自分の作品のスタイル


5/31(月)

九段下へ。
今日で五月も最後の日。

今日は今興味を抱いていることについて。

小説には文体を含めたスタイルというものがある。

司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平、宮部みゆき、佐藤雅美、吉川英治、山岡壮八、山田風太郎、池宮彰一郎、平岩弓枝、杉本苑子と時代小説をいろいろと読み比べてみる。

司馬遼太郎は神様の目でみているようだ。すべてお見通し。戦術、人間の本能、どの分野でも専門家以上の分析がされている。

池波正太郎は、江戸時代のおじさんが分かりやすく話して聞かせてくれてるような気持ちになる。

藤沢周平は、純文学の匂いもする。

宮部みゆきは薀蓄も多い。登場人物全てが詳しく実在の人物のように作られている。

佐藤雅美は地味だけど全て実話のような書きっぷりが見事だ。

吉川英治は作品に深い愛情があるようで丁寧に書かれているような気がする。
以下略。

こうしてみてみるとプロの作品は、それぞれ独特の個性がにじみ出ていることが分かる。

浅田次郎は小説を書くにあたってどんな文体にするか、文体を決めるのに苦労をしたそうだ。

岡本綺堂の「半七捕り物帳」は素晴らしいけれど池波正太郎になるともうダメ――などと江戸っ子落語家で毒舌家の立川談志はほざいている(笑)。
多分、江戸の情緒という点に絞って許せない部分があるのだろうが。

僕は池波正太郎は好きだ。ストーリーが面白いし、語り口に味があるし、なんといっても作者自身の人間性が感じられて親しめる部分が読んでいて爽快になる。

話は変わるが、レコード歌手の場合、デビューするには歌が上手い上に個性が必要。
都はるみはデビュー前に個性を模索中、どうにもならなくなって、やけくそで本人が浪花節のようにうなって歌ってみたという。それを聞いた市川昭介が「それで行こう」と決めたそうだ。
三橋三智也は持って生まれた高音の美声は誰にも真似ができなかった。松田聖子も高音の伸びが専門家をうならせたらしい。山崎まさよしはジャズのフィーリング。
それぞれの持ち味は、意識的に作られた場合と、本人の地を生かした自然体の場合の二種類がある。

で、僕はどんなスタイルになるのだろうか。


特別何もなし


5/30(日)

夕方まで仕事。江戸時代の小説。
夕方、浦安体育館のプールへ。
日曜は家族連れで満員。
プールの水も汚れる。
プールの底に外れたバンドエイド発見。その瞬間、水を飲む。
衝撃が大きかった。


アボガドサラダ


5/29(土)

いつものように青山で午前と午後の授業。
昼はパスタの店でみんなと会食。
僕はチキンのパスタを。登口さんのアボガドサラダを見て、僕はパパイアと勘違い。しかもパパイヤという言葉が出てこない。
簡単に老化と一言では済ませない重症。

千駄ヶ谷のプールで一泳ぎして帰る。


赤坂で


5/28(金)

午後、某団体の総会に出席。
総会の中で、ある項目について質問があり、こじれた。その質問は多分に怒りのこもった苦情のようであり、答える側は情報不足か、全てを明かせぬ何かがあるのか曖昧な点が明確にされないまま、一方的なやりとりとなった。

そこでやり取りを聞きながらふと人間の持つ二つの矛盾、感情と理性、本音と建前のやっかいさを思い、また、そんな人間が集まって行う議会というものの難しさを痛感した。

国会の強行採決などがそうだ。

人間とは本来、感情の動物である。
議論は基本的には理屈でなされる。
利害関係がある者同士、冷静に議論するということは非常に難しい。
両者の立場を冷静に見ることができる人間を議論に加えれば少しは楽になるかもしれない。

総会の場合、一つ一つの項目を議論している時間的余裕はない。

スムーズに総会が進行するために、それぞれの部会で日ごろのコミュニケーションができていることが大切ということになる。

夕方、赤坂プリンスホテル旧館サファイアホールでシナリオ作協の各表彰式と懇親会があり出席する。
大判昌司賞に輝いた阿部桃子さんから声をかけられた。有明の夏の合宿で僕のクラスにいたそうだ。

終わってから赤坂の喫茶店でシナリオ談義。
女性が三人、日本シナリオ大賞の松本さんが入り、合計五人。
コーヒーを飲みながらおしゃべりを楽しむ。


ゴルフと飲み会・大変な二日間


5/26(水)〜27(木)

隣の町のゴルフコンペ。桜ゴルフクラブ。霞ヶ浦を望む所にある。夜は学校があるので、終わるとすぐに帰れるように自分のくるまでひとりで行く。
朝6時過ぎに出発。

夜は表参道の学校へ。

そのあと、南行徳に住む藤岡クンと蝶々へ。
藤岡クンは、時代劇の劇画のシナリオライター。
ビールと焼酎で、時代劇の話をしながら二時まで。
自分が今進めている時代劇の話をする。蝶々のママと時代劇ファンのSさんと。Sさんはサラリーマンだから明日は出勤だろうに。

面白いとのみんなの感想。気をよくする。
青山で飲むと終電が気になるのだが、家の近所だと歩いても帰れる。その結果、青山で飲むより遅くなった。

そのあと、カラオケに。
歌って店を出ると朝の五時。町は明るかった。

帰宅後、昼まで眠り、午後夢の島のプールへ。

そして、夕方からは西船橋の駅前で、元の会社の坂恵さん、園田くんと飲む。白木屋が安いと。六時半から十時過ぎまで飲んで食って喋る。


江戸城の資料探索


5/25(火)

神保町の書店で江戸城の本を探す。江戸を扱った本は多いけれど、江戸城の書籍は少ない。現在の皇居を説明した本は眼にする。
本丸の南にある西丸のことが知りたいのだが、現在は宮殿や宮内庁がある。
昔は、徳川各代の霊廟があったらしい。
その北にある紅葉山は秋になると紅葉で素晴らしかったようだ。


白山にある伝通院


5/24(月)

対朝外交の世論調査の結果は小泉外交支持が60数パーセント。
マスコミが罵倒しても国民はそれに惑わされなかったと見ていいのではないか。

飯田橋から歩いて小石川植物園へ。小説に使う小石川養生所を見ておきたいと思ったから。
想像を超えて遠かった。
しかし、得るモノがあった。それは伝通院。
家康が生母於大の方のために白山に建立した寺院。
他に徳川亀松(家光の二男)、千姫、鷹司孝子(家光の正室)など徳川家ゆかりの人たちが眠っている。これを見てあるアイディアがひらめく。来てみてよかった。

そのあと、小石川植物園に行ってみると月曜日は休園日。
裏側に植物園の世話をしている体の老婦人をみつけ、話を聞きたいと近づくと雑談をしていた中年男が、「今日は休み!」と追っ払うように叫ぶ。別に中に忍び込もうとしたわけでもないんだけど、無粋な男に興ざめで引き返す。多分これも役人。
「折角遠いところをお越し頂いて恐縮ですが今日は休ませて頂いております。申し訳ありません」
と言うんだよと教育してやりたくなった。

で、白山駅前で焼き魚の定食を食べ、都営地下鉄で国立競技場へ。
東京体育館のプールで1時間ほど泳ぐ。

帰りに行徳駅でもらったチラシに誘われて居酒屋「笑笑」へ。
半額の生ビール二杯と枝豆、冷や奴、サラダなど。サラダは大きな皿に盛りつけられて凄い量。先日も同じ、こういうところは一人でくる店ではなさそうだ。


全てに批判的なマスコミの論調


5/23(日)

マスコミも拉致被害者の家族も小泉外交をこぞって罵倒。
もし、五人の家族を連れて帰れなかった場合、彼らは何と言ったのだろう。
人道支援、経済援助ともに小出しにしてもっと駆け引きをするべきだったとの論調。

実際に土俵に上がって話し合いをした本人が一番その状況を分かっているもの。小泉首相もマスコミが批判するほど馬鹿ではない。
今、北朝鮮は窮鼠と言ってもいい状態。いたずらに駆け引きをすると破れかぶれにズドンいった可能性もなきにしもあらず。
平壌宣言にそむけば、そのときに援助などを考え直せばいい。
この外交がよかったか悪かったかは神のみぞ知る。誰にも明言はできない。
困ったときに助けてくれたものに感謝をするのは普通の人間の性。
これまでの間違いを許し、今後仲良くするために援助の手を差し伸べるのも外交政策のひとつ。小泉さんはそれに近いことをやっているのだと僕は思う。
僕だって北朝鮮の理不尽さを理解できず、怒りは沸騰しているんだけれど、だからといって苛めても話は進展しない。
北朝鮮という国は、すぐ隣の距離にあり、貧窮の極みにあり、核兵器を保持しており、為政者は常識では考えられない人間である。
これを棚に上げて、理想を叫ぶだけのマスコミこそもっと真剣に日本の国のことを考えろといいたい。もし日本が世界最強の軍事力を備えていたとしても抑えきれるものではない。

ましてや、今回の小泉首相の訪朝を年金問題隠しのためだ、選挙のためだ、と叫ぶマスメディアは余りにも情けないゲスの勘ぐりそのものだ。そんなこととこの大事な北朝鮮問題を同列に並べること自体、言語道断。
きっと性悪説で家族も友達も取引相手も全てを疑ってかかる不幸な手合いの考えることだろう。
そういう人間だから所詮は空騒ぎに終わるむなしい評論家に成り下がっているのだろう。

これらの騒ぎは当然、北朝鮮には筒抜けである。
とすると、それは却ってある種の効果を生んでいる可能性もある。
そこまで読んで騒いでいるとは思えないが……。

金正日がニュースを見ながら
「日本はわが国とは違う。小泉首相の言葉を全面的に信用するわけには行かないようだ」
と警戒心を抱いているかも知れない。

としたら、マスコミも対朝外交に結果的に一役かっていることにはなる。

心配なのは、一般大衆がマスコミの煽動に安易にのってしまうことだ。街頭でインタビューをしても都合の悪い意見をカットする自由をマスコミは持っているのだから。


外食


5/22(土)

午前中の授業が長引いたので昼食はマックのフィレオフィッシュとコーンスープにする。
授業後、千駄ヶ谷まで歩いてプールに行く。
帰り道、バレーボールのダフ屋が声をかけてくる。

あと、日本橋のそば屋で夕食。いつも満員だのに、土曜のためか客はいない。いつもは
「おひとりさん? カウンターでいいですか」
といわれるのに 「どこでもどうぞ」
との案内。店員も今日の客の入りは期待していない様子。
かといって……、やっぱりいつものようにカウンターにする。でも、隅っこに一席空けてすわる。
大根サラダ、三点盛りの刺身、焼き鳥を頼み、生ビールを二杯飲む。
大根サラダは大皿で一人では食べきれない。
高島屋地下でみやげにシフォンのケーキとやわらかそうなものを買う。家人は歯の治療で今週と来週は流動物しか食べられないため。
行徳の西友ではプリンとアイスクリームを買った。

今夜は小泉首相の北朝鮮訪問のニュースで持ちきりだろうなどと考えながら家へ向かう。


居酒屋蝶々


5/28(金)

夜、ゴルフ仲間がやっている居酒屋蝶々へ。来週飲みに来るからとわざわざ告げに言ったようなもの。
久しぶりなもので良く喋った。
ビールを飲んで、鰯の煮つけ、納豆オムレツ、イカと大根の煮付けを食べる。

帰宅すると、フジで加藤剛主演の判事ものをやっており、ふと見て最後まで見てしまった。なかなか良くできた作品だった。

で、来週の予告を見ていて、榎木孝明と秋野よう子出演の「京都古本屋」のミステリーをやると知る。調べてみるとやはり、元水曜クラスの水野宗徳くんのホンだった。二作目だ。シリーズになったのだ。


佐伯康英「古着屋総兵衛影始末」を購入


5/20(木)

健康診断に元いた会社に行く。懐かしい沢山の人と出会った。

元上司のHさんに門仲で焼き肉をご馳走になった。この一ヶ月、ダイエットをしていたので肉など久しぶりだ。
時代ものの小説の話、政治の話、久しぶりにいろいろと情報交換。

ついに佐伯康英「古着屋総兵衛影始末」を購入する。沢山の人から面白いと言われた。どこの書店にも並んでいる。
文庫用の書き下ろしだが、2000年7月に初版が出て以来、2004年4月で12刷。すごい売れようだ。

夜は東銀座で打ち合わせ。
今日は昼、夜と飲み過ぎた。
ここでT教授から僕のHPのことを言われる。
ある固有名詞を検索したところ、僕のHPが出てきたとのこと。僕の日記にその固有名詞が使われていたのだ。怖い気がした。これからは面白みが半減するけれど、固有名詞は頭文字にすることを決心。


豪雨


5/19(水)

飛嶋さんの作品に感心。
聞いていてウルウルしそうな感動作品。本人も書きながら泪がにじんだと言う。みんなの評価はそんなに良くはなかった。何故だろう。欠点を探す評論家の耳を向け、白紙の心で聞いていないのか、どこかを聞き落としているのか。

大雨。
帰宅後、ビールと日本酒を飲む。

元水曜クラスの上杉京子さんから連絡あり。TBSの四夜連続のドラマで脚本家デビューとのこと。早速、HPの表紙に書き込む。でも字が小さいために今ひとつ目立たない。


分からないこと


5/18(火)

昼食後、NHKの国会中継を見る。
小泉首相の怒り。
議員の年金未加入問題について。
議員になると議員年金があり、国民年金は任意。その理由。当時は、議員年金と国民年金の両方に加入するのは欲張り、との考え方だった。だから、国民年金には未加入とのこと。これは僕は理解できる。
でも築地のA新聞やテレAはそういうことは取り上げない。
マスコミも気に召した記事は大きく取り上げ、気に召さない記事は没にする。このやり方も考えようによっては恐ろしい。

マサチューセッツ州で同性同士の結婚が認められた。
同性同士の結婚など認められなくってもお互い同士が仲良くしていればよいことではないのか。それこそ、個人と個人の問題なのだから。


シナリオ倶楽部「森下直」


5/17(月)

赤坂のシナリオ会館へ向かう途中、TBSの前で安住紳一郎に出会った。彼の顔を見た瞬間、僕の頭は安住紳一郎と判断する前に「知り合いの男出現!」と判断、同時に僕の眼は会釈の表情になった――と思う。 相手がフッと視線を止めた。
その瞬間、僕の脳は安住紳一郎だと判断した。
ほんの一瞬、遅かった。
知り合いではなく、テレビで顔を知っているだけなのだ。

こういう経験は誰にでもあると思う。
これは脳が判断する前に身体(眼)が反応してしまったという表現がピッタリかも知れない。
突然話が飛ぶ。
スパイの訓練はこういう部分までやるのだろうか。
スパイとして敵地への侵入に成功してもこういう反応で見破られることがあるのではないか。
これは夫婦間にも言える。秘め事。
どんなにうまく隠しても何か思いも寄らない出来事の瞬間にこういうリアクションをやってしまい、隠し事が露呈する――。
ありうるのではないか。
などと連想していたら、安住紳一郎はそそくさと雑踏に消えていた。

シナリオ倶楽部に参加。今日は映画「誘拐」「13階段」などで知られる森下直さん。鑑賞作品は「うきは〜少年たちの夏」(02年NHK福岡制作の地域発ドラマ)。「日本棚田百選」に選ばれた福岡県浮羽町を舞台に小学六年生の二人の男の子の恋を描いた作品。
さわやかさの残るいい作品だった。

終わって近くの居酒屋で飲み会。
同じ関西出身の気さくな人。
「今度城戸賞取るから」と宣言して「誘拐」で城戸賞を取った。受賞の決定の前に映画化の話があった。
仕事に熱中すると、8時間、トイレ以外、食事も取らずにやるという集中力は普通じゃない。

同じ姫路出身の井上登紀子さんとも話をした。
その仲間の藤岡さんは奇遇にも僕の最寄り駅である行徳と隣の駅との間に住まいがあることが分かる。時代劇の劇画の脚本家。
今度地元で飲もうと約束して別れる。


駅前駐輪場の申し込み


5/14(金)

朝、行徳市役所支庁へ駅前駐輪場の申し込みに。
タイ製の駐輪錠が11(火)に壊れたのだが、急いでいたので壊れた錠を自転車つけ、一見分からないようにカムフラージュして無料駐輪場に自転車を置き、電車に乗った。
さて、夜、戻ってくると自転車がない。盗まれたらしい。
驚く。一日目でもう壊れた錠が見破られたのだ。

12日(水)、新しい自転車を購入。
無料駐輪場では不安なので有料駐輪場を申し込んだ。

さすがに役所と思った。
庶務の窓口で免許証を見せて申し込む。それが担当部署に回され、一週間後に書類が送付されて来て、その一週間後に許可が下りるとラベルが送られてきてやっと駐輪場が使用できるのだ。
その場で借りられると思っていた。
許可は二週間後になる。その間、不安なので有料駐車場の回数券を購入した。

その後、飯田橋の喫茶店で朝昼兼用の食事をし、モダンジャズを聴きながら宿題を6本読む。

九段下まで歩き、久しぶりにミステリーの小説最初の200枚くらいを読み返してみる。

トリックと推理は面白い筈。ただ、新規性、問題性などはない。軽く読むのに面白いと思う。

今をときめく内田康夫のデビューは、自費出版で本を作り、それを方々に送った。朝日新聞が取り上げ、書評が載ったのが切っ掛けだそうだ。

もう一度読み直して自分として納得の行くものに直して、方々に持ち込んでみようと考えた。このまま埋もらせてしまうのはまだ早い。


真名カントリー


5/13(木)

久しぶりにゴルフ。真名カントリークラブ。
みんな年上のご高齢なのに元気よく、歩いて回ったにもかかわらず、1.5ラウンドを。途中で打てなくなってしまった。疲れの所為か別の原因かは不明。

ゴルフに一番いい時期なのに、芝のコンディションは最悪。
空気抜きとかの穴が開けられており、土の地肌がみえている。河川敷でやってるみたいだ。
何年か前に九州のケアという名門コースもそうだったことを思い出した。


思いがけない拾い物


5/11(火)

元いた会社に立ち寄り、所用を済ませて日比谷へ。好物のくるみそばを食べた後、映画館を回る。全てタイミングとして途中。本当に何の予備知識もなく、たまたまタイミングがよかったのと、地中海の船旅ということで「永遠の語らい」を見る。
これは拾い物だった。
こんな映画に行き当たるなんて本当にラッキーだった。

この映画の重要な部分を占めるディナーの歓談シーン。
船長マルコヴィッチが有名女優や実業家、元モデルの三人の女性と食事をしながら歓談するところ。
ユーモアを交えながらお互いに理解を持って会話を楽しむ様子を見て、こんな気持ちで談論したいと思うようになった。
そういう風に観客に憧れを感じさせること自体、ドラマ性がなくても良い映画の証だと思う。
でも映画の文法的に言うと、この映画、僕が日頃教室で言っているドラマツルギーとは異なるのだ。

基礎は文法通りに勉強しても、基礎をマスターすればあとは自由に作っていい、音楽も言語もドラマも、その理論・文法は後からできた物で、本当は形式にとらわれることなく自由に作ればいいのだ、と原則論に立ち返ることになる。

この映画の魅力は、95歳のマノエル・ド・オリヴェイラ監督と出演者たちの力だと思う。まるで、「台本はないから自由にしゃべってください」と言われたかのごとく、四人が楽しそうに自然に話し合っている。
それをフィルムで忠実に記録したもののような印象だ。
ラストは言う必要もないので伏せるが、さわやかな気分で映画館を出ることができた。後で知ったのだが、2003年のヴェネチア映画祭で上映されて好評を博した作品なそうな。

教室でも、授業後の「蓬莱」での飲み会でもその話をする。

そして、
95歳のマノエル・ド・オリヴェイラ監督のこと、
80歳の橋田壽賀子さんが「渡る世間は鬼ばかり」の連続をひとりで書きながら、NHKで放送80周年の記念ドラマ「ハルとナツ 届かなかった手紙」(全5回)を手がけられたこと、
を知って、自分たちも頑張らなければと思う。


久しぶりに映画のはしご


5/10(月)

今日は自宅がマンションリニューアルのための工事で一日停電。そういうこともあって、久しぶりに日比谷に出て映画を一杯見る。

まずは「コールド・マウンテン」
残念ながら東西線及び日比谷線の地下鉄トラブルによる遅れで頭15分が見られなかった。この映画、2時間35分の長編のため、平日でも9時25分から本編が始まるのだ。

たった一度の口づけでお互いが運命の相手だと知ったインマン(ジュード・ロウ)とエイダ(ニコール・キッドマン)。南北戦争によって引き裂かれた2人は、再会のために男は命をかけて故郷をめざし、女は艱難に耐えて男の帰りを待ち続ける。
目新しい要素は見当たらないかも知れないけれど、人間が描けているから感情移入ができるのだ。
ジュード・ロウとレニー・ゼルウィンガーがよかった。
個人的な好みとしてだけど、男女が出会ってから相手を観察して少しずつ盛り上がって行く過程を経た恋愛感情より、初めて目を合わせた瞬間に燃え上がる一目惚れの方が、数倍ドラマチック。
そういう好みにぴったりの映画。

昼ご飯、鰻丼とうどんを食べる。うまかったが、明日朝の体重が心配。今日は泳ぐ時間もないし。

午後に見たのが「スパニッシュ・アパートメント」
これも青春物として面白い。

最後、疲れたけれど「死に花」を見る。題材に興味があった。
後半、銀行強盗のために年寄りが穴を掘るというのがイマイチ。青島幸男、山崎努、谷啓などキャラクターが面白いからちょっと残念。

菅直人氏、辞任。政治家は引き際が大切。最悪のタイミング。


長野県知事の仕事拝見


5/9(日)

田中康夫長野県知事がフジテレビ「報道2001」に登場。ぬいぐるみを仕事場に持ってきたり、これまでイメージが良くなかったのだけれど、今日、話を聞いて見直した。幅広く良く勉強されていることが分かった。現場に出る行動はパフォーマンスだと思っていたが、確固たるポリシー、信念のもとに動いていることが理解できた。考え方も賛同した。軽井沢かどこか、長野県に住みたくなってきたくらい。ああいう知事が増えれば日本も良くなるだろうと思う。

時代劇の企画書を推敲し、メールで送る。
ホッとしてプールへ。一時間泳いで、サウナに入る。

昨日土産に頂いた蔵出しの生の日本酒を飲む。うまい。口に含むとまろやかさが広がり、飲み込んだあとに別の余韻が残る。
石狩鍋をつつきながら飲んだ。

夜は久しぶりに「新撰組」を見る。


土曜2クラス合同茶話会


5/8(土)

まず午前中のクラス。相変わらず黒板いっぱいに作品が並ぶ。6本とも全部レベルが高い。
夕方、リキュールとウォッカのミックスされたカクテルと、ウイスキーのロックを飲み、晩酌にビールや日本酒を飲んで酩酊状態でほんわかと気持ちがいい今、それでも思い出すのは、三倉君の大正時代の作品。面白かった。アイディアと独特の作品の世界がいい。それと星川くんの事故で子供を亡くした夫婦と祖父の話。

午後の授業が終わってイタメシ屋に入ったら午前中の連中がまだおり、2クラスの面々が陣取ることになった。グラスを片手に、両方のテーブルを渡り歩いた。


世の中真っ暗闇じゃあございませんか


5/7(金)

この数日、イラクの捕虜虐待問題、三菱ふそうの大型欠陥車事件、年金未払いで福田官房長官辞任、菅直人言い訳に東奔西走の茶番と情けない事件で世の中騒然。

イラクの問題。虐待する捕虜と一緒に笑顔で写真に収まっているのか、信じられない米軍女性の笑顔。捕虜から大切な情報を聞き出すための虐待なら分からなくもないが、理解に苦しむ。何のために撮影したのか。

三菱自動車問題。企業の利益のためとはいえ、大事故が予想される欠陥を隠し通せると思っていたのか。こういう企業は倒産してしかるべき。何も知らない従業員は気の毒だが、無能な経営者は厳しく罰せられるべきだ。

こういう企業は企業理念を理解していない。企業とは社会に貢献して利潤を得るのだ。貢献できない企業は実力がないのだから倒産しても仕方ないのだ。

年金問題。福田官房長官の辞任は大きな波紋を呼ぶと思う。それに比べて菅直人は見苦しい。人間のいやらしさとバカさ加減の見本のようなもの。自業自得。菅直人が辞任しても何の影響もないだろう。
連休の外遊から急遽予定変更で帰国。自分のカネで行ってるのなら自由だが、そんないい加減な外遊をするな。何があろうと予定通り責任を果たしてから帰って来い、と言いたい。

時代物の企画書を書き終える。
午後日鐵建材工業へ。所用をすませて7階へ。
懐かしい顔と挨拶、雑談。
企画書を一部Kクンへ。Kは読書家であり、いろいろと感想を言ってくれる。


そろそろ新しい企画を


5/5(水)

毎日小説のストーリーを考えている。考えるだけでなくそれを文字にしている。シナリオでいうプロットを毎日作っている。
これを連載小説のようにHPに掲載して行くとどんな問題があるのだろうか。
将来、本として出版されたとき、売り上げに影響があるのだろうか。出版社は嫌がるのだろうか。中味を読んだ人はカネを出してまで本を購入しないかも知れない。そのぶん、売り上げが減る。でも、それはほんの数冊ではないか。もし面白ければ、それが口コミ的に宣伝になり話題に上るかも知れない。その方が効果が大きいのではないか。などと考える。

随分昔のはなしだけれど、倉本聰の「君は海を見たか」というシナリオが刊行された。購入して読んだ。そのあと、リメークされることになった。主役の俳優などが変わるため、当然シナリオは書き直された。それがまた刊行された。それをまた購入して読んだ。どんな風に中味が書き換えられたのか興味があったから読み比べてみたのだ。中味は殆ど変わっていなかったような印象を受けた。
でも興味津々で買わずにいられなかった。
同じことだと思う。

日々、試行錯誤を繰り返しながら作品を作って行く過程を読み、興味があれば完成した物をあらためて読む。どちらも興味があるのではないかと思う。
僕のHPを見る人はシナリオを勉強している数十人の人たちだろう。
普通は、作品は完成するまで人目に触れさせたくないと思う。普通は日記もそうである。しかし、HPにそれを掲載するのはどんな心境からかわからない。HPというものは半分以上、プライベートな気分で作れるものなのか。
で、創作過程をHPに載せようかと思うんだけど、著作権とかその他いろいろ、誰かその道に詳しい人、興味のある人がいれば意見を聞きたいと思う。

毎日更新しているのは日記だけだ。それではHPとして寂しいのではないか。
日記をフィクションにしてみたらどうかなどとも考える。主人公は勿論北川哲史で登場人物は殆どが実在の身の回りの人。毎日のニュースや出来事が微妙に関わるフィクション。フィクションの形態を取りながら実は真実かも知れない。私小説かもしれない。

などとふと考えた。

ゆうべ、師匠の小川英氏が夢に現れ、新しい時代劇ドラマの仕事をやれと指示された。久しぶりに充実感を抱いて張り切った。あの頃のやる気満々の気持ちがよみがえった。あの世から怠けている弟子にハッパをかけられたのかも知れない。
連休の休暇を終えて帰って行った二男から別れ際、「それじゃ、仕事頑張って」と声をかけられた。ずしりとこたえた。


親戚訪問


5/3(月)

憲法記念日。山の手の閑静な住宅街にある元新聞記者の従兄弟の家へ行く。
従兄弟夫婦とその孫二人、中学生と小学生。みんなでケーキや寿司を食べながら懇談。

まず孫たち。先日、名探偵コナンの映画を見に行き、一生懸命に僕の名前を探したそうな。
「映画には出ませんよ、テレビしかやってないし。それに最近は小説書こうとしててコナンは書いてないから」と言うと、「ダメよ、そんなこと言っちゃあ。明日友達に話をするんだから」とたしなめられる。反省。そうか、大変な仕事でもコナンも頑張るべきなのかと反省。

従兄弟の奥さんの実家は由緒ある家柄。で、その話。
由緒ある家柄に生まれると、眠り方から違う。天井を正視する姿勢で眠りにつき、朝までそのまま動かない。お殿様は子供の頃にその訓練を受ける。頭の両側に抜き身の刀を差し立てて眠る。動くと顔が斬れる。
女性は四角い枕の両側に籾殻を置いて寝る。寝返りを打つと髪に籾殻が付着する。すると朝、物差しで「ピシャリ!」と叩かれたそうだ。
この「動かない」ということは大変な労力である。

ある時、御能の舞台を見に行った時の話。
天から舞い降りた羽衣を肩から広げた両手に掛けたまま、ずーっと静止状態で舞台が進む。後ろの人は何も芝居をしないで楽でいいな、なんてとんでもない。
あの、動かずにじっとしているほど体力のいることはない。
素人は耐えられないそうだ。

そういえば、昭和天皇が地方にお見えになり、駅前で街頭演説をされた。折悪しく、雨が降ってきた。しかし、途中で止めるわけには行かず、雨の中でそのまま続けられた。
さて、長時間の演説が終わった後、なんと天皇陛下がおられた跡だけは、靴の跡が濡れずに残っていたそうな。

そういえば、ある偉い人が馬に乗ったまま、儀式に参加された。運悪く、馬の右前足の下の土が崩れ落ちた。しかし、馬はその足を浮かせたまま、儀式の終わるのを待ったという。馬に乗ってる偉い人が微動だにしなかったため、馬も動けなかったという話。

次々と面白い話が出てくる。楽しい半日だった。

夜は連休前に提出された宿題の講評を書く。


古いパソコンを処分


5/2(日)

昨日は夕方プールへ行く以外、一日パソコンを打っていた。あとは池波正太郎の短編「夢中男」を読む。昭和44年に発表されたもの。
池波正太郎の友人の話を語って聞かされているような錯覚に陥る。

古いパソコンのハードディスクの中味を新しいパソコンに移し終える。
タイトルだけでは中味が分からないものは開いてみる。懐かしい文書だったりして、つい読みふける。自分が作った詞もあった。大事に取っておく。
古いパソコンはパソコンを購入した電気屋さんが無料で引き取ってくれる約束なので運び込んだ。昔のパソコンは大きいためにスペースをとる。取っ払って部屋が広くなった。

帰りにプールで一泳ぎする。橋田壽賀子さんのように執筆しながら毎日泳ぎたいと思う。でも彼女、お酒も飲まれないだろうにスリムな体型ではない。泳ぐだけではダメなのか?

夕食はキムチ鍋。豚肉と豆腐が入っている。

まじめに仕事に取りかかっていると、その日常は日記に書く項目がなくなる。故伊丹十三氏のように、アイディアが浮かぶところから作品になって行く課程を毎日創作日記として綴れば面白いだろうと思う。が、作品が世に出てからでないと、たとえHPでもそれはちょっとはばかられる。
この数日、ストーリーに新たなアイディアが浮かび、進展した。としか書けない。