new paradise


 楽屋ロビーは、いつも大勢の芸能人でいっぱいだ。スタッフと打ち合わせをしていたり、出番待ちの間、大型TVを眺めていたりしている。
 ロビーの自販機に来た龍一は、周りに挨拶をしながらお茶を一本買った。ガヤガヤと賑やかなロビーは、龍一の好きな場所の一つだ。今までずっとTVの画面でしか見たことのなかった人たちが、目の前にいるのだ。もちろんこちらから話しかけるなど、畏れ多くて出来なかったが、この華やかな場所にいるだけで自分も大物の仲間入りをしたような気分になれた。
 龍一はソファの隅に座って、こくこくとお茶を飲んだ。二列ほど向こうのソファで、ある女優とプロデューサーが打ち合わせをしていた。女優は丁度龍一の方を向くように座っている。彼女の出るドラマは欠かさず見ていた龍一は、至福の思いで見惚れていた。
「痛ッ!」
 パチンとおでこを弾かれた。涙目で見上げると、目の前には慶太が笑いながら立っている。
「痛ェよ慶太!」
「だって龍一くんってば、鼻の下伸ばして面白い顔してるんだもん」
 言って慶太は、こんな風にさ、と顔真似をした。
「可哀相な龍一くん。憧れの女優さんに、こんな間抜けな顔を見られちゃってさ」
「見られてない! 絶対見られてない!」
 龍一は真っ赤になって反論したが、可哀相にかわいそうにと慶太は言い続け、ついには涙を拭う仕種までし始めた。
 きゃあきゃあとふざけ合っていた拍子に、龍一の肘がソファの上にあったTVのリモコンを押した。再放送ドラマからワイドショーにチャンネルが切り替わる。
『また痛ましい事件です』
 アナウンサーが原稿を読み上げる、その声のあまりの悲しさに、慶太と龍一は思わず画面に見入った。
『17歳の少女がビルの屋上から飛び降り自殺を図りました』
 いじめを苦に。誰にも相談できず。とうとう自らの命を。
 慶太と龍一はじっと画面を見つめたまま、動けないでいた。
「17歳だって」
 ぽつんと慶太が呟いて、そのまま黙り込んだ。自分の知人がもし自殺してしまったら。そう考えているのだろう。
 龍一は残された人々へ思いを巡らせていた。どんなに哀しい事だろう。彼女を止められなかったという悔しさは、想像するに余りある。
「俺もさ、落ち込んだ時とかああ死にてぇって思うこと、何度も何度もあったけどさ……」
 あのマンガが完結してからとか、ゲームをクリアしてからとか、そんなくだらない理由で、龍一は『もう少しがんばろう』と思ってきた。それでやってこられた。
「本気で死を考えてた訳じゃないって事もあるけど、それでも、俺には引き止めてくれる何かがいっぱいあったんだよな……」
 でも彼女は。
 親も、兄弟も、友だちも。
 誰一人彼女を思いとどまらせる事が出来なかったというのか。
 そしてふと気付く。彼女は『w-inds.』のファンだったろうか、と。
 龍一は言い様のない不安に身体を震わせた。その時、
「龍一くん、どうしよう」
 慶太の目から大粒の涙が溢れ出していた。拭っても後から次々と頬を伝い落ちてきている。
「怖いよ、もしあの子が僕らのファンだったらどうしよう。すごく怖いよ」
「慶太……」
「ねぇ、そしたらあの子、僕らの新曲を聴かないで死んじゃったってことでしょ? それってさ、僕らの歌は、彼女から死を少しでも遠ざける理由にはならなかったってこと? 僕らには、彼女と死を引き離す力が、ほんの僅かも無かったってことなの?」
 龍一は慶太を抱き寄せると、ぽんぽんと肩をと優しく叩いた。あんまり泣くな、と声をかけたかったが、自分の声こそが震えていそうで出来なかった。正しく慶太と同じ思いだったから。
 『w-inds.』の曲を聴くと元気になる、勇気が出る、といつもファンレターを貰う。けれど元気になるのは自分たちの方だ。あのとびきり暑い夏のツアーだって、毎日疲れと筋肉痛に悩まされていたけれど、いざ幕が開いて客席から歓声が上がると、嬉しくって嬉しくって仕方なかった。ステージを縦横に飛び跳ねて踊るたびに、自分のどこにこんな力があったのかと驚きの連続だった。
 パワーは循環する。デビューから、いやストリートパフォーマンスをしていた頃から、常にそう感じていた。パワーはどんどん巡り、大きな新しい力を生み出せるのだ。
 力が欲しい、と龍一は思った。
 自分たちの歌を聴いた全ての人を元気にさせて、尚余りある圧倒的な力が。ダンス、歌、楽器、何でもいい。『w-inds.』の名を聞くだけで心が熱くなるような、力を、もっと、もっと。
 そうしたら、泣きじゃくる慶太を慰められるのに。大丈夫、俺たちの歌はみんなを幸せにするよ、と言えるのに。
「龍ちゃん、慶太」
 いつの間にか、そばに涼平が立っていた。
「そろそろ時間だよ。入れる?」
 尋ねられて、慶太は手のひらでぐいぐいと涙を拭った。しゃくり上げそうになるのを堪え、きりりと口をひき結ぶ。
「行こう、龍一くん。僕らは、僕らの歌を聴いた人が、ダンスを見た人が、もう絶対に死ねなくなっちゃうように、ならなくちゃ」
「OK」
 深呼吸の後、龍一は不敵に答えた。一見脆そうに見える慶太だが、その実誰よりもしなやかな強さを持っている。グループ結成以来、何度もその強さを目の当たりにしてきた龍一は、慶太のこの言葉と眼差しの強さに頼もしさを感じていた。
「格好良く、ぶっ飛ばして行こうぜ。天国の彼女も後悔するぐらいに、さ」
「てんごく、ねぇ」
 涼平が二人を交互に見つめて首を傾げる。
「……ま、何があったかは聞かないけど。でもね二人とも?」
 涼平が微笑む。しかしいつもの人懐こいそれの中に、彼の名の如く凛冽たるものが垣間見える、笑みだった。
「天国はここなの。僕らこそが楽園を作りだすの。それを忘れないで、行こう」
 スタジオへ向かって歩きはじめる涼平に、慶太が続く。唇を噛んで。泣きださないように。
 龍一も数歩、歩いたが、
「でも……」
 龍一は立ち止まり、TVの方を振り返る。
「どうかあの子が、天国に行けますように」
 小さな声で低く呟き、再び前をゆく二人を追った。




04/05/16

★あとがきのようなもの★
 TVを見ると毎日誰かが死んでいます。事故、病気、殺人、戦争……。
 ドラマでも何でも、人が死ななければ展開していきません。私自身、オリジナル小説では登場人物が死を迎えることが多々ありました。
 が、こんなに死が軽く、世の中に蔓延している中で、ことさらに人を死なせなくてもいいんじゃないかと最近思っているのです。
 死は最大のドラマであり、そこに感情を動かされない者はいません。だからこそ死を以て生を描かずに、生を描きたいと思います。
 今回の作中の彼女が、私の描く最後のしびとでありますように。
 そして、たった一日でいい、誰も死なない日がいつかきますように。

 今回のは書きかけでしばらく放っておいていたため、慶太・龍一は書きかけ当時の17歳のままです。
 

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