f e a v e r
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早朝のスタジオに満ちる真冬の冷たい空気を、涼平は思い切り吸いこんだ。両方の肺がキリキリと痛む。まるで何時間も踊り続けた後のようだ。
涼平は唇の両端を持ち上げると、フロアの中央に立った。まだ日の昇りきらない薄暗い中、鏡にぼんやり映るシルエットを見つめながら、ゆっくりと両腕を高く上げ、左右に広げた。 一日休めば、自分が分かり。 二日休めば、仲間に分かり。 三日休めば、観客に分かる。 ぶつぶつと呪文のように呟きながら、涼平はストレッチを始めた。充分に身体を温めないと思い通りに動かせないし、怪我をする可能性が段違いに高くなる。 紅白に出場した後『w-inds.』は短い間だが冬休みに入った。慶太は福岡へ帰ったし、自分と龍一も札幌へ一緒に帰省した。三人それぞれ家族水入らずで過ごし、友人たちと存分に遊ぶ予定だったのだが。 『龍ちゃん帰りは一人でヨロシク』 そんなメールを龍一の携帯に飛ばし、涼平は何日も経たないうちに東京へ戻った。事務所から貰った休暇は、あと二日も残っていたにも関わらず。 踊りたくて仕方なかったのだ。 地元の友人たちからのカラオケの誘いを断り、東京へ戻ると告げると、彼らは皆バカだバカだと呆れたように言った。近年稀に見ぬダンスバカだと。そうですよ、ぼかーバカですよ、と笑いながら手を振ってきたのは昨日の夜。飛行機はすでになく、狭苦しい寝台列車に乗って東京へ戻ってきたのだった。 誰もいないフロアの中央で、涼平は身体を少しずつほぐしていく。家にいたときでもストレッチは欠かさなかったのに、随分強ばっている。筋肉がギシギシ鳴る音が聞こえてきそうだ。 ダンスバカ、と呆れ顔で手を振った友人の顔を思い出して、涼平は笑った。久々の再会なのにと彼らは涼平の腕を掴んで散々文句を言った。忙しいんだったら、休めるときに休むのも大事じゃないのか、と。 「ダンスバカって、僕にピッタリだね。だって僕にはこれしかないもの」 そう言うと、友人たちは困ったように黙ってしまい、涼平も困ったように笑った。誰も彼もが承知していることだった。 涼平も小さい頃は、男の子らしくそれなりに野球やサッカーをやっていた。面白いとは思っていたが、ただそれだけだった。周りの友だちは、大きくなったら巨人軍に入る、ワールドカップに出るとはしゃぎながら遊んでいたが、涼平にはそんな思いはこれっぽちも無かった。 内気でおっとりしている(むしろぼんやりとさえ見える)息子を心配した親は、涼平をいろいろな児童会の催し物や、スポーツクラブに通わた。意外にも運動神経は悪い方ではないらしく、それなりに楽しそうに過ごしているようなのだが、両親の思いとは裏腹、我を忘れるほど夢中になったものは涼平には一つもなかった。 そんな涼平が、自分からやりたいと言ったのが、ダンスだったのだ。 通い始めたスクールでは女の子がほとんどだった。途中、何人か男の子の入門者がいたが、あまりの女の子の多さに、恥ずかしがって長くは続かなかった。涼平自身よく女の子に間違えられ困ったこともしばしばあったが、スクールを辞めようとは思わなかった。 リズムに合わせて身体を動かす。 たったこれだけの単純なことなのに、どうしてこんなにも面白いのだろう。その理由を確かめたくて、何度も何度も踊っているうちに、とうとうデビューまでしてしまった。 たぶん、と涼平は考える。 性格的に、争いごとは嫌なのだろう。野球もサッカーも剣道もバスケも。相手が親の仇だったり、涼平の大切なものやひとを傷つけたりしたのなら流石に戦うだろうが、相手が憎くもないのに争うなんて涼平にはまっぴらごめんだった。 ダンスは、争わない。いや、クラス分けやオーディションは「争い」と言えなくもないが、相手は他でもない自分自身なのだ。 一日怠けたら、自分がレベルダウンする。そして怠けなかった人が上達するのは当たり前だ。手を抜いたステップを踏めば、周囲との差が出るのも当然だ。周りは普通にやっている。普通にやらなかったのは自分だからだ。 疲れ果てて泥のように眠りたいときでも、ストレッチと、自分の決めたダンスのルーティンをこなす。麻痺しそうになる指先を、足を、自分の意志の力で動かす。腕が伸び、足が上がると言い様のない悦びが溢れてくる。 このギリギリで、奇妙な感覚。 始めた頃はただ楽しいだけだったのに、今や踊ることが自然であり、なくてはならないものになってしまった。 他の二人はどうなんだろう。慶太や龍ちゃんにとって、歌やダンスは呼吸だろうか。それがなければ生きられないものだろうか。 そう考えて、涼平は違和感に気づき、にっこりわらった。慶太や龍一にとって、歌やダンスは呼吸に違いないだろう。もちろんなくてはならないものだ。 でも自分は違う。 「ダンスは麻薬、僕は中毒者」 歌うように言って、涼平はステップを刻み始めた。 女神に焦がれ踊りを捧げる、狂おしい虜のように。
おわり。
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