自宅録音といふことの眼目は奈辺に存するのか。小生愚考するに、それは音楽の円滑なる記録といふことに尽きる。単に音響を記録するのではない、「音楽を円滑に」記録せんとするのである。従つて、音質云々といふのは大事でないとは言へないけれど最重要でないことだけは判然してゐる。ある断片を思ひ浮かべ録音する。その断片に呼応しさうな別の断片を録音する、。さらにそれらに呼応する断片をなんとかひねり出して録音する。さういふことの積み重ねが多重録音であるからして、その一連の作業の停滞といふことが最大の障壁である。
リヅムを鳴らしながらギターを手にし、プラグを差し込んで録音ボタンを押して何がしかを爪弾く。今録音したものを再生して仕上がりを聴く。必要とあらばエフェクタなどをいぢる。さういふ作業がコンピュータの突発的停止などによつて中断されることが何よりも音楽的精神に悪影響を与へる。音楽といふ以上は集中なしに作り得ないのだけれど、かかる機械的の不具合はその集中を著しく妨げるのであるから、なんとしてもこれを排除せねばならぬ。うまくいかないからいぢる、いぢるから悪化する、悪化するからまたいぢる、その結果さらに事態が悪化するといふ眩暈を起こしさうな悪循環を断ち切ること、これがコンピュータを用いた自宅多重録音のコツだらうと思ふ。
かかる悪循環をきれいさつぱり断ち切る最善の方法は、音楽作成にコンピュータを用いない、といふことだらうけれど、さうもいかない事情もある。
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巷に溢るる音楽作成ソフトに関する「こんなことが出来ます」「あんなことも出来ます」といふ女衒の台詞のごとき宣伝文句を目にしてしまふと、いやいやコンピュータは不安定だから、などと泰然自若としておれないのが凡夫の凡夫たる所以であつて、広告写真を見るとずいぶん綺麗な画面に色のついた音声波形などが何列も並んでゐたりするから、こちらの物欲は刺激される一方である。
参考のために音楽の仕事をしてゐる友人に電話で話をきくと、今はコンピュータ以外はほとんど使はない、とさらりと云ふ。「私はデジパフォなのよね」などと云はれると、自分も他人に「おれはデジパフォなんだぜ」などと云つてみたくなり、さうなると音楽作成のためではなくて「おれはデジパフォ」と云ひたいがために、音楽作成ソフトを欲するやうになる。頭の中に「デジパフォ、デジパフォ」という言葉がこだまする。脳内デジタルディレイである。しかも「パフォ」といふ音がなんとなくチョコレツト・パフェを連想させるので、さらに魅惑的に感ぜらるることになる。
他人がかういふことを云へば、本末顛倒であると糾弾するけれど、云つてゐるのが自分なので仕方がない。さういふ経緯だから、いざコンピュータとソフトを買ふにも確固たる地盤がない。なんとなくネツトで調べてみたりはするものの、専門用語がよくわからないのでおぼろげな印象しかない。
そんなある日、偶然通りかかった電気店でとある音楽作成ソフトの実演販売促進会のやうなものがあつて、そこでインストラクタの男が「だうです、こんな音が出ますよ。だうです、こんなに簡単に編集できます」などとやつてゐるので、見てゐるうちにそのソフトが欲しくて欲しくてたまらなくなつた。
家人に相談すると、「それを買つたらあなたは作曲がたくさん出来て有名になれるのね」などと埒のあかぬことを呟く。有名もなにも、人生も折り返しを目前にしてゐるのに今さら有名も何もあつたものではない。今から有名になるには殺人するくらいしかないのである。しかし、さういふやりとりの中にこそ夫婦愛といふものはあるのかもしれぬなどと愚にもつかないことを考える間に、もうその実演販売されてゐた音楽作成ソフトを買つてしまつてゐた。
夫婦愛があらうがなからうが、欲しいものは欲しいといふ目先の欲望だけで購入したそのソフトはしかし、友人の使つてゐた「デジパフォ」ではなくてSONARといふものであつた。デジパフォといふのはDigital Performerの略で、なんとなく意味が通ずるのだけれど、ソナーといふと潜水艦や漁船のレーダーのやうで、音楽と魚群探知機にだういふ関連があるのかわからないけれど、とにかくこれで何でもできるやうな気がしてワクワクした。
いざ使ふ段になつてみると、操作がこちらの思惑以上にややこしいので、簡単なことでさへ出来ない。試しに広告写真にあつたやうに音響波形のファイルをずらりと並べると途端にコンピュータが凍りつく。もうかうなると音楽どころの話ではなくなつてくる。実演販売の男の台詞とは反対に「これもできません、あれもできません」といふ八方ふさがりの袋小路である。
できることよりできないことが増加すると精神が病んでくる。精神が病んでくると音楽どころではなくなるからなんとかこれを打破しなければならぬ。ところが生来の機械音痴である筆者にとってコンピュウタの設定の肝となるものが何であるのかが皆目見当がつかないから、調整と云つても、まるで出鱈目なことになる。取扱ひ説明書を読んでみるが、機能の説明はあつても使ひ方の説明はないので途方にくれるしかない。さういふ状況のまま徒に時間ばかりが経過して、結局コンピュウタはインタアネツト専用機(正確にはアダルトサイト専用機)となつてしまひ、音楽作成そのものから遠ざかるといふことになつてしまつた。
・・・と、かういふやうな羽目に陥らぬことが重要である。
これからパソコンを使つて自宅録音しやうと思つてゐる諸兄が筆者と同じ轍を踏まぬやう、ここに記す次第である。
※なお、その後SONAR3とハイスペックパソコンの導入により、上記の如き本末転倒はなんとか解消された。
2003年1月28日 初稿
2004年4月6日 改訂