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東か、西か。天からか、地の果てからか。 風の吹く場所は、何処なのだろう。 Winding Road 「慶太、着いたよ」 涼平に肩を揺さぶられて、慶太はようやく目を開いた。移動用のワゴン車の中である。先に降りていた龍一は、トランクから荷物を出しながら、心配そうに車内を見ていた。 まだぼんやりとしたままの慶太は、ふらふらと立ち上がったが、 「いてっ」 ドアの縁に頭をぶつけ、うずくまってしまった。そのまま動こうとしない。 「慶太!?」 「大丈夫か?」 だが聞こえてきたのは、くぅくぅという寝息。涼平と龍一は顔を見合わせた。 「かなり痛そうだったけど……」 「あれで起きないなんて、相当だね」 涼平は慶太の脇から車を降りると、よっこいしょ、と慶太を背負ってスタジオへ歩きはじめた。 「……爪先着いてるよ」 自分なら照れて出来ない行為をさらりとやってのける涼平を、半ば尊敬しつつも、龍一は遠慮なくツッコミを入れた。涼平は前を向いたまま、小さく笑い声を上げる。 「しょうがないよ、慶太のほうが大きいもん。それより、荷物、大丈夫? 三人分になるけど、ごめんね」 慶太の重みでぎこちなく振り返り、龍一に心配そうな目を向ける。 「こんなん平気だよ。それより落とすなよ?」 「OK」 スタジオの狭い廊下は、人で溢れかえっている。ぶつかるようにすれ違うスタッフや他の事務所のアーティストへ挨拶をしながら、小さな控室へ入った。すぐさま龍一はパイプ椅子を並べると、涼平を手伝って慶太を寝かせた。 「ぐっすりだね。早くついたし、もう少し寝かせておこうか」 「ああ」 言って龍一はテーブルに腰掛けた。部屋にある椅子は、全部慶太の寝床になっている。涼平はというと、スペースが出来たのをいいことに、ストレッチを始めた。 このところ、分刻みのスケジュールが続いている。忙しいということは、人気のある証拠。自分たちが受け入れられている、と嬉しく思う反面、やはり十分な休養がとれないことは辛くもあった。 他の人たちはどんな風にしているんだろう、いや自分が甘いだけなのか? 龍一はそう思いながらしばらく足をぶらぶらさせていたが、テーブルからとんと降りると、涼平の横でストレッチに加わる。 部屋には衣擦れの音と、慶太の寝息しか聞こえなくなった。 慶太の声は、ボイストレーニングを積み続けているとはいえ、その日の体調によって、すぐに不安定になる。昨日の歌番組の収録では、何度となくNGが出た。その都度全力で歌う慶太に、龍一は頭の下がる思いだった。 それは涼平に対しても同じである。まるで、今が最初の収録ですよ、というように、ニコニコと変わらぬ笑顔で踊るのだ。ジャンプもターンも、最初と同じ高さ・同じスピードで。 龍一自身、手を抜いているつもりは毛頭無いが、それでもこの二人のパフォーマンスを見ると、その真摯な態度に心が打たれるのだ。 収録後、今日は疲れたな、と声をかけたら、慶太の返事は既に寝息だった。そんな慶太に少し笑いかけてから、涼平はうん、と言った。 「うん、疲れたね。でもすごく嬉しかったね」 「嬉しい?」 「うん。あんなにNG出たってことは、まぁ慶太の体調もあるけど、でもプロの大人の人が、僕たちの一番カッコイイところをみんなに見せたいって思ってくれてたって事じゃない? すごく嬉しいし、有り難いよね。だからさ、もう、すっごい張り切っちゃった」 ニコニコと笑う涼平に、龍一は胸が詰まった。 得難い仲間を得た、と。 涼平、そして慶太。彼らに引き合わせてくれた天に感謝しよう、と。 芸能界の盛衰は激しい。次々と新しいものが沸き上がってくる。 人はすぐに熱狂し、すぐに冷めてしまう。 一度でも妥協をしたら。 これでいいやと思ってしまったら。 あっという間に自分たちはダメになってしまうだろう。 それを二人はきちんと分かっている。おそらくは本能で。 その時、ドアがノックされた。 「『w-inds.』の皆さん、いらしてますね? 衣装の前に打ち合わせをしたいので、第2スタジオへ入ってください」 「はい」 スタッフの呼び出しに誰より早く応じたのは、寝ていたはずの慶太だった。 扉が閉まると、慶太はてきぱきと椅子を片付け始めた。床に座ったまま驚いている龍一と涼平の腕を引っ張る。 「二人とも何してんの、いくよ!」 仕事、と聞いてパチンとスイッチが切り替わったのだろう。眠気のねの字も感じさせない慶太の様子に、涼平は呆然とし、龍一は苦笑した。 龍一は立ち上がると、涼平を引っ張り上げ、慶太と涼平の間で肩を組むように腕を回した。 「わわっ!」 「どしたの、龍ちゃん?」 驚く二人へいいからいいから、と一人で笑い、 「さあ、いくよ」 龍一は廊下へ飛びだした。 風は天の呼吸だという。 北と南から吹いてきた風は、一つところに集まって、大きな風になる。 風はもう吹いている。 だから もっと大きく。 もっと、もっと。
おわり
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