Graduation


「カーネーション」

 移動車からぼんやり外を見ていた涼平は、小さくあっと声を上げた。
 ブレザー姿の女子高校生たちが、黒い筒と鮮やかな赤い花を手に歩いていたのだ。
 友人たちと交わす笑顔は、誰のものもキラキラと輝いていて、女優のように美しく感じられた。
 いや、女優と比べるのは失礼だろう。目の前を軽やかに過ぎていく彼女らは、演技ナドしていないのだから。

「卒業式かぁ。もう3月だもんね」

 隣りに座っていた龍一も、涼平と一緒にウィンドウに顔を並べる。

「涼平は丁度一年後だね」
「最近忙しくて、授業にちゃんと出てないからなぁ。卒業できるかなぁ」
「うわ、それじゃ俺も慶太もアブナイよ」

 言って龍一はケタケタと笑った。その声に、助手席の方から慶太が身体をひねって乗り出してくる。

「お言葉ですがね、龍一さん? 僕は欠席分の課題やレポートは、誰かさん違ってちゃあんと締めきりまでに先生に持っていってますよーだ」

 べーっと、慶太はおどけながら舌を出した。途端に龍一が膨れっ面になる。

「いいんだよ! 俺ンとこの先生は、『締めきりはあくまで目安だから、課題を出すことの方を頑張れ』って言ってくれてるんだもん。締めきりを守れなかった分、俺のレポート内容はすっげー充実してんだからな!」
「はいはい」

 きゅっと肩をすくめて、慶太はまた前を向いて座り直した。

「ちっきしょ、今に見てろよー!」

 今度は龍一が身を乗り出して慶太に絡み始める。

「ねぇねぇ、涼平はちゃんと課題出してる?」

 じっと考え込んでいたら、つむじをつつかれた。龍一だ。慶太も前を見てはいるが、耳はこちらに向いているようだった。

「出してるよ。でも出来れば授業もちゃんと出たいんだよなぁ」
「……それって、大学行きたいから?」

 淋しそうに眉をひそめた龍一に、違うよ、と涼平は笑った。

「学校の勉強って、何がどう役に立つんだか全然わかんないけど、でも仕事が忙しくなって、思うんだよね。いろんなことを効率よく学習できる場所が、学校なんだなぁって」
「そうかぁ?」

 龍一が首を傾げる。涼平は苦笑した。

「あんまり上手く表現できないんだけどさ。ニュアンスでわかって?」

 無理だよぉ、と今度は龍一が苦笑した。

「あ、でも、こないだ雑誌で読んだんだけど、SMAPの草gさんが、高校生のころ皆勤賞だったんだって」

 龍一がふと思い出したように告げた。

「『僕だけ仕事なくて〜』なんて言ってたけど……」
「えー、それってすごいことじゃん? 普通の人でも皆勤賞なんてなかなか出来ないよ」

 慶太が振り返って、感心したような声を上げた。

「そうそう。だから橘くん、皆勤賞が無理な僕らは一生懸命レポートを出しましょうね、ってこと」 
「龍一くんが言うなよ〜!」

 ぽかすかと慶太が龍一を叩く。もちろん本気じゃないが、170センチを大幅に越した慶太が助手席から攻撃するものだから、被害は龍一よりも運転しているマネージャーがこうむった。ぐらぐらと車が揺れ、慶太も龍一も慌てて静かに座り直す。

 そんな二人を見て涼平は微笑みながら、涼平は先ほどの女子高校生たちを思い出していた。

 彼女たちは、今まさに夢に向かって駆け出そうとしている。
 自分も少し前までは、ダンススクールに通い、オーディションを受け、慶太や龍一と出会い、デビューに向けてストリートで踊っていた。
 夢が明確になっている間は、困難なんてちっとも無かった。いや、あったのだろうが、全く気付かなかった。
 どんな辛いことも、いや辛ければ辛いほど楽しかった。やる気が出た。
 すべてが自分の糧であり、世界は自分の味方だった。

 今自分は、夢のまっただ中にいる。
 そして周りに夢を与えている。
 複雑なステップを踊りきることに一生懸命だったあの頃からすると、天と地の差だ。
 もちろん夢の世界は楽しいことだけじゃなかった。ただ楽しく踊っていればいいだけじゃないし、見たくもない大人の世界を無理矢理覗かされるようなこともある。

 それでも、と涼平は思う。

 僕は、この夢の世界に居よう。
 これから夢を追いかけるすべての人のために。夢の世界に生きることは、辛いこともあるけど、本当に素晴らしいことだと告げられるように。

 そしてそんな夢を追う人たちの中に、身を置きたい。
 それはきっと、自分のプラスになるから。

 どんな困難も、すべてが糧だよ。
 世界は自分の味方だから。

 涼平はふうわりと笑って、窓の外をもう一度見た。

 世界はきみの味方だから。
 僕が、きみの味方であるように、ね。



End

2002.3.1.

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