 「遠慮しなくていいよ? ほら、上手いなって思ったっしょ?」 「……思った」 「やっぱりねー!」 涼平がますます相好を崩した。心底嬉しそうだった。 「いつかこんな広いとこで、コンサート開きたいよね。お客さんでい〜〜っぱいにしてさ。一番後ろの子も最前列にいるみたいな、そんなコンサートしたいねぇ」 涼平は大きく腕を広げて、くるりと回った。天も地も海も、両腕に抱くようだった。一つしか違わない涼平が、何だかとても頼もしく見えた。 「おう」 俺は頷いた。 「ビッグになろうぜ? 日本中、『w-inds.』を知らねぇ奴がいないようにしような!」 「あと、三人の名前を間違えられないようにね」 「そうそう! 今日行ったTV局、失礼しちゃうよな、龍平くん・涼一くん、だなんてさ」 「誰だよそいつ、って感じだよね」 けらけらと俺らが笑っていると、向こうから慶太が走ってくるのに気付いた。どうやら漁船見学は終わったらしい。けいたー、と涼平が手を振る。 走ってくる慶太を、俺は微笑ましく見つめていたが、段々と心配になってきた。スピードが全然衰えない。つーか加速してる!? 両腕をジェット機の羽根のように広げた、「きーん」なんて擬音が似合いそうな格好で、慶太はどんどん近づいてくる。 「龍一くーん! 涼平くーん! うわーい!!」 慶太としては俺らに抱き付いてきたつもりだろうが、 「ぐほっ!」 右腕が俺の首にクリティカルヒット。一瞬天国が見えた気がした。 そして。 慶太の勢いに押され、軽くあの世を垣間見つつ、よろけた俺はざぶん、海に落っこちた……。 ごぼごぼと必死で犬かきをしながら、俺は自分の今後を本気で心配した。それは売れる・売れないとか、ダンスや歌の上達についてじゃなくて、入院補償のついた生命保険を、個人的に入っておくべきかどうか、ということだった。 「龍一くん、」 慶太は手を差し出しながら言った。 「いつかこんなおっきなとこで、コンサート開こうね! 隅っこの人も楽しめるような、すっごいコンサート開こうね! 絶対だよ!」 脇から涼平も手を差し伸べる。 太陽が丁度二人の頭上にあって、まるでダイヤモンドの王冠をかぶっているようだった。俺は笑った。 「もちろんさ」 二人の手を掴むと、思い切り海の中へ引っ張った。 俺たちは、釣り人のおっちゃんや、スケボー少年たちに助けられ、なんとかどざえもんになるのを免れた。タオルを借り、お茶やスポーツドリンクの缶をおごって貰った。 服を乾かしがてら、三人で踊った。 おっちゃんたちが大喜びで拍手してくれた。スケボー少年たちも、見よう見まねで一緒に踊ってくれた。 今日のTV局でのプロモには、地元の新聞社も来ていた。明日か明後日には掲載されるということだったから、その記事を見たら、この人たちは驚いてくれるかな。 そんなことを考えて、ちょっと口元が緩んだ。 生乾きの服、潮風でばりばりの髪、ミョーに生臭いオーラを漂わせながら、俺らは駅に帰ってきた。 マネージャーは一目で何が起こったかを察したようだ。三人ともまとめてぎゅっと抱き締めてくれた。 「とりあえず、ケガはありませんね?」 お日さまの匂いのする服と、腕があんまりあったかくて、何だか涙が出てきた。慌てて隠すように、 「ないよ、大丈夫」 言ったのだけれど。 「バカッ! なくて当たり前ですッ!」 怒鳴られた。次いでごん、ごん、ごん、とげんこつが降る。 「いいですか、皆さんは若くても、もうプロなんですから! 自分の『何』でお金を稼ぐことになるのか、ちゃんと考えてくださいね!? 商売道具を軽んじるような人は、どんなに歌が上手くても、ダンスが上手でも、うちの事務所にはいりませんッ!」 叫んでマネージャーは、ぐすっと鼻をすすった。もう仕方のない子どもたち、とブツブツ言いながら、大きなスポーツバッグの中から、新しいTシャツを出した。 「どうせどこかで泥まみれになると思って、予備を持ってきてよかったです。さあ、着替えてください」 帰りの特急電車の中では、俺らはすぐに目をつぶった。慶太と涼平は、すぐにくぅくぅと寝息を立て始めた。 三人ともぐっすり眠ってると思ったのか、マネージャーは、一人一人の頭を撫でながら小さな声でいった。 「今は地味な挨拶回りですけど、いつか大きな場所でやりましょうね。一番後ろの子まで、皆さんの想いが届くような、そんなおっきな歌手になりましょうね」 俺は嬉しくて、思わず笑顔になってしまった。 大丈夫。 俺たちは、ちゃんとやるから。 やってみせるから。 そうして俺も、すーっと眠りの海に落ちていった。 龍一はぐっすり眠ってしまった。だから、マネージャーが更にこう言ったのを知らない。 「龍一くんたら、寝ながら笑ってます……不気味ですねぇ……」
おわり。
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