s o m e h o w



 女の子たちの歓声が聞こえるたび、この頃慶太の胸は痛む。

 テレビ局の出入り口、ラジオの公開スタジオはもちろん、どこから聞いてきたのかレッスン場にまで女の子たちは姿を見せるようになっていた。

「慶太、ほらスマイルスマイル!」

 局の出口から移動車へ向かう途中、ファンに三人は囲まれてしまった。口々に名前を呼ぶ女の子たちを前に黙り込んでしまった慶太を、涼平が脇からそっとつつく。慶太は慌てたが、しかし唇の両端がほんの少し持ち上がっただけだった。そんな様子を見た龍一は、慶太の肩をぽんぽんと叩くと、女の子たちに向かってとびきりの笑顔を振りまいた。きゃあ、と一層の歓声が上がる。

「ごめんなー、慶太、今日こってり絞られたんだ。ちょっとそっとしといてやって」
「僕と龍一くんとでもいいかなあ? いや?」

 龍一と涼平はどんどん周囲の女の子と握手をしていく。ウィンクつきの大サービスに、人垣はハーメルンの笛吹きの笛を聞いたかのように、二人に寄り始めた。

 ごめん涼平くん龍一くん、でもありがとう。
 慶太は心の中で呟いた。

 慶太だって男だ、可愛い女の子からきゃあきゃあ言われれば、嬉しくない訳がない。けれどここ数日は、彼女たちが歓声を上げれば上げるほど、それに向かって手を振れるような気持ちにはなれなかった。

 ふと視線を上げると、数人の女の子が慶太を見ていた。心配そうな表情と、何か言いたげな口元。慶太はそれを見て、また胸が締め付けられそうになった。

「けいたくん、大丈夫ですか?」

 一人がおずおずと声をかけた。

「ごめんね、心配かけて。でも大丈夫だから」

 微笑みながら慶太は言った。だがこちらを見る女の子たちの顔は、未だ晴れない。それを見て、慶太の腹がすぅっと冷たくなった。
 今僕は笑ったつもりだったけど、ちゃんと笑えていたか?
 余計心配させてやしないか?
 僕は『w-inds.』の『KEITA』としての義務を全うできていたか?

「だ、大丈夫だから。ホントごめんね。今度会うときは、ちゃんと元気になってるから。ごめんね、ごめん、また今度ね」

 慶太は逃げるように彼女らの前を走り去り、車に乗り込んでばたんとドアを閉めた。

 涼平と龍一はまだ女の子たちに囲まれている。慶太の分もファンと交流しようと思っているのだろう。握手にサインにと嫌な顔一つ見せない二人に比べ、自分はなんて子どもなんだろう、と慶太はますます落ち込んだ。目深に帽子を被り、疲れて眠った振りをする。こんな演出だけは上手くなったなあと、心の中で自分を嘲笑った。

 目を閉じると、思い出す光景がある。
 つい何日か前の事だ。

 今日と同じように、テレビ局からの移動の時に、三人の出待ちをしていたファンに囲まれた。この局での収録が押してしまい、次のスケジュールにギリギリ間に合うかどうかという時間だったので、三人は「ごめんなさい、遅刻しちゃうからごめんね」と近くにいた数人とだけ握手を交わして走ろうとしていた。

 その時、わぁっ、と悲鳴が上がった。女の子が一人、泣きだしてしまったのだ。握手出来なかったのがショックだったのか、それともどこか痛めたのかと思いきや、そうではなかった。

「けいたくんに会えた、けいたくんに会えた……」

 呪文のように呟く声が、慶太の耳に届いた。
 自分と会えた。いや、この状況じゃ、ただ「見た」だけだ。
 でもたったのそれだけで、あんなにも泣いてしまったのだ。
 睫毛からマスカラが涙と共に流れ落ち、眼の周りが真っ黒になっているのにも構わずに、女の子はわんわんと泣き続けていた。

「けいたくんに会えた……」

 そばにいた別の女の子が、見かねて彼女にハンカチを差し出す。だが彼女はなかなか泣きやまなかった。周りの女の子たちも彼女の気持ちはよく分かるのだろう。三人の後を追う人数は徐々に減り、皆彼女の周りに集まって優しく声をかけているようだった。

 移動車に乗り込んでも、彼女の涙は慶太の頭から離れない。

「よう、この女泣かせ」

 龍一が前の座席から身をよじって乗り出してきた。

「結構可愛い子だったじゃん。もてる男は辛いよな。でもあれじゃん? 一目見ただけで、なんて事になってくると、なんか『生き仏』って感じだよなぁ。ありがたや〜ありがたや〜みたいな」
「龍ちゃん、幾ら何でも口が過ぎるよ」

 涼平が睨み付ける。だが、生き仏かぁ、と呟いた慶太に涼平はぎょっとして顔を覗き込んだ。

「気にしないでよ慶太。ほら、龍ちゃんってばバカだからさ」
「バカって何だ、バカって」

 反論しかけた龍一だったが、涼平の一睨みの鋭さに口をつぐんだ。

「あの子はさ、慶太のことすごくすごく好きだったんじゃないかなあ。ファンっていうよりも、恋愛に近いぐらいにさ。で、恋い焦がれてやまない夢の人が本当に現れたんだ、手を伸ばせば届くぐらいに。きっとびっくりしすぎちゃったんだよ」

 涼平の言葉に頷き返しながらも、慶太はあまり納得していなかった。恋愛に近い感情、というのは当たってるような気がしたが、びっくりして泣いた、というのはちょっと違うと思っていた。もちろん龍一の生き仏説を支持している訳でもない。

 彼女は泣くことしか出来なかったのだ、と慶太は思った。手を伸ばせば届くのに握手を求めもせず、CDを持ってはいたけどサインをねだるでもなく、フラッシュを焚く訳でもなく、ただ立ち尽くし、ただ泣いていた。

 好きで好きで、好きすぎて泣いてしまう。
 溢れでる想いを正確に表現する術を持たない少女は、ひたすらに泣いていた。感情も身体もコントロール出来ないままに。

 慶太は俯いた。

 生のままで、純粋で、こんなに強い感情。
 それを僕が受けていいんだろうか。
 僕はそんな大層な人間じゃない。
 天使でも神でもない。
 ついこの間までぷらぷらしていた、ただのあんちゃんだ。
 たまたま縁あってデビューしただけ。
 君のクラスメイトの男子たちと、何一つ変わらないんだよ。
 僕を特別に想うことなんてないんだ。
 だから泣かないで。
 僕のためになんか泣かないでよ。


「うへぇ、やっとたどり着いたー」

 がちゃりとドアが開いて、涼平と龍一が車に乗り込んできた。

「今日はいっぱいいたよな、どこで情報を仕入れるんだろうな」
「みんなすごいよねぇ。仙台から来たって子もいたよ」
「マジ? これのために?」
「そうじゃないかなぁ。すごいよねぇ。ありがたいよねぇ」

 涼平は慶太に向き直ると、優しく声をかけた。

「さっきね、今日病気で来られなかった友だちにあげるんだっていう子がいてね、龍ちゃんと二人でCDにサインしてきたんだ。そしたらすごく喜んでくれた」

 慶太は寝た振りをやめて起き上がると、二人の顔を交互に見つめた。にっこり笑って、涼平は続ける。

「お友だちの病気、ちょっと難しいんだって。でも、これできっと元気が出るって、その子微笑みながらぽろぽろ泣きだしちゃったんだ。その子を見ながら改めて思ったんだ。僕らは、どんな小さな出会いでも、大事にしていかなきゃならないんだって」

「俺も。あのさ、慶太、こないだの子のことを気にしてるんだろうけど、自分にとって分不相応な感情をぶつけられても、それも全部抱きしめてかなきゃ。自分は違う、そんなんに値しない、って考えてたら、いろんな想いが無駄になっちまうと思う。そしたらあの子が、お前のことどうしようもないぐらい好きで好きでいる彼女が、あんまりだよ」

 二人の言葉を慶太は黙って聞いていたが、座席の上で足を折ると、両膝の間に顔を埋めた。

「僕を見て、泣いたあの子はさ、本当は何がしたかったのかな。握手かな。サインかな」
「さあ、何だろうね」

 涼平が静かに答える。龍一が続けて言った。

「でも、慶太を一目見ただけで、いろんな事が全部ぶっとんじまったんだ。それぐらいお前との出会いは、強烈で大事なことだったんだと思うよ」
「そういえば僕さ、去年のツアーは一期一会だって、すごく強く思ったんだよね。今頃思い出しちゃった」

 慶太は一層強く膝を抱えた。

「たった一回の出会いを思い出すだけで、その後どんなに苦しいことがあっても大丈夫って思えるような、そんなツアーにしたくて、そんな存在になりたくて、ずっと頑張ってきたのにさ。僕は今日きてくれた人に、また今度ね、なんて残酷なことを言っちゃった。思い立ったらすぐ来れる場所に住んでるような人じゃないかもしれないのに。お小遣いやバイト代を一生懸命貯めて来てくれた人かもしれないのに。僕ら三人が元気で笑ってる姿を見に来てくれたはずなのに。僕、台無しにしちゃったな」

 涼平と龍一は顔を見合わせて、くすりと笑った。龍一が、俯いていた慶太の顔をぐいっと窓の外に向ける。走り始めていた車の後ろを、ファンの少女たちが一生懸命追いかけてきていた。その中には、さっき慶太を心配して声をかけた女の子たちも混じっていた。

「ほら、挨拶してやりなよ」

 龍一が促す。

 だがそれよりも早く、慶太は手を振っていた。

 満面の笑みで。



 ねえ、僕らとの出会いは、君を元気にしてるかい?
 君を幸せにしてるかい?
 たった一度の出会いでも、君の心に置いていて。
 どんなにちっちゃな欠片でも、きっと君を元気にするから。
 きっと君を幸せにするから。

 そんな風に、きっとなるから。



End

03/05/14


→小説目次へ  →感想を送ってみる  →トップページへ