まつりつくば2002 

2002/09/07〜2002/09/08


「つくば」は変わった街だ。それでも私の好きな街だ。
”平らな関東平野に「研究学園都市」を作る”という国策が昭和30年代頃から発案され、6町村の合併を経て「つくば市」として徐々にその姿を造り上げていった。 中核となる国の機関、研究所、筑波大学。 公務員、学者、学生の街である。 宇宙飛行士の毛利さんが息子をスイミングスクールに迎えに来ていたり、江崎玲於奈元筑波大学長がスーパーで奥様と「水」を買い物していたりと、日常的にいろんな人と出会うことができる。 私たちのような民間人はマイナー人種(笑)
造られた街はきれいだ。南北に走る東大通り、西大通。東西に走る北大通り、南大通。 道路は整備され中心部の建物には規制がかけられ、いたる所にある公園や街路樹ときれいにマッチしている。最初はどこかの外国にでも舞い降りたか?と思ったほどだった。 それでも北側には「がまの油」で有名な「筑波山」が整然とそびえ立つ。 そんな不思議な街だ。

おもしろいことに周辺部からその街に近付くと「ここからが研究学園都市」と言わんばかりに道路左右にオブジェが立つ。学園の「内」と「外」との区別が結構あったりする。それは、「内の住人」と「外の住人」との確執にも繋がるかもしれない。「内の住人」は、日本各地、世界各地から集う所謂「外もの」であり、「外の住人」が所謂「地元人」である。
結局、「外もの」は「つくば」を素通りするだけになったりする。 どうせ、どこかに戻るんだろう・・・という感覚があった。
そんな微妙にアンバランスな街が、「自分の故郷」と成り得るはずがない。
そこで考えられたのが「地元に根付く『まつり』を作ろう!」というアイディアだった。「外もの」も「地元人」も「まつり」を通して心が通じるはず。 「心の故郷」になり得るはず。
そういうコンセプトで始まったのが「まつりつくば」である。最初は地元企業のいろんなお店や屋台、小規模なイベントだけの内容だったが、5〜6年前程から青森「ねぶた」を呼んできて、それをメインに持ち上げてきた。8月のお盆が過ぎる頃からねぶた用のテントが張られ、メインの道路沿いには桟敷席が作られて、おまつりモードは全開。毎年9月の第一週の土日二日間、催される。毎日通う「つくば」だが、ねぶたが始まってからの「まつり」は今回が初めてだった。



宝珠 「竜神と海女の球取り」 〜穐元作〜



これは日本一大きいの御神輿らしい(流石に地元の意地か?)
「ねぶた」のお囃子も青森ゆずり? 「ねぶた」の衣装は買い求めることができ、
着付けもしてくれる。
「ラッセラー・ラッセラー」とハネル姿が少なかった。
残〜念。今後の課題か?
                

「奮戦」 佐竹義宣 〜穐元作〜


「雷神」

片側3車線の目抜き通りをパレード。
広々とした交差点にくると大勢の大人が「ねぶた」を勢い良くクルクルと回転させたり上下させたり。
観客は拍手喝采〜!

遥か遠くからありがとう〜!青森「ねぶた」